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20.少女たち


 森の中を必死で走った。

 死にたくないという思いと、自分のせいで傷つき倒れた人を置き去りにしてしまったという罪悪感がフレイラの心を激しく揺さぶる。

 「わぁーーーー!!」

 泣き喚いている自分が情けなかった。

 自分なら何とかできる、そう信じた自信は紙くずよりも軽く、今はもうどこか彼方に吹き飛ばされてしまった。


 後ろで爆発音がする。けれど、フレイラは怖くて振り向けなかった。

 もうすぐ、森を抜けて草原に出る。そこまで逃げれば助かる。

 自分でもさもしいと思いつつも安堵感はそれを勝った。

 次の瞬間、ものすごい爆発音が響き、その後に続いた爆風がフレイラを吹き飛ばした。

 転がりながらフレイラは、なんとか草原に出る。

 ようやく後ろを振り向く余裕ができた。


 巨大な炎が、森の奥で立ち上っていた。

 これでは、もう誰も生き残っていない・・・

 体から力が抜け、四つん這いになったフレイラの目からさらに涙が溢れだす。地面に突っ伏してフレイラは泣いた。


 「お嬢様!」

 呼ぶ声に顔をあげる。

 街道の方からマリシアが走ってくる。見るとマリシアは全身びしょ濡れで、この雨の中フレイラを必死に探していたのがよくわかる。

 フレイラは、マリシアにも大きな迷惑をかけてしまったことに、さらに涙が溢れだす。

 「あぶない!」

 マリシアがうずくまっていたフレイラに覆いかぶさる。

 その上を、森から飛んできたなにかが通り過ぎ、地面にドスンと落ちる。

 「これは・・・?」

 「これって・・・パープルウルフ・・・」

 フレイラが呆然と空から降ってきたパープルウルフの死体を見つめる。

 今の爆発で飛ばされてきたのだろうか。

 「ファリナさん・・・ヒメさん・・・ミヤさん・・・」

 涙が止まらない。


 「お嬢様、いったい何があったのですか?」

 マリシアがフレイラの肩を掴み揺さぶりながら聞く。失礼な事とはわかっていたが、呆然としているフレイラの話を聞くにはやむを得なかった。

 「森の奥に、パープルウルフがいて・・・魔人族が出てきたの。」

 「魔人族?」

 マリシアの顔色が変わる。フレイラの言う魔人族とは人型のことだろう。それはもう勇者案件になってしまう。

 「ヒメさん達が戦って・・・でも、ヒメさんもファリナさんもやられちゃって・・・手が切られて、お腹燃やされて・・・わたしに、逃げろって・・・わたし、わたし、みんなをおいて逃げちゃった・・・」

 声をあげてまた泣き出すフレイラ。

 「わかりました。わたしが様子を見てきます。」

 マリシアが立ち上がる。

 「だめ!危ないよ!マリシアまでやられちゃったら、わたし・・・」

 もうどうすれば・・・の言葉がかすかに聞き取れた。

 「お嬢様は馬車でお待ちください。見てくるだけです。魔人族と戦うなんてしませんから。」

 フレイラもそう思っていた。パープルウルフとは戦わない。様子を見てくるだけ。

 それが、この大惨事になってしまった。

 「だめだよ・・・お願い・・・」

 「お嬢様、マリシアを信じてください。」

 優しくフレイラを抱きしめる。

 「カール、お嬢様を馬車へ。それから積み荷はすべて降ろして、このパープルウルフを・・・」

 言いかけてやめる。パープルウルフを馬車に積むよう言おうとしたが、この大きさでは1人で積むのは無理だろう。

 「これ以上濡れないようなにかを被せて。その後、お嬢様を屋敷までお送りして。荷物を降ろして馬車を空にしたら何人か連れてきてこれを積んでおいて。」

 「わかりました。」

 カールと呼ばれた御者は、馬車の方へ走り出す。

 「お嬢様はお屋敷でお待ちください。」

 『ついていく。』言いかけて、フレイラは手足が震えて動けない自分に気がつく。再度あの場所にもどるなんて怖くてできない。

 「それではカール、後をお願いします。」

 「わ、わかりました。」

 パープルウルフにテントの布を被せていたカールに声を掛けた後、マリシアは、森の奥をじっと眺めていたが、深く深呼吸を1つすると、意を決したように走り出した。雨は止みつつあった。


