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188.王宮


 朝が来た。

 1度、ガルムザフト王国に行ってみる。お忍びなので、顔が知られていて目立つリリーサには、わたしたちの家でお留守番していてもらう。

 わたしの行ける町で、一番ギャラルーナ帝国に近いのは、この間熊さんを狩った、何とかの町なので、そこで世の中の状況を確認する。

 「ナーツリアの町ね。」

 うん、だからファリナ、いらない知識だから補完しなくていいからね。


 町は至って平和そうだ。人通りは普通だし、お店も開いている。

 見つけたお茶屋さんに入って、お茶とケーキを……ファリナ、メニューから目を離しなさい。今日はそんなに時間に余裕はないからね。リリーサおいてきてよかった。

 「町の中は普通だね。戦争がどうとかはどうなってるの?」

 お茶を運んできたウェイトレスのお姉さんに話しかけてみる。

 「この辺じゃ見ない顔ね。旅行者の方?それともどこかのハンターさん?あなたたちと同じよ。王都の騎士様たちは国境沿いに動き出してるようだけど、町のハンターたちには何も命令が出ていないの。実際、宣戦布告されたわけじゃないから、それまではみんないつも通りよ。慌てたってどうなるものでもないしね。」

 うん、まだ宣戦布告までいってないみたい。


 この世界じゃ他国の情報が伝わるのは、他国を調べている密偵の出す伝令の馬が各国の王都に着いてから。エルリオーラ王国じゃ、開戦して4,5日くらい経たないと、王都までその情報が伝わらないかもしれない。

 だから、こうして現地に来てみたわけだけど、今のところはまだ平和か。そもそも、今の話じゃ、ガルムザフト王国の騎士たちですら全部が配置についてないみたいだし。

 「じゃ、お茶飲み終わったら帰ろうか。こっちの方は、もう少し時間はありそうだし。今のうちにライザリアのところに行かなくっちゃね。」

 ケーキを食べながら一息つく。






 そこから数キロ離れた隣町のドムリア。

 街はずれの1件の家の中。ユイとアリアンヌがソファーに座り、浮かない顔をしていた。

 「わたしたちは領主ウォルナード様のご令嬢カタリナ様の護衛という事で町に残ることになりましたけど、いいんでしょうか。できるだけハンターも参加するようにという国王様からのご命令なんでしょ。」

 アリアンヌがユイを見る。

 「戦争に参加しなくていいってのは、領主様の最大限の譲歩なんだろうな。なんかあの親父、お嬢の事を気に入ってるみたいだし。スケベ心ださなきゃいいんだが。」

 「領主様をあまり悪く言うものではありません。まぁ、確かにわたしを見る目が変なのは確かですけど。」

 「だろ。おかしな事されそうになったら、ためらわずに神の御許に送るんだぜ。できるだけあたしもお嬢のそばを離れないようにするけどさ。」

 「気をつけます。」

 そう言いつつも、領主ウォルナードのアリアンヌを見る目、あれは……

 (悲しそうでした……)


 「リリーサはどうするんだろうな。」

 「え?」

 物思いにふけっていたため、アリアンヌはユイの話を聞きそびれてしまった。

 「リリーサだよ。あいつも一応ハンターだ。どうするのかな。戦争に参加するのかな。」

 「あぁ。リリーサさんなら、終わるまでヒメさんのところにでも避難してるんじゃないですか。お店をやっていて、ハンターもそのためのものらしいですし、国のために何かしようとは考えないんじゃないですかね。」

 「そうか。そうだな。」

 目を閉じ、ユイが自嘲気味に笑う。

 (あたしはお嬢を守らなきゃいけない。他人のこと気にしてる余裕なんてないよな。)






