200.再潜入 6
マイムの町はいつも通り静かだった。隣の国じゃ戦争が起きるかもって大騒ぎしてるのにね。
とりあえず、晩ご飯にはまだ時間が早いので、わたしたちの家に行く。
「まぁ、この国まで情報はまだ入ってないでしょうし、知ってたとしても隣の国の事だしね。」
まぁそうだよね、ファリナ。密偵や情報員みたいな人からの情報は、そろそろ王宮にも届く頃なんだろうけど、すでに王族は知ってるしなぁ。
「そう考えると、わたしたちって働き者ですよね。いち早く情報を届けて、一生懸命誰のためだかわからない事に動き回っている。これはもう、ご褒美が必要だと思います。あの女王様からご褒美を貰わないといけないと思います。」
何を言い出すのかな、リリーサ。ついでに言うけど、あいつ王女だから。女王って呼ぶとまた面倒な展開になりそうだから気をつけて。
「しかも、その面倒がすべてわたしに降りかかってくるという。」
「難儀ですね。」
そう思うならあいつの前で言わないでよね。
「というわけで、この一件が終わったら、あの女王様にエルリオーラ王国における狩りの無制限許可をいただこうと思いますので、ヒメさん口添えしてくださいね。」
「ライザリアに頼むのは嫌だし、そもそもあんた、今年の春、エルリオーラの灰色狼の大半を狩り尽くすという暴挙を行っておきながら、まだ要求する気?」
「そう考えたら、これって、灰色狼の分の対価よね。もっと一生懸命働かせてもいいくらいよね。」
「それはおかしいです、ファリナさん。先払いだったなら全滅させておけばよかったです。」
するな。全滅させるな。もう少し環境に優しくなりなさい。
「森をいまだに草一本生えないくらい燃やしてるヒメさんには言われたくないです。」
「あ、あれは、ハンターたちのいい休憩場所になっていいじゃない。」
「黒の森のど真ん中で休憩したくないです。あんなところじゃ、休むどころかずっと魔獣と戦い続ける羽目になります。」
「この前行った時もそうだったが、獣も魔獣もあの爆発を恐れてかいまだにあの場所の近くに寄ってこない。余程怖かったのだろう。あの爆発が。」
爆発はしてないよ、ミヤ。それに近い勢いで炎が立ち上ったけど。
「死ぬかと思ったもんね。」
大袈裟だよ、ファリナ。まだおとなしい方だったじゃない。
「まぁ、どうでもいいことはさておいて、お茶を淹れますか、淹れてくれますか?」
あぁ、はいはい。
「お湯を沸かすから、リリーサのお気に入りのお茶出してくれる?」
「いいですよ。最近のお気に入りはこれですね。」
収納から4本くらい瓶を出して、その中から1本を選び出す。
暗くなってきたので、家を出てロクローサの町に向かう。
「ロクローサの町ではあまりご飯食べないから、お薦めがわからないんだ。」
「じゃ、お店の構えを見て決めましょう。当たればもちろんうれしいですけど、ハズレを引くのも楽しいものですよ。」
「その時は『もう2度と行かない』と家に着くまで怒ってるので、わたし的には楽しくないですけどね。」
リルフィーナがげんなりした顔。どちらの気持ちもわかるので、ここはどちらにも賛同しない。
お店の構えで決めるとか言いながら。リリーサが、お店の前のメニューの看板をひたすら見続けるとか、果ては窓から覗きこむという暴挙に出たため、取り押さえて近場のお店に入る。
「お茶とケーキを見たかっただけです。なぜ怒られますか。」
「お店の構えだけで判断するって言ってたよね。とにかく、窓枠にぶら下がって食べてる人をじっと見るのは恥ずかしいからやめてほしいんだけど。」
「恥より味です。外で食べるのならおいしいものを食べたいと思うのは人としての本能です。」
いいこと言ってる風だけど、やってることは人として最低だからね。
「まったく……ケーキが3種類しかありません。お茶は……お茶屋さんじゃないのですからこんなものですか。」
入った食堂のメニューをじっと見つめるリリーサ。
ケーキの種類が少ないのは助かる。最悪、各種1個ずつで話が収まるだろう。
「今日のお勧めは……角ウサギの香草焼き、か。オークのステーキもいいけど……」
「あまりお腹いっぱいにしないでよ。夜中動くんだから。寝ちゃわないようにね。」
「「え?」」
ファリナの衝撃発言に、わたしとリリーサがビックリ。
「驚く要素がどこにある?」
いや、ミヤ、驚きしかないよ。眠たくならない程度にご飯を控えろってことだよね。
「つまり、ケーキを5個くらいに我慢しろという事ですか?泣いてしまいそうです。」
いや、5個は多いでしょ。もっと減らしなさい。っていうか、わたしの場合、それだとデザート抜きになりそうなんだけど。1個で我慢か。
「まぁ、ケーキの2個や3個じゃ眠くはならないわよね。」
ファリナが自分に言い聞かせるように呟く。
眠ったらミヤに爆散攻撃させてやる。
晩ご飯は淡々と終わった。リリーサとファリナがメニューから目を離さない中、リルフィーナの『お風呂に入る時間は欲しいですね』という言葉に、2人は急遽ケーキの選択をあきらめ、結局1種1個ずつで手を打つことにしたのだ。
「女の子だもの、お風呂は大事よね。」
「ですね。やっぱり1日の最後はお風呂でゆっくりしたいものです。」
最後じゃないからね。それからさらに出かけるんだからね。
ご飯が終わり、デザートのケーキが運ばれてくる。
「リルフィーナは1個でいいの?」
「逆に聞きますけど、食後にケーキ3つも要りますか?」
「「え?」」
ファリナ、リリーサが驚きの声。いや、ミヤも混ざりなさいよ。あんたもケーキ3個頼んでるんだからね。わたしが1個で我慢してるのに……
「どうでもいい。」
あぁそうですか。まぁ、みんなの付き合いで頼んでるのはわかってるんだけどね。だったらわたしに合わせなさいよ。
ご飯を食べ終え、マイムのわたしたちの家に戻ってくる。
「食べました。イチジクのケーキがおいしかったです。」
居間の布団に倒れ込むリリーサ。
「じゃ、わたしとリルフィーナはお風呂の用意をします。ヒメさんたちはお布団をそろえておいてくださいね。敷きっぱなしなんでグチャグチャです。お風呂を上がったらすぐ眠れるようにお願いしますね。」
だから、寝ちゃダメなんだって。
「そうでした。このところずっと夜更かしばかりです。死ぬかもしれません。」
「大丈夫ですか?お姉様。」
「大丈夫、リルフィーナ。朝狩ったばかりのホワイトウルフを売るまでは死にません。いえ、死ねません。」
何の小芝居よ、いきなり。
「眠気覚ましです。ヒメさんもやりますか?」
「遠慮しておく。」
ほんとに小芝居だった……
「とはいえ、リルフィーナ、わたしはもう……」
「お姉様?ダメです、お姉様!眠ったら死にます!」
「……もういいの……」
まだ続ける気なの。
「お姉様!ヒメさんお姉様が眠ってしまいます。どうしましょう。」
マジで眠る気かい!
