177.ライザリアとの話し合い
「わかりました。帰ってきたあかつきには、ヒメが好きな時に、国中の好きな娘のスカートを捲っていい権利を与えます。国王陛下にお願いして、国中にその旨発布してあげるから。ならいいでしょ。」
それ、国中の人間に異常性癖者だって思われるってことだよね、わたしが。
「そんな条件だされたら……」
「ヒメ様は引き受けてしまう。」
ファリナとミヤ、黙りなさい。
「どう?」
「いや、だからやらないってば。」
目頭を押さえドッとソファーに倒れ込むライザリア。
「わたしが困っていたら助けてくれるって約束したのに……わたしの純情をもてあそんだのね……ヒドイ!」
「ヒメさん最低です。」
黙ってなさい、リリーサ。あんた今までの話、どこまで理解しての発言よ。
「わかった……わたしが自分で行く。でもわたしじゃあっさり見つかって、捕虜にされて酷いことされて、奴隷に売られちゃうんだわ……あぁ、わたしって不幸。もし、どこかの奴隷市場でボロボロになったわたしを見つけたらヒメが買ってね……」
ヨロヨロとふらつきながらドアに向かうライザリア。
「あー!もうわかったよ!行けばいいんでしょ!」
「ムフー、大好きよ、ヒメ。」
振り向きざまに抱きついてくる。おかしい。どうしてこうなるんだろう……
「ヒメの事だからこうなると思ってたけど……とりあえず離れなさいよ!」
ファリナがライザリアの襟を引っ張る。さらにミヤが椅子を持ってきてその上に立つと、襟を引っ張るのに加わる。
「わたしにこんな無礼をはたらいて無事なのはあなたたちくらいなものだからね。」
2人に襟首を掴まれ、ダラーンと持ち上げられるライザリア。
「迂闊にヒメに抱きついて切り刻まれないだけ運がいいと思いなさい。」
ファリナの遠慮がない。
「調べるのは国境付近のミヤが言っていた国境の壁の向こうに造っているという建築物ね。何を建てているのか。その上でもしも余裕があるのなら宮殿も見てきて。ただし、無理する必要ないから。宮殿は本当に行けそうならにして。侵入者がいたなんて騒ぎになったら逆に向こうが警戒しちゃうから。」
「要はエルリオーラ王国がギャラルーナ帝国を調べてるなんてことが、ばれちゃダメだということだね。」
「いいえ、エルリオーラ王国がじゃなく、どこの国だろうと調べてる人間がいるってことがばれないように調査してほしいの。ギャラルーナ帝国の動向を気にしている国がある事に気づかれないように。」
隠密行動か……一番苦手だな。
「2歩以上黙っていられないもんね、ヒメは。」
5歩くらいはしゃべらずにいられると思うよ。
「どれだけ騒がしく生きてるんですか。」
「リリーサには言われたくないな。」
「ところで、宮殿潜入は無理がなければという事で、それまでは国境付近を調べるんですよね。わたしとリルフィーナは、それほどすることはないですよね。何か狩りしていていいですか?」
いや、だから見つからないように大人しくしてなさいって言われたでしょ。
「ところでリリーサ、何しに来たの?」
今回の訪問はいまだかつてないくらい迷惑だったからね。ライザリアに空間魔法ばれちゃったし。ふざけた理由だったらミヤに追い出してもらうからね。魔神対応で。
「あ、そうでした。先ほどの販売会の後、別の商人さんが土の魔石を持ってないかと尋ねてきたのです。わたしが今までの魔獣を解体して持っていたのは4個なんですけど、ヒメさんもいくつか持ってましたよね。」
「いくつあったかな。」
「この間のシープの分、ヒメさんに渡しました。」
シープはそういえば、土の魔石持ってたのか。リリーサがいらないからと押し付けられたんだっけ。
うーん、わたしはいくつ持っていたかな。魔石は気にしたことなかったからおぼえてないや。しかも使いどころのない土の魔石じゃなぁ。
「12個くらいかな。シープの分を入れて。」
適当に言っておく。もっとあったとしたら、後になって<ポケット>の中から見つかったことにしてごまかせばいいや。
「それを譲っていただけませんか。」
「別にいいよ。使いどころがないし。でも、珍しいね。土の魔石欲しがる人なんて。」
「ガルムザフト王国の商人さんなんですけど、何でもギャラルーナ帝国の商人さんが欲しがっているとか。今ならいい値段で売れるらしいですよ。」
ギャラルーナ帝国が?あれ、なんか引っかかるな……なんだっけ……
「今、建設している建物に関係あるのかしら。」
「あぁ、それか。忘れてたよ。」
ファリナの目が冷たい。
「わたしたちがどこに、何しに行くかわかってるよね。」
「嫌だな、ファリナ……ギャラルーナ帝国に……お買い物だっけ……」
あぁ、リリーサの目も冷たい!
