515.終わりの時と未来
見たことのない女。だが、その手に握られた剣には見覚えがあった。
だが、あの剣の持ち主は……
言いようのない不安に、ジャザラーグの背中を冷たいものが走る。
「魔王様……なのですか?」
「魔王は貴様だろう。相応しいかどうかは別として。」
「あなたが戻られていれば……私が魔王になることなど……」
「痴れ者が!一度魔王を名乗ったのであれば、相手が何者だろうと臆するな!勝ち負けに関係なく立ち向かえ!」
エアの右足に人形の頭を蹴り砕かれ、後ろに倒れるジャザラーグ。
「う……ぐ……」
「なんだあの城は!?あんな城が力だと?魔王が他力に頼るな!」
ガバッと立ち上がり、右手につくりだした剣を振りかざす。
「どんな形だろうと力は力だ!隠れていたあなたに口を出される筋合いはない!」
「ならお前の力を見せてみろ。」
エアが持っていた剣に魔力を込め、地面に突き刺す。
「<魔法人形>」
剣がほのかに光を帯びる。その剣に空中から黒い霧のようなものが集まってきて、エアの体を覆っていく。
巨大な人形が形づくられていく。
ジャザラーグを見上げていたエアの体が黒い岩に覆われていき、その全長はジャザラーグの人形に匹敵する。3メートル近い2体の巨人が向かい合う。
「う……く……」
エアの魔王姿は、魔王城で魔王の椅子に腰かける、人形を纏った姿でしか見たことはない。
目の前に、かつて恐れた魔王が立つ。ジャザラーグの生身の背中を冷や汗が流れた。自分が恐怖に震えてると自覚せざるを得ない。だが……
「私とて魔王の名を冠した者!責任を放棄して逃げた者に背を見せるわけにはいかないのだ!」
「覚悟はよし!」
たがいに剣を振り上げ、相手に向かい振り下ろした。剣と剣がぶつかり合い鍔迫り合いになった……のはジャザラーグだけで、エアは右手で持った剣で相手の剣を受けると、空いた左手で相手の物理防御を握りつぶすなり風の魔法をジャザラーグの胴体に撃ちこんだ。
「ぐぉっ!」
人形の胴体の真ん中に大きな穴が開いていた……その穴から少なくはない量の血を流しながら。
「馬鹿正直は生きていて疲れないか?」
エアの問いにジャザラーグが答えることはなく……数歩後ずさったジャザラーグの人形の首を、エアは上から殴りつぶした。
声をあげることなく、ジャザラーグは地面に倒れた。
エアの魔法人形が砂のように崩れていく。すべて崩れた後にエアの姿はなかった。
離れたがれきの陰からエアが姿を現す。エアは人形を自分で動かしているわけではなく、魔法による遠隔操作を行っていたのだった。
魔法人形があれば、本人はその中にいる。魔人族すべてがそう思うだろう。だから、あえてエアはずっとそうやって人形を動かしていた。
かつてヒメと戦った時も……そのためヒメたちに負けたことにしても、ケガもすることなく姿を隠せたのだが……
「飛行魔法の方はあいつが隠滅させているはずだ。」
さっきまで共にいた胡散臭い天人族を思い浮かべる。
「こっちはこれから次期魔王争いだ。また世間が割れるぞ。大騒ぎだ。人族が忍び込んだことなど誰も思い出しもしないだろう。がんばってくれよ、次期魔王候補たち。」
いっそ楽しそうに見えるエア……は、ゆっくりと歩き出した。
天空城は山脈の山頂を越えていった。
それを見送るしかなかった一団……エルリオーラ王国騎士団とリリーサ、リルフィーナそしてアリアンヌとユイ……は、急ぎ国に向かっていた。
けっこうな数の騎士が生き残ったので、リリーサもユイも空間移動魔法を使う事ができず、ただ黙々と……いや、リリーサは魔獣を見つける度に走っては戻りを繰り返しながら、歩き続けていた。
騎士たちの間にも、アリアンヌとユイも言葉は少なかった。たまにリリーサが『魔獣です!行きます!』といった奇声を上げるが、リルフィーナ以外声を返す者もいない。
たまに騎士たちの間で不安そうな小声が聞こえてくる以外、その行進は静かなものだった。
その会話もずっと同じ繰り返しだけ……
つまり……
『魔人族の空飛ぶ城は王国に向かったんだよな?戻ったら国が無くなっているなんてことはないよな?』
『そんなの、俺にわかるわけないだろ……』
それだけ。
皆、王都に帰る期待より、先行きの不安の方が大きくなってきていた。それでも、歩を止めるわけにはいかない。
その時……ズズーン!地鳴りがして、足元がわずかに揺れた。
「な、なに?」
「お姉様、あれを。」
リルフィーナが指さす方向を見る。
黒の山脈の向こう側。山頂を大きく超えた高さまで砂埃が立ち上っていた。
