178.国境へ
そして翌朝。家の前に停められた大型の馬車にライザリアが乗り込もうとして……
「それじゃ、お願いね。」
いきなりわたしに抱きついてくる。
「王宮で報告を待ってるからね。あぁ、わたしの部屋を教えておくんだった。そうすれば直接わたしのところに来れたのにね。」
耳元で囁く。騎士たちには聞かれたくない話だからジッとしてたけど、そろそろファリナとミヤが実力行使に出そうだから離れなさい。
馬車に乗り込む。さすがに騎士たちの手前か、窓から手を振ることまではしない。
嵐は去っていった……
「嵐は去ったけど、問題はこれからよね。」
そうなんだよファリナ。ガルムザフト王国とギャラルーナ帝国の国境線には近づくなってあちこちから言われてるのに。
「言ってるのって、うちの役立たずと何とかいう魔人族ですよね。」
ログルスね。後、父親を役立たず呼ばわりはやめなさい。
「じゃ問題ないんじゃないんですか。あの人たちにわたしたちの行動をどうこう言われるおぼえはありません。」
「いや、それはそうだけど。どうしたの、リリーサ?やけにやる気だね。」
「フッ、考えてみたらヒメさんたちが調べている間、わたしとリルフィーナは暇です。」
だからその間は大人しくしていなさいと言ってあるよね。
「魔獣を狩ってはいけませんと言われました。なら、体に悪い薬草を狩ってます。それならば静かです。」
ウロチョロするなって言ってんの。後、いつまでも“草を狩る”とか言ってないで、そろそろ“刈る”に戻しなさい。
「大して違いはない。」
「あるよ、ミヤ!草は襲ってこないからね!」
「でも体に悪い薬草は、人の命に関わるものなんだから、狩るでも間違いじゃないと思うけど。」
今さらファリナまでもかい。もういいや。
「準備しようか。何を持っていけばいいのかな。」
「まず服の色は黒を推奨する。仮面かマスクがあればなおよし。遠眼鏡は欲しい。先端にフックをつけたロープ……後は……投げナイフもあるに越したことはない。」
ミヤが何か言ってるけど、右から左だ。冒険小説の設定を持ち込むんじゃない。
「夜は森の中が見えづらいから昼間に行動することになりますね。あまりヒラヒラした服は好ましくありません。」
そういうリリーサの服が一番ヒラヒラしてるんだけどね。
「わたしは後ろで草狩りしてますから気になさらず。」
まぁ見つからなきゃいいんだからどんな格好でもいいけど。
「見つかったらその場にいたやつを全部ヤってしまえばいい。」
いや、ミヤ、それじゃばれたも同然なんだよ。偵察されてることを気づかれちゃいけないんだから。
「その時はギャラルーナ帝国を全滅させましょう。それですべての問題が解決です。」
簡単に言うけどね、リリーサ。国1つか……何日かかるかな……
「できないって話にならないんですね……」
「え?や、できないよ、もちろん!やだなー、リルフィーナ。」
乾いた笑いが部屋に響いた……
いろいろ必要になりそうなものを町で買い物する。もっぱら食べ物になるけど。そもそもが、建てているという建築物のそばになんか行けない、そんなそばまで行ったらばれてしまうのがはっきりしてる、ので遠目に確認するしかないわけで、建物が何なのかわかったところで速攻逃げ出すしかない依頼なんだから、必要なものなんてないのよね。あ、遠眼鏡だけは買ってみた。しかも人数分。1つだとなんか奪い合いになりそうだったから。
あとは、冷茶を買って水筒に用意。それも大量に。リリーサにはこれで我慢してもらう。暖かいお茶がいいとごねられたけど、森の中で火を焚くわけにもいかないから一生懸命説き伏せた。そのかわりケーキを買わされたけど、わたしたちも食べるからいいか。
「何しに行くんだっけ……」
お茶の入った水筒とお弁当、それにケーキを見てファリナが頭を抱えている。いいんだよ、気楽で。ライザリアの好奇心を満たすために行くようなものなんだから。
当然のようにリリーサたちは、その夜わたしたちの家に泊まり、その翌日。ガルムザフト王国とギャラルーナ帝国との国境に向けて、わたしたちは出発した。
いきなり国境近くまでいくのは、さすがに危ないだろうと、国境線から数キロ離れた黒の森に出る。この辺はリリーサの庭みたいなものだから、空間移動魔法でけっこう自由に目的地を決めることができた。
「ミヤ、誰かいる?」
「近辺に人影無し。」
一応わたしも確認……いるじゃん!