「しっかりしてください、魔獣を狩りに行くんです。」
「「違う!」」
ファリナ、ライザリアと息ピッタリだね。
「冗談だよ。口に出したらやる気が一気になくなるから言いたくなかっただけだよ。」
何が楽しくて国の密偵ごっこに付き合わなきゃいけないんだ。
<ポケット>から土の魔石を12個出してリリーサに渡す。
「便利ね、収納魔法よね、それ。」
そういえば、これってミヤと出会ってからおぼえたから、ライザリアは使えること知らなかったんだっけ。よけいな情報を与えてしまった。
「この領地でお店を出しているギャラルーナ帝国から来てる商人が、収納魔法を付与したカバンを売ってるようなんだけど、半年くらいで魔法の効果がなくなるらしいの。1つ買ってみて、王宮の宮廷魔導士に付与させてみたんだけど、ダメね。できないの。まったく、もう少し腕のいい魔導士はいないものかしら。」
魔導士という言い方はやめて。ミヤが目をキラキラさせてるから。そのうち自分がやるとか言い出しそう。ミヤなら、あのゴボルさんのバッグに魔法付与できるんだよね。
「それはさておき、ギャラルーナ帝国で土の魔石を欲しがっているってことは、それなりに大きな建造物を造るのか、鉱山みたいなトンネルを掘るってことだと思うけど。」
土の魔石は魔石の周囲の岩や土の強化に使われる。建物なら壊れにくく、トンネルなら崩落しづらくなる。とはいえ、よほど大きな建物じゃなきゃ使うことはない。普通の家はもちろん、お屋敷とか王都で見た4階とかそれ以上の階数のある建物でも必要はない。そう、お城とか要塞でもない限り。トンネルは結構使うかな。あれは大きさに関係なく崩れたら困るもんね。
「うーん……」
ライザリアが頭を抱える。
「土の魔石を必要とするほど大きな建物?何に使うのよ、そんなもの……」
「え?魔人族との戦争にじゃないの?」
「建物っていうのは建てちゃったら動かせないの。これからずっとその場所だけでしか戦争が起きないというなら要塞としては意味があるんでしょうけど、1回の戦争ごとに要塞建ててたら、国費がいくらあっても足りないわよ。でも、そうか、聞いた話じゃそれが建てられてるのが黒の森近くなら、その建物が壊されるまでの間は、魔人族はそこを狙って侵攻してくる可能性は高くなるかも。他の領地への侵攻を気にしなくてよくなるなら、それなりの価値はあるのかしら。」
「ギャラルーナ帝国が勝ち続けられればの話だけれどもね。」
「なのよね。壊されたら終わりだもんね。」
ライザリアとファリナの話がめんどくさくて飽きてきたのか、ミヤがわたしの膝枕で横になり始めた。リリーサはお茶を淹れる気なのかお湯を沸かし始める。あぁごめん、リリーサにお茶出すの忘れてたよ。
「まぁなんにせよ、行って見てこなきゃなんにもわからないのよね。」
わたしたちの行動を横目で睨むライザリア。頭を使うことはわたしやミヤには無理だよ。
「ミヤは無理ではない。ヒメ様失敬。ミヤはただ面倒なだけ。」
起きてから言いなさい。目を閉じて寝る気満々でいうセリフじゃないからね。
「で、どこで雑魚寝?この部屋が一番広そうだからここ?」
居間を見渡してライザリアがなんだか楽しそう。王女様が雑魚寝とか言いながらうれしそうにするんじゃありません。
「ヒメさんたちの寝室、あそこのベッドよけたらもっと広いんじゃないんですか。」
あんたたちが来るたびにベッド出したりしまったりするのは面倒なのよ。ここならテーブルとソファーしまえばすむし。
「ほらほら、テーブル片付けて。お布団はどこ?わたしが運びます。」
ほんとに楽しそうだな、ライザリア。
「学校では3年生の春に研修旅行があるの。地方の領地を見て回って、この国の産業を実際に目で見て勉強しましょうっていう趣旨なわけ。3泊4日なの。いくつかのグループに分かれていろいろな所を見て回ったり、夜はグループごとに一緒に寝たりするの。」
目を閉じ、にこやかに語るライザリア。楽しかった思い出でも思い出してるのかな。
「なのに、わたしは1人で騎士団に囲まれて見学。夜も1人部屋で隣の部屋に王宮からついてきたメイドが控えているの。王宮の自分の部屋で寝てるのとどこが違うっていうのよ!」
にこやかだった顔が険しくなる。
「研修旅行の意味わかる?みんなでいろいろなお仕事場を見て回って、問題とか改良点とかを話し合ったりして、この国をよりよくしていきましょうってことじゃない。何で騎士たちと回らなきゃいけないのよ。何で夜1人でボーッと寝なきゃいけないのよ。もっとわたしに自由を!」
いや、あんたは自由すぎるから。でも、せっかくの旅行でそれはないかな。
「なので、こういうのに憧れていたのよね。」
大勢に囲まれておしゃべりしながら寝るのがすごくうれしそうなライザリア。
「ヒメにお願いはできたから、明日の朝には帰らないと。国王陛下放っておくと何しでかすかわからないから。」
「大丈夫なの?それ。」
「まぁ、ゴーウィル卿をつけてあるから心配はしてないけど。」
「誰?何、ライザリアのいい人?」
ファリナ、食いつきどころがおかしいよ。
「宰相。もうおじいちゃんよ。わたしの……まぁ右の人差し指かな。」
たとえがわからない。
「右腕にはまだまだってこと。」
おじいちゃん相手に厳しいな。
「ファリナこそいい人いないの。ファリナがその人と結婚して、ミヤがヴィレードと結婚すれば、後のヒメの面倒はわたしが見るわよ。」
「心配なく。ヒメの面倒はちゃんと見ます。」
「老後はミヤが見ることになっている。」
はい、そうですか。もう反論する気もおきないや。
「うちで引き取ってもいいですよ。」
だから犬じゃないからね。
「ですからお姉様、うちじゃ飼えませんって。というか、ヴィレードって誰ですか?」
「あぁ、わたしの弟。坂から突き落としてもいいくらいかわいいのよ。」
「すいません、どのくらいかわいいのか見当がつきません……」
「ライザリアさんの弟という事は王子様ですか。マントをなびかせて白馬に乗るんですね。」
「おぉ。」
ミヤが食いついた。
「練習させなきゃね。」
面倒な姉を持った弟が悲劇だ。
おバカな会話を聞きながら、わたしは眠りに落ちていく。明日からまた面倒な日々が始まるのか……




