184.潜入 3
「で、どうするの?これから。」
女帝がいないんじゃ何をしに来たものやら。
「宣戦布告される前にエリザベート様を開放して、宣戦布告を止めてもらうしかないでしょうか。」
だからねリリーサ、その女帝がどこにいるかって話なんだけどね。
「そもそも、ここまで兵を動かしておいて、今更何でもありませんでしたってガルムザフトに言えるのかしら。」
ファリナが女帝付きの女官であるクラリアさんをチラッと見る。そう言われてクラリアさんが俯いてしまう。
「それでもこのまま宣戦布告されるよりはましな状況になると思うんですけどね。まぁ、ギャラルーナ帝国としては、それなりの非難は受けるかもしれませんけど。」
非難って言葉にさらに委縮してしまうクラリアさん。40代の見た目がガックリして老婆のように見える。
「でも、それはあくまで女帝様が見つかって、開放できればでしょ。どこにいるの?女帝様。」
わたしのセリフにみんなうーんとうなってしまう。
「軟禁されている可能性のある別荘というのはいくつあるんですか?」
あぁ、なるほど、リルフィーナ。そこをまず探せばいいのか。
「4か所ほど。マルドナイクに1か所、グリューネラに1か所……」
4つの地名が出たけど、みんなキョトンとした顔になる。
「待って、待って、待って、それどこよ。」
「知りません。」
リリーサが首を横に振る。誰もギャラルーナ帝国の地理を知らなかった……
「地図を見れば何とかならない事もないですけど、4か所は多すぎます。右手も左手も出ません。」
おとなしく手が出ないって言っておきなさい、リリーサ。
「いる場所を知ってる人間に聞くしかないかな。」
「誰?」
「将軍様は知ってるんでしょ。そいつを拉致して……」
「最高司令官なら今頃最前線の司令部でしょ。敵陣のど真ん中からどうやって拉致するのよ。」
細かいなファリナは。この間見てきたあの要塞だかにいるはずなんでしょ。司令部だと思われる建物以外ブワッと燃やして、さらにドンっとやっちゃえばいけるって。
「擬音で説明するのやめなさい。というか、もうその時点で兵隊壊滅じゃない。」
「そうか。じゃやる?」
「あのね……」
ファリナがわたしを部屋の隅に引っ張って行く。
(第3国が介入したなんて事になったら、大揉めに揉めるから。うちの王様まで出てこなきゃいけなくなるでしょ。)
それはまずいな。ライザリアに怒られそう。
「まだ兵の配備が終わっていません。まだ帝都内にいる可能性もありますけど。」
そうだよね、リルフィーナ。じゃ、帝都をブワッと燃やして……
「同じでしょ!」
「いや、悪化してるぞ。」
「「あれ?」」
ミヤの言葉にわたしとファリナが首をかしげる。
「わたしも戦争は望んでいません。できうることは協力します。」
リリーサがクラリアさんに告げる。
「でも、所詮は個人の力。どうすればいいのか……」
わたしを見る。わたしだってわからないよ。
「ここでどうこう言っても始まらないわ。一旦戻ってどうするか相談しましょう。」
ファリナがみんなを見回す。
「クラリアさん、申し訳ないのですが、わたしたちの事は……」
「わたしはここで女帝様のお帰りをお待ちします。わたしにできることは、女帝様と弟君であられるバンス様のお部屋を毎日掃除して、お帰りをお待ちすることだけ。あなた方の事は誰にも言いません。少しでもギャラルーナ、ガルムザフトの両国が良き方向に向かうことをここで祈っています。」
リリーサにそう言って頭を下げる。あぁ、部屋がきれいだったのは、クラリアさんが毎日掃除してたからなんだ。
「約束はできませんけど、努力はします。」
「それだけで結構です。お願いします。」
リリーサの言葉に頭を下げるクラリアさん。わたしはそこまで約束できないからね。
リリーサのランタンに火をつけ、わたしたちはクラリアさんのいる部屋を出る。
クラリアさんは、わたしたちが扉を閉めるまで頭を下げ続けていた。
「では、ヒメさんたちの家に行きます。」
