34.夜は更けていく
そして夜は更けてゆく。
「面倒だから、一発で燃やしましょう。」
「切り刻む。元が何かわからないくらい切り刻む。」
「ミヤ怖いから。」
よほど腹に据えかねたのか、ミヤが過激だ。
「ファリナの料理は冷めてもおいしい。おいしいけど、熱かったらもっとおいしい。ミヤはあの愚か者に、しでかしたことの大きさを教えなければならない。」
食べ物の恨みってほんと怖いよね。
「とにかく、1つだけ。証拠は残しちゃダメ。」
ファリナがマジです。
「どこまでやる気なの。」
「それをこれから決めます。ヤッちゃうか、再起不能にするか、とにかく、わたしたちの前からは消えてもらいます。」
「ロイドさんに処分してもらうのは?」
思いつきで言ってみる。
「この領地で商売できなくするくらいは頼めばやってくれそうだけど、いいの?」
「ダメだよね。貴族に借りは作りたくないし、正直なるべくなら会いたくない。」
貴族や王族は、使い道のある駒をよろこんで欲しがる。もういいように使われるのはご免だ。
「昼のファリナの案でいいと思うんだ。まず、コルド杉を伐採してくる。そして・・・」
「それを餌に、ドリアスにダラムルさんを殺させるのね。」
「いや・・・死なない方向でいこうかなと思うんだけど・・・」
なぜ、2人とも不服そうな顔するの?筋肉バカはともかく、ダラムルさんに罪はないよね。
「まず、ダラムルさんにもう一度商業ギルドに行って、材木を売ってもらえるよう交渉してもらう。当然断られるだろうから・・・」
「材木を売ってもらいたい。」
商業ギルドの窓口に行くなり切り出す。
窓口にいるのは、ザイル。付き合いは長い。その男が苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「だからダラムル、売れないと言っただろう。」
「金は出すと言ってるんだ。なぜ売れない?」
「それは・・・」
目を背けて、ダラムルを見ようとしないザイル。
「今、売れる木材がないんだ。すまんな、ダラムル。」
奥から声がする。元はハンターだという、ここ商業ギルドのギルドマスター、アイルドがマスターの部屋から出てくる。
「裏にいくらでもあるだろう。」
「あれは、もう売却済みだ。次の入荷は伐採業者に聞かなきゃわからんが、しばらくは無理そうだ。なにせ、領地の近くで、魔人族が暴れたんだ。恐ろしくて、伐採にも行けやしない。」
唇をかむダラムル。
「なら、俺が個人でハンターに依頼して木を切ってきてもらう。」
「あ?それはお前さんの勝手だが、ハンターってのは、獣か魔獣を狩るのが仕事だ。木を切ってこいなんて引き受けてくれるハンターがいると思うのか?万が一いたとして、切った木をどうやって運ぶんだ。商売用の材木にする木だぞ。何百キロあると思ってるんだ。乗せる馬車なんかそこらにはないだろう。もちろん、伐採業者の運搬馬車なら運べるが、自分たちの大事な馬車を貸してくれると思っているのか?やめておけ。あきらめろ。」
アイルドが薄ら笑いを浮かべて部屋に戻って行く。
「すまない。だが、俺にはどうしてやることもできん。」
握りしめた両手を震わせ、俯いてザイルが頭を下げる。
「いいんだ、ザイル。気持ちだけでうれしいよ。」
ダラムルは、ギルドを後にした。
「これでいいのか?」
ダラムルさんが不思議そうにわたしを見る。
ここはダラムルさんの店の中。わたしたちは、ギルドに行ったダラムルさんの帰りをここで待っていた。
「いいの、いいの。ハンターに頼むぞってことをギルドと筋肉バカがわかっていればいいの。これで、木を持ってきても文句は出ない。」
悪い笑いをしちゃう。でちゃうよね。
「で、これからが最難関事項。木を切りに行きます。」
「「あー・・・」」
とたんに2人が怠そうになる。
「ヒメ行ってきてよ。」
「ミヤはヒメ様が行くなら行く。でも面倒。」
目的が山に柴刈り。しかも、名目上は依頼ってことになってるけど、あくまで筋肉バカを誘い出すためのものだから、実際は報酬無し。つまりテンションダダ下がり。やる気なし。だから最難関なのだ。
