61.パープルウルフの解体お願いできませんか
「そうだ。料金は払うんで、わたしもパープルウルフの解体お願いできませんか。」
「ヒメさん、パープルウルフ持ってたんですか?」
わたしのセリフに、ギロリとわたしを見たリリーサが詰め寄ってくる。近いって。
「う、うん。あったんだねぇ、これが。」
「何で、黙ってたんですか?」
一歩下がる。
「いや、聞かれなかったし・・・」
「え?いちいちヒメさんに、今日何持ってますかと聞けと。」
また一歩下がる。
「逆に、いちいちリリーサに、今日何持ってますよと言えって言うの?」
「言えばいいじゃありませんか。」
そして、また一歩・・・
壁際まで追い詰められる。さらに迫るリリーサ。顔が近いって。
「・・・き、キスはダメ・・・」
「斬る!」
「切り裂く!」
「ち、違います!違います!」
ファリナとミヤの声に、リリーサ、ハッとなって、慌てて離れる。顔が真っ赤。
「危なかったです。唇を奪われるところでした。」
「誰のセリフよ!?誰の!」
「巧妙な罠でした。見習います、ヒメさん。」
いや、リルフィーナ。されそうになったのはわたしだからね。
「今更、パープルウルフが1匹増えても構わないが、時間が押してるんだろ。早く解体するブツを出しな。」
ゴルグさんが渋い顔しながらわたしたちを見る。
「ヒメさんのせいで、わたしが築き上げてきた信頼が空のかなたに消えそうです。で、パープルウルフは使うあてがあるのですか?」
「その話は後で。どこに出せばいいの?」
「家の中だ。その前に解体場の横に保冷庫がある。まず、それを冷やしてもらおうか。」
何を言ってますか?保冷庫を冷やせ?初めから冷えてるものじゃないの、保冷庫って。
家の中に入る。居住区と思われる場所を抜けると、広場があり、ここで獣や魔獣を解体するのだろう、壁に大小のナイフ、包丁、ノコギリといった解体用品がかかっている。
広場の横に大きな扉があり、ゴルグさんとリリーサがそちらに向かう。
その扉を開ける。中は2,3メートル四方くらいの小部屋。
「ここが保冷庫なの。」
リリーサの説明に、部屋の中を見回して、わたしは逆に尋ねる。
「灰色狼とはいえ、10匹以上置くには狭すぎない?」
リリーサ、にやりと笑う。
ゴルグさんが、部屋の奥の壁の中央にある縦15センチ、横3センチくらいの窪みに手をかけ横に引っ張る。
ゴロゴロゴロ。壁が中央から引っ張った方へ横に移動する。引き戸になってるんだ。反対側も同様に。引き戸が開かれると、5メートルくらいの奥行きで部屋が広がる。
「・・・広すぎない?」
保冷庫って言ったよね。見た感じただの窓のない倉庫なんだけど。全然冷えてないし。どうやってこの広さを冷やすの?
