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7.出発する少女たち

 「フレイラ、気をつけてね。マリシア、それに皆さん、よろしくお願いします。」

 ロクローサの町のパーソンズ家で、リーアとエミリアは馬車を降り、かわりにフレイラとマリシアが乗り込む。

 リーアが心配げにしてるので軽い冗談を。

 「大丈夫。泥船に乗った気で待っていて。」

 「ヒメ様、その冗談今言っていい時じゃない。ミヤでもわかる。」

 「もう少し空気読もうね、いい子だから。」

 場を和ますはずの冗談が、なぜか炎上してる。おかしい。

 リーアは苦笑いしながら、馬車の前に回り込み、御者に指示をだしている。

 「頼みますよ。本当に。リーアお嬢様を悲しませるようなことしたらただではすみませんからね。」

 馬車の外からこっちを睨んでいるエミリアが辛辣だ。

 「わかってるよ。」

 やっぱり、会うなりスカートを捲るとか言ったのが気に障ったのかな。


 馬車が動き出す。

 フレイラが窓から顔を出し、手を振る。

 「行ってきます、お姉様。必ず、手に入れてきますから。」

 馬車の中からではわからないけど、リーアも手を振り返してるようで、フレイラがいつまでも手を振っている。

 ちょっと森にお使いに行くだけで、なんだろう、この大騒ぎ感は。



 リーアは、馬車が見えなくなるまで、見送っていた。

 「お嬢様、家の中に入りましょう。」

 「エミリアはあの3人が気になるみたいね。」

 「そんなこと・・・」

 「うそ。あんなに他人に食って掛かるエミリアは初めて見ました。いつもはもっと余裕があるのに。」

 「・・・お嬢様にはかないません。自分でも恥ずかしいです。自分より強い相手を目の前にするとここまで余裕がなくなるとは思いませんでした。」

 「あの3人強い?」

 「強いです。1対1でも勝てないかもしれません。」

 「そんなに?」

 「ファリナは、いい勝負はできるでしょう。ヒメは、昨日の様子を見てわかるように、わたしのスカートの中の隠し武器に気がついたとしても、他の2人のように黙っていればいいものをわざわざ口に出してしまうようなお調子者ですから、引っかければなんとかなるかもしれません。ただ・・・」

 「ただ?」

 「ミヤという少女、どこを見ているのかもわからないくらい隙だらけに見えて、隙がまったくありません。フレイラお嬢様と同じくらいの年恰好なのに、間合いが読めないのです。近づいたらやられるイメージしかありません。あれは本当に人間なんでしょうか・・・」

 「魔人族には見えなかったけどねぇ。でも今は、フレイラのためになるのなら強いに越したことはないわ。」

 「そうですね。戦うことにならなければ強力な戦力ではあります。」


 わたしたち(主にミヤ)が化け物呼ばわりされている頃、馬車は順調に町を抜け、街道を進んでいた。

 「もう少し街道を進んだら、白の森が薄くなる場所があるわ。森に入ってすぐに黒の森になるから、そこから入りましょう。」

 「いきなり黒の森は危険じゃないですか。」

 ファリナとマリシアがこれからの行動を相談しているところにわたしも入る。

 「このところ、灰色狼がずっと捕まらないってことは、今は黒の森を寝床にしている可能性が高いわ。黒の森は高ランクハンターじゃないと危険だから、みんなそんなに行かないでしょ。それに、昨日ミヤが探知した場所も黒の森らしいし。」

 「そうなんですか?ミヤさん。」

 「そう。」

 外の風景を眺めたままこちらを見ようともせずに返事を返すミヤ。もう少しなんか言え、このコミュ症。


 目的地到着。馬車を降りる。

 「それでは、今日から夕方には町のはずれで待っていてください。」

 フレイラが御者に指示してる。

 馬車をこのままここで待たせるわけにもいかない。灰色狼を捕まえて街道に戻る際、街道のどこに出るかもわからないし、いつ戻るかもはっきりしないので、馬車には毎夕にロクローサの町のはずれに来てもらい、日暮れまで待っていてもらう。つまりわたしたちは、町までは歩いてもどらなくてはいけない。で、日暮れまでにわたしたちが戻らない時は、わたしたちはキャンプするということだから、馬車には屋敷に戻ってもらう。

 

