29.ファリナの昔話をしよう 後、今の話も
父が、魔人族との戦いで還ってこなかったのはわたし、ファリナが6歳の時だった。
歳の割に剣をうまく扱えた。父が幼い時から教えてくれたから。
わたし自身、大きくなったら勇者になると漠然と思っていた。父が魔人族に殺されたとき、その目標は絶対のものになった。父の仇を討つ。
剣の稽古に励んだ。母は女の子らしい生き方をしてもいいって言ってくれたけど、わたしは、剣以外何一つできない女の子だった。だからか、母は料理を教えてくれた。剣以外でわたしにできることが増えたけど、その頃のわたしには意味のない事だった。
それが後になって、一人の女の子に『ファリナがいないと生きていけない。』と言わしめることになったのだから、母の先見の明さまさまだ。
父が死んで2年後、母が病気で死んだ。
一人になったけど、幸い剣が使えたから、勇者の訓練施設に住み込みで入れるように村長が手を打ってくれた、
年齢に関係なく、女性のなかでわたしは一番強かった。欠かさない訓練の賜物だろう。
男性を入れても、3,4番手くらいの強さだったから、このまま勇者になれる。そうしたら、父の仇が討てる。それだけが生きがいだった。
父が死んで2年後に母が死んだから、また2年後に嫌なことが起きなきゃいいな、そう思っていたら、母が死んで2年後。『聖女様』の御側付きを命じられた。10歳のときだった。
噂だけは聞いていた。
5歳にして魔法で山一つ吹き飛ばしたとか、今では能力を伸ばすのではなく抑える訓練をしているとか、意味わかりません。
会った事なんかない。わたしたち風情が『聖女様』にお目通りできるような立場じゃないのだ。
遠目で見た事くらいはあったけど。基本、食事係と村長以外、神殿と呼ばれてる『聖女様』の住居に入ることは許されていない。
神殿の前でお祈りすることは許されている。魔人族との戦いに行く人やその家族が、『聖女様』のご加護を求めてお祈りするのだ。
祈ったくらいで生きて戻れるのなら、死ぬ人なんて1人もいないことになる。実際は毎回いっぱい死ぬんだ。何が『聖女様』だ。そう思ってた人のところでお付きになれと・・・
わたしは勇者になりたいんだ。
村長は言った。
「『聖女様』はじきに勇者になられる。お願いして連れていってもらえばいい。」
え?わたしより年下だよね。伝え聞いた話じゃ魔人族との混血だっていうし、だから幼くても強いのかな。一緒にいれば、わたしも魔人族と戦わせてもらえるのかな。でも、魔人族が身内なんだよね。『聖女様』は身内と戦えるの?ううん、わたしが戦わせてもらえるならどうでもいいよ。
そのかわり、『聖女様』になにかおかしいところがあったら、すぐに知らせるよう念を押された。
話を聞く限り、すべてにおいておかしいけどね。『聖女様』って。
話にたがわずおかしい子だった。
わたしから話しかけるのは恐れ多い事なので、何か言ってくれるのを待っていたけど、一言も話しかけてこない。
そのくせ、ジーっとわたしを目で追ってくる。嫌そうでもないけど、何か言いたそうでもなく、ただただ、わたしを一日中見ている。何をしたいんだろう。
日中は、『聖女様』は魔法の制御の訓練をしてる。意味不明。何?制御って。
わたしは剣の稽古をする。
そのうち、『聖女様』が剣を習いたいと言い始めたらしい。村長は、身を守るためには剣も使えた方がいいだろうとそれを認めた。わたしの先生に教わることになったので、わたしと並んで稽古をするようになった。
冗談じゃない。ちょっと習ったくらいで剣技が身に着くはずないじゃない。
一か月後、立ち合いをするよう命令されて、わたしと模擬戦をやった。
わたしの横で剣の稽古をしていたから、それなりに使えることはわかっていたけど、とても訓練一か月の剣捌きじゃなかった。まだまだ負けはしないけど、一か月でここまで強くなるんだったら、この先あっという間に追い付かれるんじゃないか。恐れを感じざるを得ない。
やっぱり、こいつ嫌い。
『聖女様』ってみんなからちやほやされて、何でもできる。わたしが苦労して身につけた剣技をこんな簡単に。悔しくて・・・そして羨ましかった・・・
わたしは勘違いしていた。みんなからちやほやなんかされてなかったのに。だって、彼女の傍には、いつだってわたし以外いなかった。
村長の言った通り、わたしは11歳には獣狩りをさせてもらえるようになった。本当は13歳になって、ハンターに登録してからじゃなきゃだめなんだけど、村長が押し切ったみたい。
また一歩勇者に近づいた。
おもしろくないのは、『聖女様』が仕留めそこなった獣を狩るのがわたしの役目だってこと。わたし、いらないじゃん。
12歳になると、魔獣狩りが始まった。ついに勇者の仕事だ。初歩の、だけどね。
