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51.傷つきボロボロになった灰色狼を10匹出す


 ハンターギルドの受付カウンターの脇にある、狩猟物の確認窓口で、リリーサは傷つきボロボロになった灰色狼を10匹出す。最後に収納したもので、こんな傷物をどうするのかと思っていたら、ギルドで見せるために持って来たようだ。傷物だと、売れる部分が少ないので、払う税金が安くなるらしい。

 「酷いですね。何かあったんですか?」

 査定してくれる受付のお姉さんも驚きを隠せない。

 「灰色狼が大量発生してると聞いて、現地に行ってみたんですよ。」

 「え、けっこういっぱいいませんでしたか?危険だから、あまり立ち入らない方がいいですよ。」

 もう行ってきたって言いましたけど。

 「いっぱいいました。で、みんなでブラッドメタルベアと戦っていたんですよ。」

 「ぶ、ブラッドメタルベアですか?魔獣じゃないですか。勇者に行ってもらわないと。」

 「それで、灰色狼はみんなこのざまです。これでも、肉は使えますから持って帰ろうと思いまして。」

 「いや、それよりブラッドメタルベアはどうなったんですか?」

 「わかりません。灰色狼との戦いで、けっこう傷を負っていました。灰色狼を倒した後は森の奥へ行きました。さすがに後は追えませんから、その後どうなったかまではちょっと。」

 この女、ふだんはポヨポヨのくせに、こういう時はすごいよね。生まれながらのペテン師といったところかな。

 「胡散臭い教会で聖女をやってましたから、ポーカーフェイスになったお姉様を言い負かせる人間はそうはいません。」

 リルフィーナが自慢そうにしてるから、ちょっと何か仕掛けてみたくなる。

 「スカート捲ったら素に戻らないかな。」

 「消しますよ。」

 リリーサがジトッとした目でわたしを睨む。

 「昨日会った女の子も言ってましたけど、本当にヒメさんはスカート捲りがお好きなんですね。お子様ですか。」

 リルフィーナにまで蔑んだ目で見られる。冗談のネタなんだけど、言う度にわたしの評価が滝のように落ちていくのはなぜ?


 「怪我をしたのなら、ブラッドメタルベアもしばらくは出てこないでしょうね。後で勇者2,3パーティーに合同で調査に出てもらわないと。」

 もういないんだけど。まぁ、見つかるかどうかまでは、わたしたちには関係ないからね。あ、小熊の死体が見つかっちゃうかな。生き残った灰色狼や他の獣が片付けておいてくれないかな。

 「それで、こちらの灰色狼、2パーティー分ですが、損傷が激しくて、肉ぐらいしか利用できませんので、持ち出しの税金は1匹銀貨3枚。全部で銀貨30枚になります。どうされますか?申告数より少ないですし、この傷ですから、廃棄するならこちらで無料でやりますよ。もちろん、肉はいただきますけど。」

 痛んではいるけど、灰色狼の肉10匹ぶんなら、金貨4,5枚にはなるんじゃないかな。税金との差額でも、金貨2枚くらいの利益は出る。あぁ、遠出した分の旅費も考えたら儲けはないみたいなものか。実際は旅費かかってないけど。隣の国を出発してから半日しかたってないからね。

 「税金を払います。少しでも元手を稼いで税金を払わないと、領主様に怒られてしまいます。」

 リリーサが目じりを、どこからか取り出したハンカチで拭う。

 「何とかしてあげたいけど、ごめんなさい。規則なので。」

 「いいんです。優しい言葉だけでうれしいです。」

 最近、まわりで茶番劇が多すぎる。

 「そちらのパーティーの方は?どうします?同じでいいですか?」

 「いいよ。どうせここまで野宿だったし、そんなに経費かかってないしね。わたしたちは隣の国で近いから。」

 ウソだけど、話をあわせておく。

 「女の子ばかりで野宿は危なくないですか?」

 「むしろ相手が危険。灰も残らず燃やされる。」

 「あぁ、そうでしたね。」

 ミヤの言葉に納得のお姉さん。え?そこ、納得するとこ?

