175.ライザリア訪問
「うちじゃこんなにいっぱいにご飯出せないよ。」
馬車の窓から外を見る。馬車の前後合わせると20人近い数の騎士たちが、馬に乗り馬車に追従している。
「かわいそうな騎士たち。お腹を空かせて路頭に迷っちゃうのね。」
いや、ライザリア、路頭には迷わないと思うよ。
「冗談よ。ヒメの家には立ち入らせないから、待ってる間に交代でその辺の食堂にでも行ってもらいましょう。で、わたしの分はあるのよね。」
<ポケット>に何が入ってたかなぁ。ウルフが数種類……とブラッドメタルベア……は肉が硬くて食べられない。灰色狼もあるか。問題は解体してないんだよなぁ。
「買い出しに行くしかないか。ファリナ、行ってきてくれる?」
「わたしはヒメをライザリアと一緒に残していく気はないから。ヒメも一緒なら。」
「ならミヤも行く。」
「じゃ、わたしも。」
あんたはおとなしくしてなさい、ライザリア。
わたし1人で行ってくるか。ファリナ、留守番ならいいでしょ。で、何買えばいいのかな。ケーキ?
「ケーキがご飯になりますか!?適当に肉と野菜買ってきなさい。」
いや、ファリナ、適当が一番難しいんだよ。
「仕方ない、マイムの町のギルドに行って、灰色狼でも解体してもらおうか。」
「この行列で?」
わたしが1人で行ってくるから残りは家で留守番していて。
「ヒメが行くの?」
「灰色狼抱えてじゃ、ファリナは無理でしょ。ミヤは……お使いに向かないし。わたしが行くしかないじゃない。」
「この2人と留守番してたら、わたしキズモノにされちゃう。主に剣でザクザクにされて。」
いや、ライザリア、その自覚があるならもう少し大人しくしていてくれないかな。ファリナもミヤも、こちらからつつかない限りは攻撃してこないから。
「犬じゃない!」
ファリナに怒られた。
「解体ならミヤができる。」
「うん、そう思ったんだけど、場所がないのよ、家の中に。できるとしたらお風呂場だけど、血なまぐさくなりそう。」
「あぁ、それは嫌ね。」
ミヤがやれば内臓を燃やせる。内臓がなければ、わたしたちでも解体はできるけど、他の部分の血までなくなるわけじゃない。毛皮を剥いでも血は出る。血を処理しながら解体するとなると家に場所がない。つまりギルドに頼むしかない。ギルドに頼むならウルフは出せない。魔獣の狼を狩った事がばれるから。だから灰色狼なんだけど。あぁ、めんどくさい。ゴルグさんに前もって数匹解体してもらっておけばよかった。
「騎士団の誰かに行かせようか?」
「全員分用意できるなら頼んでもいいけど、解体だけ行ってもらうのは気がひけるな。ほら、わたしライザリアと違って気を使う方だから。」
「ホホホ、おもしろい冗談ね。」
ライザリアが鼻で笑う。くそー、厭味も通じないか。
折衷案として、マイムの町の中央の広場に馬車や馬を止めてわたしを待つことになる。ここからならギルドはすぐそばだ。王都の中央広場と違い、昼には数件の屋台が並ぶ、広場というより公園という雰囲気の場所で、明るいうちは子どもが遊んだりお年寄りが散歩している場所だけど、日暮れ近い今は人の姿は見えない。いや、騎士団が乗り付けた時点でみんな逃げたのかもしれないけど……
道行くわたしを見て、町の人がなんかヒソヒソと話をしている。わたしが見ると慌てて視線を逸らす。
何だろう……おかしな雰囲気の中わたしはギルドの解体場に向かう。
わたしが解体場に入るなり、にこやかに談笑していた職員たちが押し黙り、中の1人がどこかに走っていく。何?何事?
すぐにバン!という音とともに扉が開き、走っていった男と一緒にノエルさんが駆け込んでくる。
「ヒメさん!国家反逆罪で指名手配されてるって本当ですか!?」
よし、燃やそう。この辺全部燃やす!
