54.お客様に予告しておくものです
「世の中には予告開店というものがあります。即ち、つぎのお店の開店は、〇日から×日の間のどれかです、とお客様に予告しておくものです。」
いや、無いからね。そんなの。
「そうしないと、お客様がずっと開店を待ってなきゃいけないじゃないですか。」
わたしたちの家に戻ってくるなり、また訳のわからない議論が始まった。
「待たせないから。普通の店は、お客さんをそんなに待たせないから。」
「その理屈だと、わたしのお店が普通じゃないみたいじゃないですか。」
「どこを見て普通だと主張する気なの。普通はありえないから。」
「これだから非常識な方は。」
やる気?ヤっちゃうわよ。
「恐ろしいほど似たものですね。」
リルフィーナ、今何て言った?あんたもヤっちゃうよ。
「で、わたしのお店『ヴァイス・ゼーゲン』の開店予告が最速で5日後なんです。遅れる分には構わないのですが、早まると、並んでいなかったお客様が納得できないと騒ぎになる恐れがあります。」
「リリーサの住んでる町って鍛冶屋さんが住んでる町なの?」
「違います。鍛冶屋はドンクの町。わたしが住んでいるのは、そこから町1つ挟んだソイルの村です。同じグリューバル領ではありますけど。」
「なら、お店の開店まで、その町にいればいいじゃない。」
「わたしにあいつと同じ空気を吸えと?いっそ死ねと言ってください。」
「言っていいの?」
「ヒメさん、酷いです。もうこの世から消すしかないのでは・・・」
「うん、そうなるよね。」
面倒くさい。どうしようか考えていたら、ファリナが話しかけてくる。
「リリーサがお店を開けるまで、毎日わたしたちの家に戻ってこればいいじゃない。その後は、剣ができる頃に、わたしたちがその町へ行けばいいんだろうし。」
「毎日“がーるずとーく”ですか?」
リリーサが食いついてくる。いや、昨夜のことを忘れたわけではあるまい。もう、魔獣の話題はないよ。
「それはさておき、そうですね。ここからガルムザフトに通えば問題ないわけですね。というか、もうここに住み込んで、ここからお店に通えばいいのではないでしょうか。」
「「却下。」」
わたしとファリナが間髪入れずお断りする。
「えー、ヒメさん酷いです。」
リリーサがジタバタするけど無視。
「どうします。これから行きますか?それとも明日にしますか?」
おしゃべりしてお茶飲んでたら、結構いい時間になった。バイエルフェルンから戻ったのが昼過ぎ。ギルドに行って、ロイドさんの家で話し込んで、さらにわたしの家で話し込んだら、もう夕刻。<あちこち扉>で行けば話をする時間くらいはあるだろうけど、詳しい話をしてる時間があるかどうか。それ以前に、それほど腕がいい鍛冶屋さんが、簡単にわたしたちの剣を打ってくれるものなのか。
「打たないなんて言ったらこの世から消します。」
ユラリと笑うリリーサ。何か怖いんだけど。
「では、出発は明日の朝。日の出とともに寝込みを強襲、ヒメさんがやっちゃってください。」
誰を何でやっちゃうのよ。自分でやりなさい。
「ヤっちゃったら剣が作ってもらえないでしょ。フレイラの話じゃないけど、わたしも作ってもらおうかな、剣。」
「いる?いまさら。」
(今の剣じゃ、人前に出せなくて、今日みたいに知らない人と急に組まなきゃならなくなったときとかに辛いのよ。)
リリーサたちに聞かれたくないから、ファリナの腕を引っ張って、顔を寄せ耳元で囁く。納得というように首を縦に振るファリナ。
「まだ明るいうちから、しかも人前でそんなハレンチなまねを。羨ましいです。」
リルフィーナがこちらを指さし喚く。
「話をしてるだけだよ。ハレンチなまねなんかしてないからね。」
言うに事欠いて何を言い出すかな。ファリナも顔を赤くしない。何もしてないんだから。
「では、わたしもヒメさんと話す時はそこまで近づかなくてはいけないのですね。」
ニッコリ微笑むリリーサ。
「今のは内緒話だよ。友達でも話せないことだってあるの。」
