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38.わたしたちは今日も仕事に励む


 人の私生活に介入してきたパーソンズ家には、いつか天誅を下すことを心に誓い、わたしたちは今日も仕事に励む。勤労少女の鑑だ。


 「この一週間でかなりお金を稼ぎました。でも、油断してはいけません。いきなり明日、ヒメが働きたくないとか言い出すかもしれないのです。そのための備えをわたしたちは必要としています。そう、これはすべてヒメのため。ヒメとわたしたちの明日のためのものなのです。」

 草原のど真ん中に座らされて、突然始まるファリナの演説。ミヤ、おためごかしに拍手。わたし当然右から左。

 「で、何が言いたいの?」

 「なにが?」

 「いや、いきなり語り始めたからどういう趣旨なんですか、と聞いてるの。」

 「ヒメが、『ヘッヘッヘッ。パーソンズの野郎からたんまりせしめてやったぜ。これでしばらくは遊んで暮らせるな。』みたいなこと言うから、働くというのは日々の積み重ねが大切だということを理解してもらうためのお話よ。」

 「それはわかってるけど、今のって、わたしが明日にも引きこもるのを前提にした話が展開したよね。」

 「いい、楽観主義で生きていくことは簡単だけど、わたしたちにはヒメという守るべき存在があるの。わたしは常に最悪の事態を想定して行動してるわ。ヒメが勢いで領主ヤっちゃったりとか、ノリで町一つ壊滅させたりとか、なりゆきで国一つ滅ぼしちゃったりとか、その中の一つとして、ヒメが引きこもることも想定してるの。」

 何、その魔王みたいな扱いは・・・で、国一つの存亡と引きこもりが同列ってどんだけなの。

 「ヒメは常々、スローライフが送りたいって言ってるよね。ヒメのスローライフのイメージってどういうの?いい、食っちゃ寝をスローライフと呼んじゃダメよ。」

 いや、さすがにそんなこと・・・思ってました・・・少しだけ・・・


 「やることはやるよ。でも、今この国で目立つといろいろ面倒なことになりそう。」

 そう。今この国エルリオーラ王国は空前の勇者不足である。

 ちょっと前の魔人族との戦争で、かなり減っちゃったんだ。

 だから、能力の高いハンターを国では募集中です。勇者登録して、明日から君も勇者だ!とかやっている。

 で、わたしたちはそれをお断りしたい。なので、あまり目立ちたくない。

 なのに、このところ領主様からの依頼を立て続けに成功させたわたしたちは、わたしたちが登録してるギルドの中では勇者最有力候補。ギルドからも期待されている。

 「つまり。マイムの町のギルドマスターとギルドの職員にこの世からいなくなってもらえばいい。」

 うん、その通りなんだけどね、ミヤ。人としてはどうかなーって思うわけよ。

 「ミヤはヒメ様の歩く道をふさぐのなら、山だろうと小石だろうとすべて叩き潰す。」

 「潰すのもけっこう目立つのよ。」

 「悪名高いもんね。わたしたち。」

 

 わたしたちは、勇者の村でハンターと勇者の登録をしていた。でも、実際はギルドに来るような依頼なんか受けたことはなかった。なにせわたしたちの仕事は、国か領主からの依頼を解決して来いと村長に言われるだけのもの。

 与えられた仕事を粛々とこなす毎日。

 だから、ハンターの仕事、特に初心者ハンターの仕事ぶりなんて知らなかった。

 マイムの町で初心者として登録して3日目。町はずれの畑を襲ったゴブリンと藍猪を壊滅させた。ゴブリンは魔獣だけど、数少ないFランクが討伐していいもののはずだった。

 討伐報告に行くと、ギルド窓口のノエルさんに驚愕の表情で迎えられた。

 「え?ゴブリンってFランクでも狩っていいんだよね。」

 「それは、ゴブリンが4,5匹程度の話です。ゴブリン50匹と藍猪6匹って、どうやったら3人で倒せるものなんですか?Cランクでも厳しいですよね。」

 確かに襲われた農家からの依頼書にはCランク以上求むになっていたので、依頼を受けることはできなかった。ならば、たまたま出くわした事にすればいいと考えて、通りすがりを装ってゴブリンたちをやっつけたんだけど、なにやら風向きが怪しい。

