181.報告
「おーい。」
林の中から先頭の騎士が乗った馬が現れたので、手を振ってみる。
騎士は後ろに手を振って行列の進行を止める。何人かの騎士が何やら相談をした後、3騎の騎士が馬に乗ってこちらにやってくる。先頭以外の2人は剣を抜きながら。
うーん、燃やすしかないか。
「この行列はとある高貴な方のものである。市井の者が妨げてよいものではない。下がれ。」
「ライザリアに話があるんだけど。」
騎士たちの顔が険しくなる。
「何者だ?いや、この場においては問答無用だ。切り捨てよ。」
先頭の騎士がそう叫ぶけど、その後ろの騎士があれ?と言った顔でわたしを見る。
「どうした?早く斬れ!」
「いや、どこかで……」
あ、そうだ。わたしは収納から、ライザリアから貰ったエルリオーラ王国の紋章が入った銀のプレートを出す。何とライザリアのサイン入りだ。
「これ。」
3人がプレートを見る。表情が驚きに変わる。
「そ、そ、それは……王女殿下が唯一賜れたという王家の紋章。では、あなたがヒメ閣下でいらっしゃいますか!?」
誰よ、それ……
「お、お待ちください。」
先頭の騎士が後ろの1人にあごで指示すると、その騎士は林の出口で止まっていた行列に向かって馬を走らせる。
「あ、あの……何用でしょうか。このような道端で。」
「王女殿下に可及速やかにと頼まれていた依頼を受けております。大変失礼な事と思いましたがなにぶんにも王女殿下が可及速やかと申されましたので。」
「わ、わかりました。王女殿下のご命令とあらば致し方ありません。」
ファリナの説明になっていない説明にさえ恐縮する騎士たち。恐れられてるなぁ、ライザリア。
「ヒメ!」
馬車から飛び降りてくるライザリア。
「お、王女殿下、いけません!どこに何者がいるかわかりません!今こちらに呼びますゆえ馬車でお待ちを!」
「なら早くなさい。」
大慌てでこちらに駆けてくるお付きと思われる若い女性。あいつのそば付きか、大変なんだろうな……
「何、何、何?寂しくて会いに来てくれたの?」
昨日の今日だからね。
「急ぎの話があるの。」
わたしのまじめな顔を見て、急に真剣な目になる。
「例の件ね。しばし休息にします。列を草原に寄せて。これより国家に関する大事な話し合いを行います。半数の者は馬車の周囲の警護を。キャナリー、悪いのだけど警護の者にお茶を淹れるのを手伝ってあげて。わたしが出てくるまで馬車に入ることは許しません。ヒメ、乗って。」
わたしたちはライザリアの馬車に。相変わらず騎士たちは、わたしたちを睨むどころか俯いてこちらを見ない。わたしたちは怖くないからね。
「まずは……」
リリーサが最初に口を開く。みんな黙って聞いている。
「……お茶にしましょうか。ケーキがあるんです。」
うん、こうなる予感はしてたんだ……
「ミヤ、ごめん。馬車の中を遮音して。リリーサを怒鳴っても外に聞こえないように。」
「すでにしてある。何となくこうなりそうな気がしていた。」
何だ、だったら怒鳴ればよかった。
「なぜわたしが怒鳴られるのですか。」
ポットを出すな。馬車の中は火気厳禁だからね。
「常識のあるわたしに何を言ってますか。火なんか焚きませんよ。まずポットに水を入れます。そして中に火魔法で……」
水の入ったポットに魔法の火を落とす。
ジュン!一瞬で水がポットから蒸発した。
「おかしいです。」
「加減を知りなさいよ!どこに常識があるのよ!」
「爆発しなかったか。僥倖。」
ミヤが防御魔法の陣を用意していた。まったく。
わたしが持っていた冷茶を、ショボンとしながら飲むリリーサ。
「で、どうだったの?」
重要な話をしようとしてるはずなのに、みんなの手にはケーキの乗った皿。緊張感に欠けるわ。
