22.昔話をしよう
この世界には勇者と呼ばれる職業がある。
高ランク、大体Cランクの上位以上のハンターの中で、魔人族と戦えるだけの力、剣技でも魔法力でもいい、それらに優れていて、各国の王かハンターギルドの推薦や自薦を受け、国とギルドの会議で認められた者たちのことをいう。
勇者になれば、国やギルドからいろいろ優遇されるし、世間からの評価も高くなるから、やりたい人は多い。
もちろん高レベルのハンターでも勇者をやりたくないという者もいる。
普通に獣狩りや植物採集だけで十分、命の危険がある仕事はやりたくない、そう思う人もいるんだ。一部だけどね。
ここエルリオーラ王国には、『勇者の村』と呼ばれる村がある。ううん、あったんだ。
国中から、見込みのありそうな新人ハンターを集めて訓練して勇者にする。それが勇者の村だった。国直営の訓練所がある村。もちろんここに来れなくても、ハンターとして鍛錬を重ねて、自分の力で勇者になる人もいる。
ここで勇者になった者は、自分の住んでいた領地に戻る者、王都で勇者登録する者、村に残り、後進を育てながら国や各領地からの依頼に応じて派遣される者とに別れる。普段はそれぞれの場所でハンターとして活動している。
村の人口は200人くらい。勇者は訓練中も含めて半分くらいで残りは農業、工業、などの生産を受け持つ人たちだ。生きていくためには食べ物や日常品はいるもんね。1つの村の必要物資全部を他の町から買うわけにもいかないし。
十数年前のある日の夜、その勇者の村の村長のところに1人の男が訪ねてきた。
男は女の赤ちゃんを連れていて、普通の人生なら7,8回やり直しても余る位の金貨と一振りの剣を村長に渡し、この子を預かってほしいと言ってきたそうだ。
「名前はヒメカ。ヒメカ・ローフィールド。金は養育費だ。剣はこの子が持てるようになったら渡してやってほしい。いつでも見ている。それだけは忘れるな。」
胡散臭さ大爆発の上、人間に見えるけど男は雰囲気からどうも魔人族らしい、ということで村長は断ろうと思ったらしいけど、あまりのお金の多さに、つい引き受けてしまった。バカだね。
魔人族の中で人魔は人族と同じ形態をしている。髪や肌の色が違うだけ。でも、その上に君臨する魔神はいろいろな形態をしている。人型、獣型、人型でも身長が3メートル近いものなど。魔神に共通しているのは、言葉を話し、異常な魔力持ちだということ。
その中でも、人型で大きさなども人族と変わらない魔神は、人族に化身する魔法を使える者もいるらしい。
たぶん、その男は人族に化身できる高位の魔神なのだろうと推測された。
そして、女の子は魔人族の特徴を持たないことから、滅多にないことだけど、人族との混血ではないかと想像された。純血を重んじる魔人族において、混血は忌み嫌われる。だから人族に預けられたのではないか、と。それが、わたしだった。
しばらくは、わたしは子育ての終わった老夫婦に預けられた。その分の生活費は村長が出していたっていうけど、金貨いっぱい貰ってるんだから当たり前だよね。
当然のことだけど、勇者候補としてこの村に来た者以外にも、生まれた時からこの村で生活している者たちもいる。
この村で生まれて、6歳前後になった子どもは、親の職業に関係なく発育状況を見たうえで能力テストが行われる。
武術や魔術を学べそうな、つまり将来勇者を目指せそうな子と、無理な子を選別するテスト。
見込みのある子は、勇者の訓練を受けさせ、見込みのない子は生産職として育てられる。見込みのない子でも、その後数年おきにテストがある。歳を重ねるに従って能力の現れる子もいるからね。
そのテストで、わたしはわずか5歳にして、火炎魔法で丘を一つ吹き飛ばすという荒業をやってしまったらしい。覚えてないけど。あぁ、子どものわたしに自重という言葉を教えてやりたい。
わたしを育ててくれていた老夫婦はそれを見て、わたしを怖がり、もう育てられないと言ってきたようだ。魔人族の血を引いているらしいことは、勇者候補としてこの村に来た者以外、生まれた時からここに住んでいた村人は、みんな知っていたらしいし。
