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168.試食


 ユイとアリアンヌの住むウォルナード領の領主から、幾ばくかの謝礼金を受け取ったわたしたちは町を後にする。

 勇者のパーティーや領主、ハンターギルドのマスターが、ここでハンター登録し直さないかみたいなことを、何となく遠回しに言ってきたけど無視だ。勇者になる気も貴族に体よくつかわれる気もない。

 リリーサたちには、さすがに声をかけるのがはばかられるのか、指をくわえて見ているだけだったけど。まぁ、相手はこの国じゃ有名な白聖女。迂闊に移籍なんか持ちかけたら、領地同士、へたをしたら国王までもが参入の大バトルになる可能性だってある。勃発したら見ものだな。他所の国のわたしたちにすれば。


 「結局わかったのは、皮が使えるという事と肉も食べられるという事ですけど、よく考えたら、シープと同じで誰も見たことない魔獣なんて買う人いるんでしょうか。」

 「皮は素材に使えるんだから買い手はつくだろうけど、肉は微妙かな。シープはヒツジって獣が見本代わりにいるから話がしやすいけど、獣のワニを見たことある人っているのかな。」

 リリーサのボヤキを聞きながら考える。ヒツジが見本の代わりになるシープでさえ商人たちにすれば購入を躊躇するんだ。見たことないワニの魔獣なんて手を出しづらいよね。

 「まぁ、皮だけ売りに出して、肉はわたしたちで食べればいいんじゃない。」

 そうは言うけどファリナ、わたしも喜んで口にできる自信はないよ。


 「じゃ、ゴルグさんのとこ行ってみようか。」

 「え?何をしに?」

 わたしのセリフにリリーサが首をかしげる。いや、ゴルグさんが解体してみたいって言うから、ゲーター1匹預けてきたでしょ。どんな具合なものやら聞いてみないと。

 「あぁ、そうでした。皮だけでも使えそうか、聞いてみなきゃいけませんね。」

 というわけで、ゴルグさんの住む、ガルムザフト王国のグリューバル領バーグラーの町へ。


 「皮は良質だな。盾は考えてしまうが、籠手や膝当てとしての防具としてもよさそうだ。まぁ、ちょっと重いから防具よりベルトとかの装飾品向けかな。バッグにもいいと聞くが、この国じゃ使われたことがない素材だから何とも言えん。」

 「要するに不良在庫なんですよね。」

 リリーサがガッカリ。

 「毛皮問屋に聞いてみたらどうだ。何なら紹介するぞ。あいつらはトカゲの皮も扱っているから、ゲーターの皮ならおそらく欲しがると思うぞ。」

 「なるほど。毛皮業者さんならうちの店にもひいきの方がいらっしゃいますから、今度のシープの販売会の時にでも話をしてみましょうか。」

 で、また1週間猶予が必要になるんだね。

 「立て続けに魔獣が現れすぎです!ちょっとは考えてほしいです!」

 いや、あんたがそれを望んでいたんじゃない、リリーサ。

 「ヒメさん冷たいです。ここは優しく慰める場面ではないでしょうか。」

 「優しく殴るのか。まかせろ。」

 「まだそのネタ続いてるんですか?」

 ミヤとリリーサが睨みあう。もうがんばってとしか言いようがない。


 「ボアにシープにベア。他の場所じゃスコーピオにクラブか。」

 「わかりやすく言ってください、ファリナさん。」

 「リリーサもハンターなんだからわかりなさいよ。猪にヒツジ、熊。それにサソリにカニ。」

 「さらにワニだもんね。どこの国でもそんなにいろいろな魔獣が現れているのかな。」

 「馬も出たと聞いた。」

 ミヤが機嫌悪そうに言う。あぁ、そうだったね。

 わたしたちの聞いた範囲じゃ、エルリオーラ王国とガルムザフト王国だけの話しか聞いてないから、さらに北のギャラルーナ帝国とか南のバイエルフェルン王国じゃどうなってるんだろう。

