21.少女たち 2
誰一人声も出さないパーソンズ家の居間に、フレイラのすすり泣く嗚咽だけが響く。
自らの愚行で死者を出してしまった彼女を慰める言葉も見つからず、誰もが沈痛な面持ちでいたところに。
「こんにちわー。門番さんいないから、勝手に入ってきちゃったけど、いいよね。」
部屋に能天気な声が響き渡った。
そこにいた全員が、幽霊でも見るかのように、侵入者を見つめていた。
何だろう。空気が重い。やっぱり、勝手に入ってきたのが悪かったんだろうか。だって、いつもいる門番さんがいなかったし、玄関で大声で呼んだんだけど誰も出てこないから仕方ないじゃない。無駄に大きい家ってこれだから嫌。
「ほら、だから玄関先で出てくるの待ちましょうって言ったのに。」
「ヒメ様無作法。」
あ、あんたたち、仕方ないねって、納得してわたしの後について来てたよね。
「ゆ、幽霊ですか?」
開口一番がそれなの?リーア。あー、やっぱりそんな話になってたか。
「生きてるよ。エミリアのスカート捲るまで死ぬもんか。」
「な、バカですか!あなたは!」
わたしの視線に顔を赤らめたエミリアがスカートを押さえる。いや、あんたそんなキャラじゃないでしょ。
「ヒメさん!ファリナさん!ミヤさん!」
フレイラが泣きながら飛びついてくる。しかたないなぁ、泣き虫め。
抱きとめようと思ったら、フレイラはわたしをスルーして、ファリナに抱きついた。あれ?
「ごめんなさい!ごめんなさい!わたしのせいでファリナさんの腕が・・・」
泣きながら、ファリナの腕を見て、段々、呆然となるフレイラ。
「・・・腕が・・・ある?」
「あぁ、ミヤに治してもらっちゃった。」
フレイラには、ファリナの腕が切り飛ばされているところを見られているので、ごまかしきれないだろうということで、ミヤが治したことを教えることにした。
ちなみに、お風呂で相談した時に出したわたしの案・・・
1.神様にお願いしたら治してくれた。
2.戦いが終わって、気がついたら治ってた。
3.実はファリナはタコ。
・・・は『バカじゃないの。』『ヒメ様おバカ。』という評価の元すべて却下された。おかしい。
「よかったぁ・・・」
フレイラがファリナにしがみ付いたまま膝から崩れ落ちる。
安心して腰が抜けたのか、しゃがみ込んだままファリナの足に抱きつくフレイラ。
「よかったです。ファリナさん、よかったです。ミヤさん、本当にありがとうございます。」
「ん。」
半泣きでお礼を言うフレイラに、少しは照れるかと思ったけど、そこはミヤ。どうでもいい風をくずさないで、ただ頷くのみ。ほんと他人の評価を気にしないよね、この娘は。
「フレイラ、わたしは心配してくれなかったんだ。」
フレイラをからかってみる。
「はい。ヒメさんは普通じゃないので、どうとでもなると思っていました。あ・・・」
なんだろう。ファリナやミヤに言われても何とも思わないけど、純真な少女に言われるとすっごく傷つくんだけど・・・おねーさん、泣きそうだよ・・・
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ・・・そうだ、お詫びにわたしのスカートも捲っていいですよ。」
いや、そんな趣味ないし。っていうか、スカート捲らせておけば何言ってもいいと思われてんの、わたし?
