26.昔話をしよう 5
「わかった。非常にレベルは低いが、この周囲を探知できる魔法を教える。ただし、範囲はさほど広くないし、探知した種族までは判別はつかない。」
つまり、近くに何かがいるくらいはわかるってこと?十分だよ。何かいるだけでもわかれば気のつけようがあるし。
「教えるが、使えるかどうかはヒメカしだい。そこまでは責任は持てない。」
教えられた魔法陣が使えるかどうかは、個人の陣の認識しだいなので、同じ魔法陣だからといって、みんながその魔法陣で同じ魔法を使えるとは限らない。
その陣を使えれば良し、使えなければ自分で使える魔法陣にしていかなければいけない。
陣を使えるように描き変えられないのなら、その魔法は使えない。
「わかってる。ほらほら早くー。」
ミヤは、探知魔法の陣をわかるように空間に表示してくれる。
普通は頭の中で描くので表示はされない。教えるのは、紙に描いて教える。
「できそうか?」
「なんとかなりそう。ここをちょっと変えれば・・・できた。」
「できた?無理だと思っていた・・・」
「ヒメカ様は魔法に関してだけは優秀なんです。魔法に関してだけは・・・」
ファリナ、なぜ2度言う?大事な事?大事な事なの?
すでに夜遅くなっていたので、この屋敷に泊まることになってしまう。
調べたところこの屋敷には、さっき倒した人魔以外は誰もいなかったので大丈夫だと信じることにする。
ファリナが魔人族の土地でキャンプはきついというけど、他にしようがない。
ミヤだけ残していくわけにもいかないし、連れていくにしてもミヤは目立ちすぎる。近くに人型の魔人族はいないようだけど魔獣はいるだろうし、戦闘になったら自称神様が何をかしでかすかと思うと薄ら怖い。
別々に寝るのは何かあった時危ないので一緒に、ミヤのいるこの部屋で雑魚寝ということになった。ハンターやってるから、ベッドや布団がないと眠れないとかいうことはない。
持ってきた固形食で夕飯。屋敷の食堂っぽいところに食べられそうなものもあったけど、わたしとファリナはちょっとパス。魔人族の食べる物ってわたしたちに大丈夫なのか自信がない。
ミヤには、『これは食べたことある。』という物を食べてもらう。こちらも何を食べさせていいのかわからないからね。
空間魔法のものらしい本と資料を抱えたわたしは、床に寝転がっているミヤのお腹のところに行ってよしかかる。
「おい。」
ミヤが何か言ってるけど無視。
「うわー、ミヤの体、あったかくて柔らかーい。ポカポカのモフモフだ。」
「おい。」
「気持ちいいー。ファリナもおいでよ。」
ファリナがわたしとミヤを交互に見回す。
「いいのでしょうか?」
ミヤはジッとファリナを見つめていたけど。
「・・・・・・勝手にしろ。」
そう言って、顔を降ろして眠る態勢になる。
いそいそとやって来たファリナは、わたしにくっつくように座ると、わたしの肩に頭を載せて目を閉じる。
「ごめん。疲れたから・・・先に寝る・・・ね・・・」
すぐに寝息になる。
わたしはファリナの邪魔にならないように資料に目を通す。
空間魔法面白い。いろいろできそう。
「ファリナはヒメカのつがいなのか?」
何を言われたのか理解するまでやや時間を必要とした。
「はぁ!?」
「いつも一緒にいる。つがいではないのか?」
つがいって意味わかってる?神様レベルだとどういう意味で言ってるのか理解しかねるんですけど。
「ファリナは・・・わたしって魔人族の混血らしいんだ。それでもそばにいてくれる。ファリナは嫌だろうけど、わたしにとってはファリナはつがい以上の意味を持つ家族だよ。」
「よくわからない。人というのは面白い。4千年生きてきて面白いと感じたのはいつ以来だろう。」
いや、さっきと生きてる期間違うよね。ボケてるの?長生きしすぎて痴呆症なの?