 「ガルムザフト王国のハンターの中で、わたしほど一生懸命国のために働いている者はいないんじゃないでしょうか。」

 家に帰るなり、リリーサの意味不明な話を聞かされる羽目になる。

 「敵国に潜入していろんな情報を探ったり、今一番活動してるのってわたしたちですよね。」

 「まぁ、全部リリーサに関係ないエルリオーラ王国に流れてるけどね、情報。」

 「おかしいです!これでは国王様に褒美を請求できません!」

 どうしようかな。ガルムザフト王国も巻き込んでおいた方がいいのかな。

 「うーん、良いように利用されないかな。ギャラルーナ帝国に逆侵攻するための。」

 ファリナが腕を組んで唸る。

 「当事国だからね。有利な情報が手に入ったら、それを使ってギャラルーナ帝国に進攻しようとか考えるかもしれない。そしたら、結局戦場は広がっちゃう。」

 別に両国の被害がどうこうまでは考えないけど、利用されそうなのは嫌だなぁ。

 止めたいわけでもないけど、広げたいわけでもない。やるなら正々堂々勝手にやってほしいだけなんだから。


 「そろそろ王都に向かってみるか。」

 ミヤが読んでいた本から顔をあげる。ふと本の表紙を見ると『王宮魔術師と南の島』とタイトルが書いてあった。言っておくけど、王宮にそんな冒険小説に出てくるような魔術師はいないからね。


 王都の中に隠れて空間移動の門を開けそうな場所に心当たりがなかったので、近くの街道からちょっと外れた草原に出る。当初はパーソンズ家の王都の家に開こうかと思ったけど、リーアはこの時間学校だろう。わたしたちが急に現れたら、残っているメイドさんや護衛たちが、わたしたちをどう対応するか予想できなかったので取りやめになった。

 「歩くのですね。」

 リリーサが大きなため息を吐く。しかたないじゃない。

 「王宮のど真ん中に出ればいいのです。例の王女様のサイン入り紋章を見せれば、文句を言ってくる人もいないでしょう。」

 「空間移動魔法をこれ以上知らない人間に知られたくないんだよ。あれって、王族、貴族からすれば、のどから手どころか足だって出ちゃうくらい欲しい魔法だろうから。」

 空間移動魔法があれば、憎い相手を暗殺し放題。自分に危険が迫れば脱出し放題、などなど悪い事し放題だよ。

 「なるほど。でも、ヒメさんが悪事に使ってません。ヒメさん以上、悪辣な人間が思いつかないのでそんな心配はいらないのでは。」

 この世で上から何番目かに数えられるほど善良なわたしに、なんてこと言いますか!

 「ヒメさん、善良って意味わかってます?いいですか、全粒粉ではないんですよ。」

 待って、ぜんりゅーふんって何?何言ってるのかわかんないよ。


 王都の検問所に並ぶ。

 「歩いてきた?お前たちのような年端もいかない女の子たちがか?」

 見張りの騎士が胡散臭そうにわたしたちを見る。まぁ、成人したばかりの歳の頃の女の子が、とぼとぼ歩いて旅をするなんて考えにくい。普通は乗り合いの馬車を使うものだ。白の街道は比較的安全な道だけど、女の子だけで旅するには危険がないわけではない。

 「わたしたちハンターなんだよ。Cランクの。」

 「Cランク?お前たちが?」

 ギルドのカードを見せる。驚きの目でカードを見る騎士たち。

 (例の紋章を見せれば早いのではないですか?『この紋章が目に入らぬかー』とか言いながら。)

 リリーサが耳元で囁く。そんな冒険小説あったな。王子だか引退した国王だかの世直し話だっけ。

 (検問所だから、人目が多いんだよ。変に目立ちたくない。)

 そう、ここは検問所。いるのはわたしたちだけじゃない。王都に出入りする領地の貴族、商人、旅人などいっぱい人目がある。ここであの紋章を出したら、わたしたちが王家に関係あるものとして見られてしまう。恐れて離れてくれるならまだしも、お近づきになろうとか考えるやつも出てくるかもしれない。今は忙しいんだ。鬱陶しいやつに構っている暇はない。なーに、いざとなったらここにいるやつ全部燃やせば何とかなるよ。