「捲るだけじゃたりないなぁ。おねーさん傷ついちゃったし。」
「それ以上はダメです。・・・でも、ファリナさんなら・・・」
顔を赤らめて、チラリと横目で見るフレイラに、わずかに顔色を青ざめるファリナ。
あぁ、命がけで庇ってくれたもんね。惚れたな。
待て、ファリナ。わたしを睨んだってどうにもならないぞ。
「そんなことより!」
今の会話の流れが自分に飛び火して、スカートを捲られることを恐れて発言できなかったその場の面々の中で、唯一、スカートを捲られることを容認しているエミリアが会話に入ってくる。
「誰も容認してないわよ!それより、なんで無事なの?生きてるはずない状況だったって・・・魔人族が出たって・・・」
そのセリフ、物語の中で、倒したはずの勇者が目の前に現れて、慌てる魔王っぽいよ。
「つまり、黒幕はあなた。」
「これ以上場を荒らすんじゃない。」
いた、頭小突いたね、ファリナ。
「んー、あの後ミヤに怪我を治してもらって、もう1匹パープルウルフを倒したら、魔人族が怒っちゃって、バカみたいに強力な魔法で、あたり一面火の海にしちゃって、わたしたちは、その魔法の範囲から逃れて、木の陰に隠れてたら、わたしたちが死んだと思ったのか、魔人族が引き上げたの。それだけ。」
以上、棒読み。文章がつながってない気がするけどそこはパス。
「それだけって・・・」
「それだけ。」
エミリアが普段の笑顔の仮面を外して、すごい形相でわたしを睨む。隣にいたマリシアが、数歩逃げるくらい。で、わたしはエミリアお得意の笑いの仮面で答える。
「まぁ、全員無事だったんだ。よかったじゃないか。」
ロイドさんはこれ以上追及するなと言いたいのだろう。マリアさんも頷いている。
やむなく、エミリアも大人しくなる。
「それより、パープルウルフ1匹、フレイラのところに投げたよね。あれ受け取った?」
戦いが終わった後、あまりにボロボロの恰好だったから、顔を出すのは嫌だとファリナが言うから、え?わたしがだっけ、まぁ、そういう訳で、パープルウルフを1匹、<ポケット>から出して、まだ第一門が開いたままのミヤにフレイラの位置を探させて、風魔法で飛ばしてやった。
1匹でもあれば、帰れるだろうって考えたんだけど、あれちゃんと持ってきてくれたよね。
こっちは、その後、ミヤの第一門の封印で大変だったんだから。こいつ、『ご褒美が必要。』とか言って、封印のキスの途中で舌入れてこようとするし。
「あぁ、受け取った。あれをどうすればいいんだ?王都まで調べに行かなければと考えていたところだ。」
そういう難しい話はファリナ、出番です。あれ、まだフレイラが離れませんか。
ファリナが、ロイドさんと何故か会話に参加してきたエミリアに説明する間、わたしは、こちらをじっと見つめてるマリアさんの傍に行く。
「皆さんには、何と言ってお詫びとお礼をしたらいいのか。娘が迷惑を掛けました。ごめんなさい。そして、本当にありがとう。どうしよう、わたしもスカート捲らせればいいのかな。」
「えと、すいません。それエミリア専用のネタなんで、他の人に振られるとわたしも対応のしようがないんですが・・・本気でスカート捲りたいわけじゃないですから。」
「あら、残念。」
苦笑いしか返しようがない。
「本当に怪我はないのね?お腹を火で焼かれたとフレイラが言っていたけど。万が一にも女の子の体に傷ややけどの跡を残すようなことになったら、謝っても謝り切れない。」
わたしはシャツを捲って、傷一つないお腹を出す。
「大丈夫ですって。ほら。」
「本当に?」
マリアさんがわたしのお腹を撫でる。
「ヒメ!どこでもかしこでも誰にでも肌を出さない!触らせない!」
ファリナが顔を赤くして怒る。
「あなたもこっち見ない!」
横目で覗きこんでいたロイドさんをマリアさんが睨みつける。
「はい。」
慌てて顔をそむけるロイドさんと、そのロイドさんを心配げに見つめるエミリア。あぁ、あまり関わりあいになりたくない人間関係だなぁ。
「よかった。本当になんともないのね。」
マリアさんは安心したのか、ホッとため息を吐く。
ファリナの説明も終わり、雰囲気的に一段落ついたようなので、わたしはにこやかな顔で声をかける。
「じゃ、フレイラ、お話しようか。」
「ふぇ?」
その場で飛び上がり、ゆっくりと機械仕掛けの人形みたいな動きでこちらを向く。顔が青ざめ、目が泳いでいる。
「悪い子にはおしおきだよね。」
「あ・・・や・・・その・・・」
目を左右に泳がして、言い訳を必死で考えているようだけど。
「ごめんなさい!裸にして縛り上げて盗賊のアジトに放り込むのだけは勘弁してください!」
何言い出すかな、この娘。
「ひど・・・」
「ま、待ってくれ。娘にそんな・・・」
「あぁ、可哀想なフレイラ・・・」
「こんな子どもを・・・やっぱり、あなた最低です。」
順にリーア、ロイドさん、マリアさん、エミリア、以上パーソンズ関係者。ちなみにマリシアは苦笑い。
「鬼ね。」
「ヒメ様外道。」
そしてわたしの関係者。
「いや!そんなことしないし!そもそも、それ言ったのはミヤだよね!わたしが極悪非道みたいじゃない!」
