174.ロイドの危機
「何があったの?」
必死にわたしにしがみつくフレイラを押しとどめて理由を聞こうとするけど、フレイラはただ首を振るだけ。
「とりあえず、パーソンズの家に行ってみましょう。フレイラ、歩いてきたの?」
ファリナの問いに何も言わずに、わたしの手を引っ張る。フレイラの向かう先には馬車があった。
御者に話しかける。
「家でなにかあったの?」
「す、すいません。私には何が何やら。お屋敷には滅多に入ることがありませんので、何があったのかまるっきりわからんのです。」
メイドや執事でもない使用人ならそんなものか。
馬車に乗り込む。目的地は隣町のロクローサ。移動に<ゲート>を使おうか悩んだけど、今回はやめておく。マリアさんならともかくロイドさんじゃなぁ。
馬車なので無理に飛ばすこともできないけど、できうる限りのスピードを出したのだろう。10分かからずパーソンズ家へ。
フレイアに引っ張られるまま屋敷に入る。いつもの部屋ではなく、その奥の家族の居間に使われてる部屋に向かう。
「何があったの?」
ドアを開き中の様子が目に入る。
部屋の中の様子にわたしは慄然として立ちすくむ。
「どうし……」
いきなり立ち止まってしまったわたしを押しのけるように部屋の中を見たファリナが言葉に詰まる。
そして、ミヤは鉤爪を構えた……
「嫌だー、お姉ちゃん。」
「えー、ほら、こっちの方がかわいいわよ。」
ソファーに座る薄紫の髪をした少女とその少女の髪をいじっている金髪の女性。
部屋の片隅で、ロイドさんが小さな椅子に座り、顔を土色にして俯きながら床をただただ凝視している。
「何してるのかな?ライザリア?」
「あ、ヒメだー。もう、いつまでたっても遊びに来ないから遊びに来ちゃったぞ。」
よし、まわりに警備の騎士の姿は見えない。燃やすなら今だな。
「ヤるべきとミヤは提言する。さっさととどめを刺すべき。」
「まぁミヤちゃんったら、いじわるね。」
まったく動じないライザリアに、露骨に嫌な顔をするミヤ。
「ところでファリナがまったく息してないけど大丈夫?」
ライザリアに言われて振り向いてみると、ファリナが石のように固まっている。
「ファリナ?ファリナ?どうしたの?大丈夫?」
肩をゆすってみる。
「ハッ!あ?あぁ、嫌な夢見ちゃった……」
そしてその目に、にこやかに手を振るライザリアの姿。
「ヤッホー。」
ガクリと跪くファリナ。
「何してるのよ、こいつ……あぁ、わかってる。またろくでもない事しようとしてるのよね……」
ファリナがなにやらブツブツ呟いてる。
「ずいぶんな言われようね。お友達が遠くから遊びに来てるのに。」
「そうよ、ヒメちゃん、ファリナちゃん。お友達は大切にしないと。」
ライザリアを背中から抱きしめるマリアさん。
「そうよねー、お姉ちゃん。」
「待って……お姉ちゃんって何?」
「え?あぁ、マリアさんったらこんなに若いんですもの、パーソンズ夫人とかじゃなくって、お姉ちゃんでいいと思うの。わたし姉って憧れていたの。でも、お姉様はなんか背徳的響きがあるのでお姉ちゃん。おかしい?」
それを受け入れているマリアさんがおかしいです。仮にも、これって王女様なんだよ。
「仮じゃありません。れっきとした王女です。」
プンとほっぺたを膨らませるライザリア。くそ、元がいいからかわいいな。
「で、フレイラ。ロイドさんが死にそうって……」
「お母様はあっさりこの状況に慣れてしまいましたが、お父様がもう昨日から口もきいてくれません。ずっとあの状況です。」
あぁ、確かにもうすぐ天に召されそうだね。
近づいてみる。なんかブツブツ言ってるみたい。
「せっかく港の開発許可をいただいたのに、王女殿下に失礼があったら我が家は全員死罪だぞ……マリア……もう少しこう、気を使って……」
直接、マリアさんかライザリアに言いなさい。大体こんな奴に気なんか使う必要ないぞ。
「ヒメ酷い。3年前のあの夜の事を忘れたの?」
ギンっとファリナとミヤがわたしを睨む。
「何?何の話よ!?」
いや、ファリナ、知らないよ!く、苦しいから首絞めるのやめて!
