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176.密偵


 「最近のギャラルーナ帝国の動きが読めないのよ。」

 肉を一切れ口にして、ため息を吐くライザリア。

 「読めないと困るの?」

 「困る時もある。そのためにあちこちの国に密偵を放っているんだけどね。」

 「おぉ。」

 フォークを咥えながら、ミヤが密偵に食いつく。目を輝かせながらライザリアを見てる。

 「それが、最近ギャラルーナ帝国は他国の人間の入国に厳しくて、怪しい輩は入国させてくれないのよ。」

 「そりゃ怪しい人間は入国させないと思うけど。」

 「ヒメみたいな見た目が怪しい人間って意味じゃないの。身分がはっきりしない人間ってこと。以前から行き来してる商人とかなら入れるんだけど。」

 「ならその人に話を聞けばいいじゃない。後、わたしのどこが怪しいっていうのよ。」

 「鏡いる?まぁ、その帰ってきた商人にも聞いたんだけど、ギャラルーナ帝国内で特におかしなところはないんだって。」

 「じゃ、ライザリアの気のせいなんでしょ。」

 「ならいいんだけど。それを確かめにヒメたちにギャラルーナ帝国に行ってきてほしいの。」

 パンを千切り口に入れながら考える。わたしたちに何のメリットもないよね、この話。それどころか面倒しかないじゃない。

 大体ギャラルーナ帝国は、この間国境近くまで行ってきたけど……あれ?

 「そういえば、壁造ってたよね。」

 「どこで?」

 「ギャラルーナ帝国の国境線で。」

 「あそこは前から壁あるじゃない。」

 「あれ壁だったよね、ファリナ。」

 「壁だったわよね、ミヤ。」

 「どれの事だ?国境に造っていた物のことか?その奥に造っていた物のことか?」

 え?奥でまだ何か造っていたの?

 「どこの話よ。」

 さしものライザリアも話が見えなくて焦れてきたようだ。

 「ガルムザフト王国との国境線……」

 「だから最初から……」

 「……の黒の森の奥の方。」

 「……何ですって?」

 ライザリアの目つきが変わる。

 「黒の森まで城塞を伸ばしているっていうの?なんでそんなところまで……」

 考えつつもパンを食べる手は止まらない。

 「あれ?何でギャラルーナの国境まで行ってきたの?」

 「あぁ、リリーサっていたでしょ、ガルムザフトのハンター。彼女の手伝いで国境近くに生えている……」

 あれ、何て言おう……体に悪い薬草?はまずいかな……

 「……生えているいろいろなものを採取にね。」

 あからさまに疑惑の目で見るライザリア。

 「まぁいいわ。その辺はどうでもいいことだしね。」

 よかった。体に悪い薬草なんて言ったら、絶対欲しがるよね、こいつ。

 「うーん、やっぱりもっとはっきり見てきてもらわなきゃダメかなぁ。」

 ナイフとフォークを置いて、腕を組むライザリア。

 「魔人族と戦争する準備じゃないかって思ってたけど。」

 「かもしれないわね。国境近くで開戦となると、ガルムザフトを巻き込むつもりかな。」

 「巻き込む?」

 「隣の国からも戦力を期待できるでしょ。魔人族には国境なんて関係ないもの。ガルムザフトの方に魔人族を押し込めれば、ガルムザフトも自国を守るために勇者を出さざるを得なくなるでしょ。」

 あぁなるほど。

 「でも、そんなことしたら国際問題にならない?」

 「わざとやったという証拠があればね。そっちに行ったのは偶然だって言い張ればいいんですもの、わたしならやるわね。」

 ファリナの疑問をあっさりかわすライザリア。相変わらずあくどい。

 「でも……」

 考えるライザリアの顔が険しくなる。しばらく様子を見てたけど、ピクリとも動かない。こ、これは……

 ほっぺたツンツン、とかやってみる。

 ビュン!顔の前を横一閃する食事用のナイフを体を仰け反らせてかわす。危な……しかもやった方のライザリアは全くこちらを見ていない。

 「あれ?何でわたしナイフ持ってるんだろ……ま、いいか。」

 こちらを無視して肉にナイフを入れる。全然よくないけど、ちょっかい出したのはこちらだから文句言いづらいな。


 「というわけで、お・ね・が・い。」

 食後のお茶を飲んでいたら、ライザリアがわたしのそばににじり寄ってくる。

 あざとくしなを作ってもね、そうはいかないよ。

 「ギャラルーナ帝国は遠い!遠すぎるよ!」

 実質国2つ向こうだよ。しかも隠れて行動となると、移動だけで何日かかる事か。普通なら。

 「そこはほら、ヒメの力でこうビューンっと……」

 どうビューンなのよ。

 とか言ってたら、この気配は!

