166.ユイとアリアンヌの戦い
「白聖女様と・・・エルリオーラ王国のハンター?」
組み合わせが理解できないようで、不審そうにわたしたちを見る領主とギルドマスター。そして、驚きの目で見る受付のお姉さん。
「しかし、白聖女様はそのお力を失い、地方で商店を営んでおられるとお聞きしています。魔獣と戦えるとは・・・」
マスターが困ったようにこちらを見る。白聖女に何かあったら世間から文句言われるのはマスターだもんね。でも、お店をやっていることは知っているのに、何を売っているのかまで知らないのかな。あの規格外品の数々を。
「わたしの配下の者です。」
リリーサがわたしたちを指さす。あのね、誰が配下なの。
「デストロイヤー・クイーンと呼ばれています。魔獣の10や20あっという間です。」
何?その2つ名は?信じてもらえても、もらえなくても、わたしの評判ダダ下がりなんだけど。
(説明する時間がもったいありません。かと言って、わたしたちが現地に行く名目は必要です。ガマンしてください。)
小声で囁く。後で憶えておきなさいよ。でも、確かにここでもたもたしてる暇はない。ユイがいるから大丈夫だと思うけど、熊がいっぱいか。ユイの得意の風魔法じゃ、1対多はつらいかも。
「信用できるのか?」
「いえ、それ以前に他国のハンターに依頼するなど・・・」
領主とマスターが頭をつき合わせて喧々ごうごうだ。さっさと決断しなさいよ、めんどくさい。
「面目がどうこういってる場合じゃないでしょ。急がないと領地や領民に被害がいっぱい出るんだよ。」
困惑した顔でこちらを見る。こいつら燃やしたら話早いかな。
「燃やしたら話は国王にあげなきゃいけなくなるんじゃないかな。」
それはめんどくさいにもほどがあるよ、ファリナ。あぁ、あまりにも暇すぎて、ミヤがまた見えない何かを見てるよ。何が見えるの?いや、言わなくていい!
「さっさと決めたら?」
ボンと炎が上がり、領主の隣にあったテーブルが灰も残さず消え失せる。
「「「あぁっ!」」」
わたしのデモンストレーションに、領主、マスター、それに受付のお姉さんが驚きの声を上げる。
「テーブルが!!」
お姉さんは別の意味で声を上げたようだ。ギルドのテーブルってそんなに大事なの?
「下がって!お嬢!」
ブラウンマッドベアの右手が振り下ろされる。それを躱して剣を突き立てる。討伐が目的なので、ベア自体はどれだけ傷つけても構わないことになっている。それ以前にどれだけ毛皮に価値があろうと、巨大な魔獣を無傷で倒すなど不可能な事だった。
ベアは2匹と聞いていた。こちらはハンター3組に勇者も2組。ベア2匹くらい楽勝と思われた。参加しているユイですら。
将来的には騎士、さらに貴族籍の獲得を目指すユイとアリアンヌだが、まだハンターとしてはDランクの身。ここは勇者に花道を譲り、その補助として活躍することが今回の討伐の目的だった。勇者たちに睨まれることはない。ハンターとしてのポイントさえもらえればいいのだ。
ベアと接敵し、戦闘に入るなり事態は予想を裏切った。
前に飛び出した勇者の1チームが、いきなりベアの腕に吹き飛ばされた。
ベアの平手で水平に薙ぎ払われた男性2人と女性1人の勇者チームは、なんとか魔術師の女性を庇うことはできたが、剣士の男性2人は近くの岩に激突。残った女性の魔術師が回復魔法をかけるも、ケガを完全には回復することができず、戦力としてはいきなり半減することとなったのだ。
「わ、わたしが治癒を・・・」
アリアンヌがそう言うが、ユイとしてはアリアンヌの回復魔法を使う気はなかった。アリアンヌの魔法は強力だ。あの女性魔術師よりは。だが、それを衆人の元にさらせば、今後アリアンヌが他のハンターたちからいろいろなアプローチを受けることになるだろう。それは善意からのみならず、悪意を持った者たちも含めて。それほど回復持ちは珍しいのだ。
その者たちが、アリアンヌの手助けになるのなら構わない。だが、ほとんどの者は、アリアンヌを都合のいい歩くポーションくらいにしか思わないだろう。それも、美少女という付加価値を持った。
