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4.家へ帰る少女たち

 「ミヤ、この辺に灰色狼いる?」

  そうわたしに聞かれて、ミヤは周囲を見回す。

 「いない。」

 フレイラとマリシアは怪訝な顔でわたしたちを見る。

 「何でわかるのですか。」

 「あぁ、ミヤは特別なの。わたしもそれなりに探知できるけど、近くに何かいるかなくらいしかわからない。けど、ミヤは何がどこにいるのかわかるの。まぁ、探知できる範囲は限られるけどね。信じられない?だったらここまでね。わたしたちは協力できない。だって、それじゃあ、どうやって見つけるつもり?見つかるまでみんなで当てもなく森の中をいつまでも探し続けるの?悪いけど勘弁だわ、そんなの。」

 「それは・・・」

 フレイラが言葉に詰まる。

 マリシアもなにも言い出せないでいた。

 それはそうだろう。どこにいるかもわからない、そもそもいるのかすらもわからない獣を見つけようというのだ。2人だけなら、ただ森の中を探し続けるしかない。何日もあるいは何か月も。他の獣や魔獣の襲撃に怯えながら。だからと言って、ミヤならわかりますと言われて、はいわかりましたともならないよね。


 「わかりました。わずかでも可能性があるのなら、ミヤさんを信じます。」

 フレイラが、すがるようにミヤを見る。

 マリシアもこのままわたしたちと別れて、2人で森をさまようならミヤに賭けようと思ったのだろう。なにも言わずにフレイラの後ろに立っていた。

 ミヤはわたしのほうを見る。

 ミヤは息を吐くようにわたしの悪口を言うが、基本、わたしの指示に従って行動する。ファリナの言うことには耳を貸すが、わたしからの指示優先。逆に、まるっきりの他人からの命令や依頼は聞く耳を持たない。ついでに話も聞かない。3人でいるときは、わたしとファリナが危険なとき以外は自分で判断しない。

 今のミヤはわたしの指示を待っているのだ。


 「ミヤ、灰色狼を探して。きっと灰色狼のお肉もおいしいよ。」

 ミヤの目の色が変わったのに気付いたのは、わたしとファリナだけだろう。そう、わたし以上にミヤはご飯にうるさいのだ。

 ファリナが苦笑いでため息をつくのを不思議そうにフレイラとマリシアは見てる。まぁ、そうなるよね。

 背伸びしながら、ゆっくりとその場で回り始めたミヤが、ある方向でピタリと止まった。

 「3、4キロくらい向こう。それらしいけど自信ない。」

 「え?」

 フレイラが不思議を通り越して、不安げにこっちを見る。

 「信じられない?まぁ、ミヤも自信ないって言ってるから確実じゃないけどね。」

 「い、いえ・・・でも・・・3、4キロって・・・探知できる範囲ってそんなに広くないって。」

 まぁふつう、3、4キロも向こうに獣がいるって言われても信じられないよね。わたしだってミヤじゃなかったら、こいつ何言ってるんだって思うもん。ただ、この距離だとさすがのミヤも絶対ではない。灰色狼っぽい何かがいるという程度だ。

 「ミヤがぎりぎり探せる範囲だね。間違ってるかもしれない。そうだ、いるかどうか何か賭けようか?」

 からかうようにフレイラに言ってみる。

 「いえ。ミヤさんを信じるって決めたんです。その必要はありません。行きましょう。」

 あら、ただのお嬢様ってわけじゃないみたい。

 ファリナも笑ってフレイラを見てる。ミヤは・・・うん、言うまでもなくどうでもいいって顔してる。

 マリシアだけが困ったような顔してる。信用していいのか迷ってるんだね。

 「あの、ちょっと待ってください。」

 マリシアが意を決したように発言する。

 「なに?やっぱり信用できない?」

 わたしは厳しい視線をマリシアに向ける。この期に及んで面倒くさい。

 「いえ。フレイラ様が信じるのでしたら、わたしはそれに従うだけです。ただ・・・」

 「ただ?」

 「今から森の中を数キロ移動して狩りをするとなると日が暮れるかもしれません。わたしたちはキャンプの用意はしてないのでどうしようかと。みなさんは用意してきてますか。」

