512.墜ちる城
「人族がっ!舐めるな!」
魔王が両手を胸の前でクロスしながら前にかがみこむ体勢になる。この場に至って何事?
「うぉらっ!」
大声とともに両手を広げ、大きく胸を張るように体を開く……と、さらに2本の剣を持った腕が人形の背中から出現した。
腕が4本!?まぁ魔素を固めた魔法人形なのだから、腕が4本でも足が10本でもなんでもありなんだろうけど……
「足が多いのはイヤね。ないのもイヤだけど。」
確かに多いのは気持ち悪そうだな。
「多かろうが少なかろうが叩かねばならない敵だ!所詮、足など飾りだ!」
「けど、手が多いのは厄介よ。」
そうだね、でも4本くらいなら……
「これでどうだっ!」
4本の腕がいっぺんに振り下ろされる。さらにその手に持つ剣に纏わせた風魔法をあちこちで飛ばしてくる。腕が多少増えたくらい大した問題じゃないと思ったんだけど、それに魔法を絡められるといきなり厄介だ。かわすのがやっと。
3回、4回、間髪入れず魔王は腕を振り回す。実剣と魔法による攻撃の数がだんだん増えてくる。
これはまずい……そう思ったのだけど、実際はそうはならなかった。
わたしはファリナ、ミヤと目配せする。2人も頷き返してくれる。
「どうだ!手も足も出まい!」
魔王が4本の腕を大きく振り上げる。
「行く!」
ミヤが一瞬にして魔王の顔の前に飛び込む。
「なっ!?」
驚きで魔王が怯む。
「殴る!」
ミヤパンチが炸裂。魔王は後ろにちょっと体を浮かしながら倒れ込んだ。
「弱すぎた……」
全力ではないとしても、力を込めて殴って魔王を吹き飛ばしてしまったら、部屋にある機械を壊してしまうかもしれない。まぁ壊してもいいのかもしれないけど……とにかく、いいのか悪いのかわからない限りは、ミヤも強めに手を出すわけにはいかなかったようだ。
「加減は苦手だ……」
ミヤが倒れた魔王に追撃をくわえに動き出す。わたしたちも見てるだけにはいかない。ファリナと魔王に剣を持って迫る。ちなみに打ち出すタイプの魔法はファリナやミヤも入り混じった混戦中では使えない。使ってもいいんだけど……
「使ったら説教よ!」
「説教だからな!」
使えない……
立ち上がろうとしている魔王に、わたしは炎を纏わせた剣を突き立て、ファリナは風の刃を纏わせた剣で斬り裂くべく振り下ろす。
「邪魔だ!小娘どもが!」
魔王は右手を振り回し、わたしたちの剣をはらう。もう少しで肩を刺し貫いてやったものを……
「増やせばいいというものではないか。」
立ち上がった魔王の、背中の2本の腕がガラガラと崩れていく。くそ、元の2腕2足の人型に戻ったか……
4本腕は攻撃の量は増えたんだけど、もともと人は2本腕、4本はうまく扱えないようで、只々剣を同じ方向にまっすぐに振り下ろし、剣に纏った魔法を放つだけ。こちらとしては、手数が多いのはたまらないけど攻撃は単調で避けやすかったから、こちらからの攻撃のきっかけも掴みやすかった。
2本に戻されると、攻撃を避けるのに忙しくて殴り返す隙を探すのが大変になる。
ま、こっちは3人いるから、その辺はなんとかなるか。そう、戦いは数なんだよ。
「今度は吹き飛ばさない、胴体を貫く。」
ミヤの握る右手に力がこもる。
「こんな茶番はもう終わらせる。」
ミヤがマジだ……
「その前に……1つ教えて、魔王。飛行魔法はどこから持ってきたの?」
ファリナが魔王に尋ねる。あぁ、そうか、まだ魔法を知っている人がいたら、新しい城を建てようとするかもしれないのか……
「お前たちの知った事ではないわ!」
答えることなく魔王は剣を持った腕を振り回す。4本腕の時と違い、剣の軌道を微妙に変えてみたり、剣から風の刃を放つタイミングをずらしたりしてくるから、こっちも回避先行になっちゃって攻撃の糸口が図りづらい。
「これはまずい。」
ミヤの口から珍しく弱音が出る。
「かわした攻撃でいいかげん部屋が崩れる。」
え?なにが?
