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19.かつて『爆炎の聖女』と呼ばれた少女たち


 「逃げなさい、フレイラ!」

 ファリナが、声を振り絞って叫ぶ。顔は雨なのか汗なのか涙なのかビッショリになっている。

 「でも・・・」

 「邪魔だ。行け。」

 珍しく怒りの表情のミヤ。

 フレイラは泣きながら、走り出す。


 「逃がすわけにはいかないんだが。まぁ、君たちを片付けたらすぐにウルフに追わせるか。」

 人魔がせせら笑う。

 立ち上がろうとして、わたしは草むらに倒れ込む。

 「1分もかからないだろう。」

 人魔がパープルウルフに攻撃の指示を出す。


 よし、邪魔者はいなくなった。ここからはわたしのターン。

 魔力を開放する。銀色の光がわたしのお腹を包んだ。


 「腕が残っていてよかった。」

 ミヤはそう言うと、ファリナの切り取られた腕を拾い元の位置に合わせる。ミヤの体が金色に光る。その光が、ファリナの腕を包み込む。


 「なにを・・・?」

 異常な光景に人魔が後ずさる。パープルウルフもその場に停まってしまう。


 「ふっかーつ!って、あぁっ!!」

 立ち上がるわたしがあげた声に人魔も含めて全員がビクッとする。

 「ヒメ様どうした?」

 ミヤが心配そうに声を掛けてくる。声も出せない状態のファリナでさえ不安げにわたしを見る。

 「お気に入りの服が・・・穴が開いてる・・・」

 しばらく誰も声が出ない。

 「それはお腹が黒こげになれば服だって破れる。」

 ミヤの冷静なツッコミが逆に寂しい。ほんとにお気に入りだったんだよ。


 「そこじゃないだろう!胴体が焼け焦げるほどの怪我だったんだぞ!なんで、平気なんだ?治癒魔法?欠損を一瞬で?人間が?ありえない。」

 人魔がツッコミを入れてくる。律儀な人だ。

 「なぜって、それはわたしがヒメだからだ!」

 誰も何も言ってくれない。虚しく風が吹き、雨が降る。ここはツッコんでほしかった。


 だって、幼い時から魔人族と戦ってきたわたしたちにすれば、この程度は日常ご飯時だよ。見られたくないフレイラさえいなくなれば、もうやりたい放題ランドだよ。

 「ふざけるな!わたしのウルフたちよ。こいつらを噛み殺せ!」


 わたしは自分の体にだけ治癒魔法が使える。腕でも足でも胴体でもどこでも、わたしが生きてさえいればすぐ治せる。ただ、他人は治すことができない。何度か試したけどダメだった。

 できないことがもう一つ。前に胸を怪我したとき、どさくさで胸を大きくしようとしたけどできなかった。元通りにしかできないようだ。悲しい。


 ファリナの方はミヤの治癒魔法で何とかなった。

 今回は腕が残っていたからすぐに治せた。くっつけるだけだもん。消し飛んでいたら、一から再生するのには多少なりの時間がかかるみたい。

 ただ、わたしの方は完全に元に戻せるが、ミヤは治すだけなので、失った血液までは戻らない。

 ファリナは、かなり出血してたから、傷は治っても、血が足りなくてまともに動けないだろう。


 倒したパープルウルフを<ポケット>に収納する。万が一生きてても、これで死んじゃったね。<ポケット>の中じゃどんな生命体も生きていけない。時間の流れが違うため体の細胞が活動できないのだそうだ。よくわからない。んー、じゃ、細胞のないゴーレムとかは平気なのかな。今度試してみよう。


 パープルウルフたちが駆けてくる。

 「やっつけちゃうから。ミヤ、しばらくファリナお願い。」

 「わかった。なるべく遠くでやって。」

 パープルウルフたちをファリナたちから離すように走り出す。自然と人魔の方に向かうことになる。パープルウルフたちもわたしにあわせて向きを変える。とりあえず、わたしを最初に倒すことに決めたようだ。

 人魔は、わたしたちの始末をパープルウルフたちにやらせようとしてるのか、わたしから目を離さないけど、手を出す気はないようだ。チャーンス。

 パープルウルフたちが人魔の近くを駆け抜けようとした時。

 (範囲指定。威力そこそこ。方向確認。)