「わたしの腕の中で震える裸のヒメと、熱い一夜を……」
「し、知らない!知らないよ!そんなの!グェ。」
ミヤまで首を絞めるのは勘弁して……
「……という夢を見たあの夜の事を……」
「「「夢か!!」」」
総ツッコミだった。ミヤまで参加の。
「なんだ残念。」
いや、マリアさん、ちょっと黙っててくれないかな。
「だよね。ライザリアが泊まったことないもの。」
いや、ファリナ、だったらいきなり首を絞めるのは何だったの?
「ハァ。」
いや、ミヤ、何でわたしを見て溜息つくの。せめてあいつを見てつきなさいよ。
「ツッコみ終わった?」
「誰のせいよ!?誰の?」
まずい、こいつといるとペースが崩される。
「このままじゃ、いつまでたってもツッコミが終わらない。とりあえず質問するから答えて。よけいな事は言わない事。」
「よけいな事って?あの夜の事?」
「だから、夢の話はいいの!っていうかそういう事言うなって言ってんの!」
「キャー、ヒメ怖ーい。」
あぁもういいや、燃やそう……
そういえば、騒ぎの割にわたしたち以外出てこないけど。
「護衛はいないの?大騒ぎの割に出てこないね。」
「表にいるわよ。家の周りを取り囲んでいるわ。」
え?町中だから油断してた。周囲を探知魔法で調べる。あぁ、10人以上いるね。
「突入してこないんだ。結構大声で喚いたよね。」
「悲鳴じゃないしね。それに何かあったら<火球>で家の窓割るから、それ以外で入ってきたら一族郎党島流しって脅し……言ってあるし。」
相変わらずあくどいな、こいつ。
「え?ライザリアって魔法使えるの?」
ファリナが驚く。言われてみたらそうか。
「フフーン、がんばりました。まぁ火と水の魔法だけしか使えないけどね。」
「いや、それだけ使えればすごいよ。」
「すごい?」
「うん、すごい。」
「エヘー、ヒメに褒められちゃった。」
ニッコリと嬉しそうに微笑むライザリア。黙っていればかわいいのに。
「で、なんでここにいるの?」
「なぜって、やっとこの領地についたのに、ヒメたちが家を留守にしてるから仕方なくここでお世話になってるの。」
「宿とか……」
「いっぱい騎士を引き連れて?まぁ道中はそうしたけど、目的地でまでそれはね。」
「いや、だって、お忍びでしょ。」
「お忍びなら、護衛が山ほどついてきてないし、王宮の大型馬車なんか使わないから、到着に5日、正確には4日半もかからなかったわよ。」
「あぁ、遊びに来たっていうのは冗談か。仕事なんだ。」
「ううん、遊びよ。」
遊びならお忍びで来なさい!いや、それはそれで問題になるか。何やらせてもめんどくさいな、こいつ。
「いつ着いたの?」
「昨日の昼。そういえば、ヒメの家ってどうなってるの?小型とはいえ要塞攻略用の槌で突入したのに、穴一つ開かないなんて。」
人の家で何やってるかな!?いや、待って、何それ?町中で、王宮の馬車で乗り付けて、騎士団がわたしの家を破城槌で攻撃したと?