ある日、魔獣狩りに出て、オーガの群れに囲まれてしまった。
あまりの数の多さに、『聖女様』も苦戦する。ついには、わたしは殴り倒されてしまった。
ここで死んじゃうのか。悔しかったけどどうすることもできない。情けない・・・
目を覚ましたら、オーガの群れはいなくなっていた。
『聖女様』がわたしにしがみ付いてワンワン泣いていた。何、この状況。
『聖女様』は自分の怪我は自分で治せるらしい。もう、何でもありよね、この娘。
でも、わたしは治せなかったと言って泣いている。他人は治せないとか、都合のいい力。なら、この娘は滅多なことじゃ死なないんだ。よかったじゃない。みんな喜ぶし、わたしも『聖女様』を死なせたって怒られなくて済みそう。
「よくないよ!」
『聖女様』が声を荒げる。
「もうひとりぼっちは嫌だ。」
岩で殴られたよりもショックだった。頭が真っ白になる。
え?だって・・・今までを思い返す。
ずっと羨ましいと思っていたから、この娘のこと何も見てこなかった。
わたしには、8歳まで母がいてくれた。10歳までは勇者の訓練施設の誰かが身の回りにいた。
この娘は5歳からずっと、あの家で一人でいたんだった。わたしが来るまで。
自分だけが不幸だと思い込んでいた。
わたしは『聖女様』を抱きしめた。
あぁ、この娘には、わたしがついていてやらないと。
もうすぐ13歳。いままであやふやだったハンターの登録が正式にできる。
今では、たまにだけど人魔とも戦うこともあって、いつでも勇者になれると思っていた。実際、ヒメカ様が13歳になってハンター登録すると同時に勇者の登録もするという話になっている。
本来なら、王都のハンターギルドにも話を通さなければいけないのだけど、ここは勇者の村。どうとでもなるんだそうだ。ズルいよね。
わたしたちは、10歳くらいからハンターの仕事をやってきたけど、さすがにそれを明らかにするのは、勇者の村といえどまずいだろう。でも、ヒメカ様の力は早く村のために使いたい。だから、わたしたちは『爆炎の聖女』というパーティー名以外、わたしたちのことを村の外には秘密とすることになっている。
ちなみにわたしがパーティー名を命名した。
このころには、『聖女様』じゃなくて、ヒメカ様と名前を呼ぶようになっていた。
心を開いてみたら、まずい、この娘かわいい。お嫁に欲しい・・・いや、違います。わたしにそんな趣味はありません!ない・・・はずです・・・
村長に呼ばれた。ヒメカ様の様子のことかと思ったら、ハンターをやめて結婚しろと言われた。これは命令だと。
なんでも、訓練でこの村に来ている男が、わたしと結婚できるなら、自分の村に帰らないでこの村で勇者になってもいいと言ってきたそうだ。勇者として見込みがある男なので、この村に残したい。わたしの実力じゃ勇者になっても長生きはできない。ならば、村のために子どもを残せ、そう言われた。
家に帰って。ヒメカ様にお詫びする。
ずっと一緒にいれなくてすみません。
我慢してきた涙が、自室に戻って一人になった途端、溢れてとまらない。
勇者になってお父さんの仇が討てない。それ以上に、ヒメカ様と別れなきゃいけないことが悲しかった。
次の日、再度村長に呼ばれた。結婚の日にちでも決まったかな。でも、わたしまだ13歳になってないんだから、せめて成人になってからだよね。
「婚姻の話はなかったことにする。これからも『聖女様』のために働け。いいな」
ポカーン・・・呆気にとられた。
「それでいいのですか?」
「良いと言っている。不満があるのか?」
「いえ。ありがとうございます。」
村長の挙動がおかしかった。何かを恐れている?ピーンときた。
村長は、勇者の村の統括者ということで貴族より立場が上だ。なにせ、貴族の依頼を受けるかどうか決めるのは村長なんだから。
この人が恐れる人は、国王とあと一人・・・何をしでかすかわからない女の子。
家に帰って聞いたら案の定。ヒメカ様、あまり無理なことはしないで。
でも、わたしといたいって言ってくれて、抱きしめたわたしを、ギュって抱き返してくれた。
あぁ、もう死んでもいいかも・・・
しかし、幸せは長くは続かない。お邪魔虫が現れた。
猫かと思ったら、虎でさらに神様とか言い始めた。
大体、ヒメカ様が、ミヤに『ファリナはヒメカのつがいか』って聞かれた時に『はい、そうです』って答えてれば何の問題もなかったのに。
まぁ、仕方ない。ヒメカ様が仲間にすると言ったのだから従うだけよね。あぁ、わたしって健気・・・
ミヤともそれなりに仲良くやっていたある日、『サムザス事変』が起きた。
これに関しては語ることはない。いや、魔神を倒したこと以外何もなかったっていうのがわたしたちの見解だった。
特にヒメカ様の両親の事とか、事とか・・・聞いてないし、知らないの!