「どこからそんな話が出てるのよ!?」
「町じゃもう有名ですよ。昨日の昼頃、王国騎士団がヒメさんの家の前に攻城兵器を持ち込んで『あきらめて出てこい』と怒鳴っていたと。」
あいつのせいか……やっぱり帰れなくなっていたか……
「ここか!?犯罪者が立てこもっているというのは!?」
バン!と扉を壊す勢いで、町の警吏の方々が何十人となだれ込んでくる。
「い、いいか!たとえ我ら死すとも、正義は我らにある!暴虐非道な化け物が相手でも我らは引かぬ!我らの雄姿は子々孫々まで伝えられ、きっと国王陛下も称えてくださるだろう!恐れるな!最後の1人になっても戦い続けるぞ!国王陛下万歳!」
警吏の隊長らしき人が雄たけびをあげる。で、誰が暴虐非道な化け物なのよ。
「あぁもういいや。全部燃やそう。灰も残さずに……」
「「「「ヒィ!」」」」
飛びかかろうとしていた警吏たちが、わたしのつぶやきを聞いて急に怖気づく。
「ひ、ヒメさん、い、今ならわたしが弁護します。自首してください。」
あぁ、もうマジでめんどくさくなってきた……
「というわけで、あんた責任とりなさいよね。」
警吏やギルドの責任者……なぜかノエルさん、この状況でも出てこないギルドマスターって、がわたしと一緒に広場に。そこで待っていたライザリアに全責任を放り投げる。
「どちらさまで?」
ノエルさんがえらく仰々しい馬車と付き添いの騎士団を見てちょっと怯んでる。警吏の隊長さんもだ。
「初めまして。わたしはライザリア・エルリオーラ。この国の王女をやっております。」
広場は沈黙のまま。誰も言葉を発しようとしない。
「誰?」
いや、ノエルさん、だからこの国の王女様だよ。
「えぇーーー!!!」
ノエルさんの絶叫が響き渡った……
「つまり、ヒメさんの国家反逆罪っていうのは王女誘拐ということなんですね!」
なんでそうなるかな!
「ヒメ、どうしよう。この町おもしろいわ。ずっとここに住もうかしら。」
勘弁してください。
王女誘拐と聞いて、身構える警吏の人たちと青ざめるノエルさん。その横でゲラゲラ笑ってるライザリアと基本無関係を装う騎士団。騎士団の人たちはライザリアからの命令なしに迂闊に動こうものなら、ライザリアからどういう難癖をつけられるかわからないので、動けないようだ。かわいそうな宮仕え。
「遊びに来ました。」
ライザリアの言葉に顔中にはてなのマークを浮かべる面々。まぁその説明で誰がわかるっていうのよ。
「あ、あの王女殿下、昨日の、その、彼女の自宅での出来事はいったい……」
警吏の隊長さんがわたしとライザリアを交互に見ながら質問する。
「ヒメが留守だったので家の中で待っていようかと、家に入れそうな場所を探していました。何かおかしなところがありましたか?」
「や、その、それは……」
隊長さんは否定できずに困った顔してるけど、おかしな事しかないからね。何で壁に穴開けようとするかな。
「壁に穴なんか開けるつもりはないわ。ドアと打ち破ろうとしただけよ。」
「どこに違いがあるのよ!?」
「壁に穴を開けたら修繕が大変じゃない。その点ドアならすぐに直せるでしょ。これでもちゃんと考えてるんだから。」
ちゃんと考えてそれかい?だめだ、話が通じそうもない……
「あの、ヒメさんとはどういうご関係で……」
ノエルさん、一番聞かれたくないことを。
「内緒ですよ。愛人です。」
「燃やすからね!」
「斬るしかないわね。」
「切り刻む。」
あんたたちいたの?他人の顔決め込んでたくせに
「待て!待たれよ!」
さすがに場が荒れてきたので、騎士団の隊長さんも黙っていられなくなったよう。
「王女殿下、国家の威信もあります。迂闊な発言は……」
「だそうなので、この件に関しては戒厳令をしきます。他言した者は死罪。」
「いや、否定しなさいよ!ウソだって!」
みんなをライザリアの元につれてきたのは間違いだったかな……
「どうなってるんですか?」
ノエルさんがライザリアを相手にすると埒があかないと思ったのか、わたしに質問する。
「昔ちょっとね。素性も知らずに友達になったら、最近再会しちゃって、それが王女様なんだって。なつかれちゃった。」
「リリーサさんがヒメさんのことを魔獣を呼ぶ女とか言ってましたけど、正確には面倒を呼ぶ女ですよね。」
うっさい、最近ちょっと気にしてるんだから。
