65.海に面した町はない
ちなみにだけど、エルリオーラ王国のパーソンズ領に海に面した町はない。砂浜の海岸はあるけど、夏場の暑い時に子どもたちが波打ち際で水遊びする程度。町からそれなりの距離があるから混雑するようなことはない。
大人たちが泳いだりするのはもっぱら川。
海は海獣が出るんだよ。子どもたちが遊ぶ浅瀬にはそんなに出ないけど、ちょっと沖に行ったら出る。だからこの国では、水産業がそれほど盛んではない。
そう、海に出るには、海獣と戦える武器が必要なんだ。
「とりあえず、流れに関係ない話は無視するとして、忘れ物はない?リリーサのお店に出発するわよ。」
ファリナ、途中で入ってこないで。
「これからこの国の水産業について、延々と語る予定なんだけど。」
「今日は魚はありません。買いにいってる暇はないの。」
「だから、語って気を紛らわそうっていうんじゃない。」
気の利かない。
「ところで、今の話は、ヒメさんの国エルリオーラ王国のことですよね。ここはガルムザフト王国なので、この国という表現はいささか語弊がありますけど。」
細かい!ポワポワのくせに細かい!
「ヒメが語ったら、絶対、魚食べに行くって言い出すことは確定事項。これ以上口に出すことは許しません。」
ファリナが意地悪だ。いいじゃない、魚。
「何と言われようと、わたしは、現状をさっさと片付けて、家に帰ってゆっくりしたいの。もう、剣ができるまでか、家の工事が始まるまでもうゴロゴロしまくりよ。ここ数日、3人で過ごしたことないじゃない。どうなってるのよ。」
ファリナが変な方向にキレる。
「仕方ありません。ヒメさんたちに会う前に買ってあった魚の干物を今晩のご飯に出しましょう。本当は売り物だったんですが、お友達のためです。それならすぐ出発してもいいですよね。」
「行こう!すぐ行こう!今すぐに行こう!」
わたしのテンション上がりっぱなし!
「いいの?ごめんね。」
ファリナが申し訳なさそうに頭を下げる。
「ガルムザフトじゃ魚は珍しいものじゃありませんし。」
「エルリオーラでも珍しくはないのよ。ただ、今住んでるパーソンズ領じゃ珍しいだけ。領主様も将来的には海に手を付けたいようだけど、いろいろとね。」
「船や取り付ける武器を考えたら、お金かかりますものね。」
そう、武器が必要なの。
「語らせないからね。いくよ。」
ファリナのいけず。
リリーサが開いた空間魔法の扉の向こうは真っ暗だった。
「どこ?ここ。今って昼だよね。」
「わたしの家です。」
「洞窟の奥とかじゃないよね。」
足元の床の軋み具合は木の感触っぽい。
「今、明かりをつけますからあんまり動かないでください。物にぶつかったら危険です。」
ボウっと明かりが灯る。天井が三角ってことは屋根裏部屋かな。窓らしいところには、厚手のカーテンが釘で打ちつけてある。
「外に明かりが漏れないようにです。出入りは、もっぱらこの屋根裏部屋を使います。ここの窓は、外から見づらいので発見されにくいんです。」
自分の家に帰ってくるのに大変だね。
「この下が2階です。明かりをつけてくるので、ここで待っていてください。」
床の扉を開けると、階下への梯子が見えた。覗いてみたら、2階も真っ暗だった。つまり、2階も窓を塞いであるんだね。
すぐに明るくなり、わたしたちは梯子を下りて2階へ。
結構広い居間みたいな部屋。
「みたい、ではなく居間です。2階はここが、キッチン兼居間。それと、部屋を出たところに、わたしとリルフィーナの個室と来客用の部屋があります。」
「お客さん来たことないですけどね。」
「うるさいです。今日来ました。」
まぁ、うちも誰かが来たことないけどね。正直、泊めるつもりもないから、空き部屋は物置になってるし。そういえば、リリーサが雑魚寝でいいって言わなけりゃ、寝るところなかったんだね、うちって。
