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44.ガルムザフトへ行ってくれ


 「ガルムザフトへ行ってくれ。」

 「嫌です。」

 終了。


 「終わらせないでよ。話を聞きなさい。あなたハンターなんでしょ。依頼よ。」

 エミリアが、バンと立ち上がって、テーブルの向こうから体を乗り出してわたしに喚く。

 「そんなこともあったわね。」

 遠い目をするわたし。

 「何かあったのか?」

 ロイドさんが、ファリナとミヤを見て、ミヤから視線を外す。

 「出会ったばかりのリリーサに変態扱いされたのがこたえたみたいで。」

 「そうなんですか?わたしならそういうのには慣れてるから気にする必要はないですよ。」

 「スカート捲るくらいで変態なんて、まだまだですよ。」

 リリーサとリルフィーナがわけのわからない慰めをしてくれる。

 「またフレイラか。」

 ロイドさんが額を指で押さえる。

 「ヒメさんに家に来てもらう交換条件にスカート捲らせることになりました。大体お父様の指示ですよね。ヒメさんを連れてこいって。なら、これはお父様のせいです。」

 「待て、話の展開がわからん。なぜそうなる。」

 「ヒメさんが行きたくないというものですから、来てもらうかわりにわたしのスカートを・・・」

 「あぁ、もういい。なぜ来るのが嫌なんだ?」

 「領主の家に連れ込まれたら手込めにされる。」

 「はぁ?何か言いましたか?」

 エミリアが右手をサッと振ると、袖口から小型のナイフが飛び出して、それをわたしに突き付ける。そんなところにもあったの。

 「あの、領主様、ギルド内での殺傷沙汰はご遠慮ください。できれば、ご自宅の地下牢でやっていただけますか?」

 「そんなものはない!」

 ノエルさんが、注意したロイドさんに睨みつけられる。

 「おかしい。領民に寄り添ったまつりごとを目指して今までやってきたのに、最近わたしへの風当たりがおかしい。主に家族からの・・・」

 「あぁ、旦那様。すべてはあの忌々しい愚か者と関わってからですわ。やはり早めに始末するんでした。」

 「誰?それ。」

 「あなたです!」

 「うわー、助けてもらった時だけ頭下げといて、終わったら始末って、これだから貴族って・・・」

 「え?あ、や・・・あの・・・」

 さすがに自分の言動が恩知らずだと気付いて、エミリアが赤面する。

 「も、申し訳ありません。・・・スカート捲りますか?」

 「うがーー!!」

 わたし大暴れ。


 「なるほど、これが一発芸というものですか。」

 リリーサ、どこを見てそうなる。

 「違います、お姉様。これはどつき漫才という・・・」

 だまれ、リルフィーナ。


 「とりあえず、話だけでも聞いてくれないか。」

 「ほら、ヒメさん。お話ですよ。ヒメさん聞くの上手ですもんね。」

 子どもをあやすような口調のリリーサのセリフに悪夢がフラッシュバックする。

 「な、何分?何分かかるの?みんな寝ちゃうくらいかかる?」

 「な、なるべく短くします。」

 わたしのおののき様になぜか敬語で返すロイドさん。

 「その前に、こちらの方々を紹介してくれないか。」

 「あ、わたしはリリーサと申します。ガルムザフト王国でCランクハンターをやっています。ヒメさんの友人です。」

 「その妻のリルフィーナです。ラブラブの熱々です。」

 「追い出しますよ。」

 「ごめんなさい。居候のリルフィーナです。」

 居候って自己紹介はありなんだろうか。ロイドさんが胡散臭げにリルフィーナを見る。


 「ガルムザフトに住んでいるなら知っているかな。そのガルムザフトのとある村に『ヴァイス・ゼーゲン』というアイテムショップがあるらしいんだが、そこに行って来てほしいんだ。」

 どこかで聞いたような気もするけど、ガルムザフトには行ったことないから気のせいだ。

 「お使いくらいならわたしたちじゃなくてもいいでしょう。何?道中魔獣でも出るの?」

 「いや、実は少し問題のある店で、いつ開店してるのかわからないんだ。」

 やっぱりどこかで聞いたような・・・まぁいいか、気のせいだ。

 「すでに使いをやっているのだが、その使いが2週間近く店の前で待ったが一度も店が開かなかったそうだ。そして、今後いつ開くかわからなくて困っている。来週中にも開店するかもという張り紙があるそうなんだが、正直あてにならない。で、暇そうな、いや、時間に余裕のありそうなお前たちに頼めないかと思ったんだが。」