オークが3匹、いきなり木の陰から飛び出してくる。ファリナとミヤが切り裂き、切り刻む。
「ミヤ!」
「誰かと聞かれたからいないと答えた。何かと聞かれれば何かいると答えた。」
「あのね……危険な潜入なの。道中危険なものがあったら全部教えて。」
「人も獣も魔人族も、とにかくヒメに危害を加えようとする可能性のあるものはすべて報告。排除するわよ。」
ファリナが眼光鋭くミヤを見る。
「わかった。ヒメ様に危害を加えそうなものだな。なら、まずそこの眼鏡女を排除するべき。」
鉤爪をリリーサに向ける。
「あ、それは勘弁してあげて。」
「意味がわかりません!わたしは危険ではありません。傷つきました。心が傷つきました。ヒメさん慰めてください。」
「殴るのだな。」
「いつまでこのネタ引っ張るんですか?」
まったくだよ。いいから、行くよ。
見通しのいい草原を歩くわけにもいかないので、当然森の中を歩くことになる。ミヤがそれなりの距離で探知してくれてるだろうから、周囲をまったく気にしないで歩けるので気にはならないけど。
「さすがにガルムザフト王国の領地内じゃ、怪しい奴もおかしなものも見受けられないか。」
ギャラルーナ帝国の人も魔人族も誰もいない。オークがたまに出てくるくらい。
「もう少しで国境近くです。壁はおそらく黒の森の中央くらいまでしか建設してないと思いますけど、念のために山側に回り込んで国境を越えようと思います。いくらなんでも黒の森の奥までは壁はないでしょう。」
リリーサが息を切らせてる。道なき道はリリーサには厳しそうだけど、さすがにどこに誰がいるかわからない状況、弱音を吐くことなく歩いている。
「え?」
最前列を歩いていたファリナとミヤが足を止める。
「どうしたの?」
その後ろを歩いていたわたしに、ファリナが指さす。その先には……
国境の壁があった……
「なんで?ここ黒の山脈の近くだよね。こんなところまで壁を造ってるっていうの。」
唖然とするわたしたち。黒の森に壁を造ってるのは見たけど、まさかこんな奥まで伸びているなんて。
「っていうか、よく完成できたわね。魔人族に攻撃されそうなものなのに。」
ファリナが壁を見回す。黒の街道方面はもちろん山脈の方まで伸びている。ここからだとどこまで伸びているのかわからない。
「壁沿いに進んでしまうと、向こうの誰かに見つかるんじゃないですか?」
リルフィーナの言う通り、壁がそれなりに完成しているなら上に見張り台があるかもしれないし、見張りが壁近くに出てるかもしれない。壁のそばを歩くのは危険だ。
「戻って壁から距離をとって、山側に進んでみよう。」
わたしたちは、慎重に今来た道を引き返す。壁がそこにあるのなら、草や木を大きく揺らすと見つかる可能性がある。
壁が見えなくなったところまで移動して休憩。
「お茶を所望します。」
リリーサがもうグッタリだ。
「最初はゲーム感覚だったけど、なんだかもうめんどくさくなってきたな。もういいや、燃やしちゃおうか。」
「手伝いますよ、消します。」
「もうそれでもいいような気もするけど、そうもいかないのよね。リリーサ、山のふもとまで移動できる?」
「国境近くで移動はまずくないかな。前の時もログルスに見つかったよね。」
この前、リリーサがどうしても体に悪い薬草を欲しがった時、わたしたちをあっさり見つけたよね、ログルス。
「やっかいですね。」
「鬱陶しいっていうのよ。」
首をすくめるリリーサにわたしが断言する。前回は見逃してくれたけど、もう戦争間近なら一戦交えることになるかもしれない。今、ここにいるかどうかはわからないけど。
「もう少しガルムザフト側になら山の真ん中くらいに移動できる場所があります。」
うーん、そこまで移動して、山中を国境近くまで歩くのか。めまいしそう。
