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31.Cランクになりました


 「Cランクになりました。」

 マイムの町にあるハンターギルドへ行くなり、今年21歳になる受付のノエルさんがそう切り出した。

 「歳をバラすの、やめていただけませんか。」


 ファリナはちょっと嬉しそう。ミヤは相変わらず。そして、わたしは嫌な顔。

 「早すぎない?ハンターになってまだ半年だよ。」

 「え?昇格したのに、文句を言うんですか?普通万歳三唱ですよね。いくら変態娘って呼ばれてるからっていくらなんでもおかしいですよ。」

 ちょっと待った。今なんて言った?

 「誰が誰を何て呼んでるって?」

 「ギルドのハンターのみなさんが、あなたたちのことを、変態娘とか爆弾シスターズとか、あとは、えーと・・・」

 まだあるんかい。

 わたしがキッと後ろを睨みつける。

 ホールの椅子に座っていた数組のハンターたちが慌てて顔をそむける。

 「とにかく、今回は領主様からの推薦状もあるんです。Cランク昇格は確定です。みなさんには、もっとがんばってもらって、早く勇者になっていただかないと、今現在この町には勇者がいないんですから。」

 

 そう、この町というよりこの国には、現在勇者が大変不足している。『サムザス事変』のせいで、もといた勇者の2割くらいしか残っていないのだ。

 小さなこのマイムの町では、以前在籍していて、戻ってきた勇者はいない。元からが少なかったけど。

つまり、新しく勇者を育成するか、別の町の勇者がこの町で登録し直すかしてくれないと勇者数はゼロなのだ。ちなみにこんな小さな町で登録し直すような奇特な勇者はいるはずもない。

 誰かがCランク上位かBランクになり、ギルドマスターの推薦を受け、王都で承認されないと大変なことになる。

 この近くで魔人族の動きがあった時に、王都に応援を求めないとならなくなる。もちろん、この町のハンターが戦ってくれるのならそれでもいいけど、勇者になれないハンターが出ても全滅するのが関の山。さらに人材がいなくなってしまうことになる。

