37.嘘のように穏やかな朝
昨日の騒ぎが嘘のように穏やかな朝。
昨夜のうちにダラムルさんから、家に工事が入るのは7、8日後くらいの予定と連絡があった。はっきりしたら、再度確定の連絡が来る。それまではゆっくりできそう。
わたしの、今日は休みにしようという提案をミヤもファリナも了承。朝食後はゆっくり静かに怠惰に過ごそうと、わたしは自室のベッドで横になる。
平日の朝からボーッとしてていいなんて、なんか背徳感・・・と思っていたのに、あっさりわたしの静寂な時間は壊される。
ノックもなしにファリナとミヤが入ってきて、わたしのベッドの右と左のスペースにもぐりこんでくる。
「たまにはこんな時間の過ごし方もいいよね。」
「落ち着く。」
わたしの腕を枕にして、2人が寄り添ってくる。
「落ち着かないよ。」
文句の1つくらいいいよね。
「24時間、360日ずっとこうしていられたらいいのに。」
「ずっとこうしてたらご飯が食べられないよ。」
「ヒメ様にくっついていられるならミヤはご飯食べなくていい。」
「女3人飢餓死体で発見なんてニュースになるのはいやだ。」
「もう、いつもは夢みたいなことばかり言ってるくせに。ムード台無し。」
「ヒメ様に色気を求めるの無理。だから胸が大きくならない。」
ベッドからたたき出すよ。
「まぁ、本当にいつまでもこうしていられたらいいね。」
なんか、微睡んできた。
「それは、わたしが許しません!」
「「うわぁ!」」
わたしとファリナ仰天。ミヤのそっと起き上がる。
慌てて飛び起きると、部屋のドアを開け、フレイラがこちらをビシッと指さして立っていた。
「フレイラ、なんでここにいるの?」
「邪魔しに来ました。」
いや、あのね・・・
「わたしの目の黒いうちは、そう簡単にイチャイチャなんてさせません!ヒッ?」
フレイラが怯えた顔をする。
見ると、ファリナがものすごい怒りの形相でフレイラを睨んでいた。
「至福の時間だったのに・・・」
「小娘許すまじ。」
あ、ミヤも怒ってる。
「負けません。わたしには、ファリナお姉様の一時の気の迷いを正す義務があるのです。正義と真実は我にありです。」
「ていうかフレイラ、どこから入ったの?」
「人を虫か何かみたいに言わないでください。ちゃんと玄関から入りました。」
「鍵かかってたよね。」
「ごめんなさい。本当は裏側の窓から入りました。」
「あ、閉め忘れてた?」
ファリナ迂闊。
これもう警吏呼んで引き渡してもいい事案だよね。
「すみません。それはパーソンズ家の名誉にかかわるので勘弁願えないでしょうか。」
さらなる乱入者。
リーアとエミリア、マリシアがフレイラの後ろに立っていた。
「お姉様?なんで?」
フレイラと一緒に来たわけではなさそうだ。
「どこから入ったの?」
「もちろん、裏の窓からです。」
お前らもかい。しかもリーア、それを胸張って言うとは。もう警吏呼ぶしかないよね、この状況は。
「フレイラを探していたら、ちょうどこの家の窓から訪問するところに出くわしました。そこで、わたしたちも同様に来訪した所存です。」
窓から侵入を言い換えたってごまかされないからね。
「わたしは止めました。」
「あぁ、マリシア。1人だけいい子ぶって。」
「わたしはもうどうでもいいです。あの、お優しく賢かったお嬢様方が・・・変な女に引っかかってしまったばかりに・・・」
誰のこと?エミリア。その変な女って。
「フレイラ。あなたはパーソンズ家次女として、何をやったか理解しているの?」
リーアがフレイラを睨みつける。
「はい。窓から人様の家に入るなど・・・」
「あ、それは構いません。どこから入ろうと文句を言われる筋合いはありません。」
いや、構うだろ。文句も言うよ。
「問題はその後です。いいところだったのに何で邪魔するんですか。昔の人は言いました。『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて三千里』そう、三千里も蹴り飛ばされてしまうくらいいけないことだと。」
そこかい!しかもなんか言い回し変だし。さらに邪魔って・・・