 いつも、人魔と戦う前には戦闘訓練された魔獣4,50匹と戦っていたわたしたちにとっては、Fランクでも狩れるゴブリンなら何十匹いようと大した問題ではないと判断したんだけど、世間はそうではなかったようです。

 わたしたちは思った。『やっちまった。』と。

 それ以降、わたしたちは自重を最大目標とした。なのに・・・

 「オークってCランク以上推奨の魔獣ですよ。」

 なんでよ!魔神が3人とか人魔が10人とかならびっくりしてもいいけど、オーク2匹で驚かれるなんて。ランクFの低級ハンターってそんなに能力低いの?

 かくして、わたしたちは規格外扱いされて今日に至る。


 「ただでさえ半年でCランクになったって騒がれてるのに、これ以上騒がれたら、また他の町に行って、Fランクからやり直しよ。」

 そう言ったわたしの頭を悪い考えがよぎる。しばらくは食っちゃ寝しててもいいんじゃない?

 そう。今目立つのはまずいから、少しの間何もしないようにすべきじゃないか・・・と。

 「それは勘弁してほしい。せっかくCランクになったのに、またFからやり直しは精神的にもきつい。」

 ファリナが悩みだす。

 「そうだよね。また薬草集めからコツコツだもんね。」

 わたしの悪魔の囁き。

 「ミヤはご飯が食べられればどうでもいい。」

 うん、予想通りミヤは積極的に意見言ってこない。

 「そうなったら引っ越ししなきゃいけないのよね。あぁ、でもフレイラに面倒掛けられなくなると思えばそれもいいかもって思っているわたしがいる。」

 ファリナがさらに真剣に悩みだす。

 「だからこれ以上目立たないために、ここはしばらく食っちゃ寝で過ごすのも手だと思うの。」

 「そうなのかしら・・・そうなのかも・・・」

 よし、ファリナがもう少しで堕ちそうだ。

 「太る。」

 ミヤのたった一言にファリナは現実を取り戻し、わたしは自分の悪行を反省する。

 「いやぁ!それはいやぁ!」

 「ごめんなさい。なまくらなこと考えてごめんなさい。」

 かくして、わたしの『すろーらいふ計画』は1分経たずに頓挫した。

 「人間地道に生きなきゃダメよね。」

 トボトボとわたしたちは、今日の獲物を求めて森の奥へ足を進めた。


 <ゲート>でコルド杉を伐採に来た国境付近まで来る。

 この辺ならあまり人が来ない。ミヤに太ると言われた腹いせに暴れても文句がこないだろう。

 「いや、ダメだからね。暴れるのも燃やすのも禁止。」

 「猿やっつけようよ、猿。わたしに石を投げつけた猿。」

 「まだ根に持ってるの?」

 「ヒメ様に石を投げつけるような不届き者はこの世界からすべて抹殺すべきとミヤは考える。」

 あー、仕返しぐらいにしか思ってなかったのに、種の存続の問題になりつつあるよね、これ。

 「いや、そこまでしなくてもいいんじゃないかな。」

 まずいと思って辺りを探査する。ここにひょっこり出てきたりしたら大惨事になる。

 幸いわたしが探知できる範囲にはいないようだ。けど、ミヤが探知できる範囲にはいるかもしれない。さすがに絶滅だけは避けないと。


 「え?何?」

 急に何かの気配が感じられる。

 ミヤも突然のことに身構える。

 ファリナは突然すぎて動けない。


 前方、十数メートルくらいの空間に空間移動の穴が生まれる。これって<ゲート>?