うん、今、わたしたちの家は空間移動できるように封印魔法は解除したまま。玄関の扉の鍵を普通にかけているだけだから、ちょっと心配なんだよね。今の家の状況は、分解魔法かけられたり、破城槌使われたりしたら壊れちゃうくらい脆いんだ。
「普通の家ってことよね。どこの世界に分解魔法や破城槌で攻撃される家があるっていうのよ。」
呆れるとこ?ファリナ。現にうちはやられたからね。
「待って。」
ミヤが床から何かを拾う。さっき扉にぶつけていたものだね。
見るとドングリだった。
「どうしたの、それ。」
「この間、山で拾った。」
嬉しそうにポケットにしまう。妙な所で純真だから困る。
「行きますよ。」
「あ、うん。」
リリーサが開いた空間移動の門をくぐる。さて、どうしよう。
帰ったのが朝方。そのまま敷いてあった布団に倒れ込んでみんな爆睡。これは晩まで起きれないな……と思ったのに。
「起きろ!」
ほっぺたが引っ張られる。
「にゃにふりゅほひょー……」
起きて怒らなきゃ、と思うのだけど、目があかない。体が動かない。もうダメ。
「しかたないわ。ミヤ、爆散エルボー。」
ファリナの放った聞き捨てならない単語に、慌てて飛び起きる。
「殺す気!?」
「起きた。」
なんで残念そうな顔してるのよ、ミヤ。
「まだ朝じゃない。」
「もう朝なの。」
いや、ファリナ、眠りについたのって数時間前だよね。もう少し寝ててもいいんじゃないかな。
「ライザリアのところに相談に行く予定でしょ。向こうも忙しいだろうから、朝一で行こうって決めたよね。」
ごめん、記憶にないわ、その辺。もう半分寝てたから。
「こうしてる間にも宣戦布告されちゃうかもしれないの。ガルムザフト王国も兵を動かし始めるでしょう。時間がないの。」
この世界の意味のない騎士道では、宣戦布告から何日か以降じゃないと開戦しない約束になってるけど、それだって100年以上前の話。守られるかどうかわかったものじゃない。要するに、古の取り決めを破って、ギャラルーナ帝国が宣戦布告するなり兵を動かす可能性だってあるってこと。あちこちの国から文句言われるかもしれないけど、所詮は100年以上前の約束だもんね。つまり、いつ戦争が始まるのかわからないってことなんだ。
「ライザリアって、今日学校じゃないのかな。」
急に思いつく。王都に行かなきゃって思ったら、ふとリーアの事を思い出したから。
「えーとね、それも話したはずだけど。時間的にまだライザリアは王都に着いてないよねって。」
そうだった。わたしたちが王都に行った時、最初に宿をとった町に、ライザリアの一行が着いたのは出発から1日半経った昨日の昼。
つまり、わたしたちが王都まで2日半かかったのだから、ライザリアが王都に到着するには4日はかかるだろうって言ってたんだっけ。で、今は2日が過ぎたところ。憶えてるよ、偉いでしょう。
「はいはい、偉い、偉い。」
ファリナがイラッとした目で、いまだ半分寝ぼけているわたしを見る。
「ミヤが褒める。偉い、偉い。」
ミヤがわたしの頭を撫でてくれる。うぅ、ありがと、ミヤ。
「ず、ずるい!」
ファリナがミヤを睨む。
「ファリナが悪い。今どきツンデレは流行らない。」
「誰がツンデレよ!」
あれ、何の話をしてたっけ……
「ファリナがツンデレかどうか。」
あ、そうだったね、ミヤ。ファリナのツンは壊滅級だからな。デレる前に人死にがでそうだな。
「何の話をしてるのよ!」
顔を真っ赤にしてファリナが怒鳴る。何のって……あれ、なんだっけ……
「騒がしいですね……」
喧騒響く中ようやくリルフィーナが目を覚ます。
「まだ朝じゃないですか。」
そう思うよね。
「もう朝なの!」
だから、ファリナ、怒鳴らないで。目覚めたばかりの頭に響くよ。
そして騒ぎの中、リリーサただ1人がのんきに惰眠を貪っていた。
「お姉様がこのくらいで起きるわけないじゃありませんか。しかも、さっき眠ったばかり。ミヤさんの爆散エルボーでさえ起きるかどうか。」
え、あれで起きないの?
