23.昔話をしよう 2
討伐から戻ってから、ファリナの雰囲気が変わった。
「ヒメカ様、ご飯だよ。」
なにより、わたしを名前で呼んでくれるようになった。
わたしの方は、ファリナの前で大泣きしてしまったこともあり、恥ずかしさで逆にツンツンしてしまうようになっていた。
「かわいいわねー、ヒメカ様は。」
そんなわたしを見て、ファリナはニコニコしてかまってくる。
「う、うるさい。」
ファリナは、剣の訓練にさらに励むようになった。今まで以上に真剣に。
「もっと強くなる。ヒメカ様の足手まといにはならない。」
え?わたしのためなの?
だから、わたしも負けていられなかった。ファリナの足を引っ張るような真似はできない。
魔法の制御ができるようになる。
誰かのための訓練は楽しかった。魔法の練習が楽しく思えるなんて。誰かと笑って暮らせるなんて。これは夢だと思った。そして、現実は夢を壊そうとする。
ファリナが、もうじきハンターになれる13歳になる。そうなったら正式にハンター登録することになっていた。わたしは来年。っていうか、すでに勇者の仕事をさせておいて、何を今さらって感じ。とりあえず、体裁は整えなきゃいけないらしい。
わたしたちの事は、国に対しても秘密にすることになっている。こんな年端もいかない女の子に魔人族と戦わせようっていうんだ。批判を避けたいのだろう。
パーティー名「爆炎の聖女」。所属者名不明。所属人数不明。村の外には、一切を明らかにしない。そのかわり、どんな魔人族関係の依頼でも受ける。ただしお高いですよ。
ファリナが正規のハンターになったら、わたしたちはこの条件で活動することになる。
パーティー名を決めたのはファリナ。
「バカみたいに燃やすのが好きな聖女様の一団だもの、これでいいんじゃない。」
「バカみたい言うな!」
ファリナがハンター登録する数週間前になって、ファリナは村長に呼ばれた。
帰ってきたファリナの顔は真っ青で、驚いているわたしにいきなり抱きついてくる。
「ごめん。一緒にパーティー組めなくなった。」
「な、何?どういうこと?」
村で訓練していた勇者として有望な男が、ファリナを妻にもらえるなら村に残ってもいいとか言い出した。
村のお偉いさん方も、有能な剣士であるその男と同じく有能なファリナとなら、将来勇者として有望な子どもができるって考えたらしい。
わたしと一緒にパーティーを組ませたらいくら有能とは言え、普通の剣士であるファリナはすぐに命を落とすことになるだろう。それならば、結婚させ、未来の勇者たる子どもを産んでもらった方が村にとっていいことではないか。そう考えた村長は、ファリナにその男と結婚するように命令した。
「断ればいい。」
「ダメだよ。村長には逆らえない。みなしごだったわたしを育ててもらった恩がある。」
ファリナのお父さんは勇者だったけど、ファリナが子どもの頃戦死したのだという。お母さんもその後すぐ病気で亡くなった。
父親ゆずりの剣の腕前があったから、ファリナは勇者の訓練施設で面倒をみてもらえた。それを後押ししてくれたのが村長だった。
だから、ファリナは、わたしのお目付け役を命令されても引き受けるしかなかったんだ。
「わたしの代わりはすぐに決まるから。わたしより強い女の子はいないから、手が掛かるだろうけど面倒見てやって。ヒメカ様、なんだかんだ言っても優しいから大丈夫。すぐその子と仲良くなれるよ。」
ファリナはそう言うと、自分の部屋へ行ってしまった。
何も言えなかった。
行くなって言ったら、きっとファリナに迷惑がかかる。
ファリナの部屋の前まで行くけど、声もかけられない。わたしはただ立ちつくすだけ。
中からすすり泣く声が聞こえた。
「ごめんなさい、お父さん。勇者になれなかった・・・かたきうてなかった・・・」
あぁ、ファリナはそんなに勇者になりたかったの。わたしなんかただ成り行きに流されていただけなのに。
決めた。邪魔者は排除しよう。
「それで、話というのはなんでしょう、聖女様。」
聖女様と呼ぶくせに、尊敬の欠片もない目つきでわたしを見る村長。いや、怖がってはいるみたい。わたしの動向から絶対目を離さない。11歳の女の子にビビりすぎ。
わたしは村長の家で、テーブルに向かい合う形で、椅子に座って話をしていた。
「ファリナの結婚を取り消してほしい。」
意外そうにわたしを見る。
「お目付け役には興味ないと思っていましたが。申し訳ありませんが、それはできません。この村の将来を考えた上のことです。」
「将来?将来って、ファリナの子どもが大きくなるまで、あなた生きていられるの?」
グッとなって顔を赤くする村長。
「あなたが死んだ後の事より、今の事を考えたら?わたしの意見を聞いてくれるなら、魔人族を倒す依頼ならどんな依頼だってやってあげる。人魔でも魔神でも全部倒してあげる。そうしたら、お金いっぱい貰えるんでしょ。」
「子どものくせに。言い方に気をつけろ。」
わたしの大人びた言い方が癇に障ったようだけど、こっちも必死だった。話してダメなら・・・
「どうしてもダメだっていうなら・・・」
「どうするね?」
「村から出ていく。」
「な?そ、そんなことできると思っているのか!?」
