17.森で休む少女たち
夜半から降り始めた雨は、止む気配を見せず、ただテントの入口から空を見上げるだけのわたし・・・とそれを睨む2人。
「わたし?わたしのせい?」
「面と向かって言われると理不尽な事言ってるってわかってる。でも・・・」
「ヒメ様が気を遣うから。」
納得できない!できないけど、ひょっとしてわたしのせいかもと思っている自分が確かに存在する。いや、違う。わたしのせいなんかじゃない!でも・・・
「まぁ、仕方ないわ。天気だけはどうしようもないもの。今日は、テントでゆっくりするしかないわね。」
ファリナがベッドに腰かけ、ミヤもそれにならう。
急ぐ討伐じゃないから、雨天は休み。
雨で視界は悪くなるし、雨具なんか着たら、体が重くなって戦いづらくなる。緊急ならそれでも討伐に出るけど、今回は10日を1つの目途としてるから慌てることはない。雨天中止はパーソンズ家との打ち合わせでも確認済みだ。
「さすがにこの雨だもの、フレイラだって大人しくしてるよね。」
あくまで希望的推測だったと後に後悔することになるのだが・・・
することがないから、<ポケット>からお菓子を出して、ベッドに横になり、おしゃべりする。
「なんか眠くなってきた。」
「よかったじゃない。ヒメご希望のスローライフが送れて。」
「こんな、野原のテントの中じゃ落ち着かない。家でゆっくり、ゆったりしたい。晩まで家に帰ろうか?」
ミヤはいつの間にか、わたしの腕を枕に寝ている。
「いつ誰が来るかわからないんだから、ここから離れるわけにはいかないわ。」
まぁそうなんだけど。
ジッと恨めしそうにミヤを見るファリナ。仕方ない。
「ファリナも来る?」
手を出すと、嬉しそうにわたしの脇に横になる。
会話が途切れ、テントの天井をボーッと眺めていると、ミヤがピクリとして起き上がった。
「誰か来る。」
わたしも周囲を魔法で探知。害意が感じられないから気にしてなかったよ。
馬車が街道をやってくる。パーソンズ家から来るには早いから、商人かなにかの馬車かな。隣町への乗り合い馬車が来る時間でもないし。
そう思っていたら、馬車は街道を外れ、テントの方へ向かってくる。
テントの入口から3人で顔を出していたら、やって来たのはパーソンズ家の馬車だった。
テント脇まで来ると、扉がバンと開き、マリシアが慌てた様子で出てくる。嫌な予感しかしない。
「こちらにフレイラ様は来てませんか?」
「「はぁ?」」
わたしとファリナは思考が一瞬止まる。ミヤですら軽いため息を吐く。
「この天気です。さすがに今日はおとなしくしていると思っていたのですが、いつの間にかお屋敷からいなくなってしまいました。」
「町に買い物に出たとかはないの?」
「わかりません。今、町中を探しています。一応こちらも確認のために来たのですが。」
「ミヤ、わからない?」
わたしに言われて、ミヤが周囲を見回す。
「この近くにはいない。」
「来るとしたらこのテントだよね。1人で森に入ってもなにもできないし。」
「じゃあ、まだ町にいるのかしら。」
マリシアは不安げにウロウロ歩き回る。濡れるから、馬車の中かテントに入ればいいのに。
「ここに来る途中では会わなかったのよね。」
ファリナがマリシアに確認する。
「街道と森側は気をつけて見ながら来ました。ただ、森の中を歩いていたら・・・」
わからないよね、そりゃ。
「とりあえず、マリシアは馬車でこの辺りを回ってみて。わたしたちも支度でき次第、森を探してみる。」
「わかりました。」
マリシアが乗り込むと馬車が動き出す。
「どうするの?」
ファリナが何かあったら外出するために、念のため出しておいた雨具を手に取る。
「ミヤの第一門を開封する。」
「にゃ。」
ミヤが嬉しそうにする。わたしは気が重くなったけどね。
「はぁ、パープルウルフの時も使うから、2回しなきゃだめか・・・」
ファリナが苦笑いでこちらを見る。
同情するならお前やれ。
ミヤは規格外だ。ミヤが本気出せば、世界でも滅ぼせるかもしれない。あくまでも、かも、だからね。だから、ミヤの能力にはいくつも封印してある。
問題は規格外すぎるため、ミヤがその気なら封印なんて自分で簡単に外せるということだ。だって、たかだか、人間のわたしが施した封印だよ。世界を滅ぼせるかもしれない力を持っている者にすれば、紙ひもで手を縛られてるようなものだろう。
ただ、ミヤは、封印はわたしとの絆だから、わたしから解くか、わたしが本当に危険な目に合わない限りは、自分では解かないと言って、わたしの封印を受け入れてくれた。
そこで最大の問題が起こる。
封印を解くためには、開封の魔法陣のわたしが持つ鍵とミヤが持つ鍵穴を合わせなければならないのだけれど、それには直接接触が一番だ。要するに相手に触れるってことね。
ただ、手と手とかだったら、何かの拍子に触って開封してしまうかもしれない。いや、触っただけでは開封しないし、魔法陣を展開しなきゃいけないのだから、意図的以外に開封することはありえないけど、万が一の危険を少しでも減らしたほうがいいとミヤが言い張ったんだ。
だから、わたしの鍵はわたしの唇に、ミヤの鍵穴はミヤの額に設定する ~つまり、わたしがミヤの額にキスすれば封印が解ける~ ・・・はずだった。これなら額にキスするなんてめったにありえないでしょ。
ところがこいつ、封印の儀の最中に鍵穴の設定場所を変えやがったのだ。それも自分の唇に・・・