「というか、逆に死にませんか?あれ……」
リルフィーナがジトッとした目を向けてくる。まぁリリーサだし大丈夫じゃないの。
「ライザリアが出発してから2日経っているし、急ぐと言っていたから半分以上は進んでいると思うのよね。」
地図を見ながらファリナが、街道に沿って指を動かす。
「問題は、わたしは当然のことながら王都以外は覚えてないから、王都以外に空間移動の門は開けないわ。リリーサもそうだと思うのよね。」
2日目に宿をとったサムザス領の町は、外出しなかったから覚えていない。もちろん、サムザス領のいくつかの町は行こうと思えば、昔の記憶をたどって行けないことはない。けど、今ライザリアがいると思われる場所は、サムザス領からはまだ遠い。
「こうなると距離って敵よね。」
ファリナが苛立たしそうに地図を見る。
わたしたちで好き勝手やっていいならどうでもいいんだけど、一応国同士の問題になりえるのならそういうわけにもいかない。
「っていうか、もうわたしたちにできる事なんてないよね。」
バンザイしながらソファーに崩れ落ちる。まさか、軍隊丸ごと燃やすわけにもいかないよね。そんなことしたら……
『お前は人族の脅威となりうる。人族の世界で生きていけるとは思えん。』
ずっと前にエアから言われたセリフが頭に浮かぶ。
「予想地点近くならお姉様が行けるんじゃないですかね。」
地図を見ながらリルフィーナが呟く。
「え、リリーサって1度通ったところならどこでも行けるの?」
あのポヨポヨに記憶力で負けるなんて……
「いえ、自信はないのですが、この近くですよね。2日目のお昼休憩をとった町って。で、ケーキの争奪戦をやりました。食い意地の張っているお姉様なら覚えているんじゃないか、と。」
なるほど、それなら理解できる。食い意地の張ったリリーサなら……
「無理やり起こされたうえに、さらに食い意地が張っていると罵倒される意味がわかりません。消してもいいですよね、これ。」
睡眠不足のリリーサの機嫌がかつてないほど悪い。
「緊急事態なの。ガマンして。いつ戦争が始まるかわからないんだから。」
「ファリナさん、国家の存亡とわたしの睡眠のどっちが大事か1から説明しなきゃいけませんか?」
目がすわってるよ、リリーサ。
「だが、国境線の騒ぎが片付けば、あの辺で狩りのし放題。魔獣だろうが、体に悪い草だろうが思うがままだぞ。」
「急ぎましょうミヤさん。で、わたしは何をすればいいのですか?」
目がぱっちりと覚めるリリーサ。ミヤナイス……なんだけど、なんだろう、これ……
「なるほど。あの第32次ケーキ争奪戦争のあった場所に行きたいと。」
あんた、どれくらいケーキを争奪してきたのよ……
「昼の食事をした町に行けばいいのですね。」
「おぉー、さすがリリーサ。」
「食後のケーキが楽しみで、ウキウキ気分で町並みをしっかり眺めていましたから。」
結局、食い意地かい!
「あの町からサムザス領までの街道のどこかにいるはずよ。」
ファリナが地図を見る。いや、結構距離あるよ。
「この前みたいに街道から外れた草原を移動しまくれば追いつける。いえ、追いつくしかないのよ。クラリアさんの想いに答えるためにも。」
ファリナが拳を強く握りしめて叫ぶ。
うん、そうなんだけれどね……
戦争回避の方策が思い浮かばない。わたしにすでにやる気がないのは事実なんだよ……