「展開からすると、ヒメさんの剣の話ですよね。つまり、ヒメさんの剣には内緒にしなくてはいけない秘密がある、と。」
くそー、ポヨポヨのくせに変なとこで鋭いからやりづらい。
にこやかにこちらを見るリリーサと冷や汗を流しながら睨むわたし。誤魔化してる罪悪感の分だけわたしの分が悪い。
「なら、仕方ありません、無理には聞きません。お友達ですから。」
ニッコリ微笑んだままリリーサが言う。
「それはありがたいかな。」
「この貸しはいずれしっかりと。」
うぅ、貸しにされちゃった。このままだと、貯まった負債を払うために、リリーサを燃やさなきゃいけなくなる。
「素直に返すという発想はないのですか?当然わたしも反撃しますからね。」
そうなったら、町が半壊しそうだね。
翌朝、さすがに寝起き強襲は嫌だとごねて、朝食後に出発することにする。
いざ出発となったら、リリーサがタイムを要求。試合は中断したまま時間だけが過ぎてゆく。
「何の試合ですか。」
リルフィーナが律儀にツッコんでくれる。
「すいませんね。お姉様けっこうビビりなもので。いざ、行くとなったら急に臆病風に吹かれてしまったみたいで。」
「誰が臆病ですか。これは、そう、あいつを倒すための最後のシミュレーションの確認です。」
倒さないでよ。せめて剣が完成するまでは。
「元カレかと思ったけど、ここまで会いたくないって・・・ひょっとして・・・」
「想像通りだと思いますよ。わたしの口からは正解は言えませんけど。」
リルフィーナが生暖かい目でリリーサを見る。困ったものだ。
「リリーサが行きたくないなら、鍛冶屋さんの家まで案内してくれれば、わたしたちだけで行くよ。」
「それは、わたしが負けたみたいなのでダメです。それに、きつく念を押しておかないとあの男、適当な剣を打ちかねません。きっちりやらなきゃこの世から消すとはっきり言わなきゃダメです。」
「適当って。」
「普通に使える剣は打ちますよ。でも、それじゃあダメなんですよね。ファリナさんが強くなれる剣でないと。」
ファリナはそれに力強く頷くけど、わたしは本当は納得していない。でも、万が一に事を考えたら、強力な剣はあればあるに越したことはないのかな。
リリーサが開いた門をくぐると、そこは何もない野原だった。
「広いわね。戦えそう。」
「戦いますか?いいですよ。使っていいのは拳だけ。魔法は禁止。夕日に照らされる中、ダブルノックダウンでなかなかやるなエンドですね。」
「どこの熱血騎士物語よそれは。殴りあうのはごめんです。魔法で一発勝負がいい。」
「わたしとヒメさんとじゃ、間違いなく片方、最悪両方が消えちゃいますけど。」
「やめてよね。墓碑銘に『ヒメとリリーサ 冗談でここに眠る』とか嫌よ。恥ずかしくてお墓参りに来れないわ。」
「それは嫌だなぁ。」
素直にファリナに賛成だ。
「で、その鍛冶屋さんってこの野原に住んでるの。野宿の人なんだ。」
なにせ、あたりには家らしきものなどない。
「この先に家があります。町の真ん中にでるわけにはいかないでしょう。」
そりゃそうか。
「リリーサのことだから、魔法がばれてもいいからって、町の真ん中に出口を作ると思っていたよ。」
「そうしてたんですけど、町の真ん中に急に現れると、お年寄りが驚いて心臓に悪いからやめてくれと、町の敬老会から苦情が来まして。」
やってたんかい。
「さすがに心臓発作とかで死んじゃうと<モトドーリ>でも治せないので、やむなく。」
え?治せたならやるという風に聞こえるんですけど、冗談だよね。
1軒の家の前に立つ。そこから離れたところに町の建物が並ぶ。
その家は、その街並みから離れて一軒だけポツンと建っていた。
「自称人嫌い。だから、こんなところにわざわざ家を建てたんだって。寂しがり屋のくせに。」
その家を睨んでリリーサが立つ。
「そういうウソをつくところが大嫌い。あぁ、家ごとこの世から消したくなる。」
そういうものなのかな。ものごころついた頃から1人だったわたしには、よくわからないや。
リリーサが、ドアをドンドンと・・・蹴る。
え?ノックじゃないの?