 「これってギャラルーナ帝国が魔人族と戦争になりそうだってことと関係あるのかな。」

 そこまではさすがにわからないよ、ファリナ。

 「とりあえず、わたしたちにできる事をしましょう。」

 リリーサがわたしたちを見る。そうだね。わたしたちにできる事……

 「じゃ、ゲーターの肉を食べてみましょう。」

 あれ、そっちかい。


 「ユイさんの話じゃ毒は無し。味に好みがわかれるとのことでした。とりあえず、何でもいけるヒメさん、お願いします。」

 いや、あんたからいくのが普通でしょ。これ売りたいのはリリーサなんだから。わたしは捨ててもいいよ。

 「わたしに何かあったらどうするんですか。ここはヒメさんが。」

 「大丈夫。リルフィーナとミロロミがいれば、あの店はやっていけるから。心配せずに一気にいってちょうだい。」

 「いえいえ、ヒメさんどうぞ。」

 そう言いながら、手元にあったゲーターの肉をわたしに押し付ける……って、まだ生肉のままじゃない、それ。わたしにどうしろと……


 「まずそのまま焼いてみましょう。」

 結局、当たり前ながら全員が食べることになり、簡易石釜をテーブルに出して、ゲーターの肉を焼き始める。

 「食べた事のない肉だ。毒の心配がないならもちろん食うぞ。」

 そう言って、ゴルグさんも同席している。まぁ心配なのか、リャリャさんには一応待つよう言ってある。リャリャさんは『自分だけ食べるつもりですか』と言っていたけど、ゴルグさんに、頭を下げる勢いで待ってくれと言われたら従う他はなかったみたい。ゴルグさん、よっぽどリャリャさんが心配なんだね。

 「せーの、で口にするよ。食べなかった人は、どうしようかな……」

 などと考えていたら、あっさりゴルグさんとミヤが肉を口に入れる。

 「くだらない。食べたくないなら食べなければいい。その方がいっぱい食べられる。」

 「ず、ズルいです、ミヤさん!」

 慌てて肉を頬張るリリーサ。当然わたしも。

 「ちょっと硬いかな。それに肉だけだとあまり風味がないね。」

 「コッテリした肉かと思いましたけど意外とアッサリ系ですね。塩だけじゃ物足りないかもしれません。」

 目を閉じ口をモゴモゴさせるリリーサ。うん、ちょっと噛むのに苦労しそう。さらに味が薄いとなると食べにくいかな。

 「ソースにつけて味を染みこませつつ、肉を柔らかくした方が食べやすいかもね。だったら、このままじゃなくてサンドイッチか何かにしたらおいしいかも。」

 ファリナが石釜の上の肉を、料理人の目で見ながら裏返す。

 「パンに挟むのは良さそうですね。」

 リルフィーナがうんうんと頷いている。

 ゴルグさんがリャリャさんに包丁を持ってきてもらい、包丁の背で肉を叩いて柔らかくして肉を焼く。それを皿に乗せ、リャリャさんに渡す。見ていてほのぼのとするなぁ。

 「うん、味はくどくなくて食べやすいけど、年寄りには硬すぎね。香辛料と香草につけて、1日煮込んだらどうかしら。ソースだとくどくなりすぎね。」

 老若男女で感想が分かれそうだ。つまりめんどくさい。

 「そんなことないわ。とにかく肉を漬け込むなり煮込むなりして柔らかくすればおいしくなりそうってことだもの。」

 こう見えて割と料理が好きなファリナは、なんか色々頭の中で考えていそう。

 「こう見えてって何?ヒメとミヤのご飯毎日作ってるのは誰かしら。」

 「申し訳ありません、ファリナ様です。」

 深々と頭を下げる。食部門はファリナがいないと、うちじゃ壊滅する。

 ふと見ると、ミヤがシュンとしてる。

 「もちろん、ミヤのおにぎりもおいしいよ。」

 ぎゅっと抱きしめてやる。

 「てれてれ。」

 わたしを抱き返してくれる。

 「なんですか?そのレアアイテムは?」

 いきなり何かな、リリーサ。

 「うちのお店でミヤさんのおにぎり売ってみませんか?おバカなお客なら金貨1枚でも買いますよ。」

 ミヤが露骨に嫌な顔。

 「ミロロミにも作らせてみましょうか。」

 いや、もうそれ現状ギリギリだったのが、完全アウトな店になるからね。

 「それって、万が一売れてしまったら、ミロロミはお姉様のお店の番をするより、自分のお店を出した方が儲かるのではないでしょうか。」

 うん、リルフィーナ、それはそうだけど、それって大人のお店認定されちゃうんじゃ。

 「なぜおにぎりのお店が大人のお店になるんでしょう?」

 リルフィーナが首をかしげる。それはね、購入層が危ない人たちばかりだからだよ。

 「やっぱり全面的にアウトだよね。」

 全員頷く。


 もう日が暮れそうなので、捌いたゲーターの肉を晩ご飯にする。もちろんゴルグさんの家で。

 「待て。」

 ミヤが真剣な顔でわたしを見る。何事?

