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171.草原へ


 ギャラルーナ帝国との国境線近く。ガルムザフト王国の領地の草原に空間移動の門を開く。

 「あっちはまずいから向こうに行くわよ。」

 ファリナが、早めの移動を促す。この間もこの近くでギャラルーナ帝国の兵士に声をかけられた。魔人族との戦闘が近いと噂される今、この近辺は女子供がウロチョロする場所じゃない。まぁ、文句言って来たら燃やすけどね。


 歩き出して少し経った頃……

 「ん?」

 異変を感じられたのは3人。

 ミヤは右手の鉤爪を展開。わたしは魔法の発動準備。

 「ほぇ?」

 もう1人のリリーサは、ボケっと異変を感じた方を見る。

 目の前に空間移動の門が開かれた。


 「ハァー……人の気配がすると思ったらお前たちか……」

 ため息を大きく吐きながら、門から現れたのはログルスだった。

 「この辺には近づくなと言っておいたはずだ。」

 「そう言うあんたは何してるの?スパイ?」

 「……そうかもな。」

 視線を逸らしながら、言い訳じみた風に言うログルス。

 「出ましたね。ウルフはどこですか?今なら消すのを勘弁してあげますよ。」

 「すまんが、いない。今はウルフを連れての用事ではないのでな。」

 「わかりました。消します。」

 待ちなさいって、リリーサ。あぁめんどくさい。


 「体に悪い薬草?……あぁ、前に言っていた……あれか。」

 なぜこいつまで言い淀む。

 「俺が探してくる。お前たちはここから離れて……そうだな、エルリオーラ王国の俺と最初に会った森で待っていてくれ。あの何もないところならわかりやすいだろう。」

 何もないところって……あぁ、わたしが人魔を燃やしちゃったところか。

 「待ちなさい。体に悪い草なら何でもというわけにはいきません。これと……」

 リリーサがログルスと2人、小声で相談を始める。

 「……後、ヒメさんはトリカブトがお好みです。」

 ログルスがジットリとした目でわたしを見る。

 「……お前もか……」

 「いらないからね!リリーサ、人を冤罪に巻き込まないで!」

 まったく、こういったところから人の評判って下がっていくんだね。

 「自業自得。」

 「そうよね。」

 待って、ミヤ、ファリナ。この件に関してはわたしに悪いところはないよ!……ないはず……たぶん……


 「仕方ない、移動しようか。」

 そう言いつつ、ふと動かした視線の先に気になるものが見える。あれは……

 「急げよ。」

 ログルスが急かすので、とりあえずは何も見てない風を装う。

 ファリナはともかく、リリーサの動きがぎこちない。リリーサもあれを見たようだね。腹芸ができなさすぎるけど。

 場所がエルリオーラ王国なので、わたしの<ゲート>で向かう。ログルスは何も言わずにわたしたちを見送った。


 「何もないとか言ってましたけど、ほんとに何もありませんね。」

 リルフィーナがジットリとした視線をわたしに向ける。

 「これ全部燃やしたんですか?」

 「シラナイヨ。ワタシジャナイヨ。」

 声がひっくり返る。

 周囲数十メートルの空間の地面には、いまだに円形状に木や草がなく、土だけになっている。もう結構経つんだから草くらい生えてほしいものだ。情けないぞ、大自然。


 「それはさておき、見た?」

 「あれって……」

 ファリナが困惑した目でみんなを見る。

 「壁でしたよね。城壁。」

 そう。もともと、ギャラルーナ帝国は、国境線には壁を造って人の行き来を見張っていた。とはいえ、それは白の街道に関してであって、黒の街道に壁を造ると魔人族とのもめ事になるからと黒の街道や黒の森には壁がなかった。