 部屋の真ん中に空間移動の門が開く。

 「ミヤ!?」

 家の中には、空間魔法の門は開けないんじゃなかったの?

 「結界は鍵をかけている間のみ働く。鍵を開け家の中に入ってしまったら結界は動いてない。当たり前。」

 え?そうなの?

 「やはりそうでしたか。家に入るには結界を外す必要があるはずだと考え、ならばヒメさんたちが家にいる時ならば<あちこち扉>は使えると考えたわたしの頭脳の勝利です。さらに言えば、今なら壁でも扉でも<バラバラ>で壊し放題です!」

 勝ち誇った笑みを浮かべながら門から姿を現すリリーサ。あんたバカでしょう!何してくれてるかな!?

 ライザリアに空間移動の魔法がばれてるかどうかわからない時に、目の前でやって見せるなんて。

 チラと横目でライザリアを見る。知っていると勝ち誇った顔をしているか、それとも知らずに驚いているか……

 どちらでもなかった。冷めた目でリリーサを見つめるライザリア。

 「ヒメ、これ何?」

 「え?どれの事?あ、これはリリーサっていってね、おバカな隣の国のハンターだよ。」

 「うん、バカなのはわかった。で、今のは魔法だよね。何?」

 「手品だよ。ライザリアを驚かせようと思ってリリーサに隠れててもらったんだ。」

 「フーン、で、何?」

 うぅ、ごまかされてくれない……しまったなぁ、知らなかったのか空間移動魔法……

 「好奇心旺盛な女ですね。今のは<あちこち扉>です。どこでも行ける魔法です。で、誰です?こいつ。」

 何でベラベラと言っちゃうかな?ついでに、つい最近会ったよね。うちの国の王宮で。

 「会いましたか?他の国のしかも王宮にいたモブキャラなんて、いちいちおぼえていません。」

 「お姉様、王女殿下です。エルリオーラ王国の。」

 「おーじょ?あぁ!思い出しました!ヒメさんたちを攫った誘拐犯ですね!」

 「おもしろい解釈ね。さすがヒメのお友達。落とし穴に落としたいわ。」

 何でうれしそうなのよ。


 「行ったことのある場所ならどこでもいけるんだ。おもしろい魔法ね。ヒメは使えないの?」

 「使えるわけないでしょ。」

 頼りない全腹芸能力を発揮させる。ばれるわけにはいかない。ここは何としてもごまかす。

 「えー?ほんとー?」

 人の顔を覗き込むな。近い!顔が近いって!

 「ねぇリリーサさん、ヒメって今の魔法使えないの?」

 リリーサに聞くんじゃない!リリーサ、答えたらダメだからね!

