190.王宮 3
白い大きな扉の前に立つ。
ライザリアの私室に通され、その奥の寝室前にわたしたちはいる。
部屋は家具やカーテンなどがピンクと白で統一されていた。性格破綻者の分際でこんな乙女乙女したコーディネートするなんて。
「では、お願いします。」
わたしたちを案内してきた侍女のキャナリーさんが、わたしたちの後ろに下がる。途中までついてきた大臣やら騎士たちは、王家の者の居室があるエリアの手前までしか来れないようで、わたしたちだけがここにいる。
「もしもの時は、苦しまなくて済むように、わたしからもライザリア様に懇願いたします。」
待てこら。
「まぁそうなったら、ライザリアが燃えるか、王城が燃えるか。」
「王都とか国全部の可能性も捨てがたいわね。」
いや、ファリナ。国全部は、いくらわたしでも1日じゃ無理だよ。
「ミヤがやるか?」
「お話の内容がよくわからないのですが……」
不安げにわたしたちを見るキャナリーさん。大丈夫。ここまで来たらなるようにしかならないから。
「わたしたちを巻き込まないでくださいね。」
ここまで来て何を言ってるかな、リリーサ。もう一蓮托生だよ。責任はみんなで、だよ。
「いえ、燃やさないでと言ってます。」
「そっちか。気をつけるよ……ミヤが。」
「どこまで防御すればいい?」
そうだなぁ、ファリナはもちろん、リリーサとリルフィーナまでは頼んでおこうかな。
「すでに燃やすのは確定なんですか?」
だから成り行きだって、リルフィーナ。
扉をノックしてみる。返事はない。
「しかたない。入ってみるか。」
扉を開け、中をのぞく。
部屋の奥に天蓋つきのベッドがある。物語の王女様みたいだ。
「本物の王女様だけどね。」
呆れた眼つきのファリナ。まぁ、前に来た時も思ったけど、王宮中どこもかしこも煌びやかだよね。
「ライザリア。」
いきなり部屋に入るのはマナー違反かなと思って声をかける。
返事はない。朝方まで会議だったと聞いている。それは起きないよね。
しかたないので中に入る。
「みんなで行くのは失礼だから、わたしが行ってくる。ここで待っていて。」
「……そうね。わかった。」
ファリナが一瞬不満そうな顔をするけど、5人もの人数で寝ている女の子のところに押しかけるのは、さすがに無礼だと感じたようで渋々のように頷く。
そっとベッドのそばまで近づく。
広々としたベッドの真ん中で、ライザリアが寝息をたてていた。
「ハァー……」
ため息が出る。寝てればこんなにかわいいのに……
「ライザリア、疲れてるところごめん。起きてくれるかな。」
熟睡していたと思ったライザリアの目が薄く開く。焦点のあっていない、だけどギロリとした眼つきでわたしを睨む。
「起こすなって言ったわよね……」
「ご、ごめん。ちょっと急ぎの用があって……」
その目の焦点が次第に合ってくる。
「あれ、ヒメだ。」
「うん、ごめんね、疲れてるとこ。」
急にニパッと笑う。
「夢か……」
「いや、夢じゃ……」
手が伸びてきてわたしの腕を掴む……なりベッドに押し倒される。
「な、な、なにを……」
「フフーン、夢なら何してもいいよね。」
こいつ寝ぼけてるな!
