185.報告 2
「それは困ったわね。」
街道沿いを移動しまくって、ようやくライザリア一行を発見。前回のごとく行進を止める。相当急いだらしく、ライザリアの一行は、わたしたちの予想を超えて進んでいた。
「あの……どうやってここまで……」
「気にしないで。」
わたしたちを見つけた騎士の1人が不思議そうに尋ねるけど、ファリナににこやかに言われ、それ以上わたしたちの移動方法を聞くに聞けない。よけいな事をしたことがばれたらライザリアからどんな罰を受けるかわからないからね、よけいな事に口出しするのはやめた方がいいよ。
「乗って、乗って。」
ライザリアに言われるままに馬車に。
入れ替わりに、侍女さんがため息をつきながら降りる。ごめんね。早く終わらすから。
「女帝様が行方不明。で、軍部と行政のトップが勝手にやってるってことか。燃やしちゃう?」
気楽に言わないで。まぁそれが一番簡単な戦争回避の方法なんだろうけど、その2人燃やして済むのかな。
「ここまで軍が動いてしまったら、その将軍に何かあっても止まらないんじゃないですか。」
リルフィーナが、ライザリアを前に恐る恐る口を開く。
「そうなのよねー。あぁ、めんどくさいわ。もう好きにやらせて、両方が弱ったところでうちの騎士に攻撃させようかしら。」
「漁夫の利をやらかす気?」
ファリナが睨む。
「ギョフ地方の海苔のことですよね。ギョフ海苔。おいしいんでしょうか。」
リリーサが興味津々。
「すっごくおいしいのよ。」
ファリナが悪い顔で薄ら笑い。そうなんだ。1度食べてみたいな。
「待って、どこまでが本気の話なの?」
なんで慌ててるかな、ファリナ。
「迂闊なウソは危険だ。根が単純すぎる。」
褒められてる気がしないよ、ミヤ。
あちこちでため息。わたしとリリーサだけがポカンとした顔をしていた。
「さすがに帝国の、皇帝名義の別荘までは見張ってないのよね。」
ギャラルーナ帝国のものと思われる地図を、眉をしかめて睨むライザリア。
「どこに幽閉されてるのかわからないんじゃ、どうしようもないわね。」
「別荘のある場所はわかるの?」
「2つはわかってるけど、4つあるとは思わなかったわ。元々帝国という政治基盤だから、割と一般人立ち入り禁止の場所があちこちに点在してるのよ。密偵って言っても物語じゃないんだから、どこでも忍び込めるわけじゃないしね。探り切れてない場所はそこそこあるの。」
地図を見ながら話し合うファリナとライザリアをボーッと見てるわたしたち。
「リリーサ、お茶。」
暇なわたしはお茶が所望だ。
「いいですね。でも火気厳禁なんですよね。」
あぁそうだった。
「冷茶ならまだあるけど、それでいい?」
「この際やむを得ません。」
リリーサがカップを出してくれるので、わたしは冷茶の入った水筒を出す。
「「のんきね!」」
ファリナとライザリアが怒るけど、わたしたちにどうしろと。
「もう冬だというのに冷茶とは……」
ブツブツ言いながらカップを口に運ぶリリーサ。
「どうしようもないわね。」
ライザリアが馬車のシートに倒れ込む。
「騎士や兵士が動く前ならともかく、ギャラルーナ帝国の兵士は前線に配備を始めてるんでしょ。女帝様を捕まえれば打開策も見つかるかと思ったけどそれも無理。どうしようもないわ。」
シートに寝転んで足をバタつかせるんじゃない、お行儀が悪い。
「当面は様子見ね。ヒメたちは戦場から離れた場所で様子を探っていて。わたしは急いでお城に帰るから。」
ほらリリーサ、カエルだよ。
「いつまでも、過去の事にとらわれているわたしではありません。おバカですか。」
なんだ、つまんない。
