506.そして天は騒がしく 3
「ものを頼むなら頭くらい下げるとかないのかな?」
リューちゃんがいきなりとんでもないことを言い始めた。
横ではミヤが素でビックリ顔してる。
「それとも実力でくるか?」
そう言われて俯いたミヤの表情は髪の毛でよくわからない。ただ、両こぶしが強く握りしめられブルブルと震えている。
あぁ、またここで言いあいが始まるのか……そう思ったんだけど……
「……わかった。」
「え!?」
返ってきたミヤの言葉に一番驚いたのはリューちゃんだった。
「い、いや、お前、そこはなに言っているとか、ふざけるなバカとか……」
俯いたままミヤがゆっくり頭を下げはじめ……
「極悪人!!」
女性の叫びとともに、わたしたちの目の前をなにか赤いものが横切っていき、同時にリューちゃんの姿も消えた……
横切ったものを目で追ってみたら……魔法陣の上に倒れているリューちゃんを、鳥さんがゲシゲシ蹴りを入れていた。あなたもまだいたんかい……
「この!この……」
「うるせー!わかってる!まさかあいつがあんなまねするなんて……絶対、いつものように言い返してくると思ったのに……」
鳥さんが蹴りまくるのをリューちゃんはただ耐え続けた。そんなリューちゃんを見て、鳥さんも蹴るのをやめる。
「龍、今のミヤはプライドよりも守りたいものを優先する。そのためなら頭くらい下げる。足りないなら土下座もしよう。だから……」
「ごめん!」
蹴られて倒れていたリューちゃんが、ガバッと起き上がるといきなり土下座する。
わたしもミヤも呆然。
「お、お前がなんか元気なかったから、元気づけようと思ったんだが……やり方間違えた!ごめん!」
鳥さんがフンと鼻先で笑いながらリューちゃんを見てる。
「ミヤは別に普通だ……」
視線をそらしながらそう告げる。
こっちも床に座り込んで、自分の足元だけを見つめていたリューちゃんが、その視線を動かすこともなく小声で言った。
「行けよ。時間がないんだろう。ここはやっておく。お前はそいつを連れてさっさと行け。」
「そいつではないぞ、ヒメ様だ。」
「わかったよ。」
助けてくれることになったようでうれしいけど、そんなリューちゃんの姿を見ていると胸が痛いような気がする。ほんっとにミヤが好きなんだね……
「ありがとう、リューちゃん。ミヤは絶対幸せにするよ。」
「そこまでは許してない!」
お礼を言ったのに怒鳴られた……理不尽だ……
「ありがとう、龍。行くぞ、ヒメ様。」
「お……おぅ……」
ミヤにお礼を言われて、鳩が豆鉄砲……といった顔でこちらを見るリューちゃん。そしてミヤは、照れ隠しなのか、わたしの手を強く引っ張って、魔法陣が広がる部屋から飛び出した。
「へっ、ありがとう、だってさ……調子狂うぜ。」
そう言いながらもうれしそうな龍を、鳥は優しい目をして見つめていた。その視線があらぬ方向に向けられる。苦笑いにと表情を変えて。
その鳥の視線の先、誰もいないはずの数階上の入口に、人影が見えたような気がしたのは、気のせいだったのか……
「まぁいい。頼まれたからにはやって見せないとな。」
すっくと龍が立ち上がった。
「気をつけなさい。あなたはそこで調子に乗っていつも失敗するんだから。」
「この魔法陣とかいうのを発動できなくなる程度にぶっ壊せばいいんだろ?簡単じゃねーか。ほらっよっ!」
足元の魔法陣を形づくる、複雑に走る数百本の線、その中の曲線の1本の1部が欠けるように、魔法陣を形成する岩を龍は蹴り砕いた。
「1か所くらいじゃ止まらないか……」
龍は何本か線をまたいで場所を移動すると、そこから陣の中心に向かって、新たな破壊を始めた。
「これでどうだ?」
魔法陣の様子を見るが、何ら変化は見えない。今までと同じに動いているように感じる。これだけ大規模な魔法陣ともなると、どこか1部が少しくらい不良をおこしても他の魔法回路を通って正常に動くようにできているのかもしれない。
「だったら、これならどうだ!」
「ちょっと!壊し過ぎはまずいんじゃないの?」
鳥の声がするが、聞く耳を持たない龍は次々と足元の陣を形づくる線を壊しながら歩き続けた。物を壊している行為が次第に楽しくなってきていたのだ。本人が思っているほど龍は大人ではなかった。
