182.潜入
家に入り、居間に敷きっぱなしの布団に倒れ込む。
「疲れたー。肉体的にも精神的にも。」
うつ伏せに倒れたわたしの背中に、ファリナとミヤが重なるように倒れ込む。重いからどいて。
「あー、だめだ。寝ちゃいそう。」
「それは認めない。」
「わかってるって、ギャラルーナの宮殿に行かなきゃいけないんだもんね。」
「晩ご飯がまだだ。」
そっちかい。
「リリーサが来るまで我慢だよ。多分食べてこないから。」
「でしょうね。そんな暇もないでしょうし。」
ファリナがキッチンに向かう。
「野菜が少ししかないわね。買い物行かなくちゃ。」
どうしよう。リリーサを待って一緒に行くべきか、それとも先に買い物に行っておくべきかなぁ。
「わたしが行ってくるわ。待ってたら遅くなりそう。ミヤ、リリーサがおかしなまねしないよう見張っていてね。」
「わかった。切り刻む。」
刻むのは何かしてからにしてね。
布団に大の字になりながら考える。戦争か。魔人族となら日常ご飯時だったから気にならないけど、同じ人族と戦うのか。まぁ、わたしが直接戦うわけじゃないけど……
「ご飯時はそろそろ考えた方がいい。マンネリだ。」
前にファリナにも言われたよ……
うつらうつらしてきた。リリーサ来ないな。
「ただいま。あれ、まだリリーサ来てないの?」
ファリナが先に帰ってきちゃったよ。
「来ないね。どうしたんだろう。」
ライザリアの元から帰ってきてすでに数時間。もう日も暮れている。ミロロミに話をするには充分な時間だ。
「こちらに来れなくなったのかも。領主に他の土地に行くのを止められたとか。」
「宣戦布告されたわけじゃないんだよ。それまでどこに行こうと関係ないじゃん。」
「わたしたちがエルリオーラで動いてる間に布告があったのかも。」
でも、布告してすぐ戦争になるわけじゃないんでしょ。ないんだよね……
「リリーサが来ないとギャラルーナ帝国の宮殿には潜りこめないね。」
「どうする?晩ご飯作っちゃうわよ。」
「うん。仕方ないね」
ミヤがそろそろ待ちくたびれて、しびれを切らしそうだ。
「まさかとは思うがリルフィーナと2人で行ったわけではあるまいな。」
ミヤがボソッと言う。
まさか。
「でも、ヒメが行くのを渋っていたから……」
ファリナが呟くように言う。あいつが気を使って……?ないない。
そう言いつつ、何となく不安になってきたその時、家の中に空間移動の門が開く。
「一大事です!」
リリーサが門から飛び出してくる。よかった、まだいたよ。
「リリーサ、どうしたの?」
まさかほんとに宣戦布告があったの?
「寝てしまいました!晩ご飯食べ終わりましたか!?」
「え、と、あぁ……まだだよ。」
ハァッと安心したように息を深く吐くリリーサ。
「よかったです。」
「あぁよかったね。」
心配して損した!怒りと同時に、安堵でガクッと気が抜ける。
「土の魔石は値段が決まっていないとのことなのでおいてきました。持ち逃げしようものなら地の果てまで追いかけます。今はそれにこだわっている時間がないのでなんにせよ後回しです。なので、代金は待ってください。あぁ、領主様は戦争になったら終わるまで旅してることにしていい、とわたしに手紙を置いていきました。」
晩ご飯を食べながら、リリーサがそう話し始める。
お金はいつでもいいし、元々リリーサから押し付けられたものだから貰わなくてもいいけど。で、リリーサのところの領主って割といい人なのかな。でも他のハンターはどうなるのよ。
「わたしがいないと、来年以降の国王様のご生誕祭用の献上品が手に入らなくなくなるからでしょう。」
「あぁなるほど。」
ファリナが呆れてる。
「とはいえ、今の領地にはさほど恩はありませんが……」
リルフィーナをチラと見る。
「……ラリナルド領は王都より北にあるのです。」
どこよそれ。
「お姉様とわたしがお世話になっていた……なっていたんですかね?とにかく、ガナープラ教の教会がある領地です。」
「あぁ。」
昔住んでいたところか……頭を勇者の村の景色がよぎる。もうなくなった景色が。
「ギャラルーナ帝国の南下がどこまでを目指しているのかわかりません。そこまで来ることはないと思うのですが。」
リリーサには珍しく食事のペースが進まない。余程気になっているのかな。
「気になさらずに。来る前に、目を覚ますなりケーキ3つ食べてきたものですから。」
リルフィーナが呆れた目でリリーサを見る。あぁ、なるほどね。それは呆れるわ。
「弟君の部屋に門を開きます。警備が薄くなる深夜、日が変わった頃がいいと思います。」
食後のお茶を飲みつつ作戦会議。
「女帝様とお話もしたいので、弟君には意識を失ってもらいます。かわいい男の子ですので、ヒメさん、理性をなくして襲わないでくださいね。」
あのね!かわいいの?