椅子から慌てて立ち上がる村長。
「なぜできないと思うの?」
「黙って行かせると思っているのか。」
「邪魔する奴はみんな燃やしてやる。あぁ、そうか。ここで村長が火事で非業の死をとげたら結婚話はなくなるかな。」
青ざめて後ずさるけど、なんとか虚勢をはる勇気はあったみたい。
「いままで育ててやった恩をわすれたのか。」
「だから、魔人族をやっつけて返すって言ってるのに、村長が断ってるんじゃない。」
顔を赤くしたり青くしたりしてわたしを睨みつける。
正直、ここまでバカだとは思わなかった。わたしがこんなに妥協してやってるのに。
「面倒くさくなってきた。もういいや。次の村長と相談するね。」
わたしは目の前のテーブルを一気に燃やす。火が付き一瞬で燃え尽きる。テーブルは灰も残らなかった。
「ま、待て。こんなことをしてただですむと思ってるのか!?」
「大丈夫。文句言ってきたやつは全部燃やすから。」
「はったりだ!そんな簡単に人を殺せるはずがない!」
「人?殺すのに人と獣と魔獣で違いがあるの?ずっと1人で暮らしてたからわからないな。うーん、でもそうだね。人を殺すのは初めてだ。あんたを殺したら、わたし後悔するのかな?とりあえずやってみようよ。」
わたしは、右手を上げ、人差し指を村長に向ける。
「待ってくれ!」
村長が両手を前に伸ばして哀願する。
「結婚を断われば、私の命令に従って、勇者の仕事をするんだな?」
「うん。いいよ。やるよ。魔人族やっつけるのならなんでもやるよ。あ、男に媚びるような真似はできないよ。」
「お前の様な色気のない女にそんなもの期待してない。」
失礼な事言われた気がする。
「わかった。結婚は断る。そのかわり、勇者としての依頼はなんでもやってもらうぞ。」
「いいよ。がんばってお金稼ごう。」
「それだけは期待させてもらおう。」
わたしは椅子から立ち上がり、部屋を出ていく。
「化け物め。」
後ろで何か聞こえたけど、今回は聞こえなかったことにしてあげる。
化け物みたいな力でも、わたしが、わたしとファリナが生きていくためには必要な力なんだ。
次の日、再度村長に呼ばれたファリナは、呆気にとられた顔で戻ってきた。
「ヒメカ様、何かした?」
「なにも。」
いきなり後ろから抱きつかれる。
「わたしなんかのために無茶しないで。」
わたしはファリナの腕を振りほどき、振り向いてわたしからファリナに抱きつく。
「なんかじゃない!わたしにはファリナが一番大切。ファリナは嫌だろうけど、わたしにはファリナしかいない。」
「ヒメカ様・・・」
ファリナがわたしを抱きしめ返してくれる。
「この村の奴らはみんな嫌いだ。わたしも、ファリナも、道具にしか見てない。出ていきたいけど、安心して暮らすためにはもっと力がいる。もっと、もっと強くなる。邪魔する奴らを全部燃やしてしまえるくらい強くなるんだ。」
「ヒメカ様ならできそうね。」
「ファリナがいればできるよ。いつか必ず、この村の奴らどころか、魔人族だって、伝説の天人族だって、わたしたちの邪魔する奴はみんなやっつけられるだけ強くなってやる。」
わたしたちは、2人でいつまでも抱きしめあった。
わたしもハンターの登録ができる歳になった頃には、わたしとファリナは、魔獣どころか人魔と戦うことも多くなっていた。
勇者の村には、各領地では対応できない魔人族の進攻とか、自分の領地の勇者を無駄に損失したくないとかの理由で依頼がくる。もちろん、国からも。
王都には騎士団があるのだけれど、それはあくまで対人用で、隣の国との戦争とかのためのものなわけ。
魔人族の脅威に脅かされている人族に、隣の国と戦争してる余裕なんてあるわけなく、すでに形骸化してるんだけれど、様式美ってものは国の威信にとって大事なものらしい。
王都は黒の山脈に面していないので、直接魔人族と戦うことはなく、どこかの領地で勇者の派遣のお金を賄えなくて国に助けを求められた時とか、絶対に負けられない場合とかに王都から依頼がくる。
領主からの依頼より、国からの依頼の方が報奨がいい。尚且つ、絶対に負けられないことが多いから、わたしたち『爆炎の聖女』は主に国からの依頼で出撃することが多かった。
黒の山脈での国境線がらみがほとんどだけど、中には、魔人族の動向がおかしいので調べて、場合によっては対処なんて依頼もあって、そんなときは魔人族の領地に潜入しなきゃならない時もある。
わたしがハンター登録してしばらくたった頃、山脈の人族側で、変なものが見つかった。
それは地面に空いた穴。
直径十数メートルのきれいな半球形の穴。どうやったらこんなにきれいな半球に開けられるのかってくらいみごとな穴。
わたしの炎魔法の強だと、地面が溶けて、グズグズになっちゃうだけで、その穴のようにきれいな形にはならない。土魔法はどうなんだろ。
わたしたちの知らない魔人族の魔法?もしも人族に害をなす魔法だったら・・・
わたしたち、『爆炎の聖女』にその穴の調査の依頼がきた。
魔人族の領地への潜入は、わたしたちであっても難易度の高い仕事だ。見つかったら戦闘は避けられない。さすがのわたしも、魔人族全員を燃やすのは大変。町1つくらいならなんとかなるけどね。




