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32.大工さんに行ってみよう


 「時間が中途半端だから、大工さんに行ってみよう。」

 ハンターギルドを逃げ出すように後にしたわたしたちは、小さな商店や家が立ち並ぶマイムの町中を歩いていた。

 「大工?」

 ファリナが首をかしげる。

 「ほら、家の改修。やるなら早くやっちゃおうよ。」

 「あ、あぁ。そ、そうね。」

 なぜか急に挙動不審になる2人。

 (これはもう仕事しないで1日中寝ているべきとミヤは提案する。)

 (考慮します。)

 なんか、後ろで不安しかない戯言が聞こえるような気がする。しかも、ファリナまでダメっぽい。

 「やめた方がいいのかな・・・」

 ちょっと後悔する。

 「み、みんなで決めたことはきちんと最後まで責任をもってやり遂げるべきよ!」

 「今更やめるなんて人の道に外れる行い。神様が許さない。」

 自称神様が何か言ってる。

 まぁいいか。思い付きでものを言うと後悔するっていい勉強になりました。


 大通りのはずれに、今の家を買った時、内装工事を頼んだ工務店がある。確か『ダラムル工務店』。あった・・・あれ?看板が『ドリアス工務店』に変わってる。

 入ってみる。

 「いらっしゃいませ。」

 気の抜けたような男の声。いや、中性っぽいっていうのかな。

 奥から、ナヨナヨとした男が、扇子を口に当て出てくる。なんだ、こいつ。

 「お嬢ちゃんじゃない。何か用?」

 よく見ると、化粧をしていて顔が真っ白だ。扇子をよけると、まさか、口紅まで差してる?

 「え、えーと・・・ここって、ダラムルさんのお店じゃなかったっけ?」

 恐れ知らずのわたしに恐怖を感じさせるとは。ファリナなんか、わたしの背中にしがみ付いて震えてるんですけど。

 「ダラムルは引っ越した。なんだ?客なのか?それともダラムルに用事か?客じゃないなら帰れ。」

 奥からさらに、筋肉野郎が出てくる。なんなの、ここは。お化け屋敷か見世物小屋に変わったの?