攻撃の合間に周りを見る。壁は魔法の刃が何度も突き刺さったのだろう、あちこちが削れたり穴が開いたり……床は剣で殴られた部分の岩ががれきの山を築いている。
これは……確かにいつ階下に落ちてもおかしくない。
「しかたないわね。いつまでも逃げているわけにもいかないのなら、一気に攻撃に移りましょう。」
ファリナの言う通りか。確実に攻撃できるタイミングを待ってたら魔王と一緒に下の階へ落っこちてしまいかねない。
次、かわしたら行くよ!2人とも!
ヒメたちが魔王と戦っていた頃……
天空城の最深部、魔法陣のある部屋は混乱の極みに達していた。
「なんでモノ・ピューリーの塊がこんな風に砕けているんだ!?」
「知るか!いいから計器を確認!もはや完璧に修理している時間はない。魔力の流れがつながりそうな箇所をつなげて、出力が落ちてもいい。飛行を維持もしくは短時間でもいいから継続できるような状況に持っていけないか調べろ!それが無理そうなら脱出する!」
「逃げ出すなら早い方がいいんじゃないのか?」
「このままじゃ全員助けられない!時間が欲しい。いいから調べてみてくれ!」
叫ぶ技術者たちの横を、小さなモノ・ピューリーの岩で崩れた部分を埋めようとする作業員たち。
叫びと慌ただしく人が行き来する魔法陣を、数階上から眺める人影があった。
「なるほど。こうつながっていたはずだから、飛行魔法の魔法陣にあたるのはこの箇所か。まったく、見ただけでも無駄が多いぞ、パインバイル。」
この魔法陣を考案し、ついには大空に消えた天空族の名前を呟くのは……ログルスの姿をしたゴボルであった。
「安心しろ。お前が命を懸けた研究成果を横取りするつもりはない。が、なにかの参考くらいにはなるだろう。おぼえておいてやるよ。」
魔法陣を一通り観察したログルスは広間に背を向け、別の場所へ移動しようと考える。
「上の方は片付いたのかな?向こうにはエアが行ってるだろうから、俺が行くとまたケンカになるだけだしな……」
もうこの城には用はないのだが、ログルスとしても、ヒメを残して先に逃げ出すという選択肢はない。
「ヒメたちの脱出を確かめたら、俺も逃げ出すか。」
いざとなれば、今おぼえた飛行魔法を使えばいい。一瞬だけ浮くくらいなら使えるだろう。城の落下はログルスには何の問題もなかった。
そして、最上階から数階下りた場所にある部屋では……
「どちらへ行かれるのですか?」
その場を立ち去ろうとするエアの腰にしがみつくジューリー。諭すようにエアが語りかけた。
「もう魔法も最上階近くでならかなり確実に使えるようになったようだ。空間移動魔法を使える者に門を開いてもらって、仲間を連れてお前は脱出しろ。」
「魔王様はどうなさるのですか?」
「言ったはずだ。わたしはもう魔王ではない。ただの通りすがりだ。わたしのことはもう忘れて生きろ。次の魔王がまともな思考の持ち主なら、また使ってもらえるだろう。この次以降の魔王たちを頼むぞ。」
「戻ってはいただけないのですか?」
「やらなければならない事ができた。今のわたしに魔王の座は邪魔でしかない。元はといえば、わたしが兄様の後を継がなければ、後継争いが起こり世が乱れるかと思ったのだが、わたしがいなくとも大丈夫だったようだ。もうわたしは不要だよ。」
「民を率いることより大事なことなのですか?」
なだめてジューリーを引き離そうとするエアだが、ジューリーは腰にしがみついて離れようとしない。
一瞬、『邪魔だな。始末するか』という考えも頭に浮かんだが、兄の時代から魔王補佐としてまじめに働いてくれた人材を無為にはできない。
「わたしは……」
ジューリーに何と伝えるべきか……目を閉じ、やや考えていたエアが口を開く。
「……わたしは、わたしの幸せを探しに行くよ。」
ジューリーを引き剥がし、エアは笑みを残して部屋を出て行った。
「は?」
残されたジューリーは素っ頓狂な声をあげるしかなかった。