「お城が……落ちたのですね……」」
騎士たちが期待と同じ量の不安を込めた顔でリリーサを見た。
「まだ王都に到着する時間じゃないよな?なら、途中で落ちたのか?」
「故障か?王国に対抗できる兵器があったとは思えないが……」
「だが、助かったんだよな?」
「わかるものか。やつらの地上への攻撃かもしれない。」
「そんな……今のはどっちだと?」
騎士たちが都合のいい答えを期待してリリーサを再び見る。だが、リリーサはその期待を無視して、山の向こうを見続けるだけ。
「約束ですからね。」
その視線の中リリーサの放った言葉は、小さすぎて誰にも聞こえなかった。
1ヶ月が過ぎた……
エルリオーラ王国の王城で、王女ライザリアは廊下の窓から外の景色を物憂げに見ていた。
忙しかった日々も、ここ数日来ようやく落ち着きを取り戻してきていた。
そう、忙しかった。王国での3本の指に入るであろう有力貴族の王国への反乱、それの鎮圧。その領地の民に対する沈静化等々……サムザスの1件は領主の、富への執着が生んだ行為であり、魔人族の領地へ自ら進行するなど、王国への反旗同然と発表された。
しかも、その行為は魔人族にばれ、その後、空飛ぶ城による王国への攻撃が決定されていたこと。城は黒の山脈を越え、王国の領地まで攻め行ってきていたということ。何らかの事故で城は墜落し、直前の危機は去ったが、以降、魔人族が攻めてくる可能性はまだ残っていること。
それらが国王から国民に向け発表された時、王国中がパニックに陥りかけた。
なにせ、国の主要な貴族が、魔人族にケンカを売ってしまい、現状戦争継続中という可能性があるといわれたのだ。
去年の惨事の悪夢がさめないうちにさらなる悪夢が襲いかかってくるかもしれない。しかも、いまだにその際の戦いで失われた勇者の補充が終わってはいない。状況は前年より悪いと思われた。
それでも国としての平穏を保てたのは、ライザリアが国民に対しできうる限りの対抗策を示したためであり、その中には王族を守るべき王宮騎士団でさえ前線に出すという約束も含まれていた。
その後、数週間過ぎても魔人族に何ら動きがないこともあり、現在、国内は表面上は落ち着いてきたように思えた。
この間に、貴族……それも高位から名ばかりの者を含めて……の国外への脱出が相次いだ。沈みそうな船から逃げ出そうというわけだが、逃げる場所のない平民はそれに対して不平を抱きつつも何もできることはなかった。
ライザリアは、それら貴族の脱出を許し、持てるだけの財産を持ち出すことも許可し、そのかわり領地と爵位を廃すること、領地を持たない貴族には爵位だけを廃することを求め、それは認められた。
逃げ出した貴族たちは安全を手に入れたと信じたが、エルリオーラ王国で爵位を廃された彼らは、向かった先の国で当然貴族扱いはされず、その後魔人族の攻撃が当面はないと知ると、王国へ戻ろうとする者も現れた。が、すでにその者の領地も爵位も戻ったからといって復活させてもらえるはずもなく、平民と同じ扱いを受けることになり、自らの浅慮に心身に汗を生じることとなった。
ライザリアとしては、今後魔人族との戦いになった時に、足手まといもしくは裏切られる可能性のある貴族を斬り捨てたかっただけだったのだが、その実、心でくすぶる苛立ちからの八つ当たりである可能性も否定はできなかった。
そう、1ヶ月過ぎた今になっても、ヒメたちは戻らなかったのだ。
天空城が墜落した後、ライザリアは自らが指揮をとって、黒の山脈の中腹に広がるがれきを調べた。無論、魔人族が同じように調べに来ている可能性のある危険なものだったが、国王、大臣の制止を振り切って騎士団とともに山に向かったのだった。
幸運にも魔人族と出くわすことはなかったが、調査の結論としては、人族、魔人族ともに、遺体と思われるものは見つける事ができなかったのである。
騎士、文官たちの意見は、損傷が激しくてどちらの種族のものか見分けがつかなかったため、魔人族がすべて持ち去った。あるいは、がれきの散乱状態から予測すると、空中で城が散らばってしまったようなので、もっと広域を探す必要がある。などなどがあったが、さすがのライザリアでも、見つかるまで山を下りないということはできずに今日に至っていた。
「待っていてね、ヒメ。暖かくなったら絶対見つけてみせる……」
窓の外に広がる夕日に染まった王都を見つめるライザリアの瞳に、決意の色が浮かんでいた。
ラストまであと2話
残りはエピローグです




