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189.王宮 2


 ライザリアは、強行軍で夜半に王宮にたどり着いた。


 ついてきた騎士たちにはいずれ報奨を与えなくては。

 それはさておき、取り急ぎ、国王と大臣を揃えなくっちゃ。あぁ、馬車の中くらい格好つけて正装なんかしてるんじゃなかった。動きづらいったらないわ。

 心の中でライザリアが雑言の限りを尽くす。


 「国王陛下を起こして。あと、ゴーウィル卿とガイルバルド卿に連絡を。」

 万が一の事態に備えて、王宮で夜を通して番をしている文官と騎士に次々と命令するライザリア。

 「し、しかし、国王陛下はお休み中です。」

 「国家を揺るがすかもしれない事件です。よい。国王陛下の元へはわたしが参ります。宰相閣下と大臣閣下には、わたしの名前で呼び出しをかけなさい。あぁ、あまり急がなくてもいいわ。わたしは、国王陛下を起こしたらお風呂に入ります。その程度の余裕はあると2人には伝えて。」

 去っていく文官たちを横目に、ライザリアは国王の寝室に向かう。

 扉の前に立つと、扉をドンドンと叩く。もはやノックとはいえないくらいの大きさで。

 「お父様!お休みのところ申し訳ございません。可及の要件があってまいりました。お母様もしくは愛人と乳繰り合っていたらごめんなさい。開けますね。」

 丁寧語が次第に崩れていき、とても国王相手とは思えない口調で、ライザリアは寝室の扉を開ける。

 「ライザリア、私には愛人はいないからな。エメリッサの気に障るようなことは言わないでくれ。」

 半分寝ぼけた顔で、国王ゴードウェルがライザリアを見る。その隣で眠っていたであろう、母親のエメリッサは笑顔で2人を見つめている。

 ゴードウェルは権力者には珍しく、と言い切っていいのかは方々に異論はあろうが、愛妻家であり、妻のエメリッサを溺愛していたため他に愛人を持っていなかった。そのため直系の王位継承者は、ライザリアとその弟のヴィレードのみで、他の継承者はゴードウェルの弟などの近親者になるという家系であった。


 「隣国で戦争の可能性があります。ギャラルーナ帝国がガルムザフト王国に対して戦闘行為を仕掛ける可能性が高くなっています。」

 「なんだと!?」

 ゴードウェルが飛び起きる。

 「今、宰相閣下と大臣閣下を呼びに行かせております。国王陛下もご準備を。あ、わたし、強行軍で帰ってきましたので汗をかきました。湯あみをしますので、慌てずとも結構ですよ。お母様、お休みのところお騒がせして申し訳ありません。」

 「構いませんよ。緊急です。それに、ゴードウェルが、いかにわたくしを愛しているか聞けましたし。」

 「当たり前だ。私にはお前だけだ。」

 見つめ合う2人。

 (あぁ、勝手にやってよね……)

 まぁ、夫婦仲がいいのはいいことだろう。冷めた目で2人を見ながら、ライザリアが自分の部屋に戻る。

 「もう2,3人男の子を生んでくれれば、わたしは安心して放蕩し放題なんだけど。」

 「ライザリア様……」

 唯一名前で呼ぶことを許している侍女のキャナリーが、ライザリアの着替えを手伝いながら居たたまれない風に呟く。

 「……あまりそのような事は……」

 「お前以外にはしませんよ、キャナリー。」

 信頼している、と言われてうれしそうに微笑みながら、ライザリアの脱ぎ捨てたドレスを畳んでいく。

 「湯あみの準備は整っております。お着換えはその間にご用意いたします。」

 一緒に馬車を降りたのに、さすがね。そう思うライザリア。

 伊達に21歳の若さにもかかわらず、キャナリーが側付きに任じられているわけではないという事だ。


 熱いお湯に浸かりながら、ライザリアは今後の方策を考えていた。

 広い浴室にはライザリアしかいない。

 世の王族には、自分で体を洗うことはせず侍女に洗わせるものもいると聞くけど、ライザリアはそれを嫌った。

 「他人に肌を触らせるなんてごめんだわ。」

 着替えを手伝うくらいならともかく、それ以上のプライベートに介入されるのは生理的に受け付けなかった。

 「んー、ヒメにならいいかな……というか、わたしがヒメの体、洗ってあげたいわ……もう隅から隅までくまなく……エヘヘ……」

 疲労で思考がかなりとんでいるライザリアだった……


 正直、エルリオーラ王国としては動きようがなかった。

 あくまで隣国の戦争だ。有事の協定は結ばれているが、それはあくまで魔人族が協定締結国の王都に被害を及ぼす場合を想定している。国家間での戦争は不可侵が基本だ。当事国からの要請がない限り。