そもそもが、ベアの一撃をかわせない様な勇者を回復したところで使えるのか?ユイとしては戦闘は人数だと思いつつも、使えない駒は邪魔にしかならないと考えていた。
幸いもう1組の勇者チームが、ベアに風魔法で土煙を上げ、目を埃で潰したすきに剣士と槍士が吶喊、腹や足を斬りつけて、倒れたところを背中に上り剣や槍でめった刺しにしてようやく1匹を仕留めることができた。
残り1匹。ハンターも入れ、全員で攻撃を仕掛ければ勝てる・・・
勇者、ハンターたちがそう思っていた矢先、森の奥からさらにベアが現れた。
2桁の数のベアが・・・
「な、なんでこんなに・・・」
傷ついた勇者1組と、無事な勇者1組にハンター3組。総人数は16人。ベアが10匹以上では相手になりそうもない・・・そこにいた全員がそう思った・・・
いや、ユイ以外は・・・
「何匹いようが負けるもんか・・・こんな熊如きにやられるほど軽い命じゃないんだ。」
そのユイの言葉は、アリアンヌだけが聞いていた。
(そうだ・・・お父様の仇を討つまで死ぬもんですか・・・)
そう心に誓いつつも、アリアンヌの手の震えは止まらなかった・・・
「誰か町に戻ってギルドに連絡を!応援を頼め!」
勇者の誰かが叫ぶ。
「お、俺が!」
男が1人、その声に走り出した。
「あのバカ。」
その場に残ったほとんどが苦々しく走り出した男の後姿を睨んだ。その場にいた者たちは、当然最年少のアリアンヌを逃がすつもりだった。そう、今からでは応援は間に合わないかもしれない。ならば、あの幼い少女を逃がさなければ・・・当のアリアンヌにはそのつもりはなかったのだけれど。
そして、男がハンターギルドの扉を壊すような勢いで入ってきたのは今さっきの事だった。
「数が多い!囲まれるな!倒さなくていい、致命傷でなくていいから傷つけ続けろ!油断はするな。こんなところで熊如きにやられてたまるか!」
勇者の1人が指示を出す。
それでも絶望感は否めなかった。1撃は入れることはできるが、それ自体はベアにとって致命傷にはならない。それでも少しずつ削っていって、ベアの動きを鈍らせてとどめをさすしかない。それをいつまで続けられるのか。1匹ずつならそれでいい。今は複数を相手にそれをやり続けなくてはいけない。1匹に斬りつけている隙に、横から別のベアが攻撃してくるのだ。絶望感は疲労を実感させる。
「もう・・・だめだ・・・」
誰かが呟いた。
散らばって、ちまちまベアを斬りつけまくっているが、最初の1匹以外まだ倒していない。幸いなのは、まだケガだけでこちらに死者が出ていないこと。ケガ人の勇者も、残った体力を振り絞って攻撃に参加していること。とはいえ、いつまで持ちこたえられるのか。
「<千切り風>」
ユイの風による切断魔法。まともに命中すれば致命傷を与えられるその魔法だが、ベアを倒すほどの大きな威力の風の刃は、回転する刃と周りの空気との温度差で、刃が目視できるようになってしまい、ベアたちは避けたり、当たっても深い傷を負わないようにその身をかわしたりするため、ベアの動きを鈍らせるところまでいかないでいた。
「でかいくせにチョコマカと!」
当たりさえすれば倒せるのに・・・
躱される理由はわかっていた。ユイがアリアンヌから離れられないため、ベアとの距離を縮められないのだ。
近くからかわす暇もなく刃を叩きこめれば・・・それでもユイは、アリアンヌから離れるという戦術は頭に浮かばなかった。
(このままじゃお嬢が・・・)
次第に焦りの感情が大きくなってくる。
(あたしは死んでもお嬢だけは・・・)
「ユイ、行って。」
後ろでアリアンヌの声。
「な、何を・・・」
「遠すぎてユイの魔法がかわされてます。もっと近くからなら・・・」
「近づけば当たるってものじゃない。」
「ウソ。わたしが邪魔なんですね。」
「別に。あたしの腕が悪いんだよ。」
「このままじゃ全滅です。まだみんなが無事なうちに手を打たないと。」
「お嬢はあたしが守るから心配しないで。」
「ユイ!」
「黙って!来る!」
今度こそギリギリまで近づけさせて・・・撃つ!
ベアの首筋をかすめて飛ぶ風の刃。
(かわされた?この距離で?)
