24.昔話をしよう 3
助走つけて飛んでも飛び越せそうもないくらい大きな半球形の穴が目の前にあった。
「この穴って手で掘ったわけでもなさそうだし、土魔法でここまできれいな球形にできるものなのかしら。」
ファリナがしゃがみこんで抉れた地面を触っている。
「火炎魔法なら焦げ跡とか石が溶けたのとかがありそうなんだけど、きれいなものだよね。」
「うわ、これ見てよ。」
穴のくぼみの手の届くところに埋まっていた石を取り出す。
「石ってこんなにきれいに切断できるものなの?」
ファリナが見つけた石は、穴の面に沿って切られた物の埋まっていた部分で、切断面は磨かれたかのようにピカピカに光っていた。
「何の魔法かな。魔法だよね。あー、何かめんどくさそう。やっつけろって言うなら簡単だけど、調べてこいなんてわたしたちには難しすぎるよ。」
「ヒメカ様は頭は弱いもんね。」
うっさいです。ハンターなんだから目の前の敵を倒せりゃいいのよ。
「魔人族の仕業なら、わざわざ山の頂上を越えてくるわけないから、この近くに山向こうに行ける経路かトンネルがあると思うんだけど。」
「そうだね。」
ファリナの意見はもっともなので、その周りを調べてみたら・・・
穴の近くで、あっさり山の向こうへ行けそうな谷道を見つけた。え?こんな簡単に見つかっていいの?
「罠じゃないよね。」
「誰が誰に対しての罠よ。」
「うら若い乙女を誘い込むための罠とか。」
「うら若い幼女ならここにいるけどね。」
「13歳の妙齢の乙女に向かって幼女言うな!」
「13歳は妙齢じゃない。」
「それを言うなら、幼女がうら若いのは当たり前じゃん。」
「それもそうね。で、掛け合い漫談はもういい?行くわよ。」
さっさと歩き出すファリナ。けっこう真面目に話してたのに、なんでふざけてることにされてんだろ。くそー、そのうち燃やしてやる。
「燃やさないでよ。ヒメカ様のせいで、火傷用にハイ・ポーション持ちすぎて重いんだからね。」
「けっこう高いのに、そんなに経費でてるの?」
村では、わたしたち2人の食べ物や着るものなど、必要な物や欲しい物は、すべて献上品ってことでタダだから、わたしたちは今回のように遠出をする時くらいしかお金を持たせてもらえない。まぁ、逃亡を防ぐ意味もあるんだろうけど。
「村長は渋ってたけど、怪我の10分の9はヒメカ様のせいだって言ったら大人しく出してくれたわよ。」
いや、わたしのせいにしないでよ。せいぜい5分の4くらいなものよ。そして、村長は相変わらずわたしを恐れてる。
人族から見た山の向こう、つまり魔人族の領地に入る。岩陰から隠れて周囲の確認。何もないよ。
いつもなら大なり小なりの町があるんだけど、見渡す限り森だった。やっぱり罠じゃないの?
どうしよう。もうじき日も暮れちゃうけど、ここでキャンプは嫌だなぁ。
「あそこ。家があるわ。」
ファリナが森の中に一軒の家を見つける。大きいね。塀に囲まれたお屋敷だ。こりゃ人魔じゃなく魔神が出てくるかな。
「あの魔法を魔人族がやったとしたら、あの家の住人が怪しいのかなぁ。他にこの近くに誰もいそうもないんだけど。」
わたしの疑問にファリナは考え込んでいたけど、やがて仕方ないというふうに肩をすくめる。
「行ってみましょう。他に当てもないしね。」
そりゃそうか。
辺りに注意して屋敷に近づき、塀の陰から中を窺う。
近くで見ると、屋敷っていうより病院か研究所みたいな感じ。窓が大きくなくて数が多い。部屋数が多そうだ。
「ファリナ、あれ。」
小声でファリナに指を指して伝える。
ウルフだ。魔獣のレッドウルフだね。とりあえず3匹見える。庭で眠っている。
番兵なんだろうね。こちらが風下で良かった。匂いでばれたら大変だ。
「<氷の槍>でヤッちゃうから。ファリナは、他に出てこないか見張ってて。」
「O・K。 」
レッドウルフが見えやすい位置にいてくれてよかった。
両手を胸の前まで上げて、水の塊を3つ作る。それに魔力を込めて3本の直径3センチ、長さ20センチくらいの先の尖った錐上の塊に変える。
「いっけー!」
小声で叫ぶ。なんか、掛け声を掛けると氷の飛んでいくスピードが上がるような気がするんだよ。
魔法の気配を感じたのか、慌てて起きあがり顔をこちらに向けたレッドウルフの頭蓋を<氷の槍>が貫く。
声を出すこともなく、3匹は地面に倒れる。
塀を越え庭を突っ切って、屋敷の玄関にたどり着く。他の魔獣や人魔が出てくる気配はない。
玄関は鍵がかかっていなくてあっさり開いた。たぶん、レッドウルフの見張りがいるから安全だと思っているんだろう。泥棒さんを舐めたらいけないよ。
屋敷の中に入ってみたけど、困った、人の気配がしない。
入ってすぐが小さなホールになっている。左右に廊下があり、廊下の両側にドアがいくつか。
一階部分は外から見たら、小さい窓がいっぱいあったから小部屋がたくさんあるのかと思ってたのに、中から見える範囲では、ドアが4,5枚しかない。奥の方は薄暗くて良く見えないからまだあるかもしれないけど。
「2階は住むところかしら。」
ホールの正面奥に2階への階段がある。
突っ立っていてもしかたないので、1階の、一番近いドアをそっと開ける。
「うっわー。」
窓以外の壁中に棚がならんでいて、本がぎっしり詰まっている。部屋の真ん中に置かれた机にも本が積み重なっている。
「読書好きなのかしらね。魔人族にも本読む人っているんだ。」
誰もいないので部屋から出て、廊下の反対側の部屋のドアを開ける。
同じ景色がそこにあった。
「どれだけ本が好きなのよ!」
つい声を荒げてツッコんでしまう。
「誰だ?誰かいるのか?」
あ、しまった。見つかった。
「バカでしょ!あんたほんとバカでしょ!」
怒らないでよ。勢いだったんだよ。ツッコミは勢いなんだよ。
廊下に出ると、2階から人影がやってくるのが見えた。
ばれてるから隠れても仕方ない。ホールに出ていく。
灰色の髪、灰色の肌、いつものごとく不健康そうにしか見えない魔人族の人魔だけど、今回は特に不健康そうに見える。痩せてるんだ。ガリガリに。
「人間か。なぜここに人間がいる?ウルフはどうした?役に立たない奴め。おめおめ人間なんぞを家に入れおって。だがまてよ。人間ごときにウルフが倒せるのか?大体・・・」
わたしたちに構わずしゃべり続ける。話しかけてきてるのかな。独り言かな。声の大きさが微妙でわからないから対応に困る。
とりあえず、ファリナと目で合図をする。様子を見るって合図だ。
「で、愚かな者よ。何の用だ?」
何か酷い言われ様だけど、とりあえず予定通り様子を見る。
気がつくと、なぜかファリナは呆れている。
「あぁもう、わたしが話します。」
あれ?わたしに呆れてたの?え?様子見じゃなくて、なんか、かまをかけろって合図だった?