 「それじゃ、行きますか。」

 採取や狩りに慣れているわたしたちは気楽なものだけど、慣れていない上、昨日は盗賊に襲われかけたフレイラとマリシアは緊張した面持ちだ。

 「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。」

 ファリナが2人に優しく話しかける。

 「今ここで一番危険なのはヒメ様。それ以外なら何が出てきてもなんとでもなる。」

 「あんたねぇ・・・」

 わたしたちのやり取りにフレイラが笑う。だが、わたしは知っている。ミヤは決して場を和ませようと冗談を言ったわけではない。こいつは本気でそう思っているのだ。

 戦闘中に勢いで2,3回燃やしかけたからって、なんて心の狭い。

 「2,3回じゃきかない。ヒメ様さばよみ過ぎ。」


 「マリシアはランクCなんだから、こういうの慣れてるんじゃないの?」

 「それはパーティーを組んでましたから。ほぼ単独みたいなのは、昨日と今日くらいで。」

 わたしたちとじゃ、急に連携は取れないか。


 白の森の奥行きが狭い場所といっても2,30分は歩く。

 もうすぐ抜けるといったとき、それは現れた。


 「待っていたぞ。昨日はよくもオークなんかけしかけやがって。」

 わたしたちの前に10人近い男が出てきた。昨日の盗賊たちだ。

 うん、なんかいるとは思ったけど、危険な感じがしなかったから放っておいたけど、危険じゃなく面倒なほうだったか。

 フレイラが驚きの表情。マリシアはそのフレイラを庇うようにして剣を抜く。

 「ミヤ、どっち?」

 「むこう。」

 わたしたち3人は男たちを無視。正直関わりたくないので、見なかったことにしよう作戦。男たちの方を見ないことにする。

 「まてよ。話を聞けよ。こっち向け。」

 首領と思われる男が必死にアピールするので、しかたなく相手することに変更。あまり逆上させて一気に攻め込まれてしまうと、混乱戦になり死傷者がでかねない。味方を含めて。主にわたしが燃やしちゃうから。

 ため息をつきながら男たちの方を見る。

 2人ほど頭や首に包帯巻いているのがいる。きのうオークに殴り飛ばされたやつだね。無理しないで寝てりゃいいのに。

 「すいません。バカの相手はしないようお医者様から言われているので、あなたたちの相手はできません。では、さようなら。」

 「ふざけるな。俺たちをバカにして黙ってこのまま通すと思っているのか?逆らってもかまわないぞ。この人数に勝てるつもりでいるのならな。降伏するなら殺しはしない。領主の娘だって生きてりゃいいんだ。おまえら全員死んだ方がましって目に合わせてから領主の娘以外は奴隷として売ってやるよ。」

 あれ、ごまかされない。しかたない、相手するか。

 「なんでここにいるの?」

 「あ?・・・聞いてたか?俺の話。」

 「なんで?」

 「・・・その娘の話じゃ急いでる風だったからな。日を開けずにまた来ると思って、町に見張りを立てておいたのさ。俺たち本隊は街道の真ん中辺で待っていて、領主の馬車が町を出たっていう早馬の連絡を受けて森で待っていた訳さ。まぁ、街道をこんなに遠くまで来るとは思わなかったので先回りするのに苦労したけどな。」

 正直にここまで説明してくれるとは思わなかった。案外いい人かも。

 「話はもういいだろう。戦うなら容赦なく殺す。昨日みたいな面倒はごめんだからな。俺たちは領主の娘さえいればいい。お前らは殺してしまってもかまわない。お前の様な生意気な女は特にな。楽しめないのは残念だが、身代金で女を買えばすむことだ。」

 うわ、最悪だね。女をなんだと思っているこの最低野郎。それに、こっち指さすな。この上は、わたしにそんな口叩いたことを後悔させてやる。


 「あ、オーク。」

 「なに!?」

 後ろを指さして一言。男たちは大慌てで振り向いて戦闘態勢をとる。もちろんウソ。

 「いないぞ、だまされるな。逃げる気だ。回り込んで絶対に逃が・・・」

 さすが首領、判断が速い。男たちはこちらに向き直し、わたしたちを追いかけようと思ったようだけど。

 隙を見せられて、なぜわたしたちが逃げる?戦っちゃうよ、もちろん。


 一気に距離を詰める。

 瞬発力はミヤには勝てない。わたしが動き出した次の瞬間には、ミヤは男たちの目前にいた。

 「ミヤ、殺すな!」

 盗賊ごときを相手に、ミヤがここまでやる気満々だとは思っていなかったから、指示が遅れた。

 嫌そうな顔を見せたミヤが鉤爪のついた右腕を一閃。鉄の胸当てごと男を切り裂く。

 悲鳴をあげて男が倒れる。けっこう血は出ているが致命傷ではないけど、再度立ち上がれない程度には重傷ではある。手加減してたら、戦う敵の数は減らない。一撃で動けなくするのは当然で、殺されないだけましだと思ってほしい。いや、普通ならヤっちゃうんだけどね。