 そもそも、100年以上前から国家間での戦争は起こっていない。ひとえに魔人族の脅威のおかげだが、それ故に今回のギャラルーナ帝国の行動には違和感しか感じえない。

 「だからこそ警戒はしておくべきでしょうね。お父様などおそらく、我が国に関係がないので様子見を決め込もうとするでしょうし。」

 宰相のゴーウィル卿なら、ライザリアの危機感を理解してくれるだろうけど……

 「ガイルバルド卿は騎士あがり。頭硬いからなぁ。」

 もう夜中である。さらに、お風呂に入りリラックスしたためか眠気が酷い。反対意見を聞いたらあっという間に暴れてしまうかもしれないな、とライザリアは改めて気を張る。

 「フッフッフッ、国王陛下に大臣閣下、今のわたしを怒らせないでね。ヒメに頼んで燃やしちゃうぞ。」

 不吉な笑いを浮かべながら、ライザリアは湯船を出た。



 「……というのが現状です。」

 ライザリアの話を厳しい顔つきで聞く3人の男。

 国王ゴードウェル・エルリオーラ、宰相アルドナルド・ゴーウィル、国防大臣ゴルリアナ・ガイルバルドの3人。他に重鎮は財務大臣がいるが、軍の派兵がありえず、緊急の予算の編成は必要ないと考え、今回の会議には呼んでいない。

 「その情報は、確かなものなのですか?ガルムザフト王国に放ってある情報網からはそのような話は何1つ入っておりませんが。」

 「ガルムザフト王国が緊急事態を宣言したのは、昨日の事。いえ、もう日が変わっていますから一昨日ですね。密偵から情報が届くのは、早くて今日の夕方になるんじゃないでしょうか。」

 これまでの経過時間を考えて、ライザリアの体に疲労感が走る。

 5日かかってパーソンズ領に行ったのに、帰りは3日の強行軍。

 (あぁ、疲れた……まったく面倒を持ち込んでくれて……憶えておきなさいよ、ヒメ。)

 依頼したのは自分だという事を棚に上げ、ここにいないヒメに怒りを燃やす。

 「どこからの情報なのです?」

 「ひ・み・つですわ。ガイルバルド卿。」

 何かを言いかけて押し黙るガイルバルド。今までの経験から、この状態のライザリアに逆らうとロクな目にあわないことは確実だ。

 「とはいえ、確実に宣戦布告があるというわけではないのですな。」

 (あら、やっぱりそうきたか。)

 ゴーウィルの言葉に肩をすくめるライザリア。

 「そうなのよね。今ならまだ国境付近に兵を集めてるだけなのよ。ひょっとしたら本当に魔人族と戦うためなのかもしれないのよね。」

 あくまで宣戦布告の話はガルムザフト王国内での予想と、ヒメが出会ったという帝都の宮殿にいた女帝の付き人の女性がそう言ったに過ぎない。軍関係者から聞いた確実な情報ではないのだ。

 「ならば、我が国としては状況を確認し続ける以外できることはないだろう。一気に我が国が戦乱に巻き込まれる事態になるとは思えんし。」

 国王ゴードウェルは、座っていた椅子に体をもたれかけて目を閉じる。

 (ま、確かにそれくらいしかできないかな。)

 関係ない国がこの機に軍を動かすなど、他国からの非難を浴びるだろう。

 「……明日、いや、もう今日か。夜が明けてからでもよかったのではないか?この話……」

 「この東方諸国で100年以上起こらなかった非常事態です。わが国には関わりがないかもしれないとはいえ何を悠長な事を。国王としてのご自覚はありますか?」

 「や、いや、あ、そ、そうだな……」

 ライザリアに睨まれて、ゴードウェルが冷や汗を流す。

 そして、飛び火を恐れ、目を逸らして見ないふりをする宰相と大臣。

 「ついでに言えば、わたしはこれから眠ったらもう起きません。学校ももう1日休みます。」

 「う、うむ。疲れているのだろう。ゆっくり休め。」

 止まらない冷や汗を流しながら引きつった笑顔で答える国王。


 「とは言え、状況は予断を許しません。いざという時がないとも限りません。ガイルバルド国防大臣、いつでも出撃できる準備だけはしておいてください。無論魔人族の侵攻も考慮に入れて、騎士のみならず勇者の方も。よろしいですね、国王陛下。」

