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502.天空城の死闘 -ファリナの決意 2-


 ゴボルとしては弱すぎる人族への配慮くらいの気持ちだった。さらに言えば、成功率3割となれば誰もが首を横に振るだろう。そう考えていた。とはいえ、心の隅には確かにヒメに比べてファリナを軽く考えていた部分があったことも事実だった。

 だから、わずかに罪悪感を感じつつも、実験……もうこれは実験であろう……を続ける事ができたのだ。

 「そこまでいうなら、いいだろう。3種族の血液合成を行おう。」

 その心情はエアも同等であったため、手術と呼ぶべきか実験と呼ぶべきか、はっきりしない行為をただ大人しく見ているだけであった。

 まぁ、なにかあったらゴボルの責任にすればいいしな……そう考えるエアであったが、無論なにか問題が起これば、ファリナの助命に全力を尽くすつもりではあった。ただ見捨てたなどとはヒメに言えるはずもないのだから。


 そして、当のファリナは、届くはずのなかった願いが目の前にあることに一種の興奮と高揚感を感じていた。自分の命を賭けの対象にできるくらいに。

 「ゴボルさん、お願いします。」

 「あぁ。まず座れ。」

 ゴボルは、ファリナに床に座るように命じると、自分もその前にしゃがみこんだ。

 「で、すまないがエア、横に来てくれるか。」

 「わたしにできることなどないぞ。」

 助手を請われたと思ったエアだったが、そもそもどうやって血を譲渡するのかすらわからないわけで、なにかしろと言われてもできるはずもない。

 「魔法陣を描きだしたらあまり自由には動けなくなる。かたまっていた方が都合がいいんだ。」

 「チッ、しかたないな。」

 不満げにゴボルの言葉に従う。


 「まず3人の血液を採取する。<精製>」

 ゴボルの、上に向けた手のひらに、エアも知らない魔法陣が発動する。その陣の上の空間に光の球が生まれた。その球から光が失われると、ガラス製に見える透明な球となり、コロリとゴボルの手に平に転がり落ちてくる。

