504.そして天は騒がしく
ファリナがゴボルやエアといろいろやっていた頃……
「ここはどこだ!?」
ミヤの叫びに、龍がわずかに体をビクつかせ後ずさる。
「俺にわかるわけないだろう。」
恐る恐る告げる。
いまだかつて見たことのないレベルで、ミヤの機嫌が悪い。さすがの龍も軽口をたたくこともできなかった。
「こうなったら、一気に床をぶち抜く!」
「待てって!途中で止まればいいが、最下層まで突き破ってしまったら、俺たちもくだけた床と一緒に地面まで落ちることになるぞ。そうなると、また城に戻ろうとした場合今度はどこに出ることになるか……」
そう言われると、ミヤも黙らざるを得ない。
「獣形態になれば空を飛べる……」
「こちらの世界で獣形態をとる?亀が黙っていると思うか?」
「ぐっ!」
亀の名を出されたら、ミヤには対抗手段がない。
「とにかく……それなりの数の階段を下ってきたんだ。もう少しだ。急ぐぞ。」
「……わかった……」
生まれてきてよかった……始めて見た、自分に対するミヤの素直な態度に、龍は感動のあまり至上の笑みをこぼさざるを得なかった……その目に涙を浮かべつつ……
「疲れた……」
わたし、ヒメは空き部屋と思われる1室で休憩をとっていた。
小腹がすいたから、<ポケット>からサンドイッチでも、と思ったけど、ファリナやミヤを思うと1人で食べる気にはなれず、水筒に入った水をちびちびと飲んでいた。
何人の人魔と戦ったのかおぼえていない。目の前に出てきたやつらはすべて叩きのめしてきた。
問題はただ1つ。とにかく戦いづらい。
魔法が思った通りに発動しない。いきなり目標の手前で消えること多数。これがすべてなら距離を詰めるなど手がないわけではない。
まずいのは、意図した範囲の数倍の威力を持った魔法が放たれることがまれにだけどあるってこと。近くまで寄って小規模の火球を放ったのに、大火球並みの爆発が起こって、わたしまで燃えてしまうところだったことが数回……怖くて魔法が使えないよ、まったく……
「なんて泣き言を言ってる場合じゃない。」
わたしはすくっと立ち上がった。
ミヤは大丈夫だろう。無責任にそう思うんじゃなくてミヤを信用しているからそう信じる。問題はファリナだ。とにかく出てくる人魔の数が多すぎる。部屋1つから数十人がわらわらと出てくる事態に、わたしでさえいいかげん辟易してるんだ。ファリナは辟易どころか逃げ出すのさえままならないだろうと思う。早く見つけないと……
「よしいくぞ!戦闘は避けたいからなるべく見つからないようにしなくちゃ。」
わたしは勢いよく隠れていた部屋を飛び出す。
「なんだ、お前は!?人族じゃないのか!?」
あっさりと見つかってしまった……あぁ、悪運のバカ……
しかたないので、小規模な炎魔法を叩きこんでけん制しようと、人魔たちとの距離をつめる。これを当てて戦意を喪失させたところを剣の腹で殴って人魔たちの意識をなくさせる。
完璧な作戦を実行すべく、わたしは<火球>を打ち出した……はずだったのに……
「え、なんで!?」
打ち出された火球は、予定の数倍の大きさだった。また、思った通りにならない!
火球は、壁際にいた人魔を巻き込んだ。その壁が外壁だったからもう大変。爆発がおこり、人魔が吹き飛び、そしてさらに壁に穴が開いた……外壁の……
急に開いた壁の穴に、数人の人魔がバランスを崩して落ちていく。城の外へ……
こんなの予定にない!そう思っても、相手は理解してくれるはずもなく……
「このやろう!」
ものすごい形相でわたしに駆け寄ってくる生き残った人魔たち……の足元の床が、ガラリと崩れていく。爆発の衝撃で床も脆くなっていたんだろう。
人魔たちはがれきとともに階下に落ちていった。
「落とし穴ってこんなだよね。なにがおもしろいんだろう?」
ライザリアの気持ちが理解できない。
まぁとにかくこの隙に……そう思って、崩れていく床に背を向けて走り出した……時、わたしの足元から床が消えた。これって、落とし穴?
