43.昔の自分を思い出してなんだか切なくなる
マイムの町近くの森に<あちこち扉>の扉を開けてもらって、わたしたちは町に入った。
未だ、ブツブツ言っているファリナと対照的に、目を輝かせて楽しそうなリリーサを見ると、昔の自分を思い出してなんだか切なくなる。
わたしも昔は友達欲しかったよね。ファリナが来てくれたから、わたしは救われたけど。
「その言い方はズルい。怒れなくなる。」
わたしに腕にしがみ付こうとしながら、ふと前を見たファリナの目に、それが映った。慌てて来た道を引き返そうとするファリナ。
「ファリナお姉様。やっと帰ってきたんですね。」
家の前にフレイラが立っていた。
「どうなってるんですか。裏の窓から入れなくなっています。」
うん、窓から入ろうとする考えがどうなっているんだろうね。
「領主様のお嬢様が窓から入っちゃダメでしょう。」
「昔の人は言いました。為すべき目的のためにはあらゆる手段が正当化される、と。」
「誰よ、そんな無責任な事言ったのは。」
「うちのおじいちゃんです。」
うわ、面倒な血統。
「ところで、後ろの方々はどなたですか?」
フレイラがリリーサたちを見つける。
「あぁ、違う領地から来たハンター。昔の友達なの。」
フレイラの相手をファリナに頼み、わたしはリリーサに近づく。
(聞いてたと思うけど、領主の娘さん。密入国だってばれないでよ。)
(わかりました。)
小声で話すわたしたちを不審そうに見るフレイラ。
「変わった服ですね。聖教会とも違いますし。大体、ヒメさんが聖教会のシスターと知り合いのわけないですし。」
この娘、最近ファリナのこともあってか、わたしへの風当たりが厳しいんだけどどうしましょ。
「わたしはハンターです。これでもCランクなんですよ。」
「パーティー名は何ですか?」
まずい、フレイラなら父親の権限でパーティー名から所属を調べるかもしれない。調べられたらこの国のハンターではないってばれる。
「『白聖女の舞』といいます。ガルムザフト王国から来ました。これから、ギルドに行って越境の登録をしなきゃいけないから、ヒメさんたちをもう少し借りるけど大丈夫?」
リリーサが、あっさり所属をばらす。本当に入国の手続きするんだ。その場の言い逃れだと思ってた。
「そうなんですか。あ、でもお父様が、ヒメさんたちに用事があるので呼んできてほしいと言われて来ています。なるべく早くお願いできますか。」
「いや待って、ロイドさんがわたしたちに用?うん、ごめん、仕事が入ってるからまた今度ね。」
「ギルドに確認して依頼は受けていないと聞いています。採取ならまた後でもいいですよね。時間ありますよね。」
え?なんかフレイラが変。こんな賢い娘はフレイラじゃない。
「偽物だ。」
「失礼です、ヒメさん。わたしはちゃんと賢いと昔から有名です。他の貴族の男の子からの婚約の申し出も引く手数多なんです。今のところすべてお断りしてますけど。お父様は渋っていますけど、お母さまは言いました。『フレイラ、あなたは美人で賢い娘だから、他の貴族から婚約の申し出が山のように来るでしょう。でも、あなたは次女。家のことは心配する必要はない。だから、あなたの好きなように生きなさい。結婚は望むときに望む人となさい。』と。優しいお母様、フレイラは今運命の人を見つけました。そう、ファリナお姉様、あなたです・・・ってあれ?」
目を閉じ、自分に酔いしれて踊るように語り続けるフレイラ。
長くなりそうなので、わたしたちはフレイラを無視してギルドに向かう。
「待ちなさい!待ってください!人の話はきちんと聞きなさいと習わなかったですか?あぁ、親の顔が見たいです。」
ごめん、わたしも見たいよ。
「越境の手続きって国境でやるんじゃないんだ。」