 「わたしたちのどこが暇そうだと。」

 「あー、フレイラが遊びに行ったら、いつも家にいるとか。」

 ここ一両日中のことで暇呼ばわりはやめていただきたい。

 「そうです。ヒメさんたちは今日だって、国境近くまで来て、わたしの話を半日聞いてくださいました。」

 「・・・暇そうだな。」

 リリーサ、よけいな事言わない!っていうか、そもそも仕事で行ったのに、あんたたちが邪魔したんだよね。

 「そんな、わたしの話を最後まで寝ないで聞いてくださったじゃありませんか。」

 「しかも序章らしいけどね。」

 「え?あれまだ続くの?」

 ファリナの額を冷や汗が流れる。

 「リリーサの声は寝るのに丁度いい。」

 子守唄かい、ミヤ。

 

 「話は最後まで聞きなさい。なぜ、あさっての方向にずれるんですか。」

 エミリアがムッとするけど、たぶんそれ、リリーサのせいだから。


 「で、そのお店に行って、開くまで並んでろと。」

 「国王様からの依頼なんだ。」

 は?会ったことないけど、わたしたちの中でウザいランキングトップ3には入るあの国王?『爆炎の聖女』時代、わたしたちに面倒な依頼ばかり押し付けてきたあの・・・

 「国王様がなぜロイドさんにそんな依頼を?」

 ファリナがすごくむっさい顔してたであろうわたしの代わりに聞いてくれる。

 「探し物が灰色狼なんだ。未だにわが国では数が少ないようで捕れない状況が続いている。なので、つい最近手に入れることができた私にお声がかかったというわけだ。」

 「並んでろ、なの?狩ってこい、じゃないの?」

 「できれば狩ってきてもらうのが一番いいんだが、見つからない可能性がある。私が調べたところ、ガルムザフトのその店なら物があるらしいという情報を掴んでいる。」

 「待ってください。順番がわかりません。そのガルムザフトのお店に2週間並んでいたというのは、ロイドさんの部下の方なんですか?わたしたちに、フレイラが頼んできたのは先週ですよね。国王様はどこから関係してくるのですか?」

 さすがファリナ、細かい。

 「あんたが大雑把なのよ。」

 睨まないでよ。


 「あぁ、順番に話そうか。とりあえず、我がパーソンズ家は今回の話には関係してないんだ。」

 「何分?寝ちゃわない?」

 「急ぐ。まず、ガルムザフト王国から大臣クラスが会議にやってくることが決まったのは2か月前だ。その訪問の晩餐会で、今ガルムザフトで流行している灰色狼の料理をだそうということになったのは、そのすぐ後だった。相手方にエルリオーラ王国風の灰色狼料理をだすと連絡をして、向こうも大層期待してると返信をいただいている。ところがだ、灰色狼がまったく狩れない。で、会議まで20日を切って、そろそろ大騒ぎになりそうなんだ。今更、向こうに灰色狼が捕れなかったので、代わりの料理になりました、など言えるはずもない、というか言いたくない。わが国にも面子があるからな。」

 「言っちゃえばいいじゃない。バカバカしい。」

 それに巻き込まれるこちらの面倒くささを考えてほしい。

 「ある情報から、ガルムザフトのその店には灰色狼の肉から皮まで一通りあるらしいことがわかった。国王様は部下の大臣に命じてその店に使者を出したのだが・・・」

 「ずっと店が閉まったままだと。」

 ファリナが頷く。

 あぁ、そこにつながるのね。

 「そこで、先日灰色狼を手に入れた私にお声がかかったわけだ。何とか灰色狼を手に入れることができないかと。とりあえず、商業ギルドに卸した物のうち、肉1匹分は出荷前に抑えることができた。もう1匹はすでに市場に出てしまった。ほぼ売り切れている。」