「どの辺から見てた?」
体温が上がって、顔が赤くなってる気がする。なのに、背筋を冷たい汗が流れる。
「3人で寄り添って『ずっとこうしていられたらいいね』とか言ってたとこからです。とってもいい雰囲気でした。それをフレイラったら。」
「!!」
ファリナが顔を真っ赤にして腰に手を伸ばす。だが、ここは自宅。剣は鞘ごと枕元。慌てて手を伸ばして剣を掴むと鞘から抜く。
「皆殺す。」
エミリアが慌ててスカートのポケットに手を入れ、ナイフを抜き出す。
「あらあら。」
リーアは頬に片手を当て首をかしげる。
「やっちゃってください!ファリナお姉様。」
フレイラは拍手しながらファリナを応援。いや、あんたもターゲットになってるからね。
そして、ミヤは・・・
「いい雰囲気だったか?」
「はい。それはもう。」
「うん。ミヤは満足。」
リーアと仲良く話してる。なんだろう、このずれかた。
「待ってください!」
両者の間に割って入るマリシア。
「旦那様と奥様から最悪の場合は、死なない程度で頭を強打して記憶を消すくらいならやってもいいという許可をいただいております。何なら今ここで殴り倒しますので、命ばかりはどうかお許しを。」
みんなその場に固まる。
あの夫婦はどこまで本気なんだろ。でも、エミリアじゃなくマリシアに言い含めてるってことは、マジなのかな。
「お父様とお母様ったら酷い。」
「フレイラならともかくわたしまで・・・」
「あー、お姉様も酷い。」
にこやかに肘でツンツンつつきあってるけど、そういう雰囲気の場ではないよ。
ファリナは振り上げた剣をどこに降ろせばいいかまだ考えてるし。
「と、とにかく・・・」
ナイフをスカートの中にしまいエミリアがこっちを見る。あれがあいつの武器か。どうせならスカート捲ったうえで見たかった。
「あなたが嘘つきだとはっきりしました。女好きではないって言ってましたよね。」
「エミリア。言いましたよね。人の恋路を・・・」
「は、はい。わかりました。」
リーアが鋭い目つきでエミリアを睨みつける。さすがのエミリアも契約相手のお嬢様の機嫌を損ねるようなまねはできない。
「それに・・・」
急にウットリと宙に視線を彷徨わせる。
「・・・いいじゃありませんか。禁断の恋。あぁ、素敵・・・」
全員が突然の言葉に固まる。フレイラ除く。
「お姉様は精神が腐ってる方なのです。」
フレイラ一刀両断。しかもにこやかに言うな。
「ですが、リーアお嬢様。ということはお嬢様の身も危険ということです。」
エミリア、蒸し返すな。今みんな忘れ去っていたのに。
「そうですか。わたしもヒメさんの攻略対象。キャッ!ですが、パーソンズ家の中では一番攻略が進んでいるのはエミリアですよね。何か悔しいです。」
「は?わたし?」
愕然とリーアを見るエミリア。
「一番ヒメさんとお話してるのはエミリアでしょう。つまり、一番仲良しってことですよね。」
藪をつついて墓穴を掘っちゃったね。
「だから、わたしは別に女の子が好きなわけじゃないから。」
だめだ。自分でも必死に言い訳してるようにしか見えない。
「何?女の子が好きなんじゃなくて好きになったのがファリナだったんだ、とか言い出す気?」
こ、こいつ・・・痛いところをピンポイントで突いてきたな。
で、ファリナ。なに嬉しそうに赤くなって身悶えしてるの。
「あらあら。」
こっちではリーアが悶えてる。
「ヒッ!?」
エミリアとは思えない悲鳴が上がる。
見るとエミリアの喉元にミヤが鉤爪を突き付けている。
「いつの間に・・・気配なんかしなかったのに・・・」
さすがのエミリアも顔面蒼白。
「今なんて言った?」
ミヤが爪をエミリアに押し付ける。先が刺さって首から血が流れだす。
「・・・クッ!」
動くこともできずになすがままのエミリア。
「なんて言った?ファリナ?」
「! い、言い間違いました。ヒメさんは女の子が好きなんじゃなくて、好きになったのがミヤさんとファリナさんだったんですね。」
ミヤの目がギラっと光る。
「違った?」
エミリア、観念したように目を閉じる。