「もう燃やしちゃいましょう。犯罪者の汚名も甘んじて受けましょう。今話を聞いてる証人のダラムルさん込みで全部この世から抹消しましょう。」
「すいません、勘弁してください。」
あのパーティー随一勤勉なファリナでさえこうなのだ。
昨夜は燃えに燃え盛っていた怒りの炎は、一晩寝たら種火も残っていなかった。
「だから、あの筋肉バカをこらしめるためなんだから、がんばろうよ。」
なぜわたしが、こんなに一生懸命みんなを鼓舞しなきゃいけないのか。そうだよね。燃やしちゃえば面倒もあとくされもないんだよね。
「いや、あるだろう。というか、面倒とあとくされしか残らないような気がするぞ。」
ダラムルさんが懸命に説得する。
大丈夫だよ。苦しまないようにひとおもいに燃やしてあげるから。
「行きましょう。こうしてボーッとしてても埒があかないわ。すべてはわたしたちの部屋のために!」
突然拳を振り上げるファリナ。
「そうだった。それが最優先事項。すべてはミヤたちの部屋のために!」
それに続くミヤ。なんだろう、最近2人の感情の起伏についていけないんだけど・・・
呆然とするダラムルさんを残し、2人はわたしを引きずるように店を出る。
「町の外まで出るの面倒だわ。家に帰ってそこから森まで<ゲート>を開きましょう。」
町中を歩きながら、なんか違和感。なんだろ。
「ヒメ様、警吏に見られてる。」
ミヤが小声で囁く。確かにわたしたちの進む先々に警吏が立っている。
警吏というのは領地の警察。人々の暮らしを守るため泥棒や事件を起こした者を取り締まる人たちで、領主の直轄だ。
それがわたしたちを見てる。
「何かしたかな。」
「どれで目をつけられたかな、でしょ。あぁ、ヒメがらみだと思い浮かぶことが多すぎてどの件なのかわからないわ。」
そんな人を歩くご迷惑みたいな。
「人型最終破壊兵器。魔王・真」
「なにそれ。」
「ギルドでのあなたの二つ名。変態娘、爆弾シスターズの他に言われてるそうよ。あとは・・・」
「まだあるの。いや、それわたしたち全員のことでしょ。」
「主にあなたが、だけどね。」
そのうちあのギルド潰そう。
「見られてると言っても、あなたの悪行かもしれないし、わたしの美貌かもしれないしね。」
「まぁ、確かにファリナはかわいいからね。」
言われて真っ赤になるファリナ。
「場を和ませようと思って言ったんだからツッコんでよ。」
わたしの腕にしがみ付く。はいはい、やっぱりファリナはかわいいな。
家まで何事もなく到着。
「何も言われなかったわね。見てるって言っても見張っているというより視線の隅に置いておくくらいのものだったから、泳がされてるってことかな。」
「筋肉バカか商業ギルドとグルってことも考えられるわよね。」
「領主直轄の警吏が?まさか。警吏が悪徳商人とグルになってるってことは、領主もグルなのか、領主がそれを見抜けないようなバカってことよ。」
「ロイドはバカ。」
「そういえばそうね。」
ミヤの言葉に誰も反論できない。
「まぁいいや。邪魔なら燃やす。誰だろうと燃やす。わたしの静かな生活の障害物はすべて燃やす。領主だろうが王様だろうが神様だって燃やす。」
「いや、それもうアウトだから。」
「ミヤは邪魔しない。むしろ推奨する。ヒメ様と静かな生活。ファリナがご飯作って、ミヤと食っちゃ寝する。」
「引きこもりは却下します。」
「議論が盛り上がってるところすいませんが、森に行くよ。何にもしないうちにもうお昼じゃない。ミヤ、家に鍵かけといてね。」
「ダメよ。見張られてるかもしれない。ちゃんと歩いて町の外まで出ないと。そこからは、ついてくるようなら撒いちゃえばいいし。」
あぁ、さらに面倒事が増えた。
町の外に出る。つけてくる者はいない。念のため、森に入って人気が無い事を確かめて<ゲート>を開く。
森に着いた。北の方がコルド杉が多いというので国境最北端にいる。国境の向こうはガルムザフト王国か。
コルド杉はすぐ見つかった。黒の山脈中腹。さすがにこの辺まで来る伐採業者は少ないようで伐採跡は少ししかない。
「ここで切っても、町まで運ぶの大変だもんね。」