 1人目を倒したミヤは、つぎの瞬間には別の男の目の前に出現する。男たちには、ミヤが瞬間移動してるように見えるだろう。現実、そう見えるほどミヤの動きは速いんだ、これが。

 わたしでも、1対1ならなんとか動きが読めるけど、乱戦になったら目で追うのがやっとなのだ。普通の人には無理。

 そうやって、ミヤが3人目を切りふせていたころ、わたしも2人目を、剣の腹の部分で殴り倒していた。さすが、魔人族のお偉いさんが持っていた剣、すごい丈夫。鎧ごと粉砕して、男が吹き飛んでいく。

 ファリナは淡々と男の腕や太ももを剣で切って、剣を持てなくしたり、歩けなくしている。人道的なのか、非道なのか・・・


 ものの数分で、男たちはうめき声をあげながら地面に横たわっていた。

 いや、1人だけしりもちをついているが無事な男がいる。さっきわめいていたやつ、盗賊の首領だ。その前にミヤが立っている。

 鉤爪の曲がっていた爪がまっすぐになる。ミヤの魔力で形を変えることができるのだ。

 ミヤの目つきはいつものなにも考えていなくてどうでもいい風ではなく、冷たい氷のような冷ややかで殺意を漂わせた目で首領を見つめている。

 「お前、ヒメ様殺すと言った。」

 ミヤの気迫に飲まれて青ざめた顔で、首領が後ずさる。

 ミヤはまっすぐになった爪を、首領の肩に突き刺した。

 「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 たまらず、首領が悲鳴をあげる。

 「す、すいません!すいません!!許して・・・」

 首領の悲鳴を無視して、ミヤは爪をさらに押し込む。

 「ヒメ様殺すと言った。ミヤはお前を許さない。」

 首領は激痛のあまり、気を失った。

 ミヤは、爪を引き抜くと、意識のない首領の顔めがけて爪を突き刺そうとする。

 「ミヤ、もういいよ。」

 わたしの声を聞いて、ミヤが動きを止める。

 怒りのおさまらない目つきのミヤのそばに行き、わたしはミヤを抱きしめる。

 「ありがとう。わたしのために・・・」

 「ん。」

 ミヤは、鉤爪を手首の手甲に収納すると、わたしの腰に手を廻して抱きつく。

 「もう少し胸があるといい感じなのに。ヒメ様残念。」

 「う、うるさいわ!」

 殴ってやろうかと思ったけど、ミヤが離れないのでそのまま抱きしめてやる。

 ファリナも微笑みながらこっちを見てる。

 「それにしても珍しいわね。ヒメが殺すなとか。」

 「んー、せっかく素直ないい子に育っているフレイラの目の前で人死にはちょっとね。まぁ、けっこう陰惨な景色にはなってしまったけど・・・」

 その、フレイラとマリシアは青ざめた顔でこっちを見ていた。ちょっとショックが強かったかな。

 「大丈夫?」

 ミヤから離れたわたしは、2人を怖がらせたくないので、離れたところから声を掛ける。

 「あ・・・」

 わたしを見たフレイラは、頭を左右に振り、手でほっぺたを叩くと、いきなり頭を下げた。

 「ごめんなさい。わたしのために戦ってくれたのに、わたし、怖いと思っちゃった。本当にごめんなさい。」

 「いやぁ、ほんと素直だねぇ。このまま育って大きくなったら、おねいさんのとこにお嫁においで。」

 「え?・・・考えておきます。」

 頬を赤くして俯くフレイラ。まずい、マジかわいい。

 「ヒメ様の介護はミヤがいれば十分。ミヤだって素直。」

 「いや、あんたは悪い方に素直だから困りものなのよ。」

 「ミヤの評価がおかしい。わかった、フレイラと勝負する。フレイラ倒してヒメ様の介護はミヤがする。」

 「だから、なんで介護前提なのよ。だれが年取った先の話してるのよ。結婚の話でしょ。」

 「ヒメ様結婚は無理。ヒメ様じゃ家庭崩壊必至。かかわった者全員不幸。だから一生一人身。介護必要。」

 くそぉ、言い返したいけど、わたしにもその未来しか見えないから何も言えない。

 ファリナ、なにうれしそうに笑ってる?あんただってわたしと大差ないんだからね。




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