「その前に報告。ギャラルーナ帝国がガルムザフト王国方面に向けて、国境で兵隊を布陣中。」
「……え?」
さすがのライザリアも固まってしまう。やっぱり、インパクトあるなぁ、この話。
「兵隊を布陣?ガルムザフトに向けて?って、冗談でしょ!そんな事……」
「事実なんだよ、ライザリア。で、ガルムザフト王国は、万が一戦争になったら、国内のハンターも動員するって公布したの。」
「何考えてるのかしら……いえ、以前からギャラルーナ帝国は南に領地を欲しがっていると言われてきたわ。今の領地だと冬になると国土全体が雪と氷でおおわれてしまうから、雪の少ない土地が欲しいと常々考えていると。でも国家的状況がそれを許すはずがないの。」
魔人族の存在だね。
「なのに開戦?何がどうなっているのよ。」
「で、これが国境付近の様子。」
リルフィーナの描いた絵を出す。
「上手ね。」
「こちらのリルフィーナ画伯の作でーす。」
「へぇ、ほんと上手だわ。」
「えへへ。」
頬を染め、頭を掻き、照れるリルフィーナ。
「画伯で思い出した!あんた、わたしの事、騎士たちになんて呼ばせてるのよ!」
「え?様や卿はヒメが貴族でないから使えないから、閣下と呼びなさいと言ってあるわ。」
バカでしょ!もう恥ずかしくて騎士たちの前に立てない……
「そんなことはどうでもいいの。」
どうでもよくないよ、ファリナ!
「国境の壁は黒の森まで伸びていたわ。その後方にこの要塞もどき。」
「造りは城壁っぽいわね。」
わたしの叫びは無視された……もう燃やすしかない……
「多分、戦争に勝ったら、国境線を南に移動させて、この場所に新しい宮殿を作って帝都を移動する計画じゃないかしら。その準備も込みで建てた要塞だと思うけど。」
さすがライザリア、よくそこまで思いつくね。
「とはいえ、あの賢帝といわれたエリザベート女帝がこんなバカげた計画に許可を出すなんて……」
「あぁなるほど。女帝様を消してしまえば戦争終わりますよね。」
リリーサがとんでもないことを言い出した……話が急に飛躍しすぎなんだけど。
「どうやって?」
「宮殿に忍び込んで、エイッと。」
どんな腕利きの暗殺者が、この戦争準備で戒厳令になっているかもしれない帝都に忍び込めるっていうのよ。
「え?女帝様の部屋は無理ですけど、その隣の弟君の部屋なら行ったことありますから、わたし行けますよ。」
あぁ、宮殿に潜入できるってことで、わたしたちと一緒に行動してたの忘れてたわ。女帝の弟の怪我を治しにギャラルーナ帝国に行ったことあるんだっけ、リリーサ。
「そうだった。ナイスだわ、リリーサ。ヒョイとやってきて。」
軽く言わないでよライザリア。うぅ、会話が不穏当だな。
「でも、このままじゃリリーサだって戦場に出て、敵の兵士を何人も殺さなきゃいけないんでしょ。1人ですむならラッキーじゃない。」
人が死ぬのをラッキーとか言わないで……
「こう見えてもヒメ様ナイーブ。もう少し言葉を選んでほしい。」
うぅ、ミヤぁ……
ミヤを抱きしめる。
「じゃあ……」
人差し指を顎に当てて、ライザリアがうんうん唸りだす。見た感じかわいいのに、考えてる事は凶悪な事なんだよなぁ。
「……そうだ。弟君か女帝を人質にして兵を引くよう脅迫……もとい、説得しましょう。攫ってくるだけならいいよね。」
にこやかな顔で悪辣なこと言わないで。でもまぁそのくらいなら……
「そのくらいで国家の威信を捨てるでしょうか。」
リルフィーナ、よけいな事言わないで。なんか少しはましな方に話が進みつつあったのに。
「まぁ、本音を言えば、どうでもいいんだけどね。隣の国のケンカなんて。うちまで飛び火しなきゃ。」
ぶっちゃけすぎでしょ、ライザリア。