「ヒメ様ならやる。」
「やらないから!」
あぁ、収拾がつかなくなったじゃない。
「本当にごめんなさい。」
フレイラがみんなの前で頭を下げる。
「わたし、魔獣相手でもなんとかできるって思いあがっていました。結局何にもできずに、ファリナお姉様に怪我をさせてしまいました。」
呼び方変わってるよ。ファリナとロイドさんが渋い顔、マリアさんは・・・面白がってるよね、この人。
「やっぱり、わたしはなにもわかっていないお嬢様でした。もう2度とこんな真似はしません。」
シュンとうなだれるフレイア。
「フレイラは魔法の練習はしてるの?」
「え?いいえ。特に必要のあることではないですから。」
ファリナの質問に首を横に振る。貴族のお嬢様なら、火が起こせるってだけですごいことだもんね。
「魔法を攻撃に使うなら、ただやみくもに打つだけじゃだめよ。どこに、どのタイミングで、どれくらいの威力で打つかを考えないと。それには練習が必要よ。もしフレイラが、まだ誰かのために戦う覚悟があるのなら、魔法を練習しなさい。戦うためじゃなくてもいいわ。何かの役にたちたいと思うなら、ただ漫然と魔法を使うだけじゃだめよ。」
ファリナを見つめるフレイラの目がパァ―っと輝く。
「わたし、練習します。いつか誰かの役に立てるなら、そのときのためにがんばります。ファリナお姉様、わたしに魔法を教えてください。」
ファリナがしまったという顔をする。
「わたしは・・・ごめん。魔法使えないの。剣士だから。こういうことは・・・」
ミヤを見て、だめだという顔になる。
「・・・ヒメね。」
こっちに振るな。でもまぁ、やるとしたらわたしか。ミヤは人に教えるのは無理だし。
「ヒメさんは異常なので、ダメです。」
「うぉい!」
「あまり本当のことを言うと、今度こそ盗賊のアジトに放り込まれる。」
ヒッと息をのみ、慌てて頭を下げるフレイラ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。本当のことを言ってごめんなさい。」
謝ってないよね、それ。
これ以上ここにいると、グダグダになりそうなので、明日ギルドに成功報告をして、報酬をもらうことにして、今日は帰る。
夕食でもと言われたが、疲れたとお断りする。
「本当にありがとう。これで妻も元気になり、我が家も一段落だ。」
「ありがとう。娘とわたしを助けてくださって。またいつでも遊びに来て頂戴ね。」
ロイドさんとマリアさんがそろって頭を下げる。だから、貴族が簡単に頭下げちゃだめだって。
「大丈夫です。わたしがファリナお姉様のところへ遊びに行きます。」
「わ、わたしたち、ハンターだから、いつも家にいるわけじゃないから。あまり会えないかもしれないから、無理しなくていいわよ。」
にこやかなフレイラに、ファリナが引きつった顔で答える。
「それじゃ。」
送ってくれるといってくれたけど、もちろんお断りして、わたしたちは屋敷を後にする。
だから、見ていなかった。わたしたちを見送るロイドさんの険しい顔を。
「まさかな・・・」
「あなた、何か?」
「いや・・・何でもない。聖女か・・・そんなはずは・・・」
最後の言葉は、マリアには聞こえなかった。
ロイドは思い返していた。王国で語られていた物語のような話を。
この国には、『爆炎の聖女』と呼ばれる者たちがいた。
パーティー名らしいが構成人数は不明。正体も不明。
ただその中に、『聖女』と呼ばれる火炎魔法を得意とする少女がいたことだけがわかっている。
勇者の村に在籍し、主に人魔、魔神相手に無敵の戦績を誇った。
『サムザス事変』において行方不明。おそらく死亡。
王国に残る記録にはそう書かれていた。
「ありえない・・・」
ロイドは、自分の考えを打ち消すかのように首を振った。あれはおとぎ話のようなものだ、と。
それから数日。
あの翌日にはギルドからの成功報酬とパーソンズ家から上乗せされた報酬で、金貨100枚をわたしたちは手に入れた。質素に暮らせば、2、3年くらいはやっていける金額だ。
しばらくは休んで、寝て暮らせると思っていたのに・・・
「いい?お金は使うと無くなるの。だから、明日から仕事するわよ。」
いや、ファリナ。あんた、暇があれば顔を出すフレイラに会わないようにしたいだけだよね。
このところ、フレイラはわたしたちの家を調べて、顔を出すようになった。ファリナは、露骨には拒否できなくて、かわりにわたしに八つ当たりしてくる。
ミヤはミヤで、封印を開封してから妙に機嫌がよく、わたしの腰に抱きついて離れようとしない。
わたしにとってはいい迷惑なんだけど。
まぁ、それでも、今日も平和だ。
「聖女登場 編」終了です。
次からは「過去 編」になります。5~6話の予定です。
「過去 編」かその次の「白 編」あたりから、今のような1日おきの更新ができなくなるかもしれません。(お話のストックが尽きかけています。)
はっきりしたら、後書きか、活動報告でお知らせします。
これからもよろしくお願いします。