 「お姉様、どうです?」

 「うーん、この辺りにはいないようです。」

 空間の穴から、全身白い、聖教会のシスターみたいな服を着て、腰のベルトにナイフを挿した女が現れる。

 薄い金の髪を背中の中ほどまで伸ばしたストレートヘア。黒ぶちの眼鏡。見た目16,7歳に見える、幼さが残る美人さん。

 その後ろに、肩まで伸ばした茶髪でくせっ毛の女の子が続いて現れる。こちらは、茶色のシャツにズボン。ショートソードを携えている。眼鏡女よりは若く見える。

 「向こうにお猿さんっぽい感じ、でこちらは人間さんですかね。」

 こちら、でわたしたちの方を指さす。

 「え?お、お姉様!大変です!見つかってしまいました!」

 「あらあら、密入国がばれてしまいました。」

 なんだろう、関わってはいけないものに出くわしてしまったように感じる。

 「どうします?どうします、お姉様。」

 「こういう場合は、落ち着いて。仕方ありません。死んでもらいましょう。死人にくちなしの花です。」

 あー、こいつらには殺されたくないなぁ。

 緊迫感のないまま、剣を構えるわたしたち。死ねって言われたら相手するしかないよね。相手がおバカそうでも。

 

 「<バラバラ>。」

 眼鏡の女がこちらを指さしなにやら呟く。魔法の名前?

 魔法障壁を張ろうとして、足元からの波動を感じる。発射型の魔法でなくて、相手の位置に発動させる範囲型の魔法?

 慌ててその場から飛びのく。けど、なにも起こらない。火柱が上がるでもなければ水や氷の柱が立つわけでもない。

 でも、危険は感じた。

 「避けたらダメです。それはずるいです。」

 そりゃ避けるでしょ。なんで素直に魔法に命中されなきゃならん。

 まずいな。何が起こるかわからない魔法。わたしやミヤは、魔法に敏感だから対応できると思うけど、魔法に疎いファリナが狙われたら危ない。さらに乱戦になったら、わたしやミヤでも避けきれないかもしれない。

 足元から握りこぶし大の石を拾う。

 「逃げないでくださいね。<バラバラ>。」

 わたしを指さす。

 魔法の発動範囲と思われる場所から飛びのくと同時に、手に持った石をその範囲に投げ入れる。

 その石が、塵になってスッと消える。これって・・・

 「ヒメ様、分解魔法。」

 ミヤが叫ぶ。

 分解魔法。物質を一番小さなレベルまで分解してしまう魔法。噂には聞いた事あるけど実在したんだ。

 「だーから、逃げないでください。当たりません。」

 半泣きでわたしに叫ぶ眼鏡女。どこまでマジなんだろう。

 「なんで殺されなきゃいけないの?」

 「え?だって、怒りますよね。黙って国境越えちゃったら。」

 「いや、別にどうでもいいけど。」

 「え?そうなんですか?」

 ポカンとする眼鏡女。

 「騙されちゃダメです、お姉様。そうやってお姉様を騙して、捕まえたお姉様にあんなことやこんなことをするつもりです。あぁ、お姉様にあんなことやこんなことをするならわたしがやりますから代わってください。」

 「そうなんですか?そうなんですね!」

 まずい、会話が成立するとは思えない。

 ところで、後ろで騒いでる女の子は、戦闘に参加する気はないみたいね。特に危険を感じないし。あっちから何とかならないかな。

 ミヤに目配せ。頷くミヤ。未だ展開に乗り遅れてるファリナ。

 眼鏡女の気を引くために、女の子が眼鏡女の死角になる方に動いてみる。眼鏡女は素直にわたしの動きにつられて動く。

 ミヤが瞬歩で女の子の後ろに飛んで、腕を女の子の首に廻す。

 「動くな。」

 ミヤの速さに、女の子ビックリ。眼鏡女キョトン。

 「え?えぇー、わたし人質?わたしがあんなことやこんなことをされちゃうー。」

 「こ、困りました。リルフィーナ、止むを得ません。尊い犠牲になってください。」

 「えー?そんな。お姉様にあんなことやこんなことをしないで死ぬなんて嫌です。せめて一度だけでも、あんなことやこんなことを・・・」

 「わたしは遠慮します。今までありがとう、リルフィーナ。」

 にこやかに手を振る眼鏡女。

 どうしよう、やっぱり絶対に関わっちゃいけない人間に関わってしまった。





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