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514.天に散る 2


 落ちている……そう感じていたのは一瞬だった。

 いくら城の中で、天井が全長3メートルを超すこともある魔神が通るといっても、所詮は1階層落ちただけ。ものすごい音をたてて、床(この階から見れば天井)の岩やら何やらが転がりまくる中を、わたしたちも、滑り落ち、さらに転がる。よくがれきの下敷きにならなかったものだ。日頃の行いのおかげだろう。

 「悪運。」

 「そうね、悪運ね。」

 黙っててくれないかな、2人とも……


 「このくらいでぇっ!!」

 わめきながらがれきを吹き飛ばし、巨体が姿を現す。言わずもがなの魔王である。しつこいやつだ……ま、これくらいじゃケガ1つしてないんだろうけど……この魔法人形って鎧は、はっきり言ってズルいよね。

 「魔人族をなめるなぁっ!」

 魔王が、ドンっと一歩前に足を踏み出して剣を振り上げる。

 うっさい。

 「<豪炎>!」

 土手っ腹に強めの炎を1発叩き込む。お腹で炎が破裂する……って、撃ってから気がついたけど、人形の傷は修復済みか。やっぱりズルい。


 <豪炎>を食らった魔王は、爆発の勢いで大の字になって後ろに大きく倒れ込む。

 「追い打ちをかけるわよ!」

 ボーッと倒れていく魔王を見ていたわたしは、ファリナの声で我に返る。そうだった。こいつ本体を倒さないと、これくらいじゃなんともないんだっけ」……

 ファリナ、ミヤが走りだす。わたしは立ち上がろうと動き出した魔王に向かいもう1発<豪炎>を叩きこむ……それが命中するなり、魔王を支えていた床が大きく崩れる。

 「うおぉっっ!?」

 がれきとともに、魔王の姿は階下へとまたしても落ちていった……この城、脆すぎない?これって追いかけなきゃだめだよね……

 「それどころではない!一旦さがれ!床が落ちて無くなる!」

 ミヤの言う通り、わたしたちの足元も崩れて落ちていきはじめる。

 「廊下まで出て!追いかけるのは床の落下が落ち着いてからよ!」

 確かにこのまま魔王を追いかけても、崩れ落ちてくるがれきに、わたしたちも潰されてしまう。


 部屋から廊下に出たところで、下の階から声が響く。

 「うおぉっ!またしてもかっ!?」

 声が、新たなるがれきが崩れていく音にかき消されていく……

 「もう1階落ちたわね……」

 なにやってんだ、あの魔王は……どこまで落ちたのかな……

 「ミヤは3階下にいると思う。」

 「わたしはさすがに2階下でがんばるんじゃないかなと……」

 ミヤとファリナが、魔王がどこまで落ちたか賭けを始めた。もうどうしよう、これ……


 とはいえ何度も言うが、放っておくわけにはいかない。この魔王とはこれっきりにしたいからね。

 しかたない。追いかけようか。そうわたしがあきらめた呟きを口にした時……


 「だめだっ!ヒメ様!城が持たない!」

 ファリナの手を引っ張って、わたしにしがみつくミヤ。

 「城が崩れすぎた。地面にぶつかる前に崩壊する。」

 それはちょっちまずいぞ……わたしたちの足元の床だけでなく、天井や壁までもが歪んでいく。


 これは……わたしの頭が混乱で真っ白になった……








 ミヤの予想通り、魔王はヒメたちのいる階から3つ下の階まで落下していた。

 「あの人族がっ!くそっ!城はもう持ちそうもないな。一旦王都に戻って新しい城を建設して今度こそ人族の土地全てを焼き尽くしてやる!」

 周囲の惨状を見て、魔王は戦略的に後方への転進を決意する。短く言えば撤退である。

 ジューリーに命じてあるから、他の者たちの脱出はすすんでいるだろう。

 あとは自分が脱出すればいい……


 「それはダメだろう。」

 いきなり部屋に女の声が響いた。

 「誰だ!?」


 振り向いた魔王の目に、入り口近くの壁に寄りかかっている女性の姿が映った。

 エアが冷ややかな目に、魔王の人形の姿を映していた。


 「お前は……誰だ?その感じは……魔人族だな?だがその肌の色は人魔ではない……」

 食い入るようにエアを見る魔王。

 エアはいつものごとく、人形を纏うことなく生身のまま、魔王ジャザラーグの前に堂々と立っていた。そのため、魔王にはエアを魔神だと判断できないでいた。人前に生身を晒す魔神などいるはずはなかったから。だから、最初に疑ったのは、この女性が本当に魔人族かどうかだった。

 だが何度確かめても、女性から感じられる魔力は魔人族のそれであった。

 「お前……魔神なのか?人形も装備できないのか。」

 魔王はそう判断を下し、やれやれといったそぶりをする。

 魔神といってもピンキリだ。どんなに強い一族に生まれたからといって、人形を纏う魔力すら持たない者もいる。そういう者たちは大抵は家に引きこもり、表舞台に出ることはない。この女もそんな魔神の1人なんだろう……魔王はそう思った。