 空気が熱い。

 さっきの爆発みたいな現象が起きてから、それなりには時間が経っているはずなのに、森の奥に向かうにつれて温度が上がっていく。汗ばむなんてものじゃない。汗が滴り落ちる。

 額の汗を拭い、ふと前を見ると、森の中なのに木の向こうが明るくなっていた。


 「なによ・・・これ・・・」

 明るく見えた場所に出る。

 何もなかった。マリシアの目の前から直径数十メートルの円状に地面以外何もなかった。

 森なのに、木1本はおろか、草すら生えていない。土は焼け焦げ黒くなっている。空気は熱く、まるでサウナに入っているようだ。

 最悪でも、ヒメたちの遺品の一つでもと思って来てみたが、遺品どころの話ではなかった。本当に何も残っていないのだ。

 ヒメたちが勝つとは思えない。聞いただけでも致命傷になりそうな怪我をしているらしい。ならば、この状況は魔人族が引き起こしたのだろう。ヒメたちを倒した魔人族は近くにまだいるのか。それとも引き上げたのか。

 マリシアは引き上げざるを得なかった。この熱さではこの場に長くいるのは難しい上、どこから魔人族が現れるかもしれない。後日、人数をそろえて再度来るしかないだろう。

 その時は、どんな小さなものでもいい、ヒメたちの遺品が見つかってほしい。そう考えて、マリシアは来た道を戻った。


 パーソンズの屋敷は重い空気に包まれていた。

 状況は、戻ったフレイラから伝えられた。

 マリアもベッドから起きてきて、居間で夫、娘たちとソファーに座っていた。

 壁際にはエミリアが控えている。

 誰も口を開こうとはしなかった。今にも崩れ落ちそうにしているフレイラを見て、彼女の愚行を責め立てることもできないまま、一家は現場の報告を待っていた。

 玄関のドアが開く音がして、みんなそちらに目をやる。

 マリシアが居間に入ってくる。

 「マリシア。どうだった?」

 ロイドが尋ねる。

 「パープルウルフ1匹は回収できました。森の奥は・・・何もありませんでした。」

 「どういうことだ?何もないとはどういう意味だ?」

 その場の全員がマリシアの報告の意味を理解しかねていた。

 「戦闘のあったと思われる場所は、一面焼け野原で・・・木も草も一本も生えていない状況で、遺体は見当たりませんでした。」

 「じゃ、生きてるかもしれないのね?」

 リーアが顔を綻ばせる。フレイラも顔をあげてマリシアを見る。

 「いえ・・・現地は、夏場より暑い温度で長くいる事すらできませんでした。かなり高温の攻撃を受けたと見るべきで・・・おそらく、灰すら残らず・・・」

 フレイラが、がっくりと頭を垂れる。

 「まだしっかり調べたわけじゃないのよね。雨が止んでその場所の温度が下がったらもう一度調べなおしましょう。」

 マリアが娘たちを元気づけようと抱きしめる。

 「それから、王都の病院に手紙を。パープルウルフの感染症の薬の作り方を聞かないと。彼女たちが命がけで手に入れてくれたパープルウルフだ。無駄にはできん。」

 そう言うロイドの顔も暗い。

 病気を治せる。うれしいはずなのに、誰一人笑みを浮かべる者はいなかった。

 