「国境にはなにもありませんよ。国境に関所を置くとしても、じゃ黒の街道はどうするんだってことになるでしょう。あんな魔獣や場合によっては魔人族が出てくるような場所、誰が門番するんですか。」
それもそうか。
「国を越えてきた者は、用事のある領地のハンターか商業のギルドで手続きします。王都でもできます。観光は商業扱いですね。そこで、来た目的、何日滞在するか、ハンターなら何を狩るのか、どのくらい狩るのかを申告します。あまり常識外れに大量だと、許可が下りず、警吏に引き渡されて国外退去です。認められれば狩りができる許可証がもらえます。」
「許可証のあるなしなんてわからないんじゃないの。」
「狩場が普通のハンターがよく行く場所なら、見た事のないハンターがいれば、地元のハンターが確認します。領地を越えて活動するハンターもいますから、ギルドカードで自国のハンターかどうかをまず確かめます。自国のハンターなら、どこで狩りをしても問題はありませんので、おとがめなし。他国なら、許可証の提示を求めます。あればよし、なければ犯罪者扱いになりますので、捕まえればギルドから報奨金がもらえます。捕まえられなくてもギルドに報告すれば少々の礼金がもらえます。それで、手配書が国中にでますから、密入国者はその国を急いで逃げ出さなくてはいけなくなります。」
「そんなことも知らないんですか?」
ついてきたフレイラがバカにしたように私を見る。
わたしたちの活動場所は主に黒の森。めったに他のハンターになんて会わないし、他のハンターから確認なんてされたことない。向こうが誰かなんて、今日初めてリリーサたちを確認したくらいだよ。
「わたしたち、国を出た事無いからね。」
「それじゃ、仕方ありませんね。知らなくて当然です。」
答えたファリナにフレイラが相づちを打つ。なんだろう、わたしとファリナとで態度が全く違うんだけど・・・
「ヒメさんは敵です。」
あぁ、そうですか。とは言え、子ども相手にムキにもなれないしなぁ・・・
「今はヒメさんの方がよくても、あと2,3年したらヒメさんはもうオバさんです。ぴちぴちしたわたしが勝ちます。」
うわ、17,8でもうオバさんか。たまんないわ。
ギルドでリリーサたちが登録してる間、受付前のスペースの椅子に座り、フレイラの話を聞くことにする。内容によっては、即座に他の領地か、リリーサについて行ってバイエルフェルン王国での仕事を探すことにしよう。
「で、ロイドさんの用事って何なの?」
「そこまで子どものわたしに教えてくれるわけないじゃないですか。考えればわかりますよね。」
あぁ、あのかわいらしいフレイラはどこへ行ってしまったんだろう・・・
「愛は女を変えるのです。しかも目の前に明確な敵。勝つためには手段は選びません。」
「燃やしちゃおうか・・・」
「直接攻撃は反則です。相手は年端もいかない子どもですよ。少しは考えてください。」
「ミヤから教わったの。相手が子ウサギでも、全力で骨一本残さず食べつくせ、と。」
「わ、わ、わたしを食べるんですか?わたしもヒメさんの毒牙に掛けようということですか?愛人候補にする気ですね。」
両手で体を抱きしめるようにして、わたしを睨む。
「本気なの?こんな子どもまで・・・」
ファリナがすごい形相で睨む。
話が通じてない。
居たたまれないうえに、ミヤは何もない空中に視線を走らせ何かを目で追っている。何が見えるんだよ。怖いんだけど・・・
「終わりました。楽しそうですね。」
リリーサが戻ってくる。
わたしがひどい目にあっていると、なぜみんな楽しそうに見えるんだろう。
「とりあえず、ここでは友人のところへ遊びに来た観光目的で登録しました。この国では特に狩るものはないですので。」
「たとえば、登録の時にオーク5匹って申請するよね。それってどうやって確認するの?」