「なのでヒメには何の罪もありません。そのように町の者たちに伝えなさい。」
えらそうに言ってるけど、あんたのせいだからね、ライザリア。
「十分騒乱罪なんですけど……」
騒いでないよ、わたしは。騒いでるのはあんたたちだよね、ノエルさん。
「とにかく急いで灰色狼を解体して。晩ご飯にするの。あぁ、もう日が暮れちゃったじゃない。」
ノエルさんと急いでギルドに戻る。警吏の人たちは騎士団となんか話し合っていたけどそっちまで構っている暇はない。そっちの担当はライザリアだしね。
解体してもらった灰色狼を<ポケット>にしまい馬車に戻る。
「というか、あんたたちよく知らん顔決め込めたよね。」
すました顔で座っているファリナとミヤを睨む。ギルドから警吏から騎士団まで巻き込んだ大騒ぎだったのに口出し一つしないなんて。
「したわよ?」
「ライザリアを牽制したぞ。」
お黙りなさい!まったく。そっちじゃなくノエルさんとか警吏の方を何とかしなさいよ。
「では、半分に別れて半数は家の周りで警備。半数は近くに宿を確保、交代で食事と休憩を。わたしはここに泊まるから心配しなくともよい。」
「王宮じゃないんだから客間は用意してないの。宿に泊まって。」
「ヒメと一緒でいいわよ。」
「明日の朝までにキズモノになるわよ。ザックザクに。」
ファリナの手が剣に伸び、ミヤが鉤爪を出す。
「そんなことになったらお嫁にいけないから、ヒメが責任とってくれるのよね。」
ダメだ、口では勝てない。後ろに控える騎士団も、ファリナが剣に手をかけてもどうしていいいのかアワアワしてるだけで、間に入ろうとも警告しようともしない。ライザリアの怒りに触れるのが余程怖いみたい。こいつどれだけ権力握ってるんだ?
「うち雑魚寝なんだよね。」
「え?素敵。」
何?その反応……
ファリナが食事の支度をしている間、居間で休憩。もう疲れたよ。販売日で疲れて帰ってきたらこれだもの。もう3日はなにもしない。絶対決めた。
わたしの向かいで優雅にお茶を飲むライザリアと、警戒感バリバリでわたしの腰にしがみついているミヤ。
「っていうか、お付きの女官とかいないの?ここまでずっと1人で来たの?」
「キャナリーは隣の領地に実家があるの。わたしがこの領地にいる間はお休みをあげたわ。ほら、わたしやさしいから。」
あ、そうですか。
「で、何があったの?」
「えーと、会話を周囲に聞かせないようにってできる?」
いきなりだな。前にミヤがやっていたような。
「ミヤ、できる?」
「やぶさかではない。」
人の言葉遣いをどうこう言う割には、それって使いどころおかしくない。いや、言いたいだけなんだろうけどさ。
指先で魔法陣を描くミヤ。
「いいぞ。これで外には聞こえない。叫んでも警備の騎士には届かない。で、ヤるのか?ヤるならヤるぞ。」
鉤爪しまいなさい。
「そっちの危険があったか。でも、すごいねミヤちゃん。」
「グッ……」
褒められて怯むミヤ。
「で、何?」
「ファリナが来てから、ね。」
灰色狼のステーキにパンとスープ、それにサラダと果樹水が並ぶテーブル。
「最近ガルムザフト王国から我が国にかけて魔獣の出現の報告が増えています。」
食べながらライザリアが話し始める。おかしい、同じお皿、ナイフ、フォークを使っているのに、ライザリアだけキラキラして見えるのはなぜなんだろう。
「淑女としてマナーはしっかり仕込まれましたから。例えば、腕を曲げる事すらつらいくらいきつく張られたバネを腕から上半身につけられて、それでもきちんとしたナイフ運びができるかという特訓とか……」
「え?そんなことまでするの?」
「……するわけないじゃない。何言ってるの?」
よし、やっぱりヤろう。大丈夫、護衛の騎士込みでヤれば、ここに来る道中で行方不明になったという事にできるはず。
「話を戻して。魔獣が多い事に問題があるのね。」
ファリナ、そんなことはどうでもいいの。今はこいつを何とかしないと。
「黙って聞きなさい。」
うぅ、ファリナが怒った。
「ま、それはどうでもいいことだけど。」
「ごめん、ヒメ、やっぱりヤろう……」
よし、満場一致だね。
「ギャラルーナ帝国にね、行ってきてほしいんだ。」
ライザリアのセリフにわたしたちの動きが止まる。
ギャラルーナ帝国?ガルムザフト王国の向こうの国。直接ここエルリオーラ王国とは関係ない位置の国。そこがどうだっていうのよ……