 (あいつら襲うなんて、命がいくつあっても足りねえよ。)

 ホールの方から、ヒソヒソ声が聞こえる。

 テーブル1つ燃やしたくらいで、危険人物扱いなのは納得いかない。せめて、4つは燃やさないと。

 「ごめんなさい。それは勘弁してください。」

 受付のお姉さんが頭を下げる。どこのギルドもそんなにテーブルが大切なのか。


 「では、これで。」

 リリーサはガルムザフト王国の、わたしたちはエルリオーラ王国の銀貨で税金を払う。

 王都の国営銀行で自国のお金と交換してもらえるから、よほど小さな商店でもない限り違う国の貨幣でも使える。受け取った方は、領主への税金として使え、領主は国への税金に使える。それぞれの国で集まった他国の貨幣は、後で国ごとで互いに交換するか、それぞれの国との貿易で使うので、問題はない。

 「お世話になりました。」

 確認のため出した灰色狼をリリーサに収納してもらい、軽く礼をしてわたしたちはギルドを後にする。


 国境を越えなければならないという大規模な依頼が、わずか半日で完了した。

 「とりあえず、国境を出ましょう。エルリオーラ王国に入ったところで、お茶を飲んで今後の方針を決めましょう。」

 本当にお茶好きよね、リリーサ。今日何度目?


 「そして、大変なことに気がつきました。わたし、あと5,6日は店を開く予定ではありませんでしたから、まだ国には帰れません。」

 うぉい!

 「わたしたちだって、半日で帰れないよ。リリーサの魔法のこと、人に話したらダメだよね。」

 「そういえば、ヒメさんのところの領主様には、<あちこち扉>のことは内緒にしてたんですよね。説明が面倒だったから。うーん、まぁ、いいでしょう。使えなくなったと言い張ってる<モトドーリ>以外なら、ばれてもかまいません。むしろ、火と水も使えるようになったと世界中に言いふらして回りたいくらいです。」

 ポジティブだな。

 「なら、わたしたちの家に帰っても大丈夫かな。ロイドさんに灰色狼渡しちゃってからどうするか決めようか。」

 「あんまり早いと、また次も、とか言われたら大変よ。」

 「あぁ、でも、わたしたちは空間移動魔法は使えない・・・」

 「使えますよね。」

 リリーサがサラリと言う。

 「な、な、何のことかな?」

 ・・・あ、焦るな。慌てるな。バレてる?なんで?いや、証拠はないんだ。ただの言いがかりかもしれない。

 ファリナ、冷や汗流しすぎ。ミヤ、ヤっちゃおうとするんじゃない。

 「昨日の会話でリルフィーナが気になることがあると言いまして。空間移動魔法のことなんですけど。ヒメさん<ゲート>って言ってましたよね。」

 「しらないなぁ。かんちがいじゃないの?」

 あぁ、自分でもわかるくらいの棒読みだ。言ったっけ?言っちゃったっけ?

 「リルフィーナが覚えています。間違いありません。ヒメさんはわたしの<あちこち扉>を見て、<ゲート>と言ったんです。つまり、少なくとも、ヒメさんは<ゲート>という魔法を知っていて、それはわたしの<あちこち扉>と似た魔法だということなんですよね。」

 「違う!」

 「何が違うんですか?」

 「こんな頭のいい推理をするなんて、あなたはリリーサじゃない!偽物よ!」

 「失礼です!失礼です!この世から消しちゃいます!」

 あ、本物のリリーサだ。


 「できれば内緒にしておきたかったんだよね。」

 「なぜですか?みんなに自慢できますよ。褒められますよ。尊敬されますよ。いい様に利用されますよ。」

 「だから嫌なの。」

 「リリーサは領主とかに利用されるのはいいの?」

 ファリナが不思議そうに見る。そういうのが嫌そうに見えるよね。

 「利用していると思わせておいて、隙を見て相手の弱みを握るのは好きです。」

 けっこう黒いな、こいつ。

 「今住んでる村の領主とは対等の立場でお付き合いしてます。お付き合いと言っても、男女関係ではありません。あんなお爺ちゃんごめんです。」

 「なんか弱み握ってるの?」

 「国王様への献上品を都合してあげました。国王様大喜びです。今後さらなる献上品を用意する時には、あんな地方領主にあれ以上の物が用意できるわけありません。わたしに頼らざるを得ないのです。領主はわたしに頭が上がりません。」

