18.少女たちの死闘
みんな、わたしを見くびっている。
フレイラは夜中、ベッドの中で憤っていた。
灰色狼を倒す時だって魔法でマリシアの援護をできた。倒せなくても、撹乱くらいならできるはずだ。
ふと気がつくと、窓の外から雨音が聞こえた。
雨なら見張りも、わたしが出かけないだろうと油断するはず。
ベッドから抜け出すと、外に出る支度を始める。
支度を終えると、窓の下にしゃがみ込む。抜け出すのはまだ早い。明け方、見張りがいたとしても眠くなり集中を欠く頃が一番だ。それに、その時間なら隣町への一番馬車が出る。それに乗れば町を抜け出せる。
もうすぐ夜明け。フレイラの部屋の外で声がする。
「代わります。」
マリシアの声だ。女の子の部屋だから、見張りはマリシアとエミリアの交代制なのだろう。
今来たのがマリシアなら、エミリアが休む番だ。好都合だ。エミリアは、なんか気配が読めそうな感じがする。マリシアの方が、抜け出す時に気づかれにくそうだ。
カーテンに隠れながら、窓から外の様子を確かめる。
いつもの場所に見張りはいない。あそこは雨宿りもできるはずだから、いないということは屋敷の中に入ったのだろう。
フレイラは雨具を着ると、窓を自分が抜け出せる最小限だけ開き、そっと部屋を後にした。
正面の門は使えない。門番が交代で休みなしに立っているはず。家の横の非常用の小さな門、あそこから。
勝手知ったる自分の家。フレイラは、雨音にも手伝われて難なく屋敷を抜け出した。
ここまでは、昨日も3回成功している。問題はここからだ。
歩いて町を抜けようとしたから追い付かれてしまったのだ。
もうすぐ、隣町行きの馬車の出発時間だ。それに紛れ込もう。
馬車乗り場に停まっている馬車に乗り込む。
「領主様のお嬢様ですよね?何事ですか?」
御者がフレイラを見て驚いて、席から降りてくる。
「父の代わりに白の森近くの草原に使いでまいります。すみませんが、乗せてください。料金は払います。」
「それは構いませんが、ご実家の馬車は?」
「朝が早すぎて、御者を起こすのが可哀想とお父様が。帰りは迎えを頼んでありますので途中で降ろしてもらいますがかまいませんか。」
「それなら仕方ないですね。かまいませんよ。」
「使用人にまで気を遣われるとはさすが領主様。お優しい。」
客室に乗っていた女性がフレイラに頭を下げる。
領民には優しい父だから、こういう時は信じてもらいやすい。
「途中の草原になにかあるのですか?」
「父が雇ったハンターの方々がキャンプしています。あいにくの雨になってしまったため、今日の予定変更を連絡しにいきます。」
「なるほど。夜中からの急な雨ですものね。」
乗り込んだ馬車には、隣町へ仕事に行くのだろう、年配の男性が1人と女性が2人。
「では、出発します。」
追ってくる者はいないようだ。この馬車は隣町へ行き、戻ってくるのは昼過ぎだ。それまでは、フレイラがこの馬車に乗っていたことがばれることはないだろう。
フレイラの計画通り馬車は町をでて、街道を進む。
「ここで降ろしてください。」
フレイラは、ヒメたちがキャンプしている場所を越えて1キロくらい進んだところで降ろしてもらう。
キャンプの傍は通れない。傍を通るとミヤに探知されてしまうかもしれない。見つかるとは思わないが、念には念をいれないと。なにせ相手はあの化け物パーティーなのだ。
キャンプを回り込むように進み、森を目指す。
「やっつける必要はないのよ。わたしが見つけて、ヒメさんたちに居場所を教えればいい。」
さすがにフレイラも自分が魔獣を倒せるとは思っていない。
ねぐらを見つけて、ヒメたちに教えればいい。魔獣に気付かれなければ良し。気付かれても、小火球の魔法で相手を怯ませて、その隙に逃げればいい。
灰色狼との戦闘の成功がフレイラを増長させていたが、幼い少女には仕方ない事かもしれない。
フレイラは、自分ならすぐにパープルウルフを見つけられると信じていた。
そして、それは現実となる。
かき分けた雑草の向こう百数十メートルくらいのところにそれはいた。尾を除いた全長が約3メートル。頭までは、フレイラの身長程もあるだろうか。それは、こちらを見つめながら牙を剥き、近づいてきていた。