 「お昼ご飯を食べた記憶がない。」

 あぁ、朝、ユイたちと別れて、ゲーターやっつけて、その後ひたすらゲーターのこと知ってる人探して移動し続けて、再度ユイたちに会いに行って、遂には熊さんまでやっつけた1日だったもんね。

 「大事な1食が……」

 跪きワナワナと震えるミヤ。まぁこんなことだってあるよ。


 「明日はゲーターの解体を行います。さらにくすねてきたブラウンマッドベアもできればやりたいです。」

 「1日にそれ全部は無理だぞ。」

 ゴルグさんが何か言ってるけど、リリーサはそれを無視。聞きなさいよ。

 お店に顔を出すからと言うリリーサとはゴルグさんの家の裏庭で別れ、わたしたちは、自分たちの家へ帰る。長い1日だった……






 ヒメたちがゲーターを狩る数日前。

 

 エルリオーラ王国王都ギルバーナ。

 日も沈み、王宮に明かりが灯る。その1室。


 「現在確認されているものだけでも複数の領地で、ベア種、クラブ種、スコーピオ種が出現している模様です。さらに未確認ながら、ホース種やエイプ種の魔獣も目撃されているとの情報も入っております。」

 男が手にした紙を読み上げる。大きな椅子に座り、それを聞く男が1人、国王のゴードウェル。そして、窓際で街灯が灯りはじめた王城内を見下ろす少女が1人。王女のライザリアである。

 「人魔は見受けられないのですね。」

 「はい。」

 ライザリアの質問に緊張気味に答える、報告をしていた男、この国の騎士団の総隊長であるガッザル・ハルバート。

 「とは言え、オーク、オーガならいざ知らず、そんな大型の魔獣や特殊な性質を持った魔獣がこれほど多く、あちこちで出現したことは今までありませんでした。指揮をする人魔がいないのなら、それらの魔獣は自分たちの意志で、魔人族の意図とは関係なく動いている、そう考えていいものなのか。」

 こちらに顔を見せずにいるライザリアに、ガッザルだけでなく国王のゴードウェルも不安そうな目を向ける。

 「聞いた話だと、ガルムザフト王国も似た状態だとか。」

 「はい。現在各国に潜入しております者たちからの報告ですと、ガルムザフトにてベア種、ホース種、シープ種などが出現しているとの情報が入っております。また、ゲーター種の出現の噂もありますが、確認はとれておりません。」

 「げー……た?何だ、それは?」

 「ワニですよ。国王陛下。」

 「そ、そうか……わにか……」

 ワニが何だかわかっていませんね、お父様……心の中で舌打ちしつつも、相手はこの国の最高権力者。おくびにも出さずライザリアは話を続ける。

 「他の国の状況は?」

 「ギャラルーナ帝国に関しては不明です。もともとが情報を表に出さない国の上、現在軍の展開が予定されているようで簡易的な戒厳令下となっており、潜入した者も迂闊に動けないようです。バイエルフェルン王国につきましては我が国との国境付近で同様に魔獣の出現が見受けられると聞いております。」

 “この一連の騒動が、ギャラルーナ帝国と魔人族とのいざこざが理由ならいいのですが、魔獣の動きが不自然すぎます。こうなったら止むを得ませんか。”

 「わたし、しばらく旅に出ようと思います。」

 「な、何を言っている!?」

 ニッコリと笑顔で振り向くライザリアに、慌てるゴードウェル。

 「お前がいないと国政が滞る。」

 この国の国王および国政を支える2大大臣と宰相、それにここにいる騎士大隊長以外には知られていないことだが、普通の才覚の持ち主でしかない国王を陰から支え、国政を動かしているのはライザリアであった。

 国王とよしみを結びたい一部の貴族からは、国王は融通が利かないと思われているが、それ以外の大多数の貴族や国民が、国王を賢王と呼ぶ声もあるのは、すべてライザリアの手腕によるものである。なので、国王はライザリアに頭が上がらず、王宮を留守にするなど、ゴードウェルにとってはあり得ない事だった。

 「現状大きな問題はありません。国王陛下のご采配があればこの国は大丈夫です。それに、旅と言っても1週間くらいのもの。すぐに戻りますよ、お父様。」

 私的な用件以外でライザリアがゴードウェルを“お父様”と呼ぶときは、もう決めたということである。国王は、大きくため息をついて、心の中で思った。

 “せめて、ライザリアが戻るまでは大きな問題が起きないように……”と。






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