「入るわよ。いるんでしょ。話があるの。」
バンッと、壊れんばかりにドアを開ける。
「こ、壊れるよ。」
「壊れたら<モトドーリ>で直します。」
なるほど、再生魔法いいな。なんで、わたし使えないんだろ。
「おいおい、女の子なんだからもう少しお淑やかに・・・」
「セクハラで訴えます。」
「・・・」
ドアを開けたところは、工房なんだろう。広い一部屋に、工具などのいろんなものが置いてある。
部屋の奥に、薄い金髪の、体格は結構しっかりした作業着を着た男の人が椅子に座って書類をみていた。男は、リリーサからの一言に押し黙る。
「この人が天人族なの?」
わたしのリルフィーナへの質問に、男が、顔をしかめながらこちらを見る。
「お前・・・魔人族か?なんで魔人族がここに来る?出ていけ!」
怒鳴られた。今までの話の流れ的に、この人が天人族だっていう、リリーサの・・・お父さん?
「わたしの用事なの!わたしのお友達なの!」
「いや、だが、お前。こいつは魔神族・・・」
男の言葉に、呆然としていたのは、わたしとリルフィーナだけだった。面と向かって魔人族呼ばわりされたことなかったからね。勇者の村にいた時でさえ。
ファリナとミヤは、いつでも飛びかかる態勢で、もう斬る気満々だ。怒った顔で男を睨んでる。
リリーサも、もうこれ以上ないというくらい鬼の形相で男を睨みつける。
「ヒメさんも、わたしも、好きでこんなになったわけじゃない!あんたたちのせいでしょうが!!」
いつもの口調が変わってるよ、リリーサ。
いきなりの怒りの口調に、言葉を返せない男。
「好きで混血で生まれたわけじゃない!なのに、人からは半端物みたいに言われて、あげくには、お母さんはお前のせいで死んだって陰口たたかれる!わたしのせいでお母さんが死ぬんだったら、最初から生まなきゃよかったんだ!」
「や・・・ちが・・・」
男は何かを言おうとして、言葉が出ない。
「あんたたちはいいさ。自分たちは愛し合ってたんだって自己満足できるんだから。わたしはいい迷惑よ。いらない子だって捨てられて、なのに、へらへら笑いながら帰ってきて、また一緒に暮らそう?ふざけるんじゃないわよ!何言ってるの?」
「・・・・・・」
もはや、泣きそうになりながらリリーサを見つめるしかできない男。
「ヒメが魔人族の混血。わたしが天人族の混血。何、それ、わたしたちの責任なの!?違うでしょ!責任があるのはあんたたちでしょうが!どの面でヒメを責めてるのよ!」
言いたいことがいっぱいあったんだね、リリーサ。感情が昂りすぎてわたしを呼び捨てだし。でもね・・・
「リリーサ。」
かけた声に怒りの表情のまま振り向くリリーサ。
パン。
軽く、もなくそこそこ力を入れて、リリーサの頬を平手打ち。
「・・・ヒメ・・・さん?」
「言い過ぎ。」
呆然とわたしを見るリリーサ。
なんだろう。いつもなら問題起こすはずのわたしが、最近は一番頭が冷えてるって、天変地異の前触れかな。




