57.また何を言われるかわからん
「剣を見せろ。あまり長く2人でいると、また何を言われるかわからん。」
ズールスさんが急かすように言う。そうだね、あまり長引くとリリーサとファリナが怒鳴り込んできそうだ。
「2本あるの。こちらがこの前戦った魔神が持っていた剣。最近、人魔に持ち主の名前言われたから、それなりに有名な魔神のだと思う。」
腰の鞘からサムザス事変の時の指揮官の剣を抜く。
「その時言われた剣と持ち主の名前は忘れちゃった。」
剣を見て、ズールスさんの目が一瞬驚いたような気がするけど、気のせいだったのかな。
「ズールスさんは知ってる?」
「いや、魔人族の知り合いはいないからな。剣の名前だと思われるのはここに彫ってある。なになに?『バルバダトス』?どういう意味だ。」
「え?これ文字なの?魔人族って言葉も文字も人族や天人族と同じじゃないの?」
「古代文字だ。やつら武器とかにはこれを彫るんだ。趣味なんだろ。俺には読むのがやっとだな。」
「ズールスさんでもわからないんだ。」
「あのな、俺は天人族の一般市民だ。魔人族のことはおろか、天人族の偉いさんの考えてることだってわからんよ。」
そうなのかな。天人族の一般ってのがよくわからないから嘘なのかほんとなのかわからないよ。
まぁいいや。もう一本のお父さんの剣を〈ポケット〉から出す。
「で、これがお父さんが置いていった剣。」
今度こそズールスさんの顔が驚きに変わる。
「何か知ってるの?」
「いや、魔人族の銘ありの剣を2本も出されたら、そりゃ驚くよ。こっちは・・・『グラバゾール』だよな。古代文字だから間違っているかもしれん。」
「この剣を見た魔神は、バルドアの剣だって言ってた。お父さんの名前かな。バルドア。」
ズールスさんが、ちょっと怖い顔でわたしを見る。
「その、バルドア・・・について、その魔神は何か言っていたのか?」
「うーん、追放されたって言ってた。それだけ。わたしのせいかな。」
「混血の子の親だからかな。魔人族は純血に拘るしな。」
「ズールスさんみたいに、いきなり現れないかな。生きてたぞ、とか言って・・・」
言ってみただけ。15年も音沙汰ないんだ。いくら魔人族とはいえ無理に決まってる。
「・・・・・・そう、だな。そうだったらいいな。」
ズールスさんは何か言いたげだった。やっぱり何か知ってるのかな。
「俺の考えを言わせてもらえば、親父さんの剣はしまっておいた方がいいし、名前も出さない方がいい。追放されたというなら下手に名前が出ると、魔人族を刺激しかねない。」
やっぱりそうなるよね。
「こっちの初めに出してもらった剣に外装を施して、元の形がわからないようにしてやる。余程のことがなければ魔人族の剣だとばれないようにする。」
「いいの?手間をかけるけど。」
「断ったらリリーサに消される。ただ、この剣は鍵のついた箱にしまって金庫に保管させてもらう。俺1人の時以外は出さない。打ち終わるまで誰かに見せるのは危険すぎる。これに関しちゃ、ヒメの判断は正解だ。」
やっぱり、それなりに有名なのかな。人に見せられないって。で、隠さなきゃいけない事情をズールスさんは知っていて、それをわたしには言えないってことだよね。でも、ここまでしてもらってるのに根掘り葉掘り聞くわけにはいかないしな。まぁ、また今度だな。
ズールスさんが奥から木の箱を持って来たところで、ドアがけたたましく叩かれる。
「まだなの!?ホントに話だけでしょうね?ヒメ?大丈夫?」
ファリナの心配そうな声。
慌てて剣を箱にしまうズールスさん。
「いいぞ。入れ。」
ドアがバンと開く。つかつかとファリナとリリーサがわたしのそばに来て、服をジロジロ見る。
「衣服に乱れはありません。ファリナ隊長。」
こら、下がロングのスパッツだからってスカートを捲るな。それを他人にやっていいのは、わたしだけだ。
「よし。人質を保護。以降24時間監視下に置く。リリーサ隊員は容疑者を牽制。」
「はい!」
わたしとズールスさんの間に立ちふさがるリリーサ。