 「<豪炎>!」

 炎系の強魔法。この世界の大抵の物質なら燃やせる。ただ、わたし自身から発動するのではなく、地面を発動元にした上、効果範囲を広げたから、威力が少し落ちるかも。


 地面から空に向かい、パープルウルフと人魔を呑込んで炎が巻き上がった。

 1匹のパープルウルフが、魔法の発動に感づいて横に大きく飛ぶ。もう1匹は躱しきれずに炎の中に消えた。

 「ぐおおおぉ!」

 人魔は炎に包まれながら炎の柱から飛び出してくる。手を振ると体に纏わりついていた炎が消えた。とっさに防御魔法を展開したようだけど、体のあちこちから煙が出てるからまるっきり効いてないわけではなさそうだ。

 「我らを焼く炎だと・・・ん?」

 人魔がわたしの方を凝視する。正確には、わたしの右手に持つ剣を。

 「それは・・・その剣は・・・貴様、その剣はどうした?」

 知ってるんだ、これ。まぁ。持ってたのは偉そうな魔神だったもんな。

 「落ちてたから拾った。」

 嘘ではない。やっつけたらそこに落ちてた。まぁ、そいつが持っていたからね。

 「それはガルバル様の剣。人間風情が触れていいものではない。ましてや、使えもしないくせに携えるなど許されるはずもない。」

 あー、誰の剣とか詳しく知ってるんだ。じゃ、逃がすわけにはいかなくなったね。剣の事を魔人族の偉いさんにでも話されたら面倒この上ないからね。


 人魔に対していたら、横の方でパープルウルフがチラチラ攻撃の隙を狙ってきていてウザい。もう一回並ばないかな。<爆炎>かましてやるのに。



 ファリナはつながった左腕を押さえながら、近くの木に寄りかかって座った。

 つながったとはいえ、脳が腕を失ったことを覚えているため、治ったはずなのに腕が無くなった時ほどではないが痛みが残っている。

 さらに、かなりの血を失ったから貧血でめまいがするのだろう、顔色が青い。

 「ミヤ・・・」

 ヒメを心配そうに見ていたミヤが振り向く。

 「わたしは大丈夫。あいつらもヒメがやられない限りこちらを攻撃してこない。あなたはヒメを援護して。このままじゃヒメが心配。」

 「でも・・・」

 ヒメの命令はファリナを守れだ。ミヤはファリナの言葉に躊躇する。

 「このままじゃ、キレたヒメがこの辺一帯を焼き払うんじゃないかと心配。」

 ファリナが言い直す。

 「それは一大事。」

 以前、やられた時は、ミヤの防御魔法で炎を防御したが、威力を殺しきれず、ファリナとミヤは体中あちこちにやけどを負った。ミヤの治癒魔法で治したとはいえ、本気で死ぬかと思ったファリナとしては、満身創痍の現状にやけどが加わるのは勘弁してほしいと心の底から思っていた。

 「行く。」

 ミヤがパープルウルフに向かって走り出した。



 後ろから足音。これはミヤ?

 「ミヤ、ファリナは?」

 「ファリナが、自分の事よりヒメ様・・・」

 あいつよけいな気を遣って・・・ちょっとうれしい。

 「・・・に燃やされるのが嫌だからなんとかしろと言ってる。」

 「損した。よろこんで損した!」

 「なので、パープルウルフはミヤがやる。ヒメ様はみんなのことを気遣って人魔倒せ。」

 なんなんだろう、この信用の無さは・・・


 「迷いごとを!」

 人魔が火球をわたしに向けて放つ。

 防御魔法は使わない。ダッシュで距離を詰め、迫る火球を剣で切り裂く。

 そのままの勢いで人魔に迫り、魔力を通した剣を振りぬく。

 「ぐおおぉぉ!」

 剣を躱しきれず、人魔の右腕が切り裂かれる。ファリナの仇。

 地面に落ちた右腕を拾い、治癒魔法で治そうとするその隙に。

 「<豪火>。」

 再度の炎魔法。<豪炎>よりは威力が落ちるけど、人魔を燃やすには充分。今度は魔法陣を相手の位置で発動させるのではなく、わたし自身から放ったから、最大限の威力で炎が人魔に向かい高速で飛ぶ。

 治癒魔法の途中で、なおかつわたしが間近で魔法を放ったこともあり、人魔は躱せず、また防御魔法も満足に張れずにお腹に命中。炎で燃え上がる。わたしの仇。

 「バカな・・・人間がバルバダトスの剣を使い、我らを焼くだと・・・?ありえん。」

 