リリーサが、収納から手のひらに隠れる大きさの黒い小瓶を出す。
「水薬です。2,3滴口の中にたらせば、数時間意識を失います。あまり多く飲ませると2度と目が覚めなくなるので注意してくださいね。」
いや、あんた飲ませてよ。何その劇薬。
「眠っている弟君を、先に空間移動の魔法でどこかに移動させます。わたしかヒメさんの家は、万が一にも特定されたら危険なので、遠くの森の中にでもいてもらいましょうか。」
「森はいいけど、女帝を攫ってる間に、獣とかに襲われたりしないよね。」
「……まぁその時は目を覚ますこともなく食べられてしまいますので、苦しむような事はないかと……」
「却下!なんか最近、発想が過激すぎるんだけど!」
何だ、その展開は!?
「では、なぜかいまだに買い手がつかない、前のわたしたちの家に押し込めておきましょうか。」
あのお店兼自宅まだ売家なんだ。まぁいわくつきだからなぁ。
「で、女帝様の部屋に移動。同様に眠ってもらいます。美しい方なので、ヒメさん、理性を失って襲わないでくださいね。」
「くどいな!」
「女はまずい。」
「ミヤ、2,3発殴っていいからヒメを止めてね。」
あんたたち、弟の時は何も言わなかったくせに……
「女性はねぇ……」
「ヒメ様の理性が耐えられるとは思えない。」
誰が女好きなのよ!
「部屋の移動の際は、警備の者に見つからないよう気をつけてください。もし見つかりそうなら、その警備の者はわたしが消します。」
リリーサがマジで過激だ。
「そのくらいの覚悟がないと、女帝様を攫うなんてまねできません。」
いや、それはそうかもしれないけど……いまだにわたしは、悪人以外を手にかけることを決心できないでいる。
「ただ、最大の問題が1つ……」
「何?」
「……夜半まで起きていられる自信がありません。」
「覚悟よわ!」
やっぱりリリーサだった……
でもそれは、わたしにとっても問題だった。
「眠たい……ダメだ……もう寝ようよ。」
潜入予定時間までまだ3時間以上ある。なのにそこまで起きていられる自信がもうない。人にはできる事とできない事があるんだ。
「というわけで、また今度にしよう。」
「賛成します。」
うつらうつらしながらリリーサも賛成する。
「仮眠……させたらもう起きないわよね。」
ファリナが困った顔。
「しかたない。最後の手段。ちょっとザックリ刺せば苦痛で目が覚める。リリーサがいるから再生で治せる。大丈夫。」
ミヤが鉤爪を出す。大丈夫じゃないよ!冗談じゃないよ!そもそもちょっとザックリってどの程度なのよ!
「目が覚めました。洒落になってません。」
「洒落のつもりはないが。」
よけい悪いわ!