 「わたしたちの分は1匹ならまだ残ってるよ。それでいいなら渡すけど。」

 ミヤががっかりした顔でこちらを見ている。1匹おいしく食べたよね。今回はそれで我慢して。また今度なんとかしてあげるから。

 「すまない。たのむ。だが、それだけじゃ全然足りないんだ。」

 「で、その店が開くのをわたしたちに待てと。」

 「それは次善策で、その店が開くのを待ちながら、ガルムザフトで灰色狼を狩ってきてくれないか。報酬に加えてかかった経費は税も含めて払う。」

 そういうことか。でも、なんか引っかかる。なんだろう。


 「それは無理です。」

 それまで関係がないためだろう、黙っていたリリーサが話に入ってくる。

 「無理とはどういうことだ?」

 ロイドさんが怪訝な顔でリリーサを見る。

 「言いました。わたし、ガルムザフトから来たと。ガルムザフトでは、今、灰色狼の数が非常に少なくなってしまったため、狩猟は制限されています。自国民以外が狩ることはできません。自国民でも、国から許可をもらった者しか狩れません。」

 「あぁ、そういえば、いなくて狩れないって言ってたよね。」

 引っかかっていたのはそこか。

 「本当か?いや、それでは・・・」

 ロイドさんが頭を抱える。

 「その店が開くのを待つしかありませんか。なら、先ほど申し上げた通り、わたしとマリシアがガルムザフトに向かいます。その上でハンターたちには国内で、最優先で、灰色狼を探してもらうしかないのでは。」

 エミリアが柄にもなく優しく語りかける。気持ち悪い。何も言ってないのに、いきなりこっちを睨むな。

 「それってロイドさんが持って来いと命令されたの?」

 「いや。なんとかならないかお声がかかっただけで、命令されたわけじゃない。」

 「なら、あきらめるのもありだよね。」

 ロイドさんが厳しい顔で考え出す。正直に言うけど面倒くさい。


 「まず、そのガルムザフトの店をあたってからでもよろしいんではないでしょうか。」

 またもやエミリアが優しく囁く。鬱陶しい。と思ったらまたしてもすごい目つきで睨まれた。何も言ってないでしょう、まだ。


 「それも無理かと。」

 リリーサがさらに追い打ち。

 「なぜですか?」

 「『ヴァイス・ゼーゲン』では今、灰色狼の肉は品切れ中です。」

 「なぜそう言い切れる。」

 ロイドさんとエミリアがリリーサを睨む。特にエミリアの目つきが尋常じゃない。そして、またわたしを睨む。

 「さっきから何度も良くない事を考えていますよね。」

 「かんがえてないよー。」

 いらないところで鋭い奴。


 「なぜと言われれば、『ヴァイス・ゼーゲン』はわたしのお店だからです。」

 「おぉ!」

 そうだった。どうりでどこかで聞いた事あると思った。

 「ほら、聞いていると言いながら、ヒメさんだってこんなものです。わたしの愛に敵うはずもありません。」

 わたしに人の顔や名前、物の名称などを一回で覚えろと。まったくもって無理です。

 「でも、ヒメさんは寝ませんでした。」

 「あぁ!でも負けません。いつかわたしの愛は必ずお姉様に届くはずです!」

 「こちらの方は無視します。あなたが、その・・・ヴァ、ヴァ・・・」

 「『ヴァイス・ゼーゲン』」

 「もっと覚えやすくて言いやすい名前つけなさいよ!」

 エミリア逆ギレ。でも、わたしもそう思うぞ。

 「わたしの自由です。気に入らないのなら、あなたには何も売りません。」

 「グッ・・・でも、今ないんでしょう、灰色狼。」

 「はい。ですので、これからバイエルフェルン王国に狩りに行く途中でした。」

 「そうか、ガルムザフトの情報があったから忘れていたが、ガルムザフトと反対側にあるバイエルフェルンなら灰色狼が手に入るかもしれないのか。」

 話が妙な方向を向き始めた。わたしとファリナは目配せで合図。気配を消して、話に巻き込まれないように・・・

 「なので、ヒメさん。一緒にバイエルフェルンに行きませんか?」

 「こっちに振るな!」

 わたしたち3人以外の目が、一斉に私を見る。

 負けない・・・絶対逃げ切ってやる・・・




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