「ウギャァァァー!どいて!どきなさい!」
いきなり覆いかぶさってきたライザリアの顔が近づいてくる。両手でガッシリと押さえられた、わたしの顔に……
両手でライザリアの顔を押し戻そうとするんだけど、こいつ……力負けしちゃう……このままじゃ……
いやらしい笑みを浮かべるライザリアの顔がもう目の前に。わたしは思わず目を閉じる……
「クフー、やさしくしてあげミャァァァー!!」
急にライザリアの重みが消える。恐る恐る目を開けると、ミヤがライザリアの髪を鷲掴んで持ち上げて、その首筋に鉤爪を押し当てていた。
「痛い!痛い!髪が抜けちゃう!あれ、おかしいな、夢じゃないの!?」
「痴れ者が。己の行いを悔やみながらあの世に行くがいい。」
ミヤ、殺さないでね。まだ。
「夢だと思ったから悠長なことしてしまったー。現実だってわかってたらもっとガツンといったのに!バカ!わたしのバカ!」
うっさい!今度やったらわたしがガツンといくからね。
「あのね、わたしにこんな真似して、生きてられるのなんてあなたたちくらいだからね。光栄に思いなさいよ!」
どの辺に光栄に感じる要素があるんだよ……どう見ても正当防衛じゃん。
「それで何よ。大急ぎで帰ってきて、夜中に王宮にたどり着いてそのまま会議、ようやく眠ったところを起こされなきゃならない用件って何?」
ベッドの真ん中にチョコンと座ったライザリアがジトッとした目で睨む。
いや、うん、それは悪かったよ。ごめん、マジで酷い事したとは思うけどさ。
「寝ているところを無理に起こすなんて、ヒメさん非道にもほどがあります。」
うっさいよ、リリーサ。ここまで来て、何を今さら他人事みたいな事を言ってんのよ。
「ほら見なさい。わたしに謝るべきよね。お詫びが必要よね。という事で……」
いきなり手を引っ張られて、再度ベッドに押し倒される。
「お詫び、ってこら。」
ライザリアの首筋にミヤの鉤爪とファリナの剣が突き付けられる。
「詫びを入れるのはお前だ。この痴れ者が。」
「斬るからね。ほんとに斬るからね。」
「何で加害者に、被害者面されて責められてるのかしら。」
ライザリアがしかたないという顔で手を離す。いや、今のは十分あんたも加害者だからね。
着替えるので、隣の部屋で待つよう言われて、わたしたちは寝室を出る。
侍女のキャナリーさんが入れ替わりに入る。
「うぅ、王女殿下にあんなまねして許されるなんて、ズルい。」
……なんか呟いていたけど、無視だ。
ワンピースのドレスに着替えて寝室からライザリアが出てくる。
「で、何かあったの?」
「ギャラルーナ帝国の地図って持ってないかな。」
「は?」
見た目だけはかわいいんだから、そんな渋い顔するのやめなさいよ、ライザリア。
「……地図って、地図よね。あ、チーズ?ギャラルーナのチーズはどうだったかしら。」
「いや、地図だよ、地図。町の名前と場所がわかるのがいいな。」
右手で額を覆ってうなだれるライザリア。
「そんなことで、わたしを起こしたの?」
「え?いや、地図が欲しかったんだけど……あれ?」
「町名の入った地図くらい、町の本屋さんに行けばいくらでもあるでしょう!名湯100選とかキャンプ場100選とかいうのが!」
そう言う100選なの?
「マイムの町じゃなかったんだよ。」
「あんな田舎町で探すからです!というか、領都のロクローサにならあるはずよ!」
え、そうなの?ミヤがないって……
「ロクローサの町の本屋は知らない。そうか、向こうの方が本は多いのか。」
いや、今はそんなことどうでもいいから。
「命令です。」
ギラリと冷たい目でわたしたちを睨む。
「こんなくだらない事で、わたしの睡眠の邪魔をした罰です。寝室で2人きりで説教です!」
言うなりわたしの手を掴んで、寝室に向かおうとする。
「うぅー、悪かったけど勘弁してー!」
「斬る!」
「切り刻む!」
当然、怒ったファリナとミヤの武器が走る。大騒ぎだよ。
「放っておいていいのですか、お姉様。」
「後にします。ドタバタすぎて、今参入しても目立ちません。それより、そちらの侍女の方、お湯はありませんか。なければ自分で沸かしますけど。」
収納からカップを出すリリーサ。
「あ、あります。ありますから火を焚くのはおやめください!」
こっちも大騒ぎだった。
「あ、わたしの分もお願いね。」
余裕があるな、ライザリア。
「で、地図なんか何に使うのよ。またどこかに忍び込むの?」
ライザリアが優雅にお茶の入ったカップを口に運ぶ。
その左右には、ギラギラと怒りの眼差しで睨みつけるファリナとミヤがいるのに。やっぱ大物だよね。
「未確認なんだけどね。」
「そんなのばっかりね。」
いや、最後まで聞いてから呆れてよ。何で聞く前から呆れたような言い方するかな。
「で?」
続きを促す。寝付いたばかりのところを起こすなんて極悪非道な事をしてしまったからついつい機嫌をうかがうような態度になってしまう。
「こいつに気を使う必要などない。」
「そーよそーよ。」
ミヤは右手の鉤爪を出したまま。ファリナは剣に手をかけたまま、ライザリアを睨む。
左右の2人を睨んでライザリアが呟く。
「いつか出し抜いてやるんだから、見てなさい。」
よけいな事言わないで!