「あぁ、すまん。長く生きすぎて何年生きてきたのか覚えていない。」
だから、それボケの始まりだからね。
「そうだって言えばいいのに・・・」
え?ファリナなんか言った?起きてるの?寝てる・・・よね。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
目を覚ますと、ファリナがわたしに抱きついたまま眠っていた。
わたしは床に大の字になって眠っていた。つまり、ミヤがいない。
「え?猫さん?じゃなくてミヤ?」
周りを見回すけどいない。
「どうしたの?」
ファリナがわたしの声で目を覚ます。
「ミヤがいない。」
「え?猫が?」
殺されるよ、ファリナ。
「そうだ。こんな時のための探知魔法。」
あたしは周囲を調べてみる。
「いた。隣の部屋。」
隣の部屋のドアを開けると、ミヤが部屋の真ん中にある机の横に横たわり、本を読んでいた。
大きい猫が本を読んでる。なんかシュール。あの肉球の手でどうやってページを捲ってるんだろう。
「おはよう、ミヤ。面白い本でもあった?」
「うむ。この世界の生き物は興味深い書物を書く。」
「なにかの魔法の本?」
「これか?タイトルは『ドラゴンの鎧騎士と滅亡の紅姫』とある。」
神様、冒険小説がお好みですか。
「この世界には魔王という者がいるのか。」
「まぁ、いることはいるけど、そのお話の魔王とはちょっと違うかな。」
魔人族の絶対君臨者が魔王だけど、今のところ目標世界征服とかどこかの美しい姫を攫うとかはしてない・・・はず。
「それは作り話なんです。」
ファリナの言葉に意外そうな目を向けるミヤ。
「書物とは歴史や出来事、次世代へ伝えるべき技術などの記録を書き記すものではないのか?作り話を残してどうする。」
「記録だけじゃ面白くないでしょう。人間はミヤみたいに長く生きられないの。」
「うむ。だからこそ記録こそを次世代へ残さねばいけないだろう。」
「長くない人生だから楽しむことも忘れたくないのよ。そのための一つが作り話。」
「そういうものか。人間とはよくわからん。だが、面白い生き物だ。ミヤはとても興味がある。」
読書の続きを始めたミヤ。わたしは部屋の中を見回す。
たしかに面白そうな魔法関係の本がいっぱいある。
「読んでる暇ないわよ。ミヤさんを戻す魔法陣が完成したら、こんなところからさっさと出ていくわよ。」
「大丈夫。空間魔法調べてたらこんな使い方もできちゃった。」
わたしは、本を一冊手に取ると、空中で手を離す。
本はスッと空中で消える。
「な、何?手品?」
「ふふーん。拡大をやめて閉じてしまった別の次元の空間に荷物入れておけるの。理論上は閉じてるけど無限大の空間があるはずだから何でも入ります。ただ、時間の流れが違うみたいで、生きてるものを入れるのはあまりお勧めできません。」
「入ったらどうなるの?」
「さぁ。多分死んじゃうんじゃないかな。入ってみる?」
「嫌よ。冗談じゃないわ。それ以前に何言ってるのか全くわからないんだけど。」
「大丈夫。言ってるわたしもよくわかってないから。」
空間から本が飛び出してくる。
「ヒメカは理論でなく感性で魔法を使っているようだが大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないです。感性で魔法撃つから、威力が半端なくて。何回ひどい目にあったか・・・」
「だからこそ初めて見た探知魔法をすぐに使えたのだろうが。」
1人と1匹がジト目でわたしを睨んでるけど無視。
「面白そうな本、これに入れて持っていくね。家に帰ってからゆっくり読めるし魔法の勉強にもなるしいいことずくめ。ちなみにこの収納魔法は<ポケット>って名前にしようと思うけどどう?」
「ポケットというより押入れよね。」
「やだ。そんなかっこ悪い名前。」