「壁に196個の氷魔法の魔法陣を彫ったピューリーの魔石があります。1個につき2,30秒間くらい魔力を流して石を発動させれば、1日くらい冷やし続けます。」
それをやれと。全部やったら何時間かかるのよ。
「約1時間半ちょっとね。」
さすが、数字の計算はファリナが速い。いつもお金の計算してるから。
「人を守銭奴みたいに言わないで!」
褒めたつもりだったんだけど・・・
「ここには解体し終わった肉や売れる内臓などを置きます。なので、ゴルグさんが解体してる間に部屋を冷やします。今まではわたし1人でやってたので、大変でした。今日はヒメさんもいますので、半分ずつです。楽です。早く終わります。」
「魔力を流すだけでいいならミヤもできる。」
今まで黙っていたミヤが手を上げて会話に入ってくる。
「じゃあ、まずリリーサ、向こうの作業場に灰色狼を出してくれ。パープルウルフは後だ。2人分まとめて後でやる。灰色狼を解体している間に、リリーサとヒメ、それにミヤだったか、は鉱石に魔力を流して、保冷庫を冷やしてくれ。」
ゴルグさんの指示で、リリーサは作業場にむかう。
部屋の端の方に、収納から出した灰色狼を山積みにしてリリーサが戻ってくる。
「リルフィーナとファリナは、解体した肉などを部位に分けて袋詰めして、保冷庫に運んでくれ。」
「わかりました。」
「はい。」
じゃ、さっさとやりますか。
「競争です。勝負です。3人で間を開けて石に魔力を流します。誰が一番多く石を発動させるかです。わたしが勝ったら、ヒメさんのパープルウルフを貰います。ヒメさんが勝ったら、リルフィーナをあげます。」
「うん、いらないから勝負にならないね。」
「わたしの扱い、パープルウルフより下ってどういう事ですか!」
保冷庫の扉から顔だけ入れて、リルフィーナが叫ぶ。
「遊んでないで仕事なさい。」
リリーサがたしなめるけど、あんたが一番遊び気分だよね。
「まぁ、いいです。それでも勝負です。格の違いってやつを教えてやります。」
「わたしに勝とうなんて、10年早いかな。」
適当に石の数を3分割しただろう場所にそれぞれ就く。
「行きますよ。スタート!」
石に手をかざし、魔力を流す。リリーサは1つに2,30秒って言ってたけど・・・10秒で石が発動、冷気が流れ出す。
どうよ、とリリーサを見ると、リリーサも2個目に掛かるところ。こっちを見てちょっと驚いてる。さば読んでたな、あいつめ。
発動時間に差はない。となれば、いかに集中して確実に石を発動させて、無駄な時間を作らないようにするかが勝負の分かれ道。負けないよ。
8つ目に取り掛かるわたしの後ろを、ミヤが追い抜かしていく。
「何やってるの。魔法陣をきちんと発動させ・・・」
ミヤが、ポンと石に触れると、石は魔法陣を発動させ、冷気が流れ出す。そのまま、次々と石を発動させていくミヤ。
振り返ると、ミヤのスタート地点から、ミヤのゴールとなるわたしのスタート地点まではすでに石が発動して冷気が流れている。
「え?ミヤさん?何やって・・・エーーーッ!?」
反対の壁から、リリーサの叫びが響いた。
リリーサを追い抜いたミヤは、自分のスタート地点まで一気に駆け抜ける。
わたしとリリーサ、2人で16個の石を発動させてる間に、ミヤは180個の石を発動させていた。
「勝利!」
腕を高く振り上げるミヤ。このチート猫め・・・
床に座り込むわたしとリリーサ。
「何なんでしょう、勝負とか意気込んでたのがバカみたいなんですけど。」
「あるよね。先着のスイーツに一番に並んだと思ったら、もう整理券は配り終わってますとか言われた時の虚無感みたい・・・」
「ごめんなさい、意味わかりません。それにしても・・・」
ガバッと立ち上がり、ミヤの肩を掴む。
「すごいです、ミヤさんすごいです。欲しいです。一家に一台ミヤさんです。ヒメさん、お嬢さんをください。」
「あげないよ。」
「違います。そこは、『娘はお前の様な奴にはやれん。』です。やり直しを要求します。」
拒否します。
保冷庫を出る。ゴルグさんが、灰色狼にナイフを入れている。
ファリナがこちらに気がつく。
「ヒメ、ゴルグさんすごいわよ。もう1匹解体し終わるから、遊んでないで早く保冷庫を冷やして。」