 うん、あくどいわ。

 「ヒメさんは、権力に近づくのがお嫌ですか。」

 「普通に静かに生きていきたいの。悪いかな。」

 「いいえ。それがお望みならいいんじゃないですか。でも、お友達にウソをつく理由にはなりませんよね。」

 「悪かったわよ。知ってるのはファリナとミヤだけだったから、他の人には知られたくなかったの。」

 「なるほど、ファリナさんとミヤさん以外でヒメさんの秘密を知っているのはわたしだけですか。これでわたしは、お2人に次ぐ親しいお友達というわけですね。」

 くそ、弱み握られた。

 「お姉様、わたしもいますよ。」

 「ヒメさん、リルフィーナに知られるのがまずかったらいつでも言ってください。消しますから。」

 いや、消さないでよ。

 「うーん、お姉様酷いです。」

 そう言って。リリーサの腰に抱きつく。そんなことしたら、本当に消されちゃうよ。

 「よしよし。」

 そう思ったのに、リリーサはしがみ付いたリルフィーナの頭を優しく撫でる。

 この2人の関係もよくわからない。


 「ヒメさんが内緒にしたいというのなら、わたしたちは言いません。『お友達』ですから。」

 お友達を強調された。

 「まぁ、よく言いますものね。まずはお友達からと。」

 「まずじゃないから!もうだから!」

 「これ以上はない。ミヤが全力で阻止する。」

 2人がリリーサに詰め寄る。あまりの勢いに、リリーサも数歩下がる。

 「あまり思い込みますと、重いですわよ。」

 「重くない。ミヤはヒメ様より軽い。」

 体重の話はやめてもらえないかな。ファリナが泣きそうになってるし。

 「重い・・・重いのかしら。でも、平均より数キロくらいは誤差よね・・・」

 「キロは誤差じゃない。ファリナ、ヒメ様に誤魔化し方が似てきた。」

 「あの、何の話でしょうか?」

 リリーサが展開についていけずにあたふたしてる。

 「体重の話でしょ。別にそんなこと、気にしなくたって・・・」

 「体重の話はやめてください!これ以上するなら、全員この世から消します!」

 こっちにも体重の話がトラウマな方がいましたか。


 「とりあえず、ヒメさんの家に行きましょう。大丈夫、お茶を飲んで一息つけば嫌な事なんてすぐに忘れられます。」

 リリーサが天を仰ぎ、なにやらブツブツ言ってる。

 「お姉様は自由闊達な方ですから、おいしいものを見るとリミッターがはずれるんです。なので、体重の話はカエルの話と同等にタブーです。」

 待って、カエルの話って何?というか、これ以上いらない情報を聞かせないで。


 「さっきも言ったけど、他の人には内緒だから、空間魔法は使いたくないの。リリーサ、わたしの町、マイムの町まで送って。お願い。」

 「わかりました。でも、もう一つ。ヒメさんのところの領主が、ヒメさんに、灰色狼20匹狩ってこいと依頼されたということは、20匹を運搬できる方法がヒメさんにあるということですよね。<なんでもボックス>も使えますよね。わたしにシレッと運ばせてますけど、ヒメさん自分で持てますよね。」

 もう石になる。まぁ<ポケット>はバレても困らないからいいけど、内緒にしてたという罪悪感が半端ない。

 「ごめんなさい。隠すつもりはなかったんです。」

 「いけない娘には、お仕置きが必要です。この借りは体で払ってもらいましょうか。」

 「いや、ちょっと、それは・・・」

 薄笑いを浮かべるリリーサ。顔近いって。まさかこんな公衆の面前で押し倒したりしないよね。

 「ヒメの代わりにわたしが!」

 目に涙を浮かべながらファリナがキッとした顔でリリーサを睨む。

 「待ってください。わたしが代わりになります。」

 いきなり手をあげ間に入ってくるリルフィーナ。

 「あなたはダメです。お金の計算がおぼつきません。」

 お金?体だけじゃなくお金も取るの?

 「なに言ってますか?体で払うと言えば労働に決まってます。何だと思ったんですか?」

 「え?い、いや、あの・・・」

 そんなこと言えません。ファリナも困って目を泳がせている。ミヤは鉤爪をしまってるし、色々危なかったかな。

 「お姉様こそ何言ってますか。体で払えってことはそういうことでしょうが!紛らわしい言い方しないでください。」

 「え?ごめんなさい。」

 リルフィーナに逆にキレられ、なぜか謝るリリーサ。

 会話ってけっこう難しいわ。





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