 あぁ、そうか。もう昼も過ぎてるんだね。さて、どうしよう。


 「作戦ターイム。」

 わたしは、ファリナとミヤをフレイラたちと少し離れた場所に集める。

 「どうしよう。一応キャンプ道具は<ポケット>に入っているけど、ここでのキャンプは絶対獣か魔獣出るよね。つまり、夜見張りが必要だと思う。悪いけど、出てくるレベルの獣の相手に、マリシアは戦力的に厳しいと思うんだ。つまり寝れないよね。」

 「<ゲート>は・・・使えない?」

 「知らない相手にはあまり手の内を見せたくないなぁ。大体、領主の娘でしょ。へたしたら、わたしたちのこと知っているかもしれないし。」

 「それは・・・そうか。」

 「ミヤは晩ご飯が食べられるのならどうでもいい。」

 うん、ミヤはそうだね。

 「仕切りなおすか。それがいやなら断ればいい。そもそも、そこまでする義理もないし。そりゃ、助けてあげたいけど、わたしたちが無理しなきゃならないことでもないと思うし。」

 「ヒメ様冷徹。」

 おかしい。セリフの後半は批判をさけるために言ったはずなのに、批判が止まらない。


 「というわけで、なんの準備もしていないため今日のところは引き上げて、明日出直したいと思います。フレイラ様はどう思う。」

 逡巡を見せるフレイラ。そりゃそうだろう。灰色狼を探して危険を顧みずここまで来たんだ。今更帰ろうなんて考えたくないだろう。

 「ミヤさんは灰色狼を見つけられるんですね?」

 「ミヤならね。」

 「明日も協力していただけるんですね?」

 「それは違うなぁ。」

 「え?」

 わたしの言葉に不安げな顔をするフレイラ。

 「わたしたちはハンターだからね。依頼なら受けるよ。」

 パァっと顔が笑顔になる。

 「はい、依頼します。今日はあきらめます。明日よろしくお願いします。」

 頭を下げるフレイラ。貴族のお嬢様とは思えない低姿勢だ。

 「貴族のお嬢様が簡単に頭を下げちゃだめよ。」

 わたしの言葉にフレイラが首を左右に振る。

 「いいえ。偉いのはお父様であって、わたしではありません。わたしはただ貴族の家に生まれただけのなんの力もない女の子です。わたしには、お母様の病気を治すことはできません。苦しんでいるのを少しでも楽にしてさしあげることもできません。でも・・・」

 涙目でわたしたちを見る。

 「・・・でも、みなさんなら、お母様の苦しみを和らげてくれる灰色狼の肝を手に入れることができるんですよね。それを手に入れるためなら、わたしの頭くらいいくらでも下げます。」

 ファリナが優しい目で、フレイラを見ている。たぶん、わたしも。そしてミヤは・・・うん、飛んでいる鳥を目で追うのに忙しそうだ。

 「よし、じゃ町まで戻って、ギルドに依頼を出してもらってその上で明日の計画をたてようか。それでいい?」

 「はい。明日なんとかなるのなら、今無理して、みなさんを危険な目にあわせるようなことはできません。しっかり準備して、明日に備えたいと思います。」

 わたしはマリシアに近づき、彼女の耳元で囁く。

 「いいこだね。」

 「はい。」

 マリシアが満面の笑みで答える。


 安全地帯の街道に出るまで、狼を6匹倒して、つまり襲われて、なんとか日の暮れる前にフレイラたちが住むロクローサの町に着いた。徒歩で。

 街道のどこかに馬車でも待たせているのかと思ったら、家の者にばれないように歩いて町を出てきたという。なんでも案内に雇った例の盗賊に変貌したハンターから、大事になるから家族には内緒にしたほうがいいと言われてその通りにしたって、そりゃ逆に大事になってると思うよ。