 「それはわたしとヒメさんたちとの秘密なので教えられません。」

 『使えません』の一言ですむものを……あんた、それ使えるって言ってるようなものじゃない!バカなの!?おバカなの!?あ、バカなんだっけ……

 「問題は解決したようね。」

 あざ笑いながらこちらを見るライザリア。

 「便利ねぇ。あ、じゃわたしが呼んだらいつでもわたしのところに来れるんだ。」

 「無理。魔法は気力勝負だからね、やる気が起きないと空間移動なんて大規模魔法は難しいかな。」

 「え?ヒメさんの火炎系の魔法に比べたら空間移動なんて寝ててもできますよね。」

 「ね、寝てたらさすがに無理かな。」

 何をベラベラと……あぁ、もう、ミヤこいつ追い出して。

 「どうしてウソをつくかな。それ以前にわたしのお願いにやる気が起きないとか、凄く傷ついた。わたしなんか泣きそう。」

 いや、そんなつもりじゃ……あるんだけどね……そんな目で見ないで。胸がちょっとだけ痛い。

 「いたっ!痛いですミヤさん!鉤爪でチクチク刺すのはやめてください!ちょ!回復終わるまで刺すのはやめてくださいってば!痛いです!」

 「何やってるのかな……」

 一瞬感じたライザリアへの罪悪感が吹き飛ぶような騒ぎが、何やら後ろで繰り広げられている。

 「ヒメ様がこいつ追い出せと言った。刺して弱らせてから追い出す。暴れる獣はそれに限る。」

 「わたしの扱い、獣レベルですか!?せめて魔獣にしてください!いや、人魔……魔神の方がいいかも……」

 「魔神なら有無を言わさず切り刻む。わかった。」

 「ま、待ってください!獣でいいです!」

 うん、何やってるのかな、こいつらは……


 「ここ騒がしすぎ。もう少し罪悪感を煽ってやれば、ヒメが服を脱ぎながら『お詫びにわたしを自由にして』くらいに持っていけたのに……」

 いや、いかないから、どう考えても。

 「そうなる前に斬るけどね。」

 「切り刻む。」

 「ならそっちやってください!いつまでわたしを刺してるんですか!?」

 この2人まだやってたのか……っていうか、リルフィーナ止めてあげなさい。

 「いえ、住居侵入やらいろいろ罪悪感が……お姉様の犠牲ですむのなら……」

 この娘も最近リリーサの扱いがぞんざいになってきてるよね。

 

 「じゃ、パッと行って、パッと帰ってこれるんだよね。」

 「黙秘します。」

 満面の笑みであたしを見つめるライザリア。わたしは視線を必死に逸らす。

 「何ですか?わかりました。女王様から何か狩ってこいと命令されたんですね。さすが女王様、ヒメさんに命令するなんて。鞭ですか、鞭持ってるんですか?まぁそんなことはどうでもいいです。何ですか?何を狩りに行くんですか?ウルフですか?ボアですか?ベアはちょっと勘弁です。」

 一気にまくし立てられて、口を挟めないわたしとライザリア。

 「友人は選んだ方がいいわよ、ヒメ。」

 うん、そう思う。あんたも含めて。

 「あとわたしは王女だからね。女王様とか呼んだら鞭でぶつわよ。」

 だから、それが女王様だからね……


 「ごくひのめいれい?」

 「そう、なので他国のあなたに話すわけにはいかないの。」

 ライザリアがリリーサを説得。

 「なぜですか?」

 「……秘密の話だから。」

 「ひみつ?」

 「そうだから、他国のあなたには話せないの。」

 「……なぜですか?」

 「ヒメ、これ何?」

 さすがリリーサ、ポヨポヨ具合にかけては右に出る者がいない女。ライザリアをものともしないなんて……頭痛い……

 「いいこと、よく聞きなさい……」

 「リリーサってギャラルーナ帝国の宮殿に行ったことあるって言ってなかった?」

 説教しようとしていたライザリアを無視して、ファリナが間に入る。

 「え?」

 「ありますけど、それが?」

 「つまり、さっきの魔法使えばギャラルーナの宮殿に忍び込めるってこと?よろしい、あなたをエルリオーラ王国特別外籍潜入捜査官に任命します。」

 「それって何かいいことありますか?」

 「あなたがギャラルーナ帝国に捕まっても、ガルムザフト王国のハンターだから、わが国には一切関係なし。いいことずくめじゃない、我が国にとって。」

 「この女バカですか?」

 あ、さすがにその辺の分別はつくんだ。

 「ヒメと一緒に行動できます。」

 「やりましょう。」

 「お姉様!」

 リルフィーナに怒られるリリーサ。

 わたしもライザリアを睨みながら言う。

 「あのね、こんな美少女が5人もいて、万が一にも向こうのやつらに捕らえられるような事があったら、どんな酷い目にあわされると思ってるのよ。」

 「「「「「向こうのやつらが……」」」」」

 あれ、わたし以外の全員がハモらなかった?

 「燃やされるよね。」

 「それもこっ酷く。」

 「灰も残らず。」

 「ヒメさんに関わらなければこの世から消えることもなかったのに。」

 「かわいそうな向こうの人たち。」

 こっち見て言ってごらん!目を合わせなさいよ!


 「そもそもわたしたちにメリットがなさすぎ。危険すぎるわ、報酬はないわ、相手のやつらがかわいそすぎるわ、踏んだり蹴ったりじゃない。」

 「相手がかわいそうなのは確定事項なんだ。」

 「密偵の意味がわかっているのか?」

 ファリナにミヤ、どっちの味方ですか。というか行く気なの?

 「あ、そういえばそうね。行かないわよね。相手に同情しすぎて考えがおかしな方に行ってたわ。」

 「ミヤはどっちでもいい。」

 こいつ、密偵って言われてちょっと乗り気だな。まったくめんどくさい事ばかりだよ。






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