山の中腹の斜面で木を切り、木を運びながら山を降り、白の森向こうの街道まで運ぶ。ここまでほぼ人力。そこから町まで馬車。うん、割に合わないかな。
「10本くらいあればいいかな。魔法剣ならこのくらいの幹は切れると思うけど、どっちに倒れるかわからないから、気をつけてね。」
「何だろう。嫌な予感しかしない。今のどう見てもフラグよね。」
「危なかったら、ミヤが物理防御の魔法を使う。」
ファリナとミヤが何かブツブツ言ってる。
「いくよ。」
剣を構える。
シュン。拳くらいの大きさの石が目の前をかすめていく。タラリと汗が一滴。
見上げると、木の上の方に石や岩を抱えた猿がいた。2,30匹の群れで。
「あ、『岩投げ猿』ね。自分の縄張りに入ってきた敵を木の上から岩を投げて撃退する性質を持ってるわ。」
ファリナ、何悠長に説明かましてますか。
「逃げるわよ。」
慌てて斜面を駆け下りる。飛んでくる石は、ミヤの防御魔法でなんとか食い止める。
数百メートル離れて、木の幹に隠れる。ここまでは縄張りじゃないようで、追ってこない。
「猿なんだよね。なんで獣が黒の山脈にいるの?」
獣と魔獣は表記で区別する。猿なら獣、モンキーなら魔獣。前に狩った、灰色狼は獣。パープルウルフは魔獣というふうに。
「わたしに聞かれてもわからないわよ。大方、この辺魔獣がいないんじゃない。」
確かに近くに魔人族の領地に行けそうな沢らしきものはない。だとしたら山脈を越えてこなくちゃいけないから、魔獣がここにはいないのかも。
「それはさておき、どうしよう。近づけないよ。燃やす?」
「木も全部燃えちゃうでしょ。本能で生きてるんじゃないの!」
「じゃ、ミヤに木の上に駆け上ってもらって・・・」
「さすがにあの高さであの数は無理。」
「じゃファリナに・・・」
「何させようっていうのよ。」
うーん・・・考え込む。そして、安定のミヤ。木の幹を上る黄金虫に夢中だ。
「風魔法で木から落とせないかな。」
「わたしの風魔法って、ファリナより使えないってわかって言ってる?ファリナがやるの?」
わたしは魔法全般使えるけど、土と風はいまいち相性が悪い。風は、強風をおこして土煙で目くらましをするとか、あまり威力のない<風の刃>でちまちま切り裂くとか、エミリアのスカートを捲るくらいしか使い道がない。猿を木から追い落とすなんて無理っぽい。
「使い道ないわー。」
小ボケなんだから、しみじみ言わないでよ。
「わたしの<風の刃>じゃあなぁ。」
ファリナが使える魔法は火と水が生活に役立つ程度。唯一戦闘に使えるのが風で相手を切り裂く<風の刃>だけど。
「遠すぎよね。刃がこの距離じゃ避けられちゃう。」
もともとそんなに威力があるわけではない上に、遠すぎて使い物にならない。それでも、わたしの使う<風の刃>よりは威力があるんだけどね。
「ミヤに防御してもらいながら撃てば。」
「それならヒメの<氷の錐>のほうがいいんじゃない。」
「・・・そっか。そうだね。よし、それでいこう。」
方策は決まった。猿の群れ近づく。
ミヤに物理防御してもらい、<氷の錐>を発動する。水から生成するから時間がかかる。発射!
10本(が一度に発動できる限界)の氷が木の上の岩投げ猿を襲う。
何匹か躱したようだけど、6,7匹が錐に貫かれて落ちてくる。
「2射目行くよ!」
4回目の攻撃で猿たちは逃げ出していく。
「もう2,3回いくよ。」
「もういいんじゃない?」
「木を切ってる間に戻ってこないとも限らないじゃない。少し脅しておかないと。それ以上に、わたしに石を投げつけるなんて、この身の程知らずめ。」
「あぁ、脅しじゃなくて私怨か。」
ファリナはどうでもいいやとばかりに水筒をだして水を飲む。
「ヒメ、水が温いから冷やすのに、その氷1本ちょうだい。」
夢中で魔法を放つわたしの横で、何、座って和んでいるのよ。しかも氷?
「ミヤはやる。ヒメ様に石を投げつける愚か者は殲滅すべき。」
わたしの味方はミヤだけだよ。
「許可してくれたらこの辺一帯消し飛ばす。」
うん、そこまでしなくてもいいかな。
残念そうにこっち見ない。