 屋敷が近づいてくると、門の警備だろう男の人が、フレイラの姿を確認して慌てて家に中に走っていった。ほら、やっぱり大事になってるよ・・・


 「フレイラ!」

 家の中から、フレイラを大人っぽくして髪を伸ばした感じの女の子が、壊すんじゃないかって勢いで、ドアを開けて出てきた。お姉さんかな。

 「お姉様。」

 あ、やっぱり。

 「フレイラ、怪我はない?大丈夫?」

 「大丈夫です。お姉様。心配かけてごめんなさい。それに・・・灰色狼は狩れませんでした。ごめんなさい。」

 「そんなことはいいの。あなたが無事なら・・・マリシア・・・」

 お姉さんはマリシアに声をかける。止めなかったこと怒られちゃうのかな?

 「ごめんなさいね。あなたにまで迷惑をかけて。いくら、あなたが護衛の依頼を受けているからといってこんな危険なことにまきこんでしまって・・・」

 「いえ。それがわたしの仕事ですから。」

 あら、お姉さんもやさしいんだ。貴族でしかも領主の娘とは思えない。

 普通なら、鞭でも持って、『あなたがついていながらなにをやっているの!!』とか言って2,3回ぶつものじゃないの?

 「ところで、こちらの方々は?」

 ファリナとミヤにはそうではないが、なぜかわたしには胡散臭いやつといった視線を向けるお姉様。ひょっとして考えを読まれた?ミヤといい、なんでだれもがわたしの考えがわかるんだ?

 「途中、助けていただいたハンターの方たちです。」

 そう言われて、わたしたちは自己紹介をする。まぁ、パーティ名と自分の名前くらいだけどね。

 「妹たちを助けていただいてありがとうございました。わたしはリーア・パーソンズ。フレイラの姉です。立ち話もなんですから、どうぞ中へ。ライラ、お客様を応接室へ。」

 屋敷の扉を出たところに控えていたメイドさんがこちらに来る。

 「当家メイド長のライラです。どうぞこちらへ。」

 さすが領主家のメイドさん。わたしたちみたいな者にまで丁寧な応対をしてくれる。

 調子にのるのもなんだし、へりくだるのもいやなので、なにもしゃべらずにわたしたちはライラさんの案内に従って、部屋まで案内される。うん、さすが領主の家の応接間。広いうえに簡素に見えるけどテーブルとか椅子とかの家具類、高そう、いや高いよね。


 「フレイラお嬢様がお着換えをなさりたいとのことなので、申し訳ございません、少々ここでお待ちいただけますか。すぐにお茶のご用意をいたします。」

 そう言うと、ライラさんは部屋を出て行った。部屋に3人が残される。

 念のため、周囲の気配を探る。だれもいない。ファリナも辺りに誰もいなくなったことを感じてフッと気を抜く。ミヤは・・・壁に掛かった絵を見ている。ただ見ているだけで、絵の良し悪しなんかわからない。

 ハンターをそれなりにやってきたわたしたちなので、周囲の気配くらいわかる。まさか、あのお嬢様方やメイドさん、執事さんが気配を消せるとも思えないし、できたとしても、ミヤはごまかせない。


 「お姉様がいらしたってことは、フレイラ様の依頼は取り合ってもらえないかもね。」

 ファリナが少し残念そうに言う。

 家族に無断で出かけていたのだ。明日また出かけますと言っても、はいそうですか、とはならないだろう。

 お姉さんとしてはお断りしたいんじゃないかな。

 「まぁ、断られたらそれでいいし、灰色狼の肝がどうしても必要なら、わたしたちだけで行ってもいいし。さっきも言ったけど、フレイラ様を助けてあげたいとは思うけど、どうしてもやらなきゃならないことでもないしね。」

 ファリナが渋々ながら頷く。ミヤは会話に加わるどころかこちらを見ようともしない。


 数十分待たされたが、やがて人が近づく気配がする。3人。

 「お待たせしました。」

 リーア様、ドレスに着替えたフレイラ様、お茶のカップを乗せたトレイを持ったライラさんが入ってきた。

 「妹から大方の話は聞きました。依頼のお話をしましょうか。」

 いきなりリーア様が切り出してきた。



  


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