「大丈夫。もうすぐ、わたしとミヤの部屋が空き部屋になるから。あ、ひとつは会議室にしなきゃいけないわね。」
何の会議するの。一部屋には今の物置の荷物移さなきゃいけないんだから、そんな余計な施設は置けません。
「で、1階には店舗とお風呂があります。あ、リルフィーナ、待ちなさい。お茶はわたしが淹れます。あなたはカップを割るから、危ないので座っていなさい。」
リリーサがキッチンに行く。
「カップを割るからと、炊事はさせてもらえません。わたしだってお姉様のお手伝いしたいです。今までだって、一日最高27個しか割ってません。カップ、お皿などすべて込みの数字です。心配ないと思うのですが。」
うん、リルフィーナには、そうだねと言ってあげたかったけど、27個かぁ・・・微妙なとこだよね。
「十分アウトです。」
ファリナ辛辣だよ。
「わたしだって、狼30匹はいたけど、5匹以外間違って全部燃やしちゃったこともあったし、何となくリルフィーナの気持ちわかるな。」
「その5匹を狩ったのは、わたしとミヤ。6匹目にかかろうとしたら、ヒメが残り全部燃やしました。」
あれ、そうだっけ?
「それ考えたら、わたしなんてかわいいものですよね。」
何安心した顔してるの、リルフィーナ。
「何、底辺争いの話をしてますか。」
リリーサが、トレイにカップをのせてやってくる。
「ヒメさんの家は居心地は良かったのですが、好きにお茶が飲めないのが今一つでした。」
ほんと、お茶好きだよね、リリーサは。
「最悪お茶さえあれば3年は生きていけます。」
その具体的な数字の根拠は何?
「ミヤはヒメ様がいれば死ぬまで生きていける。」
「その表現もどうかと思うけど。」
ファリナ、何かいいこと言おうと考えてるようだけど、いいから。
「わたしはお姉様がいないと生きていけません。」
「わたしはリルフィーナがいなくても生きていけますよ。」
「お姉様、酷いです。」
そう言いあいながら、肘でつつきあう2人。うん、鬱陶しい。
「商品は今から並べるの?」
「毛皮と薬、乾燥してもいい草はそうしましょうか。肉は明日、冷蔵庫を動かしてから入れます。あと、ウサギや生の草も明日ですね。」
なぜ、草。薬草って言えないからなの?やっぱり毒草も売るの?
「れ、冷蔵庫って、ピューリー鉱よね。ここもゴルグさんのとこみたいに魔力いっぱいいるの?」
「ここのは普通の鉱石です。そんなしょっちゅう鉱石を買い替えていられません。氷の魔法陣の鉱石4つの冷蔵庫ですから、商品を凍らせることはできません。肉は早めに売りたいですね。」
「灰色狼は、ガルムザフトじゃ人気なのだろうし、パープルウルフは珍しい上に量もそんなにないからあっという間でしょう。」
「ファリナさんの言う通りですね。今回は品数の割に儲けが大きそうでバンザイです。」
嬉しそうなリリーサ。
「それはそうと、灰色狼は相場がわかるから、それよりちょっとだけ高めの値段設定すればいいでしょうけど・・・」
「かなり高めで設定しますよ。今、簡単に手に入らないんですから。」
リリーサ、商売人の顔。あんた一応、元聖女と呼ばれてたんだからさぁ。
「常識と他人の評価なんかゴミ以下です。世の中世知辛いです。」
「いや、いいんだけど・・・で、パープルウルフって相場あるの?」
「魔獣のウルフ関連はないです。なにせ、人族側で狩れたなんて、ここ数年聞いた事ないですから。伝え聞いた話じゃ、レッドとパープルはかなり美味だと聞きました。そう言われたら食べたくなりました。ヒメさん持ってるんですよね。」
そんなに狩れないんだ。まぁそうだよね、と思う反面、リリーサ情報だからなぁ。まさか、また村はずれのエミールさん情報じゃないでしょうね。
「リリーサはもっと持ってるじゃない。」
「あれは商品です。公私の混同はしません。」
