25.昔話をしよう 4
「猫がしゃべった。」
「虎だと言っておろうが。主たちはなんだ?今までの者とは違うようだが。」
今まで?さっきの人魔の事かな。にしても、全長約2メートルの猫。大きいな。
「ファリナ、こんな魔獣見たことある?」
「ない・・・わ。しゃべる魔獣なんて・・・魔神じゃないの?」
わたしは、珍しそうに檻の周りを歩きながら、しげしげと猫さんを見る。檻には出られなくする結界の魔法がかかっているようだ。
「おおきい猫さんだねぇ。名前は?」
「今度我を猫と呼んだら殺すぞ。」
「檻に入ってるのに?」
「こんなもの。」
猫さんは、右前脚をヒョイと上げると、ポンと手首を返す。
檻の扉がガンっと吹き飛ぶ。
「うそ・・・出られないように檻に結界魔法かけてあったよね。」
ファリナが驚きと、猫さんが出てきそうになった恐怖で後ずさる。
「あんなもので我を封じることができるか。ここから出ても、することも行くところもないからおとなしくしていただけのこと。それに・・・」
「それに?」
「ご飯は食べさせてもらえる。」
なんだ、こいつ。でも、気持ちはわかる。食っちゃ寝してていいって言われたら、わたしだって大人しくしてる。
「働きなさい。」
ファリナ、乙女の夢がわからない?
「引きこもりの夢なんてわかりません。」
「主らはなんだ?先の者とは違うようだが。」
声が女の子っぽいくせに、おっさんみたいなしゃべり方するね、この猫さん。
「あぁ、わたしたちは人族。今まで来てたやつは魔人族。種族が違うのよ。」
どうやら争う気はないようなので、あまり怒らせないようにしながら話をしてみる。
この猫さんが、人魔の言っていた未知の生き物なら、正体は知りたいもんね。
「なるほど。だから、形が違うのか。」
「形って・・・」
そもそもさっきの人魔とは性別が違いますから。って言ってもわからないよね。わたしも猫さんが男の子なのか女の子なのかわからないし。
「猫さんは・・・」
「虎だ。次は殺すぞ。」
そう言いながら、さっきから何回も見逃してくれてるよね。優しいのかな。見た目はそんなに怖くはないけど。
「名前ないの?呼びづらいんだけど。」
「向こうでは神と呼ばれていた。我は虎と名乗っている。正式には白虎。」
自称、神様出ちゃったよ。扱いづらい。
「こちらによばれてからは、対象Aとか呼ばれていた。意味はわからん。」
「それ、研究対象って意味かしら。あの人魔って魔法研究者っぽかったし。」
ファリナがようやく会話に加わる気になったらしい。そういえば、自分の魔法がどうとか言ってたよね。
「主らが呼びやすい名をつけていい。ただし、猫は許さん。」
「猫に恨みでもあるの?」
「我は、あれとは別系列の生命個体だ。同列にすることは許さん。」
同じ系列だと思うんですけど。言ったら怒るよね。
戦うのは構わないけど、ここって魔人族の領地だから、騒ぎを起こすと面倒になるよね。
「じゃ・・・ミヤって呼んでいい?」
「なにか意味はあるのか?」
ミヤーって鳴きそうだからミヤ、とは死んでも言えない。
「意味はないけど、わたしたちは一人一人固有の名前を持ってるの。わたしは、ヒメカ。こっちはファリナ。猫とか虎って種族の名前みたいだから、あなた個人の名前があってもいいかなって思ったんだけど。嫌かな。」
「嫌ではない。個人の名で呼ばれるのは初めてだ。それでいい。だが言っておく。何度も言うが、我は猫ではない。」
あ、やっぱり拘るか。聞き流したと思ってたのに。
「で、ミヤはなんでここにいるの?」
「ミヤは先にここにいた魔人族、とやらに召喚された。」
「召喚!?」
「ミヤは?」
「待って、ヒメカ様。驚くとこそこ?」
「だって、さっきまでの『我』が『ミヤ』だよ。普通そこに驚かない?」
なに、こいつなに言ってんだみたいな顔してるのよ。こっちのセリフだよ。
「せっかく固有名称をもらったのだ。名称を使った方が意志がわかりやすかろう。」
「あまり、わかりやすくは・・・ないような・・・」
ええい、怒らせたら怖いからって、ファリナ、ビビりすぎ。ビシッと言ってやってよ。
「もういいや。言いやすい方でいいから、召喚って何?」
話が脱線し始めたから戻す。わたし偉い。
「あ、ずる。」
ファリナ、うるさい。
「魔人族が言っていた。召喚の魔法でミヤをこの世界に召喚したと。ミヤは元はこことは違う世界にいた。」
しばし沈黙。待って。頭が追い付かない。
「え?できるの?そんなこと・・・」
ファリナがわたしに詰め寄る。
魔術師のわたしでさえ『?』なのに、剣士のファリナには理解できないよね。
「そこの木の台のうえに魔法について記された紙が置いてあるはずだ。」
さすが、異界猫。机とかテーブルって名前知らないとは。異世界には机ないのかな。
確かに、紙が山のように重なってある。
うわ、どういう順番?バラバラでわかりにくい。
「え?どういうこと?」
読んでみたらビックリすぎるんだけど、これ。
「なに?そんなにすごい魔法なの?」
ファリナが、わたしの肩ごしに覗きこむ。
「何書いてあるかわかんないよ、ヒメカ様。」