「うん、終わった。」
「「「え?」」」
ファリナ、リルフィーナにゴルグさんまで妙な声を上げてこちらを見る。
「一家に一台のミヤさんが、あっという間に終わらせちゃいました。」
だからリリーサ、一家に一台はないからね。
3人と、横で解体を手伝っていたリャリャさんが保冷庫を覗く。
「どうやった?」
ゴルグさんが、こちらを睨む。壊したりしてないし、怒られるような事はないと思うけど。
「ミヤがやった。勝負ならミヤは負けない。」
「あー・・・」
ファリナがやったなとばかりに頭を抱える。
「まぁいい。準備ができてるならかまわない。こっちもやるぞ。」
ゴルグさんが、作業場の方に戻って行く。
「リリーサたちもこっちを手伝え。」
「わかりました。ヒメさん、勝負です。」
「もういいよ。」
「リリーサ、遊んで手伝わないなら、解体料上げるぞ。」
ゴルグさんがギロリと睨む。
「うぅー、わかりました。真面目にやります。」
リャリャさんが、わたしのところにそっと来て耳打ちする。
「こんなにはしゃいでるリリーサを見るの初めて。きっと、お友達ができてうれしいのね。」
そういうものかな。そういえば、昔ファリナが初めて優しく接してくれた時、嬉しかったような。初めての友達、か。
そして、ちょっとセンチになったわたしの気持ちなど無視して作業は続く。
「ち、ちょっと待って!かれこれ5時間ぶっ通しなんだけど。」
「あと3時間くらいかしら。その後、パープルウルフで1時間ってとこかな。」
サラッと言わないでリリーサ。
血抜きして水につけておいた灰色狼の解体は、毛皮を剥ぐ作業が傷をつけないよう慎重にやるために、特に時間がかかる。それでも、ゴルグさんの手捌きは見事なもので、あっという間に見えるんだけど、それでも1匹20分近くはかかる。
リャリャさんが、最初の処理をやっておいてくれて、ゴルグさんがすぐ解体に取り掛かってもそんなものだ。
つまり、夜までかかるんだね。これ。
「その後、肝の処理とか肉をさらに部位ごとに分けるとかで、明日1日かかるわよ。」
「もっと早く始めようよ。昨日のうちからやればよかったじゃない。」
「昨日からやったら、パープルウルフが手に入らなかったじゃないですか。それに、昔の人は言いました。『明日できるのなら、今日やるな。』と。」
違う。それは絶対違うぞ、リリーサ。だけど・・・
「ヒメ様と同じこと言う。」
そう、わたしもいつも、ファリナとミヤに言ってるから、違うとは声に出せない!
「これが、自業自得、因果応報というやつですか。」
リルフィーナ、そうじゃないのよ。いや、そうなんだけど・・・
「ていうか、大変なのはゴルグさんたちで、わたしたちなんか、ほとんど横で見てるだけ、たまに肉を保冷庫に運ぶくらいじゃない。それも5人がかりで。」
「ウっ・・・」
ファリナの言葉が耳に痛い。
「疲れたなら、休んでいいぞ。素人にはきついだろう。」
ゴルグさんが優しく声をかけてくれる。
「ううん、ゴルグさんに比べたら、まだ全然大丈夫。」
「そうか。」
「じゃ、わたしたちは休みましょうか。」
リリーサとリルフィーナが作業場を出ていこうとする。
「うおぃ!何言ってんのよ!?」
「え?休んでいいと言われました。おかしいですか?」
「おかしいでしょ!社交辞令って知ってる?」
「知りません。おいしいんですか?それ。」
「お姉様に、腹芸とか建前とかを問うだけ無駄です。世間的一般常識に関していえば、お姉様は限りなく無知なのです。白聖女なんて呼ばれてた弊害です。」
「要するにバカってことよね!」
「あー、バカって言いましたね。バカって言う方がバカなんですからね。」
「それを言うなら、休めって言われたから休むって、じゃ、あんた、死ねって言われたら死ぬの!?」
「誰もそんなこと言ってませ-ん。おバカ。」
「あー、バカって言ったね!」
「どこの幼年組のケンカよ。」
ファリナが頭を抱えてため息を吐く。
「まさしく類友ですね。でも、お姉様おバカでかわいいです。」
「ん、ヒメ様いい掛け合い漫才。」
ミヤとリルフィーナは、生暖かい目でわたしたちの言い合うのを見ている。
そして、ゴルグさんとリャリャさんは、そんな騒ぎの中、黙々と作業を続けていた。さすが、プロです。