「ほんとのことだもん。国力的にギャラルーナ帝国の戦力じゃ、勝ったとしても国境線を動かす程度。ガルムザフト王国の王都陥落までは難しいでしょう。なら、我が国に影響が及ぶことはないわ。つまりどっちが勝ってもいいの。」
「王都まで攻めてこないの?」
「時期がね。もう冬なのよ。偵察させていた帝国内の今年の夏までの様子じゃ、食料とかも普通に国内外に流通させていた。つまり、備蓄の物資は例年通り。戦争用に備蓄していた様子はないの。これから冬になって食料は今持っている以上に増やせない。備蓄の量から長期の戦争を予定しているとは考えられないのよ。」
「ずっと探っていたの?」
「ギャラルーナ帝国だけじゃなく近隣の国はずーっと何年も偵察してるわよ。当たり前じゃない。周辺の国もうちを偵察してるし。国家的年中行事よ。」
あぁ、そういうものですか。
「国家的謀略、ウキウキ。」
ミヤだけがうれしそうだ……
「でも、夏の間何の用意もしてこなかったという事は、今回の行動は最近になって決まったってことよね。何があったのかしら。」
ファリナが神妙な顔でライザリアを見る。
「そこなのよね。ここに来て急に南下政策をとらなきゃいけない理由って何なのかしら。」
さすがに他国の事情はライザリアにもわからないか。
「捕まえてきて白状させればいいんです。女王様の出番です。鞭です。」
楽しそうにライザリアを見るリリーサ。じっとりとした目で見返すライザリア。
「女王じゃないけどね。」
「取り急ぎ宮殿潜入はお願い。わたしは急いで王宮に帰って国王陛下と話をするから。あぁ、捕まえるのが無理そうならサクッと消えてもらってもいいから。」
悪人ならともかくなぁ。何でこう話が物騒なんだろう。
ライザリアが馬車を降りる。周囲を警備していた者、休憩していた者が集まってくる。
「他国で問題が起きたようです。わが国には直接関わり合いはありませんが、国王陛下に速やかに報告しなければなりません。行進を急ぎます。場合によっては屋外での野営もありえます。苦労をかけますが、王国のため。皆の忠誠に期待します。」
「「「はっ!」」」
馬車の周りに集まってきた騎士たちが、ライザリアの言葉に剣を捧げる。
「出立します。」
馬車に乗り込む前にわたしに近寄るライザリア。
「お願いね。」
いや、お願いされても、わたしは暗殺なんかする気はないよ。最大限譲歩して、攫ってくるくらいかな。
「ヒメさんは甘いですからね。」
うぅ、リリーサに言われるのはなんか納得いかないけど、わたしに敵対してない人をヤっちゃうのはなぁ。
馬車の列の行進の邪魔になるから、離れて見送る。
「それでは今夜、忍び込んでみましょうか。」
なんでリリーサはそんなにやる気なんだろう。
「大勢が神に召されるよりはましだからです。わたしは商人ですから効率重視です。」
「でも、女帝様や弟が人質になったり、その……天に召されたとして、それで戦争が回避されると思う?国家として動き出しているのよ。」
ファリナがため息を吐く。そうか、もう動きだしてしまったんだ。女帝がいなくても、残った者がその後を引き継ぐこともありうるのか。
「わたしたちの家に行こう。ガルムザフトのリリーサの家じゃ何があるかわからないから。」
「後でいきます。まずはお店の様子とミロロミに今後の対応を説明してきます。」
あぁ、あの娘たちもいたっけ。
「王都までの攻撃がない予定なら、村が戦争に巻き込まれる心配はないでしょう。それでも子どもだけでお店の番をやっているというのは危険です。しばらく休ませないと。それに、土の魔石を、頼まれた商人に渡すのを忘れてました。それ込みで話をしてきますので、ヒメさんたちはヒメさんたちの家で待っていてください。」
「気をつけてね。」
わたしたちは2手に別れる。
朝からギャラルーナ帝国に偵察に行って、帰ってきてこの騒ぎ。長い1日だよ。




