509.魔王の元へ 2
なぜかわからないのだけど、わたしたちは城の空き部屋の1室でお弁当を広げていた。
「昼は回っているがまだ時間的には晩ご飯には早すぎる。さらに言えばリリーサたちとお昼ご飯は食べたから、つまりこれはおやつ。」
なるほど、ミヤの言う通りだ。
「しかたないわね。」
今の一言に文句を言うかと思われたファリナもうんうんと頷いているから、場はまったりとしたハイキング的気分に包まれていた。
「そもそも食事を要求したのはファリナなのだから、文句を言うはずもない。」
そう、人魔たちとの戦いに1段落ついたところでファリナがお腹が空いたと言い始めたのが始まりなんだ。
「だってお腹空いたんだもの。」
「羽のせいなのか魔法を使えるようになったせいなのかはわからないが、どうやら再生ファリナは燃費が悪いようだ。」
「なんかパチもの感がするから再生呼ばわりはやめて!」
「では偽ファリナ?」
「本物よ!」
「では品種改良。」
「野菜じゃないからね!」
わたしは2人の漫談をただボーッと聞いていた。頭に浮かんだことは1つ。笑いの箇所がないなということだけ。
「「お笑いじゃない!」」
なぜ怒られるんだろう……で、どうする?ご飯食べたことだしお昼寝する?
「眠っているうちに地上に激突すると思う。」
え、ミヤ、なにが?
「このお城、今絶賛墜落中なの!もうじき地面なの!」
あ、あぁ、そうだったね、ファリナ……忘れてたよ……
まぁファリナがお腹がすくのもわかるんだ。わたしもちょっと疲れたし。けっこう上の階まで上がってきてると思うんだけど、登れど登れど山頂は見えず、なので精神的にも肉体的にも疲労が半端ない。終わりが見えないのはつらい……
「そりゃ1階か2階登ったら戦闘になって、床壊して1階落下だもの。いつまでたっても頂上は遠いわよね。」
「4回落ちた。うち3回はファリナのせい。」
「ミヤだって1回やったじゃない。」
わたしが一番少ないのか……珍しいこともあるんだ……
「というか、下部4分の1は魔法陣に占拠されてる城のくせに、一体最上階まで何階あるというのだ?」
「もうじき魔法もまともに使えるようになりそう。そうなったら空間移動魔法で魔王は逃げちゃうかも。」
それは困るわね。リューちゃんの雷の魔法をかなり気にしてるようだから、また攻めてきそうだし……
「空飛ぶ城をいっぱいつくられたら落とすのが大変よ。」
1個だけでもこの騒ぎだもんねぇ……
「さっき見てきたので飛行魔法の解析はできている。無秩序な魔力の嵐の中でも飛べるように改良する。小型でいいから、魔法陣を掘る建築物があればいい。最悪、平らにした岩に魔法陣を掘って、生身でそれに乗って飛ぶことも可能だ。」
壁がないのは落っこちそうで嫌です。
「落ちたらわたしが飛んで抱えていって……」
ファリナが自慢げ。くそっ、ちょっと羽が生えたくらいで……
「……ヒメは重いから抱えるのは無理かも。」
失敬だな!すごく失敬だな!!
とにかくこうなったら、絶対に魔王は逃がさない。何としてもここで叩く!
強い決意でわたしたちは階段を上り……
「いたぞ!侵入者だ!」
またも見つかったのだった……魔王のところまで行きつけるかな……
その話題の中心たる魔王は、最上階の管制室で何もすることもなく席に座っていた。
異常な振動と城が傾いている状況に関して、何ら情報が入ってこないのだが、当の魔王は天空城が墜落するなどという未来は頭の中のどこにもないから、仮説として伝えられた『バランサーが異常をきたし、山の斜面の角度に従って飛行しているのではないか?』という説を信じているためあえて落ち着いてみせているわけだった。
もちろん実際にはそれは演技であり、いつまでたっても説明に来ないパインバイルに最下部の魔法陣制御室からいまだに何ら連絡がないという事実に、内心ではかなりの怒りで打ち震えていたわけなのだが……
「た、大変です!」
そんな時に、1人の人魔が管制室に飛び込んできた。
「どうした?なにかわかったのか?」
人魔は部屋の中央にやって来て、後方の壁の上方、ほぼ2階に相当する高さにある魔王がいるテラスに向かい膝をつく。
魔王は人魔の挙動に違和感をおぼえていた。報告に着た人魔は膝まづき首を垂れるまで1度も魔王の方を見ようとはしなかったのだ。
魔王はいやな予感を感じた。
これはよくない報告か……どうりでパインバイルも顔を出さないわけだ。さては魔法陣の整備に不手際でもあったな。今回は城を動かすのが急すぎてメンテの時間も少なかったことだしな。人族の領地に入るまでにはなんとかしてもらいたいが、最悪、山脈向こうの森なら人もいないだろうから着陸することも可能か。
そのくらいは覚悟していた魔王に告げられた報告は想定外すぎて、魔王は言葉がでなかった。
「魔法陣に大きな傷がつけられています。魔法がうまく発動していません。このままでは天空城は墜落します!」
そしてそれは魔王のみならず、管制室にいる者全員が同様だった。
「魔法陣のまわりには陣を調整する者や魔力を充填する者も含めれば100人以上の兵がいたはず。彼らはなにをしていたのです?」
唯一ジューリーが報告に来た人魔を問い詰める。ただしその声はひび割れていたが。
「そ、それが……全員倒されていました……」
「人魔とはいえ100人はいたのですよ?それを全員倒すなんて……いったい何人潜入してきたというのですか?」
無論、答えられる者などだれもいない。
魔王の頭の中は混乱の極みだった。それだけの人魔を倒せるというのなら、侵入者は天人族で間違いはないだろう。だが、そんな戦闘能力を持つ天人族などいたか?