ミヤが右手をわずかに上げる。ファリナは剣を少し引き抜く。
「フン!」
まったく動じる気配のないライザリア。さすが大物だなぁ。わたしだったら土下座しちゃうよ。
「未確認だけど、女帝様が軟禁されているらしい町の名前を聞いたの。で、その場所がわからないから……」
「だから地図なんだ。短絡的よね。まぁいいけど。キャナリー、ギャラルーナ帝国の地図を用意して。あぁ、大判と携帯版両方を。」
「はい。」
扉近くで、ハラハラ様子を見ていた侍女のキャナリーさんが部屋を出ていく。
「思うのよね。誰かさんたちに急かされて帰ってきて、すぐ会議。くたくたになってようやく眠れると思ったら、いきなりたたき起こされたあげく、寝ぼけてやったことで殺傷沙汰。わたしはどのくらい悪いっていうのかしら。」
「「うっ……」」
視線を逸らすファリナとミヤ。
「わ、悪いとは思うわよ。思うけど……」
「ヒメ様を人質には出せない。そうだ、リリーサをやる。肉奴隷でも労働奴隷でも好きにするがいい。」
「消しますよ。本気で。」
悪辣な事を言った自覚はあるんだろう、ギョロッと睨むリリーサからミヤが視線を逸らす。
「そういえば大人しいね、リリーサ。寝てたの?」
「寝てません!」
ジトッとわたしを見る。
「揃いも揃って、男性向け大人の小説なみに欲望が露骨すぎてドン引きです。少しは女性向け恋愛小説を熟読すべきです。」
何、お子様みたいなこと言ってるのよ。所詮世の中なんて燃やすか燃やされるかよ。
「価値観の相違が激しすぎます。」
「読むなら冒険小説の方がいいぞ。」
ミヤ、ひっかき回さないで……
「お持ちしました。」
キャナリーさんが、両手で抱えるほどの大きさの本をテーブルの上に。
「それと、携行版です。」
手帳くらいの本。
「で、どこに女帝様はいるって?」
「え?」
みんなを見る。
「どこだっけ?」
「あのね!わたしを起こしておいて、どこだっけ、ですむと思ってないでしょうね!」
あぁ、無理に起こしたからライザリアの機嫌が最悪だ。
「え、と、そうだ!リルフィーナ!お願い!」
こういう場合の頼みの綱はリルフィーナしかいない。
「えーと。確か、ファーリバルの町と言っていました。ギャラルーナ帝国の将軍さんの別荘があるとか。」
「将軍?どの将軍……って、ハイマンに決まってるわよね。ギャラルーナ帝国の最高司令っていったら。あいつの別荘そんなとこにあるんだ。情報ゲット。」
ライザリアが地図を開く。
「ここね。ファーリバルの町。」
地図の一点を指さす。
「で、どうするの?女帝様をサクッと消してくるの?」
おどけた表情でサラッと言わないで。
「女帝様を開放するんだよ。で、その将軍とケンカしてもらおうかなって思ってるんだけど。」
「ケンカにならないで仲良くしたらどうするのよ。」
軟禁されてる現状を考えても、そうはならないと思うけどね。
「まぁ開放する時に女帝様の話を聞くよ。で、相手にならないようだったら、開放しないでガルムザフト王国にプレゼントしてくるよ。」
「昨日も話したけど、人質として使えるのかしら。」
「わたしとしては、場が荒れればどうでもいいや。」
「さすがヒメ様。非道な事に関しては右に出る者がいない。」
褒めないでよ、ミヤ。
「誰も褒めてませんけど。」
うっさい、リルフィーナ。