理解をあきらめて顎をわたしの肩に乗せる。あきらめるの早っ。さらに重いって。
「これ、天人族の魔法だ。」
「はぁー?」
ファリナ、ビックリ仰天。いや、わたしもだけどね。
天人族。人族、魔人族に続く知性を持った種族。
薄い金色か銀色の髪。透き通るくらい白い肌。そして背中には白い羽があるとかないとか。
魔人族と同じく、黒い山脈の内側に、魔人族と領土を分けて暮らしていたらしい。
らしいというのは、100年くらい前から、滅多に姿を見なくなり、数十年前からは見た者がいない。と言われているけど、何年かに1,2度は見たという噂が流れる。
いや、見た者がいないけど、何年かに数回は現れるって何?意味不明すぎるんだけど。
とりあえず、現在では伝説級の珍生物あつかいだ。もちろん、わたしも見たことない。
魔人族と争って滅びたとか、人族と魔人族の争いに嫌気をさして、他の大陸に移住したとか、いろんな説がある。
ちなみに、魔人族は海に興味がないし、人族も沖合まで出るのがやっとで海を渡る手段はないから、この大陸の外に別の大陸があるのかなんて誰も知らない。行けないし、外から来たこともないんだよね。歴史が記録されるようになって以来。
で、天人族がいなくなった説の一つに、他の世界へ移住したっていうのがある。
「つまり、これって召喚魔法じゃなくって空間魔法なんだけど、どうなんだろ。確かに空間は開けそうだけど、え?これで別の次元の世界に行ける?え?なに?」
やばい、使いすぎて頭燃えそう。
「本当に天人族なの?」
「いやー、らしいってだけなんだけど。治癒魔法って知ってる?」
「そりゃもう。ヒメカ様が自分だけ治せるズルい魔法だよね。」
「うぅ、ファリナひどい・・・」
気にしてるのに・・・
「あ、ごめん。言い過ぎた。」
後ろからわたしの首に腕を廻し抱きつく。
「ごめん。」
耳元で呟くな。人前で抱きつくな。あ、人じゃないか、猫か。
「で、治癒魔法ってずーっと昔に天人族から伝わってきたものらしいんだけど、この空間魔法の魔法陣の描き方が似てるんだよね。人族も魔人族もこういった陣の描き方、あまりしないからそうだと思うんだけど。まぁ、陣が描きにくいから、治癒魔法使える人間が少ないんだけど。」
「で、この魔法でそこのね・・・ミヤさんがこちらの世界に来たわけ?」
「でもないのよ。天人族の魔法だと、向こうに行く魔法だから、あの人魔、それを改造してこちらに呼び込むようにしたみたいなんだけど・・・」
違う紙を読む。でもこれ大丈夫なものなの。
「ミヤ、この魔法だとこっちに来るの、けっこう無理やりみたいだけど、大丈夫だったの?」
「大丈夫じゃない。痛かった。死ぬかと思った。ミヤが神でなければ死んでいた。」
やっぱり、すごい無理やりなんだ。
「って、猫ですら『さん』づけだったのに、まさかの呼び捨て?」
ファリナが青くなる。『猫さん』『ミヤ』あ、そうか。まぁ、ミヤは気にしてないみたいだからいいんじゃない。
「あの魔人族は、ミヤをこの世界に引きずり込んでおいて帰せないとか言いおった。殺してやろうと思ったが、あやつを殺すと帰れなくなる。しかたなくここで惰眠を貪っていたところだ。で、あやつはどこだ?」
「死んじゃったねぇ。」
「え?」
間が空く。神様でも驚くんだね。
「死ぬのならミヤが殺してやったものを。」
ため息を吐く。わたしが殺しちゃったって言いづらいな。
「まぁいい。1万年も生きていればこういうこともある。そのうちなんとかなるだろう。」
なんだろう、この時間感覚の違いって。めまいするんだけど。1万年って何年よ?
「時間くれれば、なんとかなると思うんだけど・・・問題は、この家に他の魔人族が来るかもしれないってことだよね。騒ぎにはしたくないし・・・この大きいの連れ歩くのはちょっと無理があるし・・・」
ミヤを見る。確かに人族の領地に向かう道はすぐそこだけど、途中で魔人族に見つからないとも限らない。というか、人族の領地の方が大騒ぎになるか。
「戻る方法は何とかなるのか?」
「たぶん。安全に戻れるよう書き換えはできると思う。ただ、ちょっと時間かかりそうだから、その間に他の魔人族に来られるとまずいなぁって。」
「ミヤが見張っていてやろう。会いたくないのなら隠れる時間があればいいのだろう。ミヤが知らせてやる。」
「できるの?」
「探知の魔法が使える。」
探知魔法?なにそれ、すごい!今日はいい日だ。空間魔法とか探知魔法が見られるなんて。
「ねぇ、それわたしにもできないかな?」
ミヤがわたしをじっと見る。
「ヒメカといったか。主には無理だ。脳の認識のためのキャパが足りない。」
え?脳が足りないって言った?この猫。
「つまり、ヒメカ様の頭が足りないと。」
「ガーーーン!」
ファリナが傷口を抉る。
「いや、空間を認識するための情報を処理する脳の能力の問題であって、別に頭が足りないとかは・・・」
「でも、簡単に言えば、頭が足りないんですよね。」
「いや・・・まぁ・・・」
ファリナ、とどめをさそうとするな。猫、言い淀むな。傷つくなぁ。
しゃがみこんで、床にのの字を書くわたし。いいんだ、どーせわたしなんて・・・