 「なりません!」

 怒んないでよ、ファリナ。試しにやっちゃうぞ。

 「で、そっちはガルムザフト王国のハンター?」

 「わたしの友達なんだ。王都見物だよ。」

 「あぁ、なるほどな。」

 ハンターだということ、犯罪歴はなさそうということから、他国からのお上りさんをつれた観光だと思われたようで、街に入る許可が出る。

 「王都内では問題起こすなよ。」

 「フラグですか?フラグですね。」

 うん、フラグだね。何かあったらこの騎士さんのせいだね。顔おぼえておかなきゃ。

 「かわいそうな騎士さん。」

 「ですよね。ヒメさんが問題起こさないわけないじゃないですか。」

 「ヒメ様非道。」

 ミヤはともかく、なぜリリーサやリルフィーナまで混じってるのかな……


 王宮近くに到着。ここで問題です。ライザリアは王都に到着してるかな。

 「紋章を見せれば教えてくれるんじゃないの。」

 だよね。入城門はどこ?

 ファリナが王宮の大きくて高い壁を呆れた顔で見上げてる。

 「この間は馬車だったから気にならなかったけど、間近で見ると……」

 「見ると?」

 「……無駄の権化ね。ヒメ、燃やしてみる?」

 うん、今度ね。何だろう、何がファリナの怒りの琴線に触れたんだろう……怖くて聞けない。

 「時間がもったいないです。とりあえず、警備の者に王女様がいるかどうか聞いてみましょう。」

 リリーサが呆れた顔でわたしたちを見る。

 「やるなら夜の方がいいですよ。明るいと身元がばれてしまいます。その程度は考えてください。呆れてしまいます。」

 そっちかい!呆れてるのは。


 「すいません、こういう者ですが……」

 「どういう者よ。」

 ファリナがうるさい。王家の紋章を持ってる者よ。

 「何だ?お前たちは。」

 門を警備する騎士が2人わたしたちの前に立ちふさがる。

 王家の紋章の入った銀のプレートを見せる。

 「こ、これは……王家の紋章!しかも王女殿下のご署名入り!お、お、お、お待ちください!!」

 慌てて1人が王宮の方に走っていく。

 「あの、ライザリアは、って違う。ライザリア……王女……殿下、はぁ言えた。長いって、ライザリア!いや!王女殿下はいらっしゃいますか?」

 騎士が困った顔で見る。

 「不敬罪と見るか、紋章の重さを優先すべきか迷っていますね。」

 「言わないでくれ!どうしたらいいんだよ!俺みたいな下っ端にどうしろって言うんだよ!」

 リリーサ、よけいな事言わないの。泣いちゃったじゃない。

 「王女殿下は、昨夜遅くにお戻りになられている。だが、今朝まで国王陛下や大臣と何やら会議だったようで……今は誰も通すな、起こすなと命令されている。王女殿下直々に。しかし、王家の紋章を持った者が王宮を訪ねてきた場合、何をおいても最優先に連絡しろとも命令されているんだ……今頃、中でみんな泣きながら対応を検討していると思う。もう少し待ってくれ。」

 あぁ、ごめん……タイミング悪かったかな……泣かないでよ……何だったら、わたしが直に起こしに行ってもいいよ。

 「お願いできますでしょうか。」

 いつの間にか、そばに来ていた女性が救いを求める目でわたしたちを見てる。

 「王女殿下お付き侍女筆頭のキャナリーと申します。」

 「あれ、どこかで……」

 「ライザリアの馬車に乗っていた。苦労人だ。」

 あの他人に一切興味ないミヤに苦労してるって言われるなんて……どれだけ苦労してるの、この人。

 「お願いします。わたしたちじゃ恐ろしく……いえ、恐れ多くて声をおかけするなどできません。」

 「え、と……つまり、ライザリアを、じゃなくって、王女殿下を起こせ、いや、お起こしあそばせればよろしいのでしょうか。」

 「何言ってるのかわからないわよ、ヒメ!」

 うるさいな、ファリナ。わたしも何言ってるんだかわかってないよ。

 「ほっぺたを引っ張ればいいんですね。」

 黙ってなさい!リリーサ。話がややこしくなるから!






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