普通のハンターなら、必要な部位を持っているから、見ればわかるよね。収納魔法持ちはどうやって確認するんだろう。
「現物を5匹確認したらそれで完了です。」
「え、じゃ、収納の中にもっといっぱい持ってても調べないってこと?」
「その辺は信用問題です。極端な話、絶滅させるくらい狩らない限りは申告した量を見せれば、後は調べません。収納魔法持ちは調べようがないからです。ある程度は見逃すからほどほどを守れよということです。もちろん、狩りすぎが後々ばれれば、ハンター名と所属国は申告してありますから、国を通じて文句は言ってきますけどね。」
けっこう雑なんだね。
「絶滅することは滅多にないですからね。多少は多めに狩っても大丈夫ということなんでしょう。乱獲されれば、獣たちは隣の国や黒の森に逃げ込みます。黒の森が魔獣の住処とはいえ、ほとんどの魔獣は獣を襲いません。獣と魔獣にとっては、あくまで住処のなわばりの問題にすぎませんから、魔獣のなわばりを避ければ獣の居場所はあるんです。まぁ、狭いですけどね。狭いので獣は黒の森にはあまり行かないのですけど。ハンターとしては、魔人族が出てくるかもしれない森の奥まで行ってまで狩りをしようとも思わないでしょうし。」
そういうものかしらね。でも、さっき、猿が一種、絶滅の危機の瀕してたよ。わたしに岩を投げつけたという理由で。
「じゃ、私の家に行って魔法の勉強でもしようか。」
「え?領主様はいいんですか?」
「いいの、いいの。どうせ大した用でもないでしょうから。」
心配そうなリリーサに笑って答える。
「ひ、ヒメさん。仮にも領主からの呼び出しですよ。」
フレイラが驚いて椅子から立ち上がる。
「でも、さっきフレイラから敵だって言われちゃったし、つまり、パーソンズ家はわたしの敵ってことだよね。」
「大人げない。」
「ヒメ様外道。」
え?そっちの味方?でもここは押し通す。領主からの呼び出しなんてロクな事ないんだ。
「むー、わかりました。スカート捲っていいです。」
「何ですか、それは?」
リリーサが驚きの目をわたしに向ける。
「ヒメさんにお願いする時はスカートを捲らせなくてはいけないんです。」
「え?じゃ、わたしも魔法を教わるにはスカートを捲らせなくちゃいけないんですか?」
慌ててスカートを押さえるリリーサ。
「待ってください。その役わたしがやります。やらせてください。」
手をあげて騒ぎ出すリルフィーナ。
そして、すべてをあきらめた表情のわたし・・・もう、好きに罵って・・・
「ヒメさん、他のハンターが誰もいないからって、ギルド内でのワイセツ行為は遠慮してくださいね。」
受付のノエルさんが何か言ってる。
「わたしもバイエルフェルンに行くわ。いざとなったら移籍よ。もうこんなとこにはいたくない。」
ギルドの隅で膝を抱えて座るわたし。
「大丈夫、大丈夫。わたしもミヤもいるから。さ、今日は家に帰っておいしいもの食べてゆっくり休もうね。」
「しまったです。あまり責めすぎて、ヒメさんに同情を集めてしまいました。わたしが罵られればよかった。」
頭を抱えて悔しがるフレイラ。
「この国にはおかしな人しかいないのでしょうか。」
なぜか途方に暮れているリリーサ。あんたも十分おかしいから大丈夫だよ。
「どういう状況だ?これは。」
入り口の方から聞いた覚えのある声。
「知らない者もいるな。フレイラに頼んでまともに話が進むわけがないと思って来てみたが、予想以上に混乱しているようだ。」
「ですから、わたしとマリシアで何とかします。あのような性格破壊者の手を借りなくても・・・」
さらに聞きたくない奴の声まで。
見たくないけど、仕方なく振り向いた先には、ロイドさんとエミリアが立っていた。