「会話では平気になりました。抱きついてきてくれなくて悲しいです。ですが、実物を見せれば……」
「カエルを捕まえてくればいいの?」
「消しますからね。そんなまねしたら、間違いなく消しますからね!」
まぁ、さすがにわたしも実物はちょっとなんで、やりません。
「問題は魔人族がうちとガルムザフト王国に進行してくるとかいう話なんだけど。確かに魔獣の出現は多いけど、戦争目的の現れ方じゃないのよね。どこまで信じればいいんだか。」
「どこかで動きがあれば動ける準備はしておいた方がいいんじゃないかしら。」
ファリナの言葉に考え込むライザリア。
「騎士を準備させるか、勇者を準備させるか。状況次第でかなり変わってくるのよ。」
うーんと唸りだすライザリア。
「まぁそれはこっちで考えるわ。リリーサもガルムザフト王国が危ないと思ったらうちに来るのよ。ただの国民が国に殉ずることなんてないんだからね。」
ライザリアがリリーサとリルフィーナを見る。
「その時はお願いします。まぁ、国中を巻き込む戦争にはならないようなので、本当にいざとなったら、の話しですけど。」
リリーサが頭を下げる。それを見て、慌ててリルフィーナも。
「じゃ、とりあえずわたしたちは戻るよ。ライザリアも気をつけて帰ってね。急ぐと危ないからね。」
「ムッフー、気にしてくれるの?気にしちゃうの?一緒に来る?もー、朝から夜までベタベタする?」
「しません。」
「愚か者め。」
ファリナとミヤがわたしたちの間に割り込んでくる。
「チェッ、残念。何か大きな変化があったら連絡して頂戴。それ以外はよけいな事に首を突っこまないようにね。」
そこまで勤勉じゃないよ。
わたしたちが馬車を降りると、侍女さんが入れ替わりに乗り込み、行列は出発する。
窓越しに小さく手を振るライザリア。
騎士たちは、基本わたしたちを無視。気に入らないというより、恐れ多いみたいな感じだから、かえって悪い事しちゃった気分。
「さて、一度家に帰ろうか。」
現状できる事が何もない。ライザリアに動いてもらえば戦争回避できるかとも思ったけど、所詮は他国の騒ぎ。ライザリアにもできない事はあるようだ。
あとは、まぁできるだけ犠牲が少なく終わればいいかな。
「急にやる気がなくなったわね。」
「そうは言うけどね、ファリナ、ケンカを売りたい国とケンカを売られた国だもの、気が済むまでやってもらうしかないじゃない。」
何かできる事があるんじゃないか、そう思ったこともありました。はい、思い上がりでした。個人間ならいざ知らず、国家間となったら今のわたしたちには手の出しようがないよ。
「まぁ、今のところ、兵隊を国境に集めてるだけで、宣戦布告がされたわけでもないですし、様子見でしょうね。実際に始まるまで。」
リリーサもさばさばとして、成り行き任せを決め込んだよう。
「問題は、早めに終わってくれないと、次の特殊商品販売日の予定が立たないってことでしょうか。」
「その前にガルムザフト王国では狩りできません。」
半ば呆れた顔でリルフィーナがリリーサを見る。
「……ハンターは基本戦争に参加です。狩りなんかしてたら怒られます。」
「ヒメさんのところにお世話になって、エルリオーラ王国で狩りをします。エルリオーラの国やギルドに滞在を申請しておけば、エルリオーラでも売買できます。いざとなったらお店用に1軒家を借ります。こちらには、お姫様がついているのです。やりたい放題です。」
お願いだから、ライザリアに借りをつくるのはやめて!
とりあえず、わたしたちの家に戻ってきて、万年床と化した居間の布団に倒れ込む。
「あれ?」
ファリナが素っ頓狂な声をあげる。どうしたの?