 それが、まだ未完成のようだったけど、造られつつあったんだ。

 「魔神族が壊しに来るのを見越して、あそこに魔獣や人魔を集めようってことかな。」

 「かもしれませんね。相手の攻撃場所が最初からわかっているなら勇者、ギャラルーナでは兵士ですね、を配置しやすくなりますし。」

 リリーサの言葉にみんな頷く。ミヤは我関せずで、雲の動きを追うのに忙しそうだ。


 焚き木を集めて、火を焚くことにする。黙って座っていたら寒いんだ。月日が経つのが早すぎる。なんだかんだでもう11の月も半分が終わろうとしている。

 「今年もあと1ヶ月ちょっとか。」

 思えば激動の1年だった。

 年が明けた1の月の最後の週に『サムザス事変』が起こった。それが終わって、わたしたちが自由を求めてパーソンズ領についたのが2の月の中旬。あれから9ヶ月か。

 あれ、2の月以降は食っちゃ寝ばかりしていた気もするな……いや、気のせいだ。

 「激動だったのはフレイラと出会った8の月以降で、それまではほぼ食っちゃ寝だったけどね。」

 え?だってそれじゃ、忙しかったのは8の月以降の3か月しかないってことになるよ、ファリナ。それはおかしいよ。

 「おかしくない。それまでの半年は、ずっと食っちゃ寝で、たまに獣や魔獣を燃やしてただけ。何もしてない。」

 「い、いや、魔獣燃やして……忙しかった……じゃん……」

 声が段々小さくなっていく。おかしいな。


 周囲には獣も魔獣もいないためすることもなく、ただ火に当たり続けるわたしたち。

 「不毛です。何かないか探しに行きましょう。」

 「行き違ったら面倒でしょ。ここにいるよう言われてるんだから我慢しなさい。」

 「リルフィーナと2人で行って来たら。わたしたちがここにいるから。」

 ファリナに言われ、ちょっと考え込むリリーサ。

 「仕方ありません。お茶にしましょう。」

 結局そうなるんだ。


 「エルリオーラの王都で手に入れた茶葉です。」

 リリーサが嬉しそうに茶葉の瓶を眺めながらお茶を淹れる。それを飲んでいたら、近くに空間移動の門が開く。

 「こっちは忙しいというのにいい身分だな。」

 ログルスがじっとりした目を向ける。

 「別にわたしたちが頼んだわけじゃありません。」

 リリーサがツンツンだ。どこにも行けず、お茶を飲むしかなかったことが気に入らないようだ。

 「何度も言うがあの近辺には近づくな。」

 「ギャラルーナ帝国と戦争するの?」

 わたしのセリフに押し黙るログルス。

 「なら、あんたを倒した方が人族のためになるのかな。」

 ジッとわたしを見る。悲しそうな視線は、動くことなくわたしを見てる。

 「ごめん、ウソ。他の国の面倒事に首を突っこむつもりはないよ。」

 わたしの方から視線を外す。

 「そうだな。お前には俺をころ……」

 「楽しそうだな。私も混ぜてくれないか。」

 ログルスの後ろからいきなり声が聞こえる。

 「エア。」

 そこにはエアが立っていた。

 「久しぶりだな、お嬢さん方。しばらく顔を見なくて寂しかったぞ。」

 ログルスを無視するように近づいてくると、わたしの隣に腰を下ろす。

 「まぁ私も実家に戻っていて留守にしていたんだが。」

 「え?エアの実家ってどこ?」

 「何だヒメ、来たいのか?挨拶か?だが待て。この場合はどちらが嫁になるのだ?」

 そんな話はしていない。

 「で、なんの集まりだ?ざっと見た感じ、この辺には魔獣はいないぞ。」

 「あ、あぁ。リリーサの都合で体に悪い薬草を探しにギャラルーナ帝国近くまで行ったら、ログルスがね、取ってきてくれるからここで待ってろって。で、今、合流したところ。」