 パープルウルフの<霧の刃>を鉤爪で難なく弾くと、ミヤは低い跳躍でパープルウルフとの距離を詰める。鉤爪を横に薙ぐ。

 後ろに飛んで、躱すパープルウルフ。

 着地と同時にさらに飛ぶミヤ。それを見越していたのか、着地したパープルウルフは、ミヤの方へ、前方へと飛ぶ。

 両者がぶつかり合う。パープルウルフが前足の爪をミヤに振り下ろす。ミヤは鉤爪で受ける。ミヤの目前で形成された<霧の刃>が放たれる。それを体を回転させながら躱し、その勢いのまま鉤爪でパープルウルフの腹を切り裂く。

 動きの速さで相手を撹乱しながら戦うパープルウルフは、接近戦は得意ではないようで、ミヤの一撃を受けてしまった後は、飛びのく暇も与えないミヤの連撃に、胴体を切り裂かれていく。

 ただ、ミヤもバカではない・・・普段の言動からは信じられないが・・・ので、パープルウルフの内臓が必要だとわかっている。なので、腹の皮を切り裂いているだけで致命傷を与えられないでいた。

 それでも、体が傷つけられているのには変わりなく、パープルウルフは次第に動きが鈍くなっていく。

 助けを求めようと指揮官に視線をやったが、当の指揮官は、右腕を切られ、お腹を黒こげにしてうずくまっていた。

 跪いている指揮官をどうすることもできずに見続けていたパープルウルフの顔の前にミヤが現れ、鉤爪で横っ面を殴るかのような勢いで頭を切り裂かれる。

 吹き飛ばされたパープルウルフの意識は漆黒の闇に落ち、もう目覚めることはなかった。



 胴や顔が切り裂かれたパープルウルフの体が、わたしの横に飛んでくる。ミヤに切り裂かれた勢いで、ここまで飛んできたようだ。

 <ポケット>に収納して、膝をついてこちらを睨む人魔に視線を戻す。


 「魔人族が、人間の、しかも女ごときに負けるなどありえない。」

 右腕を治癒魔法でくっつけて、今度はわき腹を治そうとしているようだけど、腕への治癒魔法でかなり魔力を使ってしまったようで、わき腹はうまく治っていない。


 「ごめんね。別に恨みがあるわけじゃないけど・・・いや、あるのかな・・・」

 ファリナの腕切られた。わたしのお腹燃やされた。なにより、お気に入りの服を燃やされた。うんあるね。

 顎に手を当て、考え込むわたしを、人魔は信じられないものを見るようにしている。


 「おまえは・・・いったい何者だ・・・?」

 「知らなくてもいいし、大体知らないでしょ、わたしのことなんて。」

 右手に魔法陣を思い描く。


 「我らを燃やす魔法・・・まさか・・・まさか・・・」

 一歩ずつ人魔に近づく。

 「・・・死んだと聞いた。かつて、我らの仲間を炎で蹂躙し続けた悪鬼の如き勇者は死んだと聞いた。まさか、生きていたのか?・・・爆炎の・・・」

 魔法を人魔に向け放つ。

 「<豪爆>。」

 「・・・爆炎の聖女!」

 人魔の口から懐かしい名前。

 うん、その名前はもう捨てたんだ。もう、わたしたちにはいらないから。


 人魔が炎に包まれた。

 

 「ヒメ様おバカ。」

 ミヤがファリナに向かって走る。

 

 「だから、それはアウトでしょ・・・」

 木の根元では、諦めきった表情のファリナが目を閉じ、涙を浮かべ微笑んでいた。


 <豪爆>は、ヒメが使う炎系の魔法の中では中程度の威力の魔法だ。だがそれはヒメの使う中ではということであり、世間一般的には殲滅級と呼ばれる最強魔法の部類である。

 この魔法は、普通なら、数十体以上の敵に対して使用されるものであって、とても一体の人魔相手に使うような魔法ではない。どんなに魔法の発動範囲を絞っても、周囲への被害が甚大になりすぎるのだ。


 ちなみに、さらにこの上の消滅級と3人が呼ぶ魔法がある。これは基本、3人での合議の上、半数以上の賛成がない限り使用が禁じられているが、『戦いは臨機応変だよ!』というセリフのもと、その約束が守られたことはない。


 周囲数十メートルに渡って炎が焼き尽くす。

 炎は上空十数メートルにも立ち上がった。

 人魔が、ミヤが、ファリナが、そしてわたし自身が、すべてを焼き尽くす炎に包まれる。



 フレイラは草原に立ち尽くし、森の木々を越えて立ち上る炎を茫然と眺めていた・・・




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