ほっぺたふくらますわたしにため息を吐きながら、ファリナはミヤの方を見る。
「まぁ、使うのはヒメカ様だから好きにしていいけど、ミヤさんの方はどうなってるの?いつまでもこの家にいられないわよ。ミヤさんを<ポケット>に入れて帰る?」
「そんな死ぬかもしれん空間になど入りたくない。ミヤは長寿だけれど不死ではない。」
不吉な空気を感じたのか、読んでいた本から顔をあげこちらを睨むミヤ。
「それは何とかなりそう。呼び出した時の魔法陣残ってたからそれを反転して改良しました。100ヶ所以上陣を描きなおさなきゃならなかったけど、なんとかしたよ。褒めていいよ。」
「帰れるのか。」
ミヤがわたしをじっと見る。なんだろう。考えてることが読めない目つきなんだけど。まぁ神様だからね。自称だけど。
「今晩でいい?持って帰る本を選んでからミヤを帰して、わたしたちも帰る。」
「わかった。」
そう言うと、本に視線を戻す。
「そういえば、この世界の龍はこんなトカゲみたいな恰好をしているのか?」
わたしが、持って帰る本を選んでる間、横で本を読んでいたミヤが突然言い出す。
「魔獣のドラゴンはそんな感じかな。言葉はしゃべらないけど。それにそんなに強くないし。」
「ヒメカ様がおかしいだけ。ドラゴンはハンターランクB以上案件です。」
「ミヤの世界の龍は・・・こういう言い方をすると怒られるのだが、蛇に手足をつけたような姿をしている。ここだけの話だぞ。青龍殿に聞かれたら、また世界を半分滅ぼす喧嘩になるからな。」
滅ぼしかけたんだ・・・神様こわー。
「つまり、ミヤに猫と言ってしまったようなものね。」
「ミヤは寛容だから黙っているが、青龍殿に言ったら一回で殺されるからな。会うことはないと思うが。」
夕方までかけて、面白そうな本だけ集めた。
そして、ミヤとお別れをする。
「短い間だったけど世話になった。ヒメカたちは興味深い存在だった。」
「わたしも神様と話ができるなんて思わなかったよ。元気でね。まぁ、わたしたちより長生きするんだろうけど。」
玄関のホールで魔法陣を描く。ミヤを帰す大きさの魔法陣を描くスペースがそこしかとれなかったんだ。この屋敷の部屋、本が多すぎて狭い。
外でやったら、魔力で他の魔人族に気づかれてしまうかもしれない。
ここに住んでいた人魔は、研究者らしくて、自分の研究を秘密にしたかったんだろう。
他の魔人族にばれないように人族の土地まで来て、ミヤの召喚を行ったようだ。
ただ、呼ぶだけの魔法にはならなくて、交換の魔法になってしまった。ミヤをこちらに呼ぶ分、むこうに渡さなきゃいけなくなったのがあの穴なんだろう。
生き物1匹、いや失礼、神様1柱と等価があれだけの土ってことなんだろうけど、割に合ってるのかな。それとも重さだけの問題なのかな。
「これが次元移動の魔法陣。なるほど。」
失敗しないように、ミヤの真似をして目に見えるように魔法陣を描く。それをジッと見つめるミヤ。
「じゃ、陣の真ん中に立って。」
ミヤは言われた通り進み、こちらを見る。
「また会うこともあるだろう。達者でな。」
ミヤが名残惜しそうにこちらを見る。
「うん。元気でね。」
いや、わたしが生きてる間にまたこちらの世界に召喚されることはないと思うけど。でも、社交辞令って大事だからね。それらしい返事はしておく。
「いくよ、発動。」
ミヤの姿が魔法陣の中に消えていった。
「終わったわね。わたしたちも帰りましょうか。」
後ろで見ていたファリナが大きく伸びをする。
「そうだね。帰ろうか。え?」
出口に向かうわたしの後ろで魔法が発動する気配がする。
振り向いたら、ホールの真ん中に魔法陣が描き出される。
「これ、空間魔法・・・」
呆気にとられる私とファリナ。その目の前に。
魔法陣から出てきたのは、金髪ショートの全裸の幼女だった。