 「何、頼めばお使いしてくれるのか?なら、私はエルリオーラ王国のサムザスとか言う領地のボードニルの町にあるケーキ屋のマロングラッセが所望だ。」

 サムザスの名前で、そこにいた数人の顔が引きつる。まぁ、わたしとファリナなんだけどね。

 「お前の使いなどできるか。」

 「けちくさい男は嫌われるぞ。で、なんだその体に悪い薬草っていうのは……あぁ、わかったから言わんでいい。」

 ジロッとリリーサを見る。リリーサは目を逸らして合わそうとしない。


 「とりあえず、これでいいのか?」

 収納からいろいろな草を出すログルス。それを1つずつ確認するリリーサ。

 「あ、これはヒメさんのですね。」

 「だからトリカブトなんかいらないからね。」

 「何だ、ヒメも暗殺したいやつがいるのか。誰だ?手を貸すぞ。」

 いないからね。どいつもこいつも。

 「そうだ。手を貸すで思い出した。」

 「毒殺したいやつをか?誰だ?」

 「あのね、エア。そうじゃなくて……まぁいいや。ゲーターって知ってる?」

 「ゲーター?どのゲーターだ?」

 「ブロンズ。皮は防具とかの皮製品に使えそうなのはわかったんだけど、肉ってどうやったら食べられるのかな。」

 エアがジトッとした目でわたしを見る。

 「ゲーターは食べられないこともないが、どちらかと言えばゲテモノの部類だぞ。人族でいうトカゲとかヘビを食べるようなものだ。」

 うん、やっぱりそうなのか……

 「行き詰りました。」

 リリーサが草を収納にしまいながら、ガックリと首を落とす。

 「というか、どこからそんなものを手に入れた?」

 「最近、その辺をうろちょろしてるんだよ。ゲーターだのベアだのクラブにスコーピオ。果てはシープだよ。」

 「何でもいいというわけでもあるまいに。」

 エアがなぜか頭を抱える。

 「これでいいんだな。俺は戻る。重ね重ね言うが、国境付近には近寄るな。」

 「あぁ待て。私もお前に話がある。面倒にならんところまで連れて行ってくれ。」

 ログルスが露骨に嫌な顔をするけど、エアはシラッとしたものだ。

 「ゆっくり話したかったがやむを得ん。またいずれ。」

 エアが手を振りながらログルスの方に向かう。

 「じゃぁな。言いつけは守れよ。」

 2人が空間移動の門に消える。言いつけって、あんたはわたしの親父かっていうの。

 「何?何?何なの?2人でいなくなるなんて……告白?告白なの?」

 いや、ファリナ、ないと思うよ。それにしても、あの2人が揃うと悪役感バリバリなのはなんでだろう。

 

 必要な物を手に入れ、わたしたちはリリーサの家へ。

 「さぁ、明日を待つばかりです!」

 

 そして、翌日。

 「来ました。」

 泣きそうな顔のアリアンヌが、リリーサの家のドアをノックする。約束を忘れずに律儀にやってきたみたい、と思ったけど……

 「何でわたしがあんなまねを……」

 ここまで来ておきながら、意外と往生際が悪いな。

 「熊の方は片付いたの?」

 「はい。あの近くには他の魔獣もいませんでしたから、しばらくは様子見になります。ベアは領主様が毛皮を欲しがったので、他のハンターたちに回収に向かわせたようですが、その後どうなったかまでは聞いていません。」

 「あたしたちへの依頼は、魔獣を討伐することだからな。ヒメたちが帰った後、数が増えた分の報酬の上乗せを貰って終わり。後のことまで責任は取れない。領都の依頼だから協力しただけで、あたしたちの町にはさほど関係のある話じゃないしな。ま、領主様からの依頼だ。ハンターとしてのポイントは結構もらえた。今度Cランクになれる。また一歩前進だ。」

 ユイがアリアンヌをジッと見る。それをしっかりと見返すアリアンヌ。

 「では、お店に向かいましょうか。商品の用意をしなければいけません。さぁ、戦争です。」

 リリーサが目をギラリと輝かせて立ち上がる。めんどくさいけど仕方ないか……






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