 「仕事を頼みたかったんだけど・・・」

 どうしよう、本能がこいつらに頼むのを拒否している。

 「俺の仕事は高いぞ。なにせ領主様御用達だからな。だが、そうだな。そっちのちっこいの以外の2人が体で払うって言うのならまけてやらんこともないぞ。」

 イヤらしい目でわたしとファリナを見る筋肉野郎。

 よし、パーソンズ家にはお仕置きが必要なようだ。ギルドといい、ここといい、わたしの行く先々で面倒かけるなんて。

 「ロイドさんの家、少しぐらいなら燃えてもいいよね。」

 「物置くらいならいいんじゃない。」

 ファリナもこいつにムッとしてるらしく、八つ当たりの先はパーソンズ家に向かう。


 「どうするんだ?体で払うのか?やめるのか?」

 なんで、体で払う前提の話になってるかな。

 あぁ、さすが工務店。周りには燃えやすそうな材木がいっぱい。ここまで言われたら、この店全焼してもしかたないよね。

 「帰るわよ。」

 ファリナが踵を返す。

 「こんな下衆な所に頼めるもんですか。」

 「なんだと!この野郎!」

 筋肉男がファリナに掴みかかる。

 ファリナは振り向きざまに剣を抜き、筋肉男の喉元に突き付ける。

 さすがの筋肉男も顔を引きつらせ動けない。

 「は、ハンターなんだろう?ハンターが民間人に剣を向けていいと思っているのか?」

 冷や汗を流しながら虚勢を張る筋肉男。さすがにファリナが脅しではないことはわかっているみたい。

 こいつみたいな脳筋は、脅しだとわかったら平気で襲い掛かってくるだろう。甘いところは見せられない。

 「仕事の料金に体を要求されたと商業ギルドと領主様に訴える。」

 筋肉男の顔が引きつる。

 さすがにそんなことが露見したら、領主様御用達だろうと、いや、だからこそただでは済まないだろう。

 「おれは冗談で言っただけだ。正式な契約もしてないのにそんなこと言われるのは心外だ。出ていけ。」

 冷や汗を流しながら、筋肉男が喚く。

 「行こう。」

 わたしは出口に向かう。ファリナと最後尾にミヤが続く。

 筋肉男は近くにあった厚い帳簿を手にして、わたしたちに投げつけようとするけど、ミヤの眼光に振りかぶった手を降ろすことはできなかった。


 店を出てしばらく歩く。あの店の傍にはいたくなかったから、3人とも速足だ。

 「何なの?あの店!燃やしてやりたかった。燃やしてやりたかった。」

 「どうして、こんな時だけ自制するかな。燃やしちゃえばよかったのに。」

 ボソッとファリナが言う。え・・・と、怒っていらっしゃいますか?

 「ヒメ様がいいと言えば何かわからないくらい細かく切り裂いてやったものを。」

 あれ、なんかわたしが一番冷静なんだけど・・・

 「あいつらのせいで部屋の改装が遅れるなんて・・・」

 「ヒメ様と一緒に寝るのを邪魔する。」

 「「絶対許さない。」」

 なんか、怒りの原因が少しおかしいような気がするんだけど。セクハラはいいの。

 「どうせ口だけよ。もしも本当に何かしてこようものならただじゃ済まさない。ヒメを穢そうなんて思いあがった愚か者は、生まれてきたことを後悔させてあげる。えぇ、ひとおもいになんか死なせるものですか。地獄の苦しみを味あわせてあげる。」

 「心配しなくていい。死にそうになったらミヤが治す。簡単には死なせない。」

 がっちり握手する2人。

 2人がなんか怖いんだけど・・・


 「ねぇ、あれ。」

 ファリナが脇道の方を指さす。

 道の中ほどの古びた商店の前に1人の男が、置いてある丸椅子に腰かけ空をボーッと眺めていた。

 どこかで見たような・・・そうだ、さっき行った店の主人だったダラムルさんじゃない?家の工事中ずっと会っていたので、さすがのわたしでも覚えてる。

 「ダラムルさん?」

 店に前まで行き、声を掛ける。

 「え、と。誰だっけ?」

 「覚えてないか。半年くらい前に家の内装工事をお願いした者なんだけど。」

 「おお、そういえば、見たことあるな。あぁ、あの時の嬢ちゃんたちか。思い出したよ。」

 頷きながらわたしたちを見る。

 「今、お店に行ったんですけど、看板が変わっていて。やめたのですか?」

 ファリナが尋ねる。

 「やめたというか、店を取られちまってな。今じゃこんな路地裏で細々と店を開いているところさ。」

 「取られるってどういうこと?」

 「実は・・・」


 ダラムルさんの話だと、元々、領主家御用達は、ダラムルさんの店だったそうだ。

 それが面白くない、ロクローサの町にある工務店店主がさっきのドリアス。

 で、どちらが優れているか領主、つまりロイドさんだね、に再確認してもらいたいと言いだしたんだそうだ。

 腕に自信のあるダラムルさんはその勝負を受けたんだけど、そこで問題が起こる。

 領主のロイドさんは、コルド杉という木でできた家具がお気に入りなんだそうだけど、質のいいコルド杉が手に入らなかったんだって。

 仕方なく、2級品のコルド杉で作った家具を提出せざるを得なくなったんだけど、向こうは最高級のコルド杉の家具を提出してきた。

 当然、ダラムルさんは負けて、御用達の看板をとられてしまったそうだ。


 「あいつらが勝負を仕掛けてくる前にコルド杉を前もって買い占めておいたに違いないんだ。だが証拠は何もないから、言ったところで負け犬の遠吠えだ。その上、あいつら、ここマイムにも支店を出すことにしたとかで、俺が借りていた店を倍の値段で借りると言い出しやがった。御用達の看板をとられ、仕事が減った俺は、それ以上の金を払えるはずもない。出ていくしかなかったんだ。」