ガックリと膝から崩れ落ちる。
「もう帰れない……」
「大丈夫よ。それくらい、今までのヒメの悪行の数々に比べれば、きっと町のみんなもまたか、くらいにしか思ってないわ。」
ファリナ、それ慰めてないよね……
「泥棒避けに強化と封印の魔法かけてあるの。」
ヨロヨロと立ち上がる。
「っていうか、あんた遊びに来るのに何持ってきてるのよ。」
「どこに行くときも、いつでも戦争できる準備してるわよ、わたし。」
こいつを王都から出すな。
「で、なにしに来たの?」
「ヒメたちに会いに。全然会いに来てくれないんだもの。」
「ひと月も経ってないよね、この前会ってから。」
「ヒメが来ないんだもの仕方ないじゃない。」
「あのね……」
「冗談よ。ここじゃあれね……よし、絶対壊れないヒメの家に行きましょうか。」
「え?ご出立なさるんですか?」
ロイドさんが復活した。なんかうれしそうだ。
「どうしようかな……」
ロイドさんの顔が絶望に変わる。やめなさい、そういういじめは。
「それにここじゃ人の目もあるしね。」
ライザリアが部屋を見回し、ロイドさんたちを見る。
「人には言えない事なんだ。」
うわ、めんどくさそうになってきた。どう考えても面倒事を押し付けに来たよね。
「言えないっていうか……」
頬を赤く染めて俯く。
「ヒメにお願いする時は、スカート捲らせなきゃいけないって……」
「フレイラ!!」
大慌てでマリアさんの陰に隠れるフレイラ。くそ、ロイドさんの陰に隠れてくれれば2人まとめて燃やしてやったのに。
「……2人きりの時にしてね。」
恥ずかしそうに言うな!
「まぁヒメちゃん、まだそんなこと言ってるんだ。」
いや、マリアさん、言ってないからね。あなたの娘さんが吹聴して歩いてるんだからね。
「ダメよ。順番守らなきゃ。エミリアが1番でしたっけ。」
「わたしが知っている限りでは、マリシアとお姉様、それにわたしも狙われています。」
黙りなさい、フレイラ。あぁ、どいつもこいつも……
「わたしもだよね。」
マリアさんまでもが……
「ひ、ヒメの浮気者!」
お黙りなさい、ライザリア!
あぁだめだ。ここにいたら話が進まないうえに、わたしの評判がどんどん下がっていく。
「いまさらよね。」
「下がるだけの評価はないと思うが。」
ファリナ、ミヤ、後でゆっくり話そうか。
「仕方ない、うちに行くよ。」
「その辺の原っぱで十分じゃない。」
ファリナに遠慮がない。結構ムッときているようだ。
「イジワルしないでよ、ファリナ。」
そう言いつつわたしとファリナの腕に自分の腕を絡みつけてくるライザリア。
「ムゥ!」
ミヤがムッとしてわたしの腰に抱きついてくる。
「出立します!用意を!」
屋敷の玄関を出るなりライザリアが叫ぶ。
騎士たちが屋敷の周りから次々現れてライザリアの前に膝まずく。さらに大きな馬車が門の前にやってくる。こんな大きな馬車で来たのか、この女……
「わかっていますね。失礼のないように。わたしに恥をかかせないでね。」
ついてきている騎士団の隊長と思われる騎士に、わたしの方を見ながらライザリアが声をかける。騎士は下げていた頭をさらに下げる。
周りにいた騎士たちは、普段ならこんな小娘相手に、とばかりにわたしたちを睨みつけてきそうなものだけど、睨むどころか怯えたように目をあわせることすらしない。どれだけ恐れられてるんだろう、この女……ひょっとして、ここでライザリアをやっつけたら、反逆者どころかヒーローとして騎士団全員から感謝されるんじゃないだろうか。
「それはないから。」
「わかってるよ。」
感謝されるだろうけど、反逆罪で逮捕、死罪だよね。
馬車に乗り込む。この状況じゃライザリアの話を聞かない事には始まらない。
「ヒメ様。」
わたしたちを乗せ走り出した馬車の中でミヤが真剣な目でわたしを見る。
「晩ご飯どうする?」
うん、それは大問題だ。家に帰ろうとするなりこれだもんね。どうするかな。