 その様子を見たエアが俯き、ため息をつく。

 「力も読み切れないとは……だからお前はダメなんだ!」

 エアは地面を一蹴りすると魔王の目の前まで距離を縮め、魔王の胴体に蹴りを入れる。

 「ぐはぁっ!?」

 床に大の字に倒され、足で胸を押さえられジタバタする羽目になって、ようやく自分が相対する者が只者でない事を理解した。

 「人形もなしでこんな力を出せる!?ま、まさかお前……いや、あなたはフィールドの身内か?」

 ジャザラーグは必死に魔人族最暗部の一族のメンツを思い出そうとした。

 あの一族の中で女性は……2人いたはずだ……そういえば妹の方は人形を纏わないことで有名だった。この魔神が?いや、妹の方は、顔は着ぐるみをかぶっているのでわからないが、体形などの見た目はもっと幼いはずだ。それに、あの『壊滅の破壊者』の2つ名を持つ少女なら、こんな会話をしようなどと考えることもなく、有無を言う暇もないうちに殺されているはずだ。

 なら、姉か?いや、彼女は去年、あの戦いで亡くなった……だからこそ、自分が魔王となったのだ……

 世間には知られてない3人目がいる?あの狂った家ならそのくらいはありえるかもしれない。


 ジャザラーグの頭の中は混乱の極みにあった。

 とりあえず素手では敵わない、知らない魔神と相対する不安。

 だが、むざむざやられるわけにもいかない。魔法戦を仕掛けてみるか?そもそもこいつは何者なんだ?


 次の瞬間、床が大きく揺れた。いや、床だけでなく壁も天井も……

 「な、なんだ!?これは!?」

 慌てるジャザラーグの足元が崩れ始める。

 「し、城が……潰れる!」


 ジャザラーグの叫びは、崩れ落ちてくるがれきの中に消えていった。



 黒の山脈。その斜面に岩や鉄などいろいろなものが降り注ぐ。大きなもの、小さなもの、大量に降ってくるそれらに、もはや城の名残は見えなかった。


 数分、それとも数十分だろうか。大量のがれきが地面に落ちきって、地に静寂が戻るのに必要とした時間。

 いまだ粉塵たなびく山の斜面に転がるのは無である残骸であり、そこに命の存在は見ることはできない……


 「でりゃっ!」

 その静けさを破り、がれきの山を崩して、黒い巨体が現れた。魔法人形を纏った魔王ジャザラーグであった。

 「ふん、運がよい。がれきの比較的薄いところにいたようだな。動けなくなるくらい埋まらずにすんだ。まぁ全力で展開した物理障壁をもってしても、人形の半分が砕かれ、地面に叩きつけられてしまったが、死なずにすんだということは運がいいということだろう。」

 そう呟いて、周囲を見回した魔王から深いため息が出る。

 動くものはなかった。

 部下たちには、脱出するよう命令した。しかし、全員が間に合ったとは思えない。どれだけの数かはわからないが、城に残された者たちはいるはずだ。

 しかし、今、この地で動くものは自分以外見いだせない。がれきの下で生き残っている者がいるかもしれないとは思うが、魔王1人で探せる状況には見えなかった。

 「王都に戻って、至急生存者探索の部隊を出さねば……ジューリーが生きていれば、あるいはすぐに準備してくれているかもしれないが……急がねば。」」

 「その前にまず自分の心配をすべきだな。」

 いきなり響いた声に、ジャザラーグの心が跳ねる。

 恐る恐る周りを見る。


 離れたがれきの上に、先ほどの女魔神、エアが傷1つない様子で立っていた。

 「民に優しいのはいい事ではあるが、忘れるな、魔人族は力こそすべて。個の力がすべてなのだ。民に支えられた巨大な城が自分の力だ?愚かにもほどがある。お前に魔王は務まらない。あと私事だが、お前は巻き込んではいけない者を巻き込んだ。ここで骨になれ、弱き魔王よ。」

 見知らぬ魔神として相手の力を推し量っていたジャザラーグだったが、そこまで弱者呼ばわりされては大人しくしていられなかった。

 「貴様になにがわかる!?」

 怒声とともに立ち上がる。それを冷えた眼差しで見つめるエア。

 「責任の一端はわたしにもあろう。直々に終わらせてやるよ、ジャザラーグ。」


 エアが収納から鞘に納められた剣を出す。

 「剣?……どこかで見た……?」

 ジャザラーグの意識は剣に吸い寄せられた。あれは……あの剣は……

 そしてエアはゆっくり剣を鞘から抜いた。


 「そ、それは!?その剣は!?ではあなた様は……?そんなはずは……」

 ジャザラーグの震える声が響いた。それは、冬の寒さゆえか、それとも……








あと3話


いつも通り何事もなく、淡々と終わります

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