「人族側の山の中腹に穴を開けたのはあなたなの?」
真正面から聞く?
「き、貴様ら、(あれ)を探しに来たのか?渡さんぞ。(あれ)は私のものだ。カリュノーグ様だろうと誰だろうと渡すわけにはいかん。」
答えたよ。で、誰?それ?一回で覚えきれない名前はやめてほしい。
「なるほど。わたしの魔法の成果を奪いに来たのか。まさか、人族にまで私の魔法が知られていたとはな。いや、さすが私といったところか。だが渡さんよ。(あれ)は未知の生き物だ。愚かな者どもには理解の及ばぬものなのだ。」
なにそれ。魔法ってのはともかく、未知の生き物ってなに?こいつ、なんか変なもの創ったわけじゃないよね。
頭の中に『ウニョウニョ』とか『グニョグニョ』とかの擬音が浮かぶ。ごめん、わたしそれ無理。
見ると、ファリナも嫌そうな顔してる。似たようなことを想像してるようだ。
「なんか訳の分からないモノだったら、かまわない。燃やしちゃいなさい。」
ファリナがわたしを見て力強く頷く。うん。ヤっちゃうね。
「まぁいい。とりあえずお前たちは死ね。」
魔法を発動しようとしてる。風魔法?あれ、魔力が人魔にしては小さいんだけど。
まぁいいや。
「<豪火>。」
人魔の頭が炎に包まれる。炎が消え、首を失った人魔は崩れるように倒れる。
「よし!」
「よしじゃないわよ!あいつから何か聞き出してからやりなさいよ!何にもわからなかったじゃない!」
「え?犯人はあいつで、魔法で何かやったから穴が開いたでいいんじゃない。」
「何をやったのか聞きなさい!大体、未知の生き物ってのは何なのよ?どこにいるのよ?わたし怖くて探せないからね。ヒメカ様に任せるからね。」
く、苦し!襟を握りしめて振り回すのやめて。
「わかったわよ。それより、結構騒いだと思うんだけど、誰も出てこないよね。」
「そういえばそうね。」
1階も2階も静かなまま。人の気配らしいものがない。
「とりあえず、1階の部屋を端から順に調べようか。本以外のなにかがあればいいけど。」
「あるならいいけど、いるだったらわたし逃げるからね。責任もって対処してよ。」
こいつは・・・嫌がらせが必要だな。
「ファリナ、後ろ。」
「キャァァァー!」
悲鳴を上げ飛び上がった後、わたしの後ろに回り込む。押すな。後ろから力まかせに押すな。
涙目でわたしの肩から覗きこんで、何もいないことに気付く。
「うぅぅー。」
涙目のまま、顔を真っ赤にして眉を吊り上げ、体中をプルプルさせて、ファリナの手が剣に伸びる。かわいい。
「待って。剣は許して。剣じゃ勝てない。」
ファリナの腕ごと抱きしめて動きを封じる。
「今度やったら斬る。どーせ治るんだからザックザクに斬る。」
あんまりいっぱい斬ったら、治るかどうかわからないよ。
ガタン。
奥の部屋から何か物音が聞こえる。
「ま、またあんたの仕業でしょ。」
「さすがにここにいて何かはできないよ。」
「だめよ。嘘でもいいからあんたがやったって言って。でも、嘘だったら斬るからね。」
どうしろと。すでにわたしをあんた呼ばわり。かなりテンパっているようだ。
立っていても仕方ないので、音のした部屋へ向かう。
ファリナは、わたしの背中にしがみ付いたままついてくる。
「ファリナ、離れて。何かあった時に動けない。」
「大丈夫。わたしはヒメカ様を盾にするから。」
あんた呼ばわりでないだけ落ち着いてきたようだけど、わたしを盾にするって何?
ドアの前に立つ。さすがにわたしから離れたファリナは、屋内なので剣ではなく、腰のベルトの後ろにさしていた短剣を抜く。
「いくよ。」
ドアを開ける。
夕暮れの薄暗い部屋の中。
部屋の奥に、3メートル四方はありそうな巨大な檻があり、その中には・・・
「猫だ。」
「虎だ!」
怒られた。え?しゃべるの?