うーん。チラとミヤを見る。
「ミヤは食べられるのなら量はいらない。」
そう、ミヤはバカ食いしない。3食きちんと食べられれば文句言わない。それが美味しければなお良し。
「まぁ、一食分しかないんだし、試食ってことでいいか。」
「リリーサには魚も出してもらうんだし、いいんじゃない。」
「じゃ、夕食にみんなで食べようか。」
バンザイするリリーサ。よくわかってないリルフィーナ。
「お茶飲み終わったら作業です。終われば晩ご飯です。」
「焼いたら煙でるけど、いいの?居留守がばれるわよ。」
「勝利の前祝です。どの道、明日の開店を何らかの形で知らせないといけないので、構いません。」
それなら、窓のカーテン何とかしようよ。
「あれは、何か用事が出来て、旅の途中で帰ってこなければならないときに、ばれないようにするものです。出かけるたびに窓を止めるの面倒なのでそのままです。」
「ずっと家を空けてるみたいですけど、実はけっこう家に帰ってるんですよ。」
そうなんだ、リルフィーナ。そうだよね。商品確保のためとはいえ、何日も旅に出っぱなしってきびしいよ。
「野宿しようとしたらひどい雨だったり、汗をかいたから体を洗いたいのに、水辺には人がいたりとか、疲れたから布団でゆっくり寝たいとかのときは帰ってきますよ。今回も2週間半旅してましたが、5日くらい帰ってきてます。」
リリーサがそう言うけど、5日って多いの少ないの?
「今回、18日出ていたので、17泊。家に戻っていたのが今言ったように5泊。宿に6泊。ヒメさんの家に4泊。野宿は2泊ですね。」
リルフィーナが指折り数える。
「やる気あるの!?何、その野宿2泊って!?」
野宿が多くて大変だと思って損した。
「ひ、ヒメさんのところに泊まらなければ、野宿の予定だったので、合わせて野宿6日です。」
こっち見て言いなさい!まったく信じられないんだけど。
「わ、わたしがどこで寝ようとヒメさんにとやかく言われる覚えはありません。その時の状況でどこで寝るかは高度な政治的判断が要求されます。」
「されないわよ!難しいこと言ってごまかす気でしょう!」
「ごめんなさい、ごめんなさい。うぅ、ごまかしきれなかった・・・」
「まぁ、よく考えたらリリーサがどこで寝ようが、わたしが口出すようなものじゃなかったわよね。旅してるのはリリーサたちなんだし。」
「だから、そう言ってるのに・・・」
ちょっと反省。いや、何か裏切られたような気がしたのよ。ずっと月の半分以上を旅してるって言うから大変だなぁ、って思ってたのに。
「そうです、そうです。わたしの自由です。やーいやーい。」
うわ、殴りたい。
「大変そうだと思ったのに、こんなに楽してたなんて。」
「大変ですよ。帰ってきたって、いることがばれないよう、食事だって火は使えませんから・・・」
あぁ、乾燥肉とかしか食べられないんだ。
「・・・隣の領地まで<あちこち扉>で行って外食ですし。」
「どこの何が大変なのよ!?」
「この領地じゃ、顔が知られてるから隣の領地まで行かなきゃいけないんですよ。」
「どうせ空間移動魔法であっという間でしょ。」
「そんな、身も蓋もない。」
言いたいこと言ったら、頭がスッキリした。なんか裏切られた気がしたけど、わたしの我儘だよね。これって。
「言い過ぎた、ごめん。ハンターは体が資本だもの、家でゆっくり休めるならそれに越したことはないのよね。」
「家で休むのも、見つかるんじゃないかと気が休まらないんですけどね。」
難儀だな。
「もう、お店と住居分けちゃえばいいのに。」
見ると、リリーサが何やら考え込んでいる。が、すぐに顔を上げる。
「とりあえず、明日の準備始めましょうか。」
リリーサとリルフィーナが居間を出ていく。
わたしたちも、それに続く。明日はお店の売り子か。気が重い。