 そして、この勇者不足はこの町だけではない。つまり王都に応援を頼んでも、いつ来てくれるかわからない。その間、町は魔人族に蹂躙され放題になってしまうんだよ、これが。


 「それにしても、嬢ちゃんたちの昇格は早すぎねーか?この町で登録したのは半年前くらいだろ。」

 依頼待ちでギルドに来ていたハンターの中の一人が面白くなさそうに言う。

 「大方、女の武器でも使ったんだろ。領主様までたぶらかせるとは、一度お相手願いたいもんだな。」

 別の男が追従する。

 「あぁ、ヒメさん!テーブル燃やすのは勘弁してください!買い直してから半年たってないんです!」

 ノエルさんが泣きそうな声で叫ぶ。おかげで燃やし損ねた。

 わたしたちが、ここでハンター登録した時も、難癖つけてきた奴がいて、脅しに座っていた場所のテーブルを一瞬で消し炭にしてやった。あれから半年かぁ。

 「おい、やめておけよ。」

 わたしたちに難癖をつけてきた男たちの隣のテーブルに座っていた男が、慌てて声を掛ける

 「なんだよ。あんな小娘を庇うのか?」

 「バカ。お前たちは遠出が多くてここに顔を出すことが少ないから知らないんだろうが、あいつらにケンカ売って、サムとリッキーのパーティーが全滅した。」

 「「はぁ?」」

 「サムは『子どもの来るところじゃない。』、リッキーは『一晩いくらだ。』とか声を掛けた次の瞬間、表で丸焼きにされた。今も入院中だ。」

 「あ、あいつらって勇者候補ナンバー1,2を争っていたやつらだろ。」

 「それを瞬殺したんだよ、あいつら。」

 大声で、丸聞こえなんだけど、それって褒めてないよね。つまり、全員わたしたちにケンカ売ってるってことだよね。

 「いいよね。燃やしても。」

 「「「「ヒィ!」」」」

 男たちの顔色が青くなる。ファリナは見ないふり。ミヤはわたしがバカにされたと思っているのか、臨戦態勢。

 「お願いします!ヒメさん!勘弁してやってください!うちのハンター事情ご存知でしょう。これ以上欠員がでるとギルドが潰れてしまいますー!」

 わたしの前に飛び出してきて、土下座するノエルさん。

 ノエルさんにそこまでされると、さすがに手を出すのは憚られる。

 「今回だけだからね。あんたたちも次はないからね。」

 「「「は、はい。」」」

 汗だくで頭を下げる。


 「ちなみに、現在、勇者推薦基準が大変甘くなっていて、オークなら10匹狩れれば、推薦受けられます。」

 ノエルさんの説明はわたしたちにだろう。聞き流しちゃうけど。

 「甘いって言っても、オーク10匹なんてそんな簡単に狩れるかよ。」

 ホールにいた男が愚痴る。

 「ヒメさんたちは、昨日までに20匹以上狩ってますよ。」

 ノエルさんの言葉に男たちはギョッとする。

 「なんで、Dランクがオークを、しかも20匹も狩ってるんだよ?」

 魔獣はCランク以上が討伐にあたることになっている。例外はあるけど。

 「歩いてたら向こうからケンカ売ってきたのよ。」

 疑わし気な視線を向けられる。いいじゃん。お金とご飯になるんだよ。

 「でも、Cランクになってからの数字じゃないから推薦できないんですよね。オーガでも狩ってきてくれませんか?そうすれば早めの推薦ができるんですけど。」

 簡単に言わないで。狩るのはいいけど、世間の目が鬱陶しいんだから。

 

 「ところで、みんな大人しくここで座ってるってことは、今日もろくな依頼がないの?」

 わたしのセリフにバツが悪そうにするノエルさん。

 「ここら辺は平和ですからね。大した魔獣も出ませんし。」

 いや、ちょっと行ったとこで人魔が魔獣の戦闘訓練してたんだけど。えらい目にあったんだけど。言えないけど。

 あそこってロクローサの町のエリアになるの?町の外なんだから、どこの町でだって関係ないよね。

 大きな依頼は大きい街に集まる。でもそれはレベルの高い依頼が多くなってしまうことにもなる。

 この町にいるハンターは、それがこなせない者たちばかり。だから町から出ていけない。

 それでも勇者になりたい。そのためには、地道に獣でも何でも狩って、実績を貯めていくしかない。

 勇者なんてそんなにいいもんじゃないのに。魔人族が出たら有無を言わさず出動させられるし。

 まぁ、依頼以外で狩ってきた獣や魔獣、採ってきた薬草を一般のハンターより高く買ってもらえたり、宿とかで割り引き受けられる等々のいいことはある。

 え?名誉?名誉じゃご飯食べられないよ。


 「3日前に黒の森で魔人族が暴れてから、獣も魔獣も怯えて姿を見せなくなっちゃったんですよ。ほんとろくなことしないんだから。」

 「そ、そうだねー。ろくなことしないねー。」

 あぁ、棒読みになる。声が裏返る。違う。わたしたちのせいじゃないんだ。

 

 「遊んでいてもしかたないから薬草でも探してみる?」

 依頼の掲示板には、依頼がほとんど貼ってないので、諦めたように肩をすくめるファリナ。

 「それとも他の町のギルド行ってみる?」

 「そんな、ヒメさん。うちを見捨てるんですか?」

 ノエルさんが泣きそうな顔でこちらを見る。

 「いや、ハンターはどこの領地でも、どこの国でも依頼は受けられるってきまりじゃない。ちゃんと、マイムの町の『三重奏の乙女』で受けるから。」

 「それは、ハンターの実績になるってだけで、うちのギルドには何のメリットもないです。」

 そうなの。じゃ、灰色狼の依頼ここで出してもらえばよかったな。どっちでも同じって言われたから気にしなかったけど。

 あれは、つまりわたしたちのパーティー的にはどちらの町でも同じってことで、町のギルドのことは考えていなかったってことか。

 「この前のような領主様直々の指名依頼というなら仕方ないですけど、できるだけ、うちからの依頼を受けてください。そういえば、その依頼って魔獣の討伐ってこと以外、ロクローサのギルドで機密扱いになってるんですけど何狩ったんですか?オークくらいじゃ機密になりませんよね。」

 パープルウルフは勇者案件だからね。それをDランクのハンターに依頼しましたなんて公にできるわけがない。

 「秘密になってるんだから言えるわけないじゃない。ギルドの職員ならわかるでしょ。大体それ、みんなの前で言っちゃうってまずくないの?」

 ファリナが口を挟む。ギルドで機密になってることを、他のハンターの前でしゃべっちゃうってどうなのかな。

 「それもそうですね。わたしは細かい内容以外は聞いてるから問題ないけど、関係ないハンターのみなさんはまずいですね。というわけで、みなさーん。今の話聞かなかったことにしてくださーい。誰かに話したり、ヒメさんたちに聞いたりしたら、領主様から厳罰に処せられまーす。」