ミヤ、わずかに頬を赤く染め、モジモジする。
「わかってるならいい。」
もうそこまでやったなら、一気に刺せよ。主にわたしのために。
「何です?何なんです?あれ?人間ですか?いつわたしの前に移動したんですか?動きが見えなかったんですが!気配も感じなかったんですが!鉤爪を刺されるまでまったく気がつかなかったんですが!」
わたしに詰め寄るエミリア。
あぁ、ごめん。人間じゃないんだわ。言えないけど。
「なに言ってるのかしら。もう、やーね。」
「てれてれ。」
にこやかに手を取り合って踊るファリナとミヤ。全然問題は解決してないからね。
「素敵・・・」
リーアがウットリして見てる。
「負けません。勝負は最終的に勝てばいいんです。」
なにやら握りこぶしで睨みつけてくるフレイラ。
「まだですか、まだですよね。」
通常の3倍くらい槌が大きい木槌を手にオロオロしてるマリシア。
「カオスだわ・・・」
なんかもう、どうでもよくなってきた。
「面倒だから、みんな燃やしちゃっていいよね。来週には内装工事入るから、壁が焦げてても問題ないはず。」
全員がビクッとなってこちらを見る。
あ、声に出てた?みんな顔色悪いよ。
「納得はできませんが、理解はしました。そうです。リーアお嬢様は明後日には王都に戻られますし、フレイラお嬢様の担当はマリシアです。もう2度と会わないと思えば誰がどうしようとわたしには関係ないことです。っていうか、2度と顔見せるんじゃないわよ、この野郎です。」
エミリアが壁に向かって1人で何かブツブツ言ってるけど無視。
「というわけで、お母さまの容体も回復に向かわれているとのことで、わたしは王都の学校に戻らなければなりません。せっかく面白くなってきたのに残念です。今度戻った時にはわたしもヒメさんの愛人に混ぜてくださいね。酒池肉林で愛憎入り乱れる日々を送りましょう。」
嫌だよ、そんなピリピリした生活。
「それです!エミリアかマリシアが、肉欲の権化たるヒメさんの毒牙に引っかかる。古い女はいらないと言われて、捨てられ、傷心のファリナお姉様をわたしが慰める。完璧。完璧です。というわけで、エミリアかマリシア、この際両方でもいいですわ。ヒメさんに引っかかってください。あれ?」
エミリア、マリシア、さらにファリナにまで睨まれるフレイラ。
「何か仰いましたか?お嬢様。」
「酷いです。お嬢様。わたしまで。」
「ここでいいよね。剣の落としどころ。」
「あぁ、わたしは見てませんから。死なない程度でお願いするわね。」
リーアは横を向く。
「お、お姉様、助けてください。わたし殺されそうです。」
「死ななければミヤがなんとかする。安心していい。」
「安心できるわけないです!あぁ、でもファリナお姉様になら殺されても・・・って、嘘です!なんで剣を振り下ろそうとしますか?愛ですか?これがファリナお姉様の愛なんですか?あぁ、わかった。ヒメさんにいつもこうされているんですね。でもこれは違います。これは愛ではありません。わたしが本当の愛を教えてあげます。だから・・・モガモガ」
「うるさい。」
あまりにうるさいので、フレイラに猿ぐつわをかます。
「フレイラを連れて出ていきなさい。わたしが燃やしちゃう前に。」
「は、はい。」
マリシアが、あまりに暴れるので猿ぐつわに加えて腕を縛り上げられたフレイラを担いで玄関に向かう。
もう何も言う気も起きないようで、一礼して出ていくエミリア。
「それでは、お騒がせしました。先ほども申しましたが、明後日には王都に向け出立します。せっかくこれからが楽しい毎日になりそうなのに残念です。帰りましたら、わたしも混ぜてくださいね。」
「こんな毎日が続いたら、わたし世界を滅ぼしちゃうからね。わたしはのんびり、ゆっくり暮らしたいの。」
「あらあら、ご無理なことを。では、また。」
リーアも出ていく。
家の前に停まっていた馬車が走り去っていく。
「やっぱり貴族と関わるとろくなことないわ。」
ボソッと言ったわたしのセリフに頷くファリナ。そして、ミヤはすでに眠りについていた。いつの間に寝たんだよ。