 領主一家が重い雰囲気に沈んでいた頃。

 領都ロクローサの隣町マイムの一軒の家・・・


 その家の居間に、空間魔法の亀裂が現れる。


 「あー、酷い目に合った。びしょ濡れだわ、血まみれだわ、服は穴だらけだわ、もう踏んだり蹴ったりよ。」

 「そうね、服が焼け焦げてるわ、火傷が痛いわ、もう大変。」

 「これも全部あの人魔のせいね。ほんっと、ロクなことしないんだから。」

 「あんたのせいよ!」

 「あれ?」

 「ミヤはヒメ様に人に迷惑にならないようにと言った。ヒメ様あまりにも学習能力と記憶力がなさすぎる。」

 わたしのせいか?余計な所に出てきた上、わたしのお腹に穴をあけた、あいつのせいだと思うんだけど。

 「大体<豪爆>使う必要あったの?あんな雑魚人魔1匹に。森の中メチャクチャだったじゃない。」

 「えー、かなり威力絞ったから、被害はそんなにひどくないはずだけどなぁ。」

 「ヒメ様は人死にが出ない限り被害がないと言い張る。ミヤとファリナは危なかった。」

 あぁ、ミヤが饒舌ってことはけっこう怒ってるな。死ななかったんだからいいじゃん。

 「とりあえず、お風呂入ろう。もう、汗と泥水となんかの血でベタベタして気持ち悪い。」

 「ごまかす気ね。」

 「ごまかす気だ。」

 あぁ、うるさい。

 「早くお風呂入って着替えて、フレイラのとこ行って、一発ビンタかまして、成功報酬もらわないと。服は穴だらけの上に濡れまくりで、いろいろなとこが見えちゃって人前に出られる状況じゃなかったから、家に帰ってきちゃったし。そりゃファリナはスタイルいいから、裸が見えようが下着が見えようが気にしないだろうけどさ。」

 「気にします!しないわけないでしょ!そもそも、腕以外の服が破れてるのって、ほとんどヒメに燃やされたからなんだけどね。ところで、そんなに酷く破れてる?」

 ファリナは両手を上げ、首を廻して、服の破れ具合を調べてる。

 「いいから、行くよ。どうせお風呂場で脱ぐんだから気にしてもしょうがないでしょ。」

 3人並んで浴室へ向かう。


 全裸になって浴室へ。

 3人が余裕で入れる大きさの浴槽は空っぽ。ずっと家を空けてる予定だったから当たり前。

 水魔法の陣を思い描き、浴槽いっぱいに水を入れる。さらに、火魔法の<小火球>を水の中へ落とす。

 ジュン!という音とともに、水がお湯になる。水を少しずつ足してちょうどいい温度に。

 洗い場の上にある2つの大きなタンクにも水を入れ、片方は熱いお湯にする。両方の水量を調整してシャワーに使う。


 「あー、いい気持ち。」

 手足を浴槽の中で思い切り伸ばす。

 いつもならだらしないとか文句を言うファリナも、同じようにダラーっとした格好で伸びている。

 わからないのはミヤで、浴槽内では、いつも目を閉じ、正座している。前になんの意味があるか聞いてみたら『瞑想中。』と言われた。わからん。


 「お腹空いたね。なんか食べてから出かける?それとも、パーソンズ家でなにか用意してくれてるかな。」

 「どうかな。意外とわたしたち死んだことになってたりして・・・」

 そう言ったファリナと顔を見合わせる。

 ありうるな・・・

 「なら、ご飯食べる。死んでることになってたら、パーソンズは用意してない。」

 そうだね。ミヤにとってご飯は死活問題だもんね。

 「今日のお昼分に作ってもらっていたご飯でいいかな。サンドイッチだけど。」

 お昼前にフレイラ脱走の1報を受け、そのまま魔人族戦だったから、パーソンズ家に昨日のうちに作ってもらっていたお昼御飯がまるまる<ポケット>に入ったまま。

 「そうして。とてもじゃないけど、作る余裕ないです。」

 食事担当のファリナが、湯船に顔を半分沈めてブクブク言ってる。

 「じゃ、食べたらパーソンズ家に出かけようか。」

 さて、どんな扱いになってるのかな・・・



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