「ミヤ、刺して。」
「うむ。」
「ミギャァ!何しますか!?」
ミヤの鉤爪でお尻をつつかれて、リリーサが飛び起きる。
「背中側は<モトドーリ>がかけづらいんですからやめてください!」
マジで怒られた。リリーサが寝るから悪いんだよね。わたしだってがんばってるのに。
「さて、行こうか。」
お風呂に入って、その後数度にわたる眠気との戦いに何とか辛勝したわたしたち。足元が眠気でおぼつかないけどなんとかなるよね。
「慎重さが要求される作戦で、これはいいのか?」
「しかたないの、ミヤ。起きてるだけでも奇跡なんだから。」
「難ありが2人もいるなんて、作戦の難度高すぎじゃないでしょうか。」
好き勝手言ってるよね、あんたたち。でも、聞く耳は持てない。とにかく眠い。
「現地についたら海に叩き込みましょう。目が覚めると思うわ。」
「死ぬわ!死んじゃうからね、ファリナ!」
目が覚めた。冬と言ってもいいこの時期の、真夜中の海で海水浴は、どう考えても死亡フラグしか見えないよ。
昼に行った町から少し離れた街道沿いの草原。
鉄条網のフェンスには、砂浜からの方が目で見やすかったのだけど、如何せん砂浜には隠れる場所などなく、遠目でも見つかる可能性がないわけではないので、草原でこれからの行動を確認する。
「見張りは町の出入り口に1人。その奥の派出所の表に2人。中に2人。」
ミヤが探知魔法で周囲を調べる。
「別荘の壁の投光器が3、それぞれに1人。この近くにはそれくらい。別荘の敷地内はもう少し近づいてみないと、よくわからない。」
それだけわかれば、別荘の敷地の境界線に建てられた壁まで行くのには十分。後は壁に穴を開けるときに、壁の向こうに人がいないかを確認すればいい。
「投光器って壁の上の方にあったのね。」
ファリナが驚いている。わたしも、昼にミヤから聞いた時は、町から伸びる道路沿いにあるのかと思い込んでいたんだよね。
ここから見たところでは、投光器は壁のあちこちに3機。それで砂浜を照らして怪しい者を探している。それとは別に、光は海にも走っているから、ここからじゃ壁で見えないけど、海岸沿いにも投光器があるみたい。そっちは数が不明の上、遠いのでミヤも確かな数がわからない。ミヤの封印の第1門だけでも開けばわかるんだろうけど、リリーサがいるからなぁ。
「当然町の中にも警備はいるでしょうから、町には入れないわ。侵入するなら比較的数が少なさそうで、尚且つ警備の数がはっきりしているあの壁からが一番確実だと思うんだけど、問題はあの投光器ね。」
わたしたちのいる場所から見える壁の面は、道路から数メートル離れた場所から始まって、森の中が数百メートルくらい。そこから砂浜になって、波打ち際まで50メートル前後。そして海の中にさらに10メートルくらい伸びている。全長500か600メートルくらいになるのかな。1キロまでないと思う。縦の長さは。
見張りの配置から考えたら、投光器と投光器の間から侵入するべきなんだろうけど、その間の距離が、おおよそだけど200メートル。壁まで移動すれば、壁際には光が当たらないから身を隠せる場所はあるんだけど、どの辺がいいのかな。
「壁まで辿り着けば、波の音があるから、余程声を荒げなければ気がつかれることはないと思います。なので波打ち際に近いところの方がいいともうんですけど。」
リリーサが地面に、子どもの落書きのような絵で説明する。
「問題はその先。壁の向こうの状況が行ってみないとわからないという事です。穴を開けたらその向こうには警備の人がいっぱい立ってた、なんてことになったら目も当てられません。」
そうなんだよね。でも、もう行ってみるしかないんだ。いつも通りの行き当たりばったりで。
200話です。
皆さんの応援のおかげでここまでこれました。ありがとうございます。
これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。