フレイラは、ただそれを呆然と見ていた。
空間の穴を抜けてすぐに走りだす。ミヤから座標を移した影響でまだ頭が痛い。うぅ、本当に頭足りないのかな。
ここまで近づけば、わたしにもフレイラとパープルウルフの位置が探知できる。パープルウルフはフレイラの方にまっすぐ向かっている。もうすぐ出会ってしまう。
フレイラの居場所がばれてる?なんで?この雨なら匂いで気づかれることはないはずなのに。
考えてる時間はない。このままじゃ駆けつけるのが、フレイラとパープルウルフが出会うギリギリになる。
ミヤを先行させる?ダメ、ミヤ1人でフレイラをかばって、パープルウルフ3匹は厳しい。
あぁ、もう急ぐしかない。
「突っ込んだら、ファリナはフレイラを確保して。ミヤはわたしとパープルウルフを押さえるわよ。」
「了解。」
「わかった。」
ミヤの緊迫感の欠片もない声に少し落ち着いて、わたしとファリナは剣を抜く。いつもの魔人族の剣。緊急すぎて不安要素のある新しい武器は試せない。鋼の剣、無駄だったなぁ。
わたしたちはパープルウルフの前に飛び出した。
時は少し前。
「わたしだって!」
我を取り戻し、フレイラは魔法を発動する。
パープルウルフを牽制できれば、逃げ出す隙もできるはず。
先頭のパープルウルフに向け、小火球が放たれ、顔を直撃する。
「やった。ほら、見なさい。ちゃんとでき・・・」
炎の直撃に怯むはずだったパープルウルフは、まったく動じることなくフレイラに向かってくる。
自分の考えがいかに甘かったかを後悔するフレイラにパープルウルフの爪が振り下ろされる。
『あぁ、死ぬんだ・・・』
動けない。なにも頭に浮かばない。死だけが理解できた。
「あぁ、もう!」
喚きながら、ファリナがタックルするようにフレイラに飛びかかる。
2人で縺れ合うように転がるすぐ脇を、パープルウルフの爪がかすめていく。
攻撃を外した先頭のパープルウルフにわたしは剣を振り上げる。
ファリナたちを目で追っていたけど、すぐにこちらに視線を走らせ、わたしの攻撃を躱す。
もう、ウルフ系は動きが速すぎる。燃やしたい。
ミヤは後ろに続く2匹に向かって走っていた。
1匹がミヤに気づき進路を変える。もう1匹は、立ち上がろうとしているファリナに向かう。こいつら、魔獣のくせに連携がとれてる。
わたしも最初の1匹から手が離せない。分散してたら手間がかかるだけだ。フレイラがいなければなんとかなるのに。このままじゃ、フレイラを庇っているファリナがやばい。
仕方ない。目の前の1匹に牽制の攻撃を仕掛けると見せかける。距離をとろうとわたしから離れたその隙にファリナの方へ向かう。
ミヤもファリナもだめだという厳しい顔を向けるが、この際はやむを得ないといったところか、何も言わず自分たちの攻撃に専念する。
剣に魔力を走らせる。魔法剣は切れ味をよくするだけじゃない。
ファリナに向かっていたパープルウルフに飛びかかり、剣を振り下ろす。
ウルフは、すぐに反撃できるようにするためなのだろう、すれすれで避ける。うん。そう思っていたよ。
わたしはさらに剣に魔力を加える。
剣の、金属部分の倍の長さに光が伸びる。光の剣だ。
すれすれに躱そうとしたパープルウルフの首に光が突き刺さる。
「ええい!」
一気に切り下す。喉を切り裂かれ、パープルウルフが、声も出せずに地面に転がりもがきながら、遂には動かなくなる。
「1匹!」
振り向いたら、さっきまで相手してたパープルウルフが、ものすごい形相で向かってきていた。
攻撃を受け止める体制にはできそうもないので、右に転がるように大きく飛ぶ。うぅ、雨で地面が濡れてるから、思ったほど飛べない、服が濡れる。
立ち上がり、すぐさま剣を構える。パープルウルフも一旦止まり、こちらを睨み構える。
とりあえず、ファリナの方はフレイラを庇う余裕ができるはず。この隙に、フレイラをここから逃がして。そう考えていた時期がわたしにもありました。
「フレイラ、逃げなさい!」
ファリナの声に、体をビクッと震わせたフレイラが走り出す。
逃げる方向ではなく、倒れたパープルウルフに向かって。
「フレイラ!」
ファリナが再度叫ぶ。
「大丈夫です!この毛の色。これってパープルウルフですよね。」
なんで?