 「おい!勝手に話を聞かせておいてそれはないだろう。」

 「だから、忘れてしまって、黙っていてくださーい。まぁ、万が一話しても、せいぜい刑務所4,5年くらい入れば済むと思いますので大丈夫でーす。」

 「大丈夫じゃねーよ!どの辺に大丈夫の要素があったよ!」

 何、この天然受付少女。ギルドにあまり来ないで素材の採取ばっかりやってたから気にならなかったけど、こいつまずい。うかつに秘密でも知られたらえらいことになる。

 ファリナも気をつけろと言う視線を送ってくる。


 「くそ!俺は忘れた!忘れたぞ!」

 「そんな話は知らない。知らない。」

 その場にいたハンターたちは大騒ぎだ。

 聞こえてきた話が、誰かに話したら刑務所行きなんて罠以外のなにものでもない。

 「お前ら、真っ当な依頼を受けろ。人に迷惑をかけるな。」

 わたしたちには、一切の非がないはずなのに怒られた。おかしい、理不尽だ。

 「普通の一般的ハンターを目指しているのに。世間の風は冷たい。」

 「普通の一般的なハンターは、オークを短期間に何十匹も狩ってこないし、領主から極秘の依頼なんか指名されねーよ。」

 怒られる理由がわからないけど、責任はパーソンズ家にあることは明白だ。今度、八つ当たりしに行こう。

 「わたしは行かないからね。」

 すっかりフレイラ恐怖症のファリナは行きたくなさそうだ。


 「とにかく、ヒメさんたちには早く勇者になってもらって・・・」

 「さっきもそれ言ってたけど、わたしたち勇者にはならないよ。」

 「は?」

 ノエルさんが固まる。

 「な、な、な、何言ってるんですか。いいですか。子どもはいつか大人になります。同じようにハンターも勇者になるんです。これは自然の摂理です。大宇宙の意志なんです。わかるでしょ?」

 「わからないから。何を言ってるのか全然わからないから。」

 「あなたは神を信じますか?神はあなたの傍にいるのです。神の声を聞きなさい。あなたに勇者になれとおっしゃっています。」

 あやしい宗教の勧誘になってるよ、それ。

 「理由を、せめて理由を教えてください。」

 「え?めんどくさい。」

 ノエルさんが変な顔して固まってしまった。


 「あなたがたがどう言おうと、ギルドは推薦を出しますからね。」

 「登録は絶対しないけどね。まずいんじゃないの?推薦して登録断られたら、ギルドとして。マスターの面目は丸つぶれになるよ。推薦はやめておいた方がいいよ。」

 グウの音もでないノエルさん。


 地方から上がってきた勇者への推薦は、王都のギルドと国の機関との合同の会議にかけられ、認められれば王都のギルドで勇者登録する。普段はハンター扱いなので、ハンターとして登録した町にもどってもよし、王都で任地の登録をし直してもいい。この場合は、ハンターのランクはそのままになる。

 ただ、黒の山脈からは遠い王都では、勇者の仕事はほとんどない。地方から救援要請がない限り王都の勇者に出番はない。ハンターとしての仕事も、周りを領地に囲まれた王都ではないに等しい。だから、同じ勇者でも王都の勇者は勇者としての地位がちょっと低い。なにせ名前だけで、仕事してないんだから。だから、大抵は自分のハンター登録した町に戻る。

 それでも王都の勇者は、ただのハンターよりは地位が上だ。だから、王都で任地登録し直す人は少なからずいる。なにせ、遊んでて偉そうにできるんだから。まぁ、勇者といえども、普段はハンターの仕事しないと食べていけないんだけどね。大抵は王都にいる貴族の護衛や、黒の森や山まで遠出して、採取で日々の糧を得ているようだ。


 で、言ったように会議の結果、勇者として認められたら、王都で勇者登録するんだけど、嫌だったら王都に行かないって手もある。

 登録しなければ勇者じゃないんだから。

 ただ、これをやると、推薦したハンターギルドの面目は潰れてしまう。


 ギルド「この人を勇者にしてください。」

 王都「よし、勇者にしよう。」

 ハンター「え、俺やらないよ。」


 だもんね。だから、推薦する時は、そのハンターの意志をしっかり確認しないと大変なことになっちゃう。

 で、わたしたちはやる気がないと。


 「うぅ・・・お願いしますー・・・助けてくださいー・・・」

 泣くな。縋りつくのやめて。助けてほしいのはこっちだよ。

 「なら、勇者やってくれますよね。くれますよね。うんって言ってください。」

 わかった。とりあえず、その時になったら考える。考えるだけだけど。

 納得してないノエルさんを振り払い、わたしたちはギルドを出る。


 こうして、また貴重な1日が、何にもしないで失われていった。





申し訳ありません。

個人的な事情で、次回は、1日遅れの7月1日午前2時に投稿予定です。

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