 「む、無論だ。ガイルバルド卿、怠りなく準備を。」

 「ハッ。」

 上意である。ガイルバルドに反対はない。無論、ガイルバルドにもわかっている。いつ、どのような形で自分の国に影響が出るかわからないのだ。用意するに越したことはないと。


 「では、この話はこれで。まだ不確定要素が多すぎます。隣国での宣戦布告が明らかになるまで、この件は1部の者を除き内密に。国民を無下に不安がらせることのないよう。」

 「わかりました。」

 宰相と大臣がうやうやしくライザリアに頭を下げる。

 「後、キャナリーにも言っておきますが、国家的危機でもない限りわたしが目を覚ますまでわたしの睡眠の邪魔をしないよう。よろしくお願いしますね。」

 「わ、わかった。」

 国王が返事を返す。そして、汗を1筋流しながら宰相と大臣はさらに深く頭を下げる。俗にいうではないか。触らぬ神に祟りなし、と。



 ライザリアのお付侍女の筆頭であるキャナリーは、久しぶりにゆったりとした午前の時間を送っていた。

 朝方にベッドに入ったライザリアは、『壊滅的国家危機以外は、何があっても起きるまで起こさないで。』と言い残していった。

 そのような危機は起こるはずもなく、いつもならライザリアを学校に送る馬車に同乗して、その帰り道、騎士たちに護衛された馬車に1人居心地悪く乗っている時間である。

 お茶を片手に恋愛小説のページをめくる。王宮の使用人の女性と王子との禁断の恋の物語。惜しむらくは、この国の王子はまだ9歳。キャナリーの恋愛対象にはなりえない事だけ。


 そこに、警備の騎士からの呼び出しを受ける。ライザリアの私室近辺は男子禁制のため、その手前にある控室にキャナリーは向かう。

 「王女殿下の署名付きの王家の紋章を持った少女たちが面会を求めています!」

 キャナリーは膝から崩れ落ちた……問題など起こりえないはずだったのに……

 「どうしましょう。絶対に起こすなと言われております。」

 「しかし、紋章を持った少女が現れた時は、いかなる緊急事態においてもすべてに優先してその者たちを王女殿下の御許にお連れしろとも命令されています。」

 完全なる二律背反。

 「どうしましょう……起こしたら怒られる……起こさなくても怒られる……」

 侍女とは思えぬ四つん這いになって考えこむキャナリー。すでに目から涙が溢れる。

 「剣を……貸していただけますか……死にます……」

 「落ち着いてください!そうだ、訪ねてきた少女に相談してみましょう。日を改めてもらえないかと。」

 そうか、今回の来訪はなかったことにしてもらって、王女殿下が目を覚ました頃に初めて来たことにしてもらえれば……

 「いえ、だめよ。」

 ここまで来るのには、何人もの騎士を経由している。門番から王宮入口へ、そこから城内警備、さらに王家近衛と。もし、その中の1人でも口を割ったら……

 「あぁ、どうしましょう!」

 「とりあえず、少女たちに話をしてみましょう。」

 それしかない。記憶によみがえる、昨日までの旅の道中で出会ったハンターの少女たち。来ているのはあの娘たちのはず。

 「……話が通じそうもない娘ばかりだったんですけどー!」

 「落ち着いてください!」

 暴れるキャナリーに、騎士もすでにどうしたらいいのかわからなくなっていた。


 王宮の門に向かう。

 廊下に出ると、数人の騎士隊長と大臣たちが喧々ごうごうだったが、結局キャナリーに丸投げされた。王女お付とはいえ、所詮侍女。その中では立場の一番下の者に責任を押し付けられるのはしかたのない事だった。


 門では、警備の騎士までもが泣いていた。どうなっているんだろう。キャナリーは耳を澄ます。

 「……何だったら、わたしが直に起こしに行ってもいいよ。」

 え、いいの?

 そう思いつつも、王女殿下の寝室に平民を入れる?それって許されるの?キャナリーの頭が混乱する。

 「やむを得まい。」

 いつの間にか、宰相閣下まで来ていた。

 「責任は私がとる。」

 宰相ゴーウィルが諦めきった顔でそう言う。

 「わたしごときで恐縮ですが、その時はご一緒に。」

 ゴーウィルにそう言うと、キャナリーは少女たちに向かう。

 「お願いできますでしょうか。」

 キャナリーは、少女たちに頭を下げた。






ヒメ「わたしの出番は!?」

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