「仕方ないか。念のためにもう少し国境線から離れてから、リリーサ、門を開いて。」
わたしたちは足取り重く歩き出す。
「まったく、こんなに大変だとは思いませんでした。今気がついたのですが、結局ヒメさん以外は報酬を貰えるのか話がついてないんですよね、あの王女様と。」
リリーサが愚痴をこぼしまくり。言われてみればそうか……いや、わたしも決まってないよ。
「国中の女の子のスカート捲っていいって言われたじゃない、よかったわね。」
ファリナの言い方がきつい。全然よくないよ。その報酬のどこにメリットがあるのよ。わたしの悪評が広がるだけじゃん。
「多分予防線を張られたわね。結局何もなかったら、ごくろうさんの一言で済ますつもりよ、あの女。」
あぁ、ありえそうだね、ファリナ。
「でも、これでなにかあったらあったで面倒な事になりそうなんですけど。」
「その通りなんだよ、リルフィーナ。どうしよう。いい様に乗せられて、めんどうを抱え込むパターンだよね、これ。」
逃げようか。逃げるなら北かな。寒いけど。
「雪中の逃避行だな。ワクワク。」
クラクラしかしないよ、ミヤ。そろそろ空間移動の門を開いてもいいかな。
寒風吹きすさぶ山の中腹にたどり着く。
「だから寒いって!」
「誰ですか、こんなところに来ようなんて言った人は!?」
あんただよ、リリーサ。
「行けると言っただけで、行こうなんて言ってませ-ん!」
こいつは。
「ヒメ、遠眼鏡出して。」
「何か見える?」
「なんだろう、あれ。」
<ポケット>から遠眼鏡をいくつか出しながら、ファリナの見ている方向を見る。
国境の壁のギャラルーナ帝国側。壁からそれなりの距離があり、さらにここからは遠い白の森の向こうにそれは見えた。
「城塞?お城?って言うか、建ててるのって黒の森の近くっていう話じゃなかったの、ミヤ?遠いって。」
「ミヤは壁の向こうとしか言ってない。」
そう言えばそうだったね……さっきもそうだったけど、ミヤは聞かれたことには正確に答えてくれる。ただし、そこには融通というものが存在しない。まぁ、それがミヤなんだからしょうがない。
一辺が100メートルくらいあるのかな、距離が離れているから大きさがうまくつかめない。見た感じお城の基礎みたいにも見えるし、その外側の城塞にも見える正四角形の巨大な壁があった。この距離からでも見える大きさって。
その上方に建物を建てていけば、お城になるのかもしれない。今は、その壁の内側の一角に小さな塔みたいな建物と平屋の建物がいくつも並んで建っていた。
「近くまで行けば何かわかるかな。」
あのそばまで?完璧に見つかるよね。もしくは、あいつら全滅するよね。主にわたしに燃やされて。
「黒い鎧を着た男たちが出入りしている。兵舎なのかもしれない。」
ミヤが遠眼鏡を覗きながら言う。
「え?ミヤ見えるの?遠眼鏡使っても、塀の中の建物がやっと見えるかどうかだよ。」
「わたしも。」
わたしとファリナビックリ。
「何かわかりましたか?」
離れたところから声がする。振り向くと山肌に開いた奥のさほどない洞窟のような穴で、リリーサが休んでいた。まぁ、邪魔しなきゃいいけど。
「火を焚きたかったんですけど、火はともかく煙は見つかってしまいそうだったので我慢しました。わたしを褒めるべきです。」
「はいはい、リリーサは偉いね。」
「誠意がありません。この件が終わったら何か狩りにいきます。いいですね。」
「はいはい。一度町に戻ろうか。現状これ以上調べることはできなさそうだし、何より寒いし。」
あの建物に近づくにしても、こんな真昼間じゃ見つかっちゃうしね。同じく宮殿に忍び込むのも、こんな明るい時間じゃ無理。何より寒い。防寒服をなんとかしよう。
「リリーサ。」
「はい、わたしの家でいいですか。」
空間移動でリリーサの家へ。さて、これからどうしようかな……