黙っていたら寝てしまいそうなので、ボードゲームで時間をつぶすと同時に眠気覚まし。
「そろそろ動き出しますか。」
日にちも変わったところで、リリーサが立ち上がる。めんどくさいけどしょうがない。リリーサだけ行かせるわけにもいかないしね。
「では、予定通り弟君の部屋に門を開きます。部屋の中に弟君以外の人がいるとは思えませんが一応用心と、弟君が騒ぎそうになったら押さえつけてください。その際、ヒメさん、欲望のままに襲わないでくださいね。」
しつこいな。誰が誰を襲うんだよ。
「男の子だからその心配はないと思うけど。」
「うむ。」
信用あるのかないのかわからない返事ありがとう、ファリナ、ミヤ。後で憶えてなさいよ。
「ですけど、相手は成人前。幼子好きなヒメさんなら、性別は関係ないんじゃないですか?」
蒸し返さないで、リルフィーナ。これ以上言われたら、出かける前に一騒動になるからね。
こんな時間に表を出歩くところを見られたくないので、苦渋の選択で家の中に門を開いてもらう。さぁ行くよ。
「え、と……」
真っ暗な門を出たら、部屋も真っ暗だった。明かりが、光の魔石どころかろうそく1つない。窓も厚手のカーテンがかかっているらしく、月あかりも差し込んでない。マジで何も見えないんだけど。何?明るかったら眠れない子なの?それにしても、限度ってものがあるでしょう。
(ミヤ、弟がどこにいるかわかる?)
多分、わたしのそばにいるはずのミヤに小声で話しかける。それすらわからないなんて。
(ここには誰もいない。)
え?じゃどこに?
(部屋の外に誰かいる?)
(隣の部屋に1人。それ以外には離れた場所にある階段を下りたところに1人。隣はメス。階段はオス。)
まだオスメス判定ですか。それはさておき、隣は女帝だとして弟はどこ行ったのよ。
「誰もいないなら明かりをつけます。確かランタンがあったはず……待ってください、暗くて、<なんでもボックス>から出したのはいいんですけど、どっちを向いてますか?これ。」
囁き声から小声の会話にする。
「待って。<小火球>」
手のひらに直系10センチ程度の火の玉が浮かぶ。
「これで見えるでしょ。」
「これだけでいいのでは?」
いや、リルフィーナ、元々これって何かに投げつけるものだから、持続させておくのがめんどくさいのよ。
「そういうものなんですか。」
そういうものなんだよ、リルフィーナ。
「<大火球>くらいになればなんとか維持できるけど、それだと今度は熱くて持ってられないしね。」
「大変ですね。」
「ヒメ様は弱魔法は苦手。魔法陣を維持できない。要するに何かを壊さない魔法はほぼ苦手。」
ちがう、できるもん!難しいだけで!
ランタンに火をともし、少しだけ明るくなった部屋の中を見る。
ベッドには誰もいない。
「掃除は行き届いています。どこかに外出中なんでしょうか。」
「戦争が始まるので、どこかに避難した、とか。」
「戦場が国境線で始まるなら、帝都が一番安全でしょ。現状じゃ。」
そうだよね。別の場所に避難なんてことになったら、護衛の兵士も必要だし。無駄な兵力を割きたくないよね。たとえ数人でも。
「まぁその辺は、隣にいらっしゃる女帝様に聞けばわかるでしょう。ミヤさん、護衛の兵士は階段の下なんですね。」
「オスが護衛ならば、そう。」
下の階にいて護衛になるのかな。でも、女帝も女の子。未婚の女性の近くに、護衛とはいえ男がいるのは嫌かも。
「女の子という歳でもないですけどね。」
リリーサが、扉に向かう。
そっと開けて、廊下の様子を探る。廊下にはさすがに明かりが灯っていた。見える範囲には誰もいない。
「ミヤ、近づいてくるようなら教えて。」
「わかった。」
(こっちでいいんですよね。人がいる部屋って。)
リリーサが小声でつぶやく。廊下に出てしまったから、話声が階下の護衛に聞こえるかもしれない。普通の声での会話はできない。
ミヤはただ頷くだけ。
忍び足で隣の部屋に向かう。
弟を攫う手間が省けたのはいいことなんだろう。そう思いたい。
隣の部屋の前に立つ。
(行きますよ。)
リリーサが扉をそっと、少しずつ開ける。
そして、わたし溜息。
部屋の中は真っ暗だった。この部屋もかい……