3人共、フレイラに視線を向けていたため反応が遅れる。
わたしに向き合っていたパープルウルフの口元に魔力が集中する。
空気中の水分を固めて、エッジのついた円盤状にして、高速で相手に打ち出す、パープルウルフの魔法<霧の刃>。それが、フレイラに放たれた。
「しまっ・・・」
炎で狙い撃つ?ダメ、速すぎる。
「あぶない!」
ファリナが、かろうじて左手を伸ばし、フレイラを突き飛ばす。
地面に転がるフレイラ。フレイラが起き上がって見たのは・・・
「あぅっ!」
左手が肘から切り落とされ、その場に倒れるファリナ。
「ファリナさん!」
悲鳴をあげるけど、腰が抜けたようにフレイラはその場を動けない。
「に、逃げなさい。」
顔だけ起こし、フレイラに逃げるよう促すファリナ。
「で、でも・・・」
泣きながらファリナを見つめる。
「わ、わたしの・・・せいで、ファリナさんが・・・」
泣いてる場合じゃないでしょ。
「いいから、逃げなさい!邪魔よ!」
「ヒメさん・・・」
「ミヤ、こいつらはわたしがやる。ファリナを!」
「わかってる。」
爪を鉤爪で受け、つばぜり合いをしていたミヤが、その爪を払うと、ファリナに向け走り出す。
追おうとするパープルウルフの足元に、火球を打ち込む。
「あんたたちの相手はわたしがしてあげる。おいで。」
殺気が体を走った。まずった。パープルウルフしかいない予定だったので、辺りを警戒してなかった。
慌てていたので、ミヤの第一門も開けたままだった。今のミヤはパープルウルフの存在しか探知しないようになっている。だから、ミヤも反応が遅れた。殺気で気がついたようだ。
「ヒメ様、何かいる!」
急いで殺気の方に体を向ける。火球が高速でわたしに向かい放たれていた。
避けなきゃ!思うように体は動かず、火球はわたしのお腹を直撃する。
「ヒメさん!!」
フレイラの悲鳴を聞きながら、わたしは地面に崩れ落ちるように跪いた。
見たら、左のわき腹がおへそ近くまで消し炭になっていた。うん。これは痛いかな。
「人間風情が私の戦闘魔獣に手を出すとは何事かな。」
灰色の肌。灰色の髪。目はすべて黒くて、白目部分がない男が立っていた。
「ま、魔人族・・・」
フレイラが絞り出すように呟く。
うん。魔人族の一般市民の人魔だね。戦闘魔獣とか言ってたから、軍属かな。
戦闘用に訓練され、戦争の時に一兵卒として使われる魔獣を戦闘魔獣と魔人族は呼んでいる。だから、ウルフの連携がとれていたわけだ。
「訓練に人族を襲わせていたのだが、よもや、返り討ちにあうとは、まだまだ訓練不足だな。」
男が睨むと、残っていた2匹のパープルウルフが、怯えたようにクーンと鳴いて男の傍に座る。なるほど、最初からフレイラの存在がわかっていて、それを目標にしたわけか。しかも、訓練って言ってた。パープルウルフが人族側の土地にいたのは、たまたまじゃなくてこの人魔が訓練のために連れてきていたのか。
わき腹を押さえ、跪くわたし。
失った左腕を押さえ、うずくまるファリナ。
そのファリナに寄り添うミヤ。
ただ、立ち尽くすフレイラ。
なんか、絶体絶命っぽいぞ。