 「それでここに店を移したと。」

 言い終わったダラムルさんは、ため息一つ吐くと、また空をボーッと眺め出す。こら、ミヤ、あんたも一緒に雲眺めてるんじゃないの。


 「話を聞くに、やっぱりとんでもないやつよね。なんとか抹殺する方法はないかしら。」

 ファリナが腕を組んで考え出す。

 「そんなに俺のことを心配してくれるのか。うれしいね。まぁ、もう一度勝負して、俺が勝てばいいんだろうがな。」

 ファリナとミヤが、何言ってんのこいつ、みたいな顔をする。

 「ダラムルさんのことはどうでもいいんです。勝手に勝負でもなんでもやっててください。」

 「ダラムルが勝負に勝ったからといってどうなる。」

 ファリナとミヤの辛辣な言葉に怯むダラムルさん。

 「でも、俺がちゃんとした勝負なら勝つと世間にわからせれば、あいつらの立場だって悪くなるだろう。社会的に抹殺できるんじゃないか。」

 「なに言ってるの。社会的に消えてどうするの。抹殺といったらこの世から物理的に消えてもらうに決まってるじゃない。何とかして、あいつら切り刻める方法はないかしら。」

 「真正面からヤッたら犯罪になる。ここは暗殺も考えるべき。」

 いや、ミヤ。それも十分犯罪だからね。

 ダラムルさんは呆れを通り越して、もはや怯えてる。

 あの筋肉バカ、ケンカ売る相手間違ったよなぁ。

 「そう、あいつは虎の尾を踏んだ。」

 ミヤが右手を振り上げ握りしめる。なんかうまいこと言ったつもりなんだろうなぁ。顔が得意げだ。


 「そもそも、あいつの工務店ってそんなに売り上げてるの?つまり、お金持ちなの?」

 ファリナが腕を組みながら不思議そうにする。

 「まぁ、ロクローサの町に店を出してるんだ。それなりには売れてるだろう。金持ちかって言われれば、そこそこってところじゃないかな。」

 「この辺に流通する高級素材のコルド杉を買い占めたのよね。けっこうお金使ったんじゃないかと思うんだけど。」

 「あぁ、それなら金庫事情は、噂でしかないが厳しいらしいぜ。それでも、持っているコルド杉で作った家具を売りに出せば元は取れるんじゃないかな。しかも、通常より高めの値段で出すつもりのようだし。それに、それ以外の仕事も値段をあげてやっているしな。」

 「さっき、うちは高いとか言ってたもんね。」

 「俺の店は売り上げが落ちて資金不足になってしまって、ろくな材木が買えない。今、この町じゃ事実上あの店しか工務店はないわけだから、ちょっとくらいなら高くてもあいつのところに頼むしかない。」

 腕を組んで歩き回っていたファリナが、立ち止まったまま動かない。

 目を閉じて何かを考えている。そして、口角がわずかに上がる。あぁ、悪い事考えて、いい案が浮かんだようだね。


 「コルド杉を採取してきましょう。それも大量に。あいつが商品を売りに出す前に、ダラムルさんにそれで家具を作って売ってもらうの。二束三文でね。相場はダダ下がり、あいつは資金が回収できない。経済制裁よ。」

 「それじゃあいつヤッちゃえない。」

 悪い顔してるファリナにミヤがとんでもないことを言い出す。

 「筋肉バカよ。すぐに実力行使に打って出てくる。その時、ダラムルさんがあいつに殺されれば、合法的にヤッちゃえるわ。人殺しを取り押さえようとして、暴れたからやむをえずってね。」

 「なるほど。」

 「え?」

 ファリナとミヤは納得。ダラムルさんは驚きを隠せない。

 「というわけで、ダラムルさん。」

 2人がダラムルさんを真剣な目で見る。

 「「がんばって死んで。」」

 「えぇぇぇー?」


 うん、ダメだろ、これ。





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