このころにはもう魔人族がわたしのために村を見張っていることはないだろうと村人は思っていたが、万が一のことを考え邪険にもできず、村はずれに大きな家を建て、わたしを聖女と呼んで、そこに1人で住まわせ、わたしを拝むようになった。
見た目は、村人から崇め奉られているようだけど、実際は隔離だった。
食事は毎日、朝昼晩運ばれてきたけど、それ以外で誰かがわたしのところに来ることはなかった。たまに、村人たちが家の前で拝んでたけど、なんでも、聖女の加護の祈りということで、依頼を受けて村から離れる勇者の家族が身内の無事をお祈りに来ていたらしい。
魔法の才能を見出されてからは、日々のほとんどが魔法の訓練に当てられた。
主に制御の方向で。
むやみやたらと全力で魔法を撃ってたら、自然破壊がなんたらとか言われた。よくわからない。最小限の魔法で最大限の威力をと言われたけど、相手を倒すなら全力全開で叩き伏せればいい。そう思っていたから、訓練はつまらないものだった。
9歳の時、いつまでも一人暮らしは可哀想だと、ファリナという1歳年上の村の女の子がお目付け役として同居することになった。話の端々から、彼女も孤児らしかった。
村の生活が面白くなかった頃なので、本当の意味でのお目付け役、わたしが逃げ出さないための見張りなんだろうなぁと子ども心にも理解できた。
ファリナも命令で仕方なく引き受けたのだろうことは言動の端々に見えたけど、私自身は正直どうでもよかったので、表面上は平和な同居が始まった。
そもそも、訓練は確かに面白くなかったとはいえ、9歳の子どもが着の身着のままで逃げ出して、どこに行けるというんだろう。
とりあえず、ここにいれば衣食住は用意してもらえるのだし、食べ物でもなんでも欲しいものがあれば、言えば用意してもらえた。見張られていることと面白くない日常を我慢すれば、天国の様な暮らしだろう。
ファリナは剣士の子どもだったようで、わたしが魔法の訓練をしている間、近くで剣の先生に剣技を教わっていた。
見ていて、わたしもやりたくなったので、村長にやりたいと伝えた。
初めは渋っていたけど、自分の身を守るためには剣も使えた方がいいのではないかと村人に言われ、村長も納得したようだった。
魔法に加え剣の訓練も始まった。
魔法の片手間にやっているように見えたのか、ファリナは面白くなさそうだったけど、わたしは剣の腕もめきめき上達していった。
ファリナにとっては、それも気に入らないようだったけど。
まぁ、結局剣の腕は、ファリナに勝ったことは今まで一度もないんだけどね。
この頃には、わたしの心境にも変化があり、ファリナはそれなりに大事な人になっていた。ずっと一人ぼっちだったわたしのそばにいてくれる唯一の存在だったから。
まぁ。ファリナはわたしが気に食わないみたいだったけど。人から嫌われるのは慣れているし、話すこともほとんどなかったけど、わたしは近くに誰かがいるって本当に嬉しかったんだ。
一年後、10歳になったわたしは、ファリナと2人でハンターとしての活動を始めた。
本当はハンターは13歳にならないとギルドに登録できない。
それでも村長は、わたしの能力を村の利益のために利用したいようだった。だから、国や中央ギルドには内緒で、村の中限定で仕事をやらせようとしたのだ。とりあえずハンターの仕事。ゆくゆくは勇者として、国からの依頼を受け魔人族と戦い、村にお金をもたらしてくれることを望まれて。
村のハンターギルドはもちろん反対したけど、お金で黙らせた。
村近くの森の獣狩りが毎日の仕事となった。
狼やウサギなどの小動物から始まり、3か月後には熊なども狩りの対象になっていた。
みんなは、子どもには無理だと反対したけど、わたしにとっては大した問題でもなかった。ただ、獲物は食べるので、燃やしちゃいけないと言われたことだけは大問題だった。火炎魔法が得意のわたしに火を使うな?それってファリナに剣を使うなって言ってるようなもんだよね。
土魔法は戦闘には使えなかった。苦手だから相手を倒せる術は使えないのよ。壁とかなら造れるけど、壁で敵は倒れてくれなかった。せいぜい落とし穴を作るくらいのもの。
仕方なく、水や風の魔法でちまちま敵を切り裂いていく。とどめを刺しそこなった獲物はファリナが剣で倒してくれた。ストレスがたまった。