何ごっこかな。ファリナとリリーサは。
「信用ねーな、俺。」
「あなたのどの辺に信用なんてあると思ってるのですか。」
リリーサがズールスさんを睨みつける。さっきの話を聞かせてやりたい。
やれやれという感じで、剣をしまった箱に鍵をかけ、ファリナの剣と一緒に部屋の奥にある金庫へと向かうズールスさん。
「2本で10日見てくれ。さっきも言ったが、その間、武器が必要だろうから壁に掛かってるやつで好きなの1本ずつ貸してやる。ちゃんと返してくれよ。売り物なんだからな。傷は研ぎ直すからいいが、折ったりしたら買い取ってもらうぞ。」
「折ったらわたしが<モトドーリ>で直します。」
それはありがたいかな。
「連絡はリリーサを通して伝える。」
「残念、わたししばらくヒメさんのところで世話になります。」
「あん?4日後には店開けなきゃならんのだろう。」
よくご存じで。
「そ、そりゃ、娘の動向くらいは知っておかないとな。」
「気持ち悪いです。今更・・・」
「リリーサ。」
声をかけてあげる。
ちょっと困った顔をする。
「わかってるです。でも、昨日の今日じゃ無理です。」
「一回、ちゃんと話しなよ。嫌いでも話せる親がいるんだからさ。」
そのセリフにさらに困った顔をして俯く。
「わかったです。ヒメさんの顔を立てて、そのうちに対談を許可します。そのうちです。いつかはわかりません。」
「俺は話すことなんかないぞ。」
そっぽ向いてズールスさんが言い放つ。
「! わたしだって・・・」
ギンっとズールスさんを睨みつけるリリーサ。
「意地はったっていいことないよ。少しずつでいいからさ。」
2人は顔を合わせようとしない。まぁいいか。これからだもんね。
「まぁ、おいおいということで。今日のところは剣を預けて、娘さんを預かっていくね。」
わたしたちは家を出ていく。
リリーサが残って、2言3言話していたようだった。みんながいたら話しづらいのかな。
「で、ヒメ、どうだったの?」
ファリナとミヤが心配そうに近寄ってくる。
「わからない。ズールスさんは何か知ってそうにも見えたんだけど、話す気はないみたい。まぁ、今は剣を打ってもらうのが第一だからね。打ち終わったら問い詰めてやる。」
「シメるんでしたら手伝いますよ。」
リリーサが会話に入ってくる。
「あいつはいつだって思わせぶりな言い方をして人を惑わすんです。はっきり言えってゆーの!」
地面をガンガン蹴りまくる。
そう言えば、リルフィーナは・・・いるよね。
「どうしたの?リルフィーナ。ずいぶん大人しいね。」
「お義父様の前ですから。印象を良くしておかないと。」
「誰がお義父様ですか?誰のお義父様ですか?あなたが猫かぶってどうするんですか!」
「猫言うな!殺すぞ!」
ミヤがキレる。
「はい!え?何ですか?」
リリーサがミヤの怒号にピシッと気をつけをする。
「え、と、リリーサのカエルと同じで、ミヤの前であまり猫の話はしないでもらえないかな。」
どうしたのかな。ずいぶん神経質だね、ミヤらしくない。
わたしのそばに来て、腰に抱きつくミヤ。
「ヒメ様にはミヤとファリナがいる。ミヤもファリナも、ヒメ様が生まれてきて幸せ。ヒメ様が負い目に思うことなんか何もない。」
体がビクリと震える。気にしてないつもりだったのに、そう見えるのかな。
「で、でも・・・わたしのせいでお母さんが・・・」
「それを決めたのは、ヒメ様の母。ヒメ様が口出ししたり、否定していいものじゃない。ヒメ様が重荷に感じたら、ヒメ様の母が可哀想。」
「そう・・・なのかな・・・」
「そうよ。」
ファリナも来て、わたしを抱きしめてくれる。
「それでも、ヒメが罪だと思うなら、わたしが、わたしとミヤが一緒に抱えてあげる。」
「うん。」
3人で抱き合う。
「もちろん、お姉様の重荷はわたしが一緒に持ちますよ。」
リルフィーナがリリーサに笑いかける。
「あなたには、もっといっぱいの物を持ってもらってるから、これ以上は押し付けられないよ。」