熊、勘よすぎ!ユイが心の中で地団駄を踏む。
いつまでもここにいるハンターたちの体力や集中力が続かない。このままじゃ、いつか誰かがやられる。
もしも、それがアリアンヌだったら・・・ユイの心はさらに焦る。
(だめだ・・・このままじゃ・・・)
アリアンヌをつれて逃げる?この数のベアをよけて?ここにいる勇者やハンター全員を囮にできれば・・・
「そこの君!ユイさんだったか。その少女をつれて逃げろ!このままじゃ彼女までやられる!」
勇者の1人が、ユイの心の中を覗き見たように声をかける。
(あぁ、なんてさもしい人間なんだろうか・・・わたし・・・)
それでもユイはアリアンヌを犠牲にする選択肢は取れない。
「わたしが・・・」
“あたし”ではなく“わたし”。ユイの地が出てしまった瞬間、炎が立ち上った。
「どっちがいっぱい倒せるか勝負です。」
「それ跡形も残さないわたしには数字が残せないんだけど。言い値でいいの?」
聞いた事のある、この場で聞くはずのない声が耳に届いた・・・
領主の判断は早かった。
「勇者やハンターたちを見殺しにはできん。この際国籍は問わない。強いんだな、お前たち。」
「熊くらいならなんとかなるんじゃないかな。」
「白聖女様は・・・その・・・戦うことができるのですか?」
「あぁ大丈夫です。熊くらいなら一撃です。」
「なら時間がない、お願いします。依頼料は払います。」
領主がわたしたちに向けて宣言する。まぁその辺はどうでもいいや。とにかくユイに会って、ゲーター知ってるかどうか聞くだけだし。わたしたちも行っていいなら文句はない。
「場所は。」
「あ、案内します。」
受付のお姉さんに手当てされていた報告に来た男が立ちあがる。
「この近くならバーブルさんの畑がありますよね。そこから見てどちらになりますか?」
リリーサが宙に地図を思い浮かべているんだろう。空を見て、右手の人差し指をクルクル廻しながら考え込んでいる。
「畑をご存知ですか?畑の黒の森側、西の方角です。」
「なるほど。わかる?リルフィーナ?」
「わたし頼りですか・・・いえ、いいです。」
リルフィーナが机に乗っていた紙に地図を描き始める。
「前に行ったのはこの辺ですから、ここに出ていただければこちらの方向ですね。」
「わかりました。では行きましょうか。」
リリーサが地図を見て場所を確認して立ち上がる。
「じゃ俺も・・・」
「あぁ結構です。ケガ人は邪魔です。」
相手はケガ人なんだからもう少しだね、こう、なんというか・・・まぁいいか。確かに邪魔だしな。
ギルドを飛び出し町を出たところで、リリーサが空間移動の門を開く。
「<あちこち扉>」
わたしたちは門に飛び込む。
アリアンヌ、ユイ、無事でいてよ・・・せめて、ゲーターの話を聞くまでは・・・
「ヒメ様外道。」
あれ?
目的地の門を抜ける。
「あっちです!」
リリーサの指さす方向へみんな走り出す。
「あ、あの!」
「なに?リルフィーナ!置いていくよ!」
リルフィーナがもたもたしてる。この非常時に。
「・・・向こうです・・・」
リルフィーナがリリーサの指した方向と反対を指さす。
「確かに向こうにブラウンマッドベアがいる。」
ミヤの索敵にも引っかかったようだ。
「あれ?おかしいです。」
おかしいのはあんただ、リリーサ。この辺来たことあるって言ってたよね。
「言ってる場合?急ぐわよ!」
ファリナに怒られた。理不尽だ。
そして走り出してすぐ。前方にベアの大群が目に入る。
領主からは討伐が目的なので、ベアを跡形なくやっつけていいと許可も得てる。
「よーし、燃やしちゃうぞ。」
「ですね。毛皮を残しても、ここの領主に取られちゃうんでしょうから、心置きなく消し去ります。」
「あぁ、許可は出てるし、毛皮は確かにそうだろうから、いいわ、ヒメ。存分にやってしまいなさい。ただし、ベア以外は燃やしちゃダメよ。」
遠慮なしに燃やせるのって久しぶり。よーし、<爆炎>でこの辺一帯壊滅させちゃうぞ。
「バカなの!?ベア以外は燃やすなって言ったでしょ!」
なぜかファリナに怒られた・・・おかしい・・・今、存分に燃やしていいって言ったよね・・・
「<豪火>」
最後尾の熊が炎に包まれ消える。
「どっちがいっぱい倒せるか勝負です。」
リリーサがなんか楽しそうだ。
「それ跡形も残さないわたしには数字が残せないんだけど。言い値でいいの?」
熊の向こうに人の気配を感じてちょっと安心しながら、わたしたちは歩を進めた。