わたしのイライラに気付いた村長は、まずいと感じたのか、5匹倒したら、1匹燃やしていいと約束してくれた。ストレスが減った。
わたしの後ろで、わたしが倒し損ねた獣を狩るだけのファリナは面白くなさそうだったけど。
11歳になる頃には、黒の森に入って魔獣を相手にするようになっていた。
魔獣相手でもまったく問題はなかった。ただ、倒した証拠として体の一部を持っていかなきゃならないので、燃やせないのが面倒なのと、わたしの水や風魔法では魔獣は一撃では倒せないこともあったので、ファリナに負担がかかるようになっていたことが不満だった。
わたしは、水魔法を改良して氷魔法を使えるよう練習した。
氷魔法はすぐ使えるようになったけど、加減が難しかった。
力を抜くと、針みたいな大きさの氷が相手をチクチク刺すだけだったり、ちょっと力を入れると、一抱えはある大木みたいな氷が相手を貫くどころか押しつぶすことになり、結局剣が一番戦いやすいという魔術師として本末転倒なことになっていた。
剣は、わたしの家を建てた時、守り刀として父が置いて行ったという剣が、家に飾られたんだけど、それを持ち出した。剣なんだから使わにゃ損でしょ。
さすが魔人族のものらしい剣。魔力を通すと切れ味が上がる上がる。
ちなみに、村の魔力持ちの剣士がやってみたけど使えなかったんだよね。魔人族の魔力じゃなきゃだめなのかな。
わたしに魔人族の血が流れているだろうことは、村中、わたしを含めて誰もが知っていることなので騒ぎにはならなかったけど、村長には、国に知られるのはまずいとのことで、わたしには公の場ではこの剣を使わないようにと強く言われた。
そんなある日、森での討伐で10匹のオーガに囲まれてしまった。
さすがに数が多いと手こずってしまう。
乱戦の中オーガの爪がわたしの体を切り裂いた。
『痛い!痛い!』今までどんな相手でも余裕で倒してきたので、初めて戦闘で怪我をしてしまったわたしは、パニックになる。
「きゃぁ!」
ファリナがオーガに殴り倒される。
それを見たわたしは頭が真っ白になった。
「治って!」
そう思ったら、銀色の光が傷口を覆い、体の傷が治った。
「燃えてしまえ。」
周りを見回し、なるべく使わないよう言われてた火炎魔法を使う。オーガは炎に包まれすべてが灰になった。
倒れてるファリナのところに走る。
「治れ!治れ!治れ!治ってよ!」
いくら思っても願っても、ファリナの傷は治らなかった。
「なんで?わたしの怪我は治ったよね。なんでよ・・・」
わたしはファリナにしがみ付いて泣いた。
「うるさい。」
ファリナが、傷が痛むのかのっそりと起き上がった。
わたしを押しのけると、腰のポーチからハイ・ポーションを取り出し飲む。
「聖女様、怪我は?」
泣いているわたしを怪訝そうに見る。ファリナは、同居当初からわたしのことを名前では呼んでくれなかった。
「わからない。治れって思ったら治った。」
「もう、なんでもありね。便利な事でよかったじゃない。」
薄ら笑いを浮かべわたしから視線を逸らす。
「よくない!」
驚いた眼でわたしを見る。
「よくない。よくないよ。自分は治せたのに、ファリナは治せなかった。」
「いいじゃない。聖女様が治れば敵は倒せるもの。それでいいじゃない。」
「だめだよ!ファリナを治せないなら、こんな力意味ないよ。わたし・・・役立たずだ。」
ファリナが何を言ってるんだこいつ、といった目でわたしを見る。
「役立たずって、聖女様はあんなに戦えるじゃない。聖女様が無事ならそれでいい。わたしは死んだって誰も困らない。」
「嫌だよ!ファリナが死んだら、わたし、またあの家で一人ぼっちになる!もう、一人ぼっちは嫌だよ。」
泣きながらファリナにしがみ付いていたわたしには、その時ファリナがどんな顔をしていたのかわからない。
ただ、少し間があったけど、ファリナは泣いているわたしを優しく抱きしめてくれた。
それが、少しうれしかった。
「しょうがない娘ね・・・ヒメカ様は・・・」
初めてファリナが、わたしを名前で呼んでくれた。
それが、すごくうれしかった・・・