 見た目はガラスで、中は空洞らしい直径1センチくらいの球をゴボルは手のひらの上で転がしながら出来具合を確認していた。

 「よし。」

 さらにもう2個、同じ球をつくる。


 「さて、すまないが2人から血液を採取させてもらう。さっき言った通りそう多くはないし、痛みもない。いいな?」

 「お願いします。」

 「好きにしろ。」

 協力的なファリナに対してまったくやる気のないエアを横目に見ながら、ゴボルは床に並べた透明な球体を1つ手に取る。

 「工程が複雑なので、作業に集中できるように血液の採取はまず俺からにしよう。血液は手のひらから採取する。」

 自分の手のひらに球体を乗せ、反対側の手のひらを数十センチ間を開けて向かい合わせる。

 「<転移>」

 そう唱えると、上に置かれた手のひらから球体に向けて魔法陣が降りてくる。陣は球体に触れると円陣の形を変えて球体を包み込んでいく。

 「ほう……平面の魔法陣で物体を包み込めるものなのか?あいかわらず天人族はわけのわからない事をしてくれる。」

 エアが、興味深げにその様子をじっと見つめる。

 魔法陣に包まれた球体の中に、赤い液体がたまっていく。あっという間に球体の内部が液体で満たされる。

 「よし、1人分。」

 上にしていた手の位置をずらしてやると球体を覆っていた魔法陣も消え、ゴボルの手には血液が入った球体が残る。

 「次、エア、いいか?」

 その球体を床に置き、何も入ってない球体を手に取るゴボル。

 「本当に痛みはないんだな?」

 「大丈夫だ。信用しろ。」

 「信用できないから疑ってるんだが……」

 怒鳴りつけたいゴボルであったが、横でファリナが不安そうにしているのを見ると、なにも言い出せず渋い表情を浮かべるしかなかった。

 「まぁしかたない。続けろ。だがいかがわしい行為は断固拒絶するからな。」

 「今見た流れのどこにいかがわしさがあるんだよ!」

 「お前の存在自体がいかがわしいんだ。あきらめろ。」

 「……くそっ、お前とは永遠に理解しあえそうもない、が今は時間がない。続けるぞ。手を出せ。」

 あきらめていじけてしまったように見えるゴボルに、さすがにエアもそれ以上は文句を言うわけにはいかず、素直に右手を出す。

 「始めるぞ。」

 ゴボルの手が、球体を乗せたエアの手の上にかざされた。


 「よし、これでいい。」

 ファリナからも同様に球体に血液を採取して、最初の段階が終わる。

 床に並べた3つの球を見つめる3人。

 路傍の石を見るようにどうでもよさげなエアと、中身が中身なので気味悪そうにしているファリナ。そして以降の行程を確認しているようで、なにかを呟いているゴボル。

 まったく協調が見られないまま作業は続いた。


 「血液の合成を始める。合成したらファリナの体に戻す。あとはファリナしだいだな。」

 そのゴボルの言葉に緊張が走る。

 「やめるなら今だ。」

 「……続けてください……」

 数秒考えて、ファリナはゴボルをじっと見ながら答えた。緊張に青ざめながらもその目には確かに決意が見られた。

 「わかった。始めよう。」

 当然ゴボルも緊張しているようだった。その中でただ1人エアだけが、まるで退屈な演劇でも鑑賞しているかのような態度で成り行きを見守っていた。


 「<合成>」

 3つの球体で形作られた3角形を中心に、床に魔法陣の銀色の線が描かれていく。一番大外の円が描き終わると魔法陣は光り輝き、その輝きに包まれながら、球体は陣の中央に集合して1つの光となる。

 光が消えてゆき、その場には球体が1個残された。

 「手品……ではないのだな?最初の3つあった球とその球の大きさが変わらないように見える。実は消えた2つが誰かのポケットから出てくるとかではないのだな?」

 「この差し迫った状況の中で冗談をやる暇があるか。これを体に受け入れることで3つの種族の特性を受け継いだ、どの種族と子どもをつくろうとも母親が命をかけなくてもいい体になる。」

 「いや、わたし別に魔人族や天人族の子どもが欲しいわけじゃないですからね!?」

 話があらぬ方向へ進路を変えたため、慌てて否定するファリナ。

 「あ?あぁ、わかっている。元々はそのための研究だからな。そういう説明になってしまう。気にするな。」

 「種が違う者同士がひかれあうとか……人の心はままならないものだな。」

 エアの呟きに答える者はいなかった。当のエアもそんなものを求めてはいない。それでも、身内が異人種と結ばれた者たちや、想い人が異人種でさらに混血という事実を持つ3人には、かすかにだが心に痛みを感じてしまうのはしかたのないことだったろう。


 「まぁいい。時間もない。続けよう。」

 ファリナがそれに頷いた。

 うまく魔法を使えない状況だとしても、ヒメがここにいる魔王を含めた魔人族に後れをとるとはゴボルもエアも考えてはいない。が、不確定な要素が多すぎる。2人としては急いで行動したかったが、ファリナを見捨てるわけにもいかなかった。

 実際は、2人で守ってヒメのもとまで連れて行けばいいのであろうが、ファリナの悩みを聞いてしまった今となっては、2人には思うところがありすぎた。

 もし今後、ファリナに不幸なことが起こったら……いや、こんなに簡単に魔王にさえ挑むことを躊躇しないヒメと一緒にいる限り、ファリナがまともに寿命を全うすることはないだろう。それはしかたのないことだ。だがその時、ヒメに、かつてゴボルとエアが感じたであろう自分に近い者を失う気持ちは味わってほしくなかった。あの悲しみと怒り、憎しみ、あらゆる絶望感しかない虚無の心をヒメには知ってほしくなかった。


 「よしファリナ、血液を戻す。手を出せ。」

 そう言われたファリナが手を差し出すまでに、わずかながらだが時間がかかった。それでも躊躇を見せたのは一瞬だけだったのは大したものなのだろう。

 これから受ける施術は成功率3割と宣言されていたのだから。


 「ヒメ、ミヤ、わたしを守って……」

 ファリナの呟きは本当に小声であったのだが、ゴボルとエアの耳には届いていた。ゴボルはわずかに悲痛の表情を浮かべたが、すぐに無表情に変えた。エアも何かしらゴボルに言いかけたが口を開くことはなかった。


 「始めるぞ。」

 血液の入った球をファリナの手のひらにのせるとゴボルは、ファリナのその手を上下から挟むように両手を添えた。

 「<……>」

 ゴボルがなにかを囁いた。ファリナとエアには何を言ったのか聞こえなかったが、途端にファリナの手のひらの上に魔法陣が浮かんだということは、囁いたのは魔法名だったのだろう。

 魔法陣は手のひらの上からファリナの手を透りぬけて手の甲まで移動する。その陣に動きを合わせたように、球もファリナの手の中に吸い込まれるように消えてしまった。


 ドクン!

 それを見つめていたファリナの心臓が、大きく鼓動した。







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