100人超の人魔を倒すとなると、天人族だって50人以上は必要だろう。しかも腕がたつ、という条件付きの。
そんな人数を、魔力が荒れている現状でピンポイントに魔法陣のある部屋に空間移動できるはずはない。あちこちに散らばって潜入してきて集合したと見るべきだろう。となれば、もっと城内が大騒ぎになるはずだが……もしや最初から忍び込んでいた?いや、それだけの人数が隠れる事ができる場所は城内にはないはずだ……考え込む魔王の顔が険しくなる。
魔王は知らない。人魔たちがやって来たミヤと龍を倒そうとしたがために、鳥ともう1人の謎の神様の怒りを買ったのだということを。
「とにかく、正確な状況がわからん。メインの管制担当以外の者は、魔法陣の元へ行け!途中で無事な者を見つけたら一緒に連れて行くんだ。魔法陣の修復が可能なら急いで修復を!不可能なら……」
不可能な場合はどうするか考えていなかった魔王は、1度口を閉じる。が、すぐに言葉を続けた。考えるまでもなく他に方法はないだろう。
「……ここに報告後、総員に通達、3階のホールに集まるよう伝えろ。無事な者が集まり次第脱出する。無為に命をなくすこともないだろう。」
数人を残し人魔たちが管制室を飛び出していく。
悪い人ではないんですよね……魔王らしくはないけど……
魔王の後ろに控えていたジューリーが微笑む。全員死んでも城を守りぬけ……などとは言いださないだけ人のいい魔王であった。
「ジューリーは空間移動魔法を使える者を集めて待機させておけ。3階のホールだ。できうる限りは脱出させたい。」
空間魔法使いには人数に限りがあり、尚且つ1人で門を開いていられる時間はそう長くはない。場合によっては、全員の脱出はできないかもしれない。それでも、1人でも多く……
いつの間にか魔王の頭は最悪な方向に向いていた。
「そろそろ廊下がなくなって、移動が不可能になるぞ。」
そうは言うけどねミヤ、わざと壊してるわけじゃないんだよ。っていうか、ミヤも壊したよね、何個も。
「ファリナも壊してる。大丈夫だ。」
いや、全然大丈夫じゃないよね……まぁ誰も悪くないということになったわけだけど。
「そこはみんなで気をつけようね、でしょ。」
気をつけてはいるんだよ、ファリナ。
魔法が少しずつだけど使えるようになってきた。使えると言っても思ったようにはいかないから使い勝手が悪いけど、まったく使えないよりはましなのは確かだ。
あと問題は、城の中が迷路みたいになっているってことだ。廊下が縦横無尽に走っていて、大小の部屋が廊下沿いにある。部屋を適当に作って,それに合わせて廊下をつくったみたいな感じで、しかもそれが各階だから、廊下の位置も階によって違う。当然階段の位置も適当に配置したとしか思えない場所にあったりするわけで、調子よく2階3階分を続けて登れたと思ったら、次の階では上につながる階段がどこにあるかわからないなど、本当に適当に作ってあるんだよね、この城。
「突貫工事だったのだろう。海の主の件からまだ数か月だ。城が1つ建つような期間とは思えん。」
ま、どうでもいいんだけどね。なんであろうと今日ここで墜ちてもらうんだから。
走りながらそんな事を話していたら、ミヤが急に立ち止まる。
「あっちのもう少し上にそれなりに強い魔力を感じる。魔王?」
わかるの、ミヤ?
「だがヒメ様はもちろん、エアよりも弱そうなんだが……」
「そりゃエアって前の魔王らしいもの。」
「「え!?」」
ミヤとわたしが思わずハモる。聞いてないよ、ファリナ……
クリスマス前から熱を出し、熱がおさまったら咳が止まらない。今度はこっちがおかしい……等々を経て、遅ればせながら戻ってきました。
まだ本調子ではないですが、ゆっくりやっていきます。
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。