「何仰るんです。わたしはいくらでも持てますよ。あ、でも、お姉様本体は無理かも。重すぎます。」
「消します!失礼なリルフィーナはこの世から消します!」
仲いいよね、あの2人も。
ふと見ると、工房のドアを少し開けて、ズールスさんがその様子を見ていた。微かに笑みを浮かべながら。
「そういうストーカーみたいな覗き方やめてもらえませんか!」
それに気づいたリリーサは辛辣だ。慌てて奥に引っ込むズールスさん。
「帰ろうか。リリーサも行くよ。今日のところは仕方ない、泊めてあげる。」
「もっと優しい言い方してください。わかりました。もっとわかりあえるよう。今夜はヒメさんの布団で2人で寝ます。」
「「「却下!」」」
ファリナ、ミヤ、リルフィーナが即座に反対する。
「じゃ、また雑魚寝ですね。」
「魔獣の話はもうネタ切れだからね。」
「あれはおかしいです。がーるずとーくというものは、ああいうんじゃないと思います。」
軽口をたたきながら、さっき来た草原へ向け歩き出す。
「今度は、ヒメさんが<あちこち扉>開いてください。わたしばっかりズルいです。」
「わかったわよ。でもリリーサの方がきれいな魔法なんだよね。リリーサの魔法で帰りたいな。」
「そうなんですか?じゃわたしがやります。」
「お姉様、騙されてます。」
「ヒメ様非道。」
「まぁ、平常運行みたいだからいいか。」
あれ、けっこう非難が集まってるよ。おかしい。
「ヒメさん、酷いです。消しちゃいますよ!」
「はいはい、わかった。わたしがやるよ。」
わたしは周囲に誰もいないことを確認して<ゲート>の魔法を展開する。目的地はマイムの町近くの森の中。
「いつも通り変わりませんでした。残念です。こう、もっと七色の光がパーっと光ったりしないんですか。」
リリーサが、わたしの<ゲート>にケチをつける。
「同じ魔法なんだからそんなに変わらないよ。」
わたしたちは、マイムの町を目指して歩き出す。
そして、家の前ではダラムルさんが待っていた。なぜ、帰ってくるたびに誰かが待っているんだろう。
「フレイラじゃないからいいわよ。」
ファリナが安堵のため息を吐く。
「どうしたの?ダラムルさん。」
「おぉ、帰ってきたか。留守にしてるとは知らなかったからどうしようかと思っていたところだ。実はちょっと問題があってな。」
またですか。勘弁してよ。
立ち話も何なので、家に入る。
ソファーに座るダラムルさんの正面にわたしが座る。
わたしの後ろにリリーサが立ち、ダラムルさんの左右をファリナとミヤが、後ろをリルフィーナが固める。
逃げ場のない状況に居心地が悪そうなダラムルさん。
「それで?事と次第によっては明日の朝日が見れないことを覚悟して話してね。」
腕を組み、上から見下ろすようにファリナが言う。
「商業ギルドのゴタゴタが片付かない。ギルドマスターが捕まったが、その下で悪事を手伝っていた職員も何人か捕まってしまって人手が足りん。領主様は、当面臨時に、ロクローサから何人か職員を廻すと言っているが、ロクローサだって同じ状況だ。とにかくギルド経由の商品は生活必需品が優先される。つまり、改装工事用の材木が手に入らん。」
「材木問屋は?」
「あそこもギルドマスターとつるんでいたことがわかって会長が辞任した。領主様からは会計がはっきりするまでは、物を売るなと言われている。」
「で?どうなるの?」
ファリナの目つきが段々悪くなってくる。
「領主様から、どうしても急ぐのなら、色々借りがあるから、領主権限で材木を渡してもいいと言われている。どうする?領主様に頼むか?」
言い方が汚い。貴族に貸している分の返済だと言われても、わたし的には借りみたいなもの。借りはつくりたくない。
「なら、ギルドが動き出せるのにもう数日かかりそうだから、それから材木を仕入れて、俺の工場で加工してから、家の工事に入るから、工事開始は10日後くらいになるかな。」
「10日?・・・あさってくらい開始のはずが10日?・・・」
ファリナとミヤが、その場に崩れ落ちる。
いや、大袈裟でしょう。