ただ、焼け落ちた村で見つけた、勇者の村の村長が、サムザスの領主と良くないことをしていたらしいという文書は、どうしたものか扱いに困ってはいる。
村は無くなり、わたしたちはしがらみが無くなった。ヒメカ様はヒメと名を変え、普通に生きると決めた。わたしは、ヒメカ・・・ヒメが行くところについていくだけだし、やりたいことがあるなら、それを手助けしたい。それだけ。
わたしたちは『爆炎の聖女』から『三重奏の乙女』にパーティー名を変えて、新たな生活を始めた。
そして、パーソンズ家の依頼を終えた次の日。
わたしはミヤの私室に向かう。あまりいたためしはないけど。今日はいるはず。
ドアをノックして入る。
「ミヤ、金庫をお願い。」
「ん。」
ミヤは空中からかなり大きい金庫を出す。
ヒメは知っているのかどうかわからないけど、ミヤも<ポケット>を使える。まぁ、空間魔法を使って自分でこの世界に来たくらいだからできるよね。見せてくれたことはないけど、<ゲート>も使えるんじゃないかと思っている。聞かないし、言わないだろうけど。
ちなみに、ヒメにはお金の入った金庫は家の床下に隠してるって言ってある。
「今回の報酬、ヒメには100枚って言ってあるけど、本当は金貨200枚貰ってるの。50枚を当面の生活費としてわたしが持つ。残った150枚はしまっておいて。」
「いいのか。言わなくて。」
「あの娘はお金には無頓着だから黙っていればわからないわ。いい?何度も言うけど・・・」
わたしは、ちょっと涙が出そうになるのを我慢して、ミヤに言い含める。
「わたしに万が一のことがあったら、ヒメを連れてどこか遠くに行きなさい。もう、ハンターなんかしちゃダメよ。この貯めてあるお金で大人しく静かに暮らすのよ。」
ここには、村から持ち出した『外道資金』のほとんどと、いままでの報酬からヒメに内緒で貯めたお金が入ってる。贅沢に暮らしても、人生2,3回はやれるだろう。
ミヤは殺しても死なないだろう。ヒメもしぶといし、魔人族の血が混じってるらしいから、けっこう長生きするだろう。
わたしは、魔人族と戦うことの多い今の生活を続けていれば、そんなに長生きはできないだろうなと思っている。だからヒメは、わたしのために、スローライフがしたいって言いながら、なるべく命の危険の少ない仕事を選んでるのかもしれない。
「万が一はない。ファリナはヒメ様の従者。ならつがいのミヤの従者でもある。ミヤが守る。」
言い方は気に入らないけど、この子なりに慰めてくれてるのかな。
「ありがと。お願いね。」
ミヤを抱きしめる。
「ごめんね、ミヤ。あなたはヒメが亡くなっても生き続ける。あなたの方が辛いのに後のことを押し付けて・・・」
ミヤが抱き返してくる。
「かまわない。ミヤにはこの生活も一瞬にすぎない。」
そうは言っても、この子は忘れないんだろうな。
その時までは、3人一緒だから。できるだけ長く一緒にいようね。そして・・・
どうか、あの娘に幸多からんことを・・・
「過去 編」終了です。
次回から「白 編」と誤魔化してますが、正確には「白〇〇 編」です。(まだ誤魔化してる)
ちょっと重めの話が続きましたが、当面、しばらく、ずっとかな、派手な話はありません。あらすじ通り、ヒメたちのおしゃべりが続きます。そう、ひたすら・・・
これからもお付き合いのほどよろしくお願いします。