「いえ、なんか自然な流れで来たものだから気にならなかったんだけど、これってリリーサたち戦争終わるまでうちにいるってこと?」
「そうなりますね。ガルムザフトに帰るとどうなるかわかりません。ずっとここにいるしかありません。何なら、戦争が終わってもここに住んでもいいです。」
「わかった。ミヤが本気出す。国を2つ壊滅させればいいのだな。」
落ち着きなさい、そんなことしたら……
「そうなったら、完全に帰るところがなくなります。もうここに置いていただくほかありません。」
ミヤがガクッとひざを折る。ギャラルーナ帝国だけならいいのかな。
「魔人族と国家間との緊張で、とりあえずの平和になってるのよ。1国でも滅びたら領地だ資源だって、人族同士の争いが大きくなるだけよ。魔人族だって介入してくるかもしれない。今だって魔人族がガルムザフトを襲うかもしれないのに。エルリオーラも騒ぎに巻き込まれるわよ。」
それは今よりもっと大変だな。
フッと思いついた事があり立ち上がる。
「どうしたの?」
ファリナが半分眠った目でわたしを見る。まだ晩ご飯食べてないんだから寝ないでよ。
「その前にお昼ごはんがまだだ。」
ミヤが相変わらずのツッコミ。
「ツッコミではない。生命維持に必要不可欠。」
今までも狩りとかで、1、2食抜きなんてよくあったじゃない。
「食べないと死ぬ。主に心が。」
あんたらの心、デリケートすぎ。簡単に死ぬのなんとかしなさい。
「栄養の補給が不可能なら、愛情の補給を希望。具体的にはヒメ様の腕枕か膝枕。それがあれば何年でも生きていける。」
何年も腕枕してたら、わたしが死ぬけどね。餓死で。
「出かけたいの。ついでに何か食べに行こう。」
「いいですね。おすすめの食後のデザートとお茶のお店はどこですか?」
デザートとお茶で食堂を選ぶのやめなさい。
「どこに行くの?」
ファリナがやれやれと起き上がる。
「ゴボルさんのところ。というか、今の状況でお店まだ開けてるかな。」
ゴボルさんのお店は、ギャラルーナ帝国からの出張店ということになっている。今のところ、ここエルリオーラでは戦争の情報は、ライザリアがお城に戻るまでは入ってこないだろう……あれ、あの遅い馬車の行進とガルムザフト王国との国境からの密偵の早馬って、どっちが先にお城に着くかな……
ガルムザフト王国で緊急事態が各領地に流れたんだから、密偵さんも早馬ぐらい出すよね。
まぁとにかく、この国でもガルムザフト王国とギャラルーナ帝国がきな臭いって話はすぐに広まるだろう。ギャラルーナ帝国のお店であるゴボルさんのお店は、どうなるんだろう。
「普通に考えれば、もう逃げだしてるんじゃない?」
ファリナがあっけらかんと言う。
「要は内偵なんでしょ、あのお店。エルリオーラ王国の国情を探る。」
「にしては、こんな片田舎なんて、どう考えても情報が入ってきそうもない場所に拠点を構えるなんてどうかと思いますけど。」
リルフィーナが失礼だけど、言ってることは事実なので、文句も言えない。
「田舎じゃないよ。辺境なだけで。」
「かえって悪いです!しかも言わないと言っておきながら文句言いましたよね!」
リルフィーナ、細かい。
「そうですね。うまくいけばまだこの国には戦争になるかもって情報が入ってきてないと思って、お店が残っているかもしれません。もしも、ギャラルーナ帝国の密偵なら何か情報を持っているかもしれないですね。」
リリーサが珍しくまじめな顔。
「珍しくありません!いつもまじめです!」
「まぁ、そういうわけで、ちょっと話を聞いてみてもいいと思うんだ。」
ズールスさんより年配。ずっと人族の世界で生きてきた天人族。あの人は今回の件について何か知っているんだろうか。それとも何も知らないでこの国に来たんだろうか。
「ギャラルーナ帝国のスパイなら戦うことになるかもしれませんね。」
リリーサにそう言われ、わたしは驚きを隠せない。
そうか、そういう可能性もあるんだ。あの人と・・・