最後の封印する時になって、鍵穴の場所を変えたミヤに無理やりキスされ、封印の儀は完了してしまった。
以降、封印を解くには、わたしはミヤに・・・キスを・・・しなければならなくなったのだ・・・
「唇を重ねるのは愛情表現と聞いた。ミヤは恩人である主が死ぬその時までそばに居よう。」
封印が完成した後、ミヤがわたしにそう告げた。
「封印を解くとき以外は、ミヤとキスしないよう気をつけないとね。」
「関係ない。魔法陣を展開しないと封印は解けない。そんなことは万が一にもない。いくらキスしても大丈夫。」
「あんたが万が一があるからキスにするって言い張ったんだよね!?」
「記憶にない。主の勘違い。」
こいつは・・・
そして現在に至る・・・
ちなみに、この世界の魔法は、魔力を持った者(これは強弱を考えなければ、ほぼすべての人にある。強い人はそれなりの数しかいないけどね)が魔法陣を描いて発動する。描くと言っても実際に描くわけではなく頭の中に思い描くのだ。
火の魔法なら火の魔法陣を。水の魔法なら水の魔法陣を。この魔法陣を思い描ける人が、魔法を使える人なわけ。
この魔法陣だけど、人によってイメージが違うため同じ魔法でも同じ魔法陣になるとは限らない。だから、他人に魔法陣を教えることもできるけど、それを使える人と使えない人がいたりする。正直使えない方が多い。結局、自分の魔法陣を作るのが手っ取り早いってことになる。
それに、自分に合った特性というものがあって、火は使えるけど、水の魔法陣はいくら思い描いても発動しないなんてのは、結構当たり前にある。
ちなみにわたしは、火が得意。水はまぁまぁ。土と風はいまいち相性が悪い。一通りは使えることは使えるけどね。
「いい?封印の解除は愛情表現じゃないの。だから、鍵穴の設定やりなおそうよ。」
「それは認められない。」
こいつ、けっこう意固地だよね。そんなにキスしたいのか。
「いいじゃない。別に減るものでもあるまいし。」
「心の中の何かが減るのよ!なんなら変わるよ?」
「ごっめーん。わたし封印魔法使えないし。」
セリフがしらじらしい。
「ヒメ様。事態は急を要する。ん。」
こんな時だけ饒舌になるな。唇を突き出してくるな。
ため息をつき、第一門開封の陣をわたしの唇に描く。念のため目に見えるように。そして、その陣を手のひらに移し、ミヤの頭の上へ。ミヤに陣を出現させる。場所変わってないかなと、ちょっと期待したけど、期待叶わず陣がミヤの唇に浮かんで見える。
「第一門開封。」
あきらめの境地で、わたしはミヤの唇に、唇を重ねた。
横目で見ると、ファリナがプンとそっぽ向いていた。
ミヤの体が黄金色に輝く。やがて光が消え、ミヤが閉じていた目を開くと、茶色の瞳が黄色かかった金色に変わっていた。
「ミヤ、探知お願い。目標はフレイラ。フレイラ・パーソンズ。」
ミヤが宙を見る。どこを、何を見ているのかわからない目つきだけど、ミヤの意識はフレイラを探している。
「いた。ここから西。黒の森手前の黒の街道。」
「そんなところに?」
ファリナが慌てる。戦う力のない女の子が、魔獣が出てもおかしくない場所にいる。いつ危険な目にあってもおかしくない状況だ。
「目標変更。周囲に獣か魔獣はいる?」
「変更する。近くには・・・500メートルの距離。パープルウルフ。数3。」
「なんで?」
こんなときになんでパープルウルフがいるわけ?わたしとファリナの顔色が変わる。
第一門を開くと、ミヤは十数キロの範囲で、生きとし生けるものの存在を確認することができるようになる。
ただし、生き物から植物まで全部だから、ミヤ曰く、逆に何が何だかわからない状態に見えるらしい。ちなみに、能力を全開放すればすべてを個別に認識できるようになるらしい。
なので今は、狼なら狼だけ。人なら人だけを探知するように1つだけ目標を設定する。
今回のように、会ったことのある人間なら個別に探知できる。この方法の弱点は、フレイラならフレイラだけを探せるかわりに、フレイラの周囲に危険な何かがいないか再度探知しなおさなきゃいけなくなることだ。2度手間なんだよね。
「<ゲート>を使う。詳しい場所がわからない。ミヤ、位置をわたしに写して。」
フレイラとパープルウルフとの距離が近すぎる。
適当な場所に<ゲート>を開いていたら、間に合わなくなるかもしれない。
わたしも、近距離の探知魔法なら使える。ミヤと同じ魔法陣だから、というかミヤから教わったから、ミヤから陣を写してもらえば、フレイラの場所がわかるはず。
「ダメ!ヒメ様の足りない頭じゃ脳が焼き切れる。」
足りない言うな!正確に『情報量が多すぎる』と言え。
「フレイラの場所だけでいい。それだけを頂戴。」
ミヤが俯く。えー、それだけでも焼き切れるなんて、わたしの頭ってそんなに悪いの?
ミヤは少し考えて。
「方向と距離だけ写す。ダメそうだったらすぐやめる。ミヤにはヒメ様が大事。小娘はどうでもいい。」
言い方は非道だけど、ミヤなりにできる限りの譲歩なのだろう。
「それでいい。ファリナ、武器を。場所を確定でき次第飛ぶよ。ミヤ、できればウルフとフレイラの間で開けた場所を探して。門を開きやすそうなところ。」
ファリナが、自分の剣とわたしのショートソード、ミヤのナイフを抱える。
雨具はあきらめた。すぐに戦闘になりそうだから、濡れて動きづらいのと、雨具が重くて動きづらいのなら、濡れた方がいい。
「わがまま娘め、一発ビンタしなきゃね。」
わたしは、目的地に向け、門を開いた。