「ライザリアめーっ!」
とりあえずライザリアのせいにして、わたしは成り行きに身をまかせた。まぁ、床が崩れただけで、ライザリア関係ないんだけど……
痛い……背中が痛い……がれきの角にぶつかった背中が痛い……
グゥ……悲鳴を上げるわたしの体が黄金の光に包まれ……傷は治ったようだけど、背中の痛みは完全にとれない。そんな気がするだけで、動いてみたらなんともないようなので、今さらながら周囲を確認する。
チラと見た天井はなんかメチャクチャ高かった。あんなとこから落ちたのか……よくも痛いだけですんだものだ。その時、がれきの中からいきなり人魔が飛び出してきた。
「このやろう!」
遅れて落ちて来たわたしを見て、律儀に向かってきた人魔がわたしに向かって剣を振り下ろす。やばいっ!こんな簡単に接近を許してしまうなんて……油断した!
大慌てで障壁を張る。けど、わたしの、剣を受ける体勢も悪かったせいで、剣の勢いを殺しきれなくて、吹き飛ばされるように後ろにコロコロと転がされた。
「痛い!痛い!痛いってば!」
がれきでデコボコなところをひたすら後転で転がっていく。痛い!せっかく痛みが消えた背中がまた痛い!けど、ここはガマンで両足を踏ん張って回転を止めて立ち上がる。敵が追撃をかけてきてるんだ。うぅ、止まる時に膝と肘を擦った。痛い……
「逆恨みだけどごめんね!」
こっちに向かっている人魔は3人。右手に<氷の槍>を3本つくって前にダッシュ。距離をつめてから槍を放つ。
向かってきていた人魔3人が、頭や胴を槍に貫かれて倒れる。あとは……生きているのか不明だけど、とりあえずはいきなり起き上がってこそって来そうなやつはいないみたい……一休みしようと思ったら……
「何の音だ!?」
「こっちだ!」
向こうから声が聞こえてきた。ええい、ここは逃げの一手だ。こんなチマチマした戦い方は、めんどくさくてやっていられないよ。
声のした方とは反対に向かって走り出す。
「逃げるんじゃねぇ!」
通路を満たす大声が響いたと同時に殺気が背筋を走った。振り向いた目に映ったのは……黒い尖った大きな物体が宙をこちらに迫ってきていた。
慌ててそれを避けながら、投げたやつを探す。そいつはすぐにわかった。なにせこの高い天井にも届きそうな魔素の鎧<魔法人形>を纏っていたから。
魔王以外にも魔神がいて当然だということを、わたしはすっかり忘れていた。投げられたのは、人形の一部でつくられた剣だったのだ。
相手が魔神なら、逃げずにここで倒してしまわないと……
わたしは床に刺さった黒い剣(と呼んでいいのかどうか不明の塊)の影に回り込んで止まる。向こうからは魔神を先頭に、数人の人魔が走りながら近づいてきた。
まずは先頭の魔神から……ドスドス鈍い足音をあげて近づいてくる魔神と人魔を見てそう思っていたら……刺さった剣から床に亀裂が走って……その亀裂はあっという間にわたしと、魔神の足元まで広がっていく。
そして、あっさりと床が崩れ落ちた……この城、造りが雑すぎない!?そもそも魔神!あんたたち、あんな大きな岩の鎧なんか着て!たぶんファリナより重いでしょ!計ってみなきゃわからないけど……
わたしの罵詈雑言は、がれきが崩れ落ちる音にかき消された。階下に落ちていったわたしや魔神の姿と同様に……
「悪口を言われた気がする!」
意見を言い合っていたエアとゴボルが、突然、叫びながら立ち上がったファリナにびっくりしてそちらを見た。
「羽がない?」
今見たファリナには、さっきまであった天使のような羽がなくなっていた。
「見間違いだろう。そんなものはなかった……うん、なかった。」
「お前も見ただろう。自分をごまかそうとするな。お前は天人族、探究者なんだろう?」
「俺は事実しか見ない。」
「めんどくさいやつめ……」
ゴボルを睨みつけるエアに対し、エアからの視線を必死に逸らそうとするゴボル……をしり目に、ファリナが部屋の出入り口に向かって歩き出す。
「こっちね。」
「こら、1人で出歩くな。いつどこから何が出てくるのかわからないんだ。一緒に行くから待て。」
「まったく……」
ファリナを追ってエアとゴボルも部屋から出た。
「え?」
「なんだと?」
部屋の前は左右に伸びる通路だったのだが、そのどちらの方向にもファリナの姿は見えなかった。
2人は呆然と立ち尽くすしかなかった……