ヴォン……飛行魔法陣が、一瞬赤く発光した。と、同時にがくんと城の移動する角度が変わった。進行方向が斜めに下がっていく。
「ほら、うまくいったぜ。」
自慢げに龍が吠える。
ガクン!城が地上に向かう角度が、さらに急になる。
「これっていいのかしら?ほんとにうまくいってる?」
「最終的には落ちりゃいいんだろ。ちゃんと落ちてるんだ。大丈夫だって。」
城が真っ逆さまに落ちて地面に激突しても、がれきの中から『あぁ、痛かった』と言いながら出てこれる異界の神たちの発想は、ヒメやミヤ(現在の)とは少し?違いがあるようであった……
わたしは息を切らせながら階段を駆け上った。
吹き抜けになっている最下層の魔法陣がある大きな部屋は、壁にある階段を4階分登ったところから天井や壁がある普通の階層となって、そこからが城としての1階になるようだ。
1階は、上の階のように廊下といっぱいの部屋がある……のではなく上の階のあちこちにつながる階段がそこかしこに存在する空間だった。ともかく、どの階段がどこに行けるのかがまったくわからない。
とにかく、最優先はファリナの発見。次点は魔王の発見だ。魔王を見つけてぶちのめせば、今回の作戦行動は中止になるだろう。問題は魔王を倒したとしても、それによってファリナの無事が確約されるわけではないことだ。
「それでも、現場の混乱でファリナをかまっている余裕がなくなるはず。その間隙にファリナを見つけるしかない。」
逆に魔王の仇とか言われて追い回されそうな気しかしないんだけど……それでも、なにもしないよりはまし程度にはなる。
「龍が魔法陣を傷つけることに成功したようだ。飛行魔法の魔法陣から放出される強大な魔力がおさまってくれば、ミヤがファリナを見つけられる。もう少しだ。」
あぁ、確かにさっき揺れたと思ったあとから、城が傾いて落っこちてる感覚がする。
「一気に壊したら城が真っ逆さまに落ちる。ゆっくり落とすために魔法陣は完全には壊していない。それでも魔法陣の影響は次第に小さくなってくるはず。もうじき魔法がある程度自由に使えるようになる。」
せめて魔王と戦う頃にはそうあってほしいな……魔神はわたしの腕力や剣技じゃ勝てないもん。
天空城上階にある管制室でも城の挙動に騒ぎが起こっていた。
「状況は!?どうなっている!?魔法陣は無事なのか!?この振動はなんだ!?城が傾いてないか!?や、それ以前に落ちてないか!?」
立て続けに質問してくる魔王に、ジューリーのこめかみに青筋が走る。
わたしにわかるわけないでしょう!!
そう怒鳴りたいのを深呼吸で落ち着かせる。
「お待ちください。ただ今魔法陣の制御室に確認しております。」
それ以上の答えは持ち合わせていない。
管制室と魔法陣が遠すぎる……ジューリーが再度ため息をつく。
城の最上階にある管制室と最下層階にある魔法陣との間を直接つなげるものは伝声管……つまり、互いの声をやり取りする長い金属のパイプしかない。空間移動魔法が使えないとわかった時点で、両者の間はもっと近くにすべきだったのだ……ジューリーがぼやいても今さらでしかない。
現状のような緊急時には、誰かが1番下の階まで走るしかない……
なぜ、制御室から返事が返ってこないのだ……?
そもそも伝声管で状況をやり取りできれば、もっとなんとかなっているはずだ……
魔法陣のまわりからの返事が一切なかったのは、事情はやや複雑だがそこには誰もいなかったからという理由が存在した。
簡単に言えば、ミヤと龍が魔法陣の効力を失わされる相談をしている間にも、魔力充填のための人魔たちが、この広間のまわりや近くの休憩室、制御室に相当数いて、侵入者に対し圧倒的な数で叩こうと計画はしたのだが、物陰に隠れていた赤い服を着た女、それに加え謎の存在が、それらを一瞬で壊滅してしまったため、魔法陣がある階層に魔人族が1人もいなくなってしまったのだ。
殲滅者にとってミヤを攻撃するなど許されざることだったのだ。
謎の存在はすぐに姿を隠したため正体は不明だった。ただ1ついえるのは、この世界どころかこの城の中に、自らの管理する世界を放り投げて、他世界から来た神を自称する者たち4人すべてが集まっていたということだ。
それでいいのか、神様……?




