162.休みの日
延期になった特殊商品販売日の翌日は、アリアンヌが精神的疲労を訴えたため、全員休養とすることになった。リリーサは狩りに行きたそうだったけど、行くならリルフィーナと2人でとみんなから言われ、渋々休むことになり、今はそれぞれの家にいる。
わたしたちは正直どっちでもよかったんだけど、ここ数日シープ狩って、解体してと忙しかったのも事実なので、1日くらいはゆっくりしてもいいかな、と思ったんだ。
散歩がてらにマイムの町のギルドに顔を出す。
「しばらくですね。」
ノエルさんが挨拶してくる。新人たちとオーク狩って以来だから、10日くらい顔を出してないのか。
「何か変わった事は・・・ないよね。」
「まぁ、この辺は平和ですし。他の領地じゃ最近いろいろ騒いでるようですけど。」
パーソンズ以外ならどうでもいいよ。関係ないし。他の国ならともかく、他の領地で活動する気は今のところない。
「ここから2つ向こうのカリバル領じゃカニ関係の魔獣が出たとか、どこの領地か知りませんけどサソリの魔獣が出たとか。最近、魔獣出現の話が多い様ですよね。うちでもこの前熊の魔獣が出ましたし。」
それは、わたしたちがやっつけたからいいでしょ。
「カニの魔獣って、おいしい系?」
「それがポイズン系らしいです。」
ポイズン系のカニにサソリか。毒ばっかりじゃん。その領地のハンターなり勇者なりに任せるよ。
「カニはともかくサソリは、わざわざ人族の領地に来るような魔獣かな。」
ファリナが何かを考えこむ。
カニの魔獣は、水源を歩いているうちに人族の領地に来ることはあり得るけど、サソリは乾いた環境が好みで、人族の領地には、そこそこ雨が降るからサソリの好む乾燥地帯はない。この辺には。
「よほど方向感覚が欠如してるんだろうね。」
「迷子ってこと?まぁそれ以外考えにくいけど・・・」
とにかく、わたしには魔獣の気持ちなんてわからないよ。
「そういえば、『青い天使の調べ』の皆さんの活躍が最近めざましいんですよ。」
「へー、誰だっけ・・・」
「新人の事だ。」
「ミヤでさえ覚えているのに。」
ファリナの視線が痛い。
「最近、オークを狩ってこれるまでに成長したんです。もう我がギルドのエースですね。」
「わたしたちがいるじゃん。」
「ヒメさんたちはジョーカーです。」
いや、まぁ確かにギルドに貢献するような事してないかもしれないけどさぁ。
「貢献しないパーティーなんてただのパーティーです。ブタの方がかわいいだけまだましです。」
え?わたしたちブタ以下?
「ところでこういうのご存知ですか?」
ブタという単語で発せられたファリナからの黒いオーラを感じたようで、ノエルさんが慌てて話を変える。
けっこう大きなリュックを受付カウンターの下から取り出す。
「ただのリュックに見えるけど、これ魔法陣が付与されてるとかで、収納の機能があるんですよ。このリュックなら何とオーク2匹入るんです。」
「あぁ、ゴボルさんのお店のやつか。」
「知ってるんですか?つまんない。」
「うちはファリナがポシェット型を使ってるからね。」
ファリナが腰の後ろにつけたポシェットを見せる。
「でも、それけっこう高いでしょ。よくそんな予算ありましたね。」
ファリナが感心したようにリュックを見る。というか、ギルドで何に使うんだ?
「有望なパーティーに貸し出してるんです。1日銀貨10枚。まぁギルドに2個しかありませんから本当にちゃんとしたパーティーだけですけどね。」
ちゃんとしてないパーティーってどんなのを言うんだろう・・・うちかな・・・
「まず、それなりの期間ハンターをやっていて、ある程度のランクになっていて、その上で生きて帰ってこられるのが第1条件ですね。」
「いや、それは運もあるから一概に言えないんじゃ・・・」
「もちろん、普段通りに活動していた場合ですよ。その上で万が一のことがあったのなら、それは仕方ありません。」
この仕事には絶対はないからなぁ。
「さらに、ギルドとの付き合いで人となりがはっきりしてる人、ですね。貸したのはいいけど持ち逃げされてはたまりません。」
あぁ、それは大事だね。最近、盗賊や誘拐団とか、とにかくハンター崩れをよく見るもんなぁ。採取を地道にやっていれば、食べていくことはできるはずなんだけど。
「まぁ今のところ借しているのは、先ほど言いました『青い天使の調べ』だけですね。オークを運ぶのに便利なのだとか。」
あの娘たちか。調子に乗らなきゃいいけど。
「で、予算の話なんですが、なんと領主様がお金を貸してくれたんです。先行投資だとか。月々返していって、返済が終わったら、このリュックはギルドのものにしていいと仰ってくれて。」
「お金返した上に、リュックもよこせとか言われたら間違いなく燃やすけどね。」
「それでも、わたしたちのような弱小ギルドに、平時の予算以外にお金を出してくれるなんてありえない話なんです。もっとハンターが集まるためにと言われて。」
ま、いいか。ギルドがそれで助かるなら。
目新しい話もなかったので、ギルドを出る。
「最近魔獣の出現率が高いって話があったでしょ。」
いや、ファリナ。魔獣や人魔との遭遇なんて、どこの国でも年に数十回あって、そのうちの何回かは戦争になるのはいつもの事じゃん。まぁ今回は出会った魔獣が珍しいってだけで、年中行事だよ。
「ならいいけど・・・」
ファリナは何か気になるようだ。
「ミヤはどう思う?」
「わからない。情報が少なすぎる。ついでに言えば、ミヤたちにケンカを売ってくるのでなければどうでもいい。」
うん、わたしもそう思うよ。
「そんな事より、今日の晩ご飯の方が気になるよね。」
「いや、待て。お昼ご飯も気になる。」
「はいはい・・・」
そういえば、まだ昼前だったか。
「魔獣ですか。実はガルムザフト王国でも最近出現が多いと、ギルドのファンファンさんが言ってました。」
「誰?それ。」
「わたしたちの村の、ギルドの受付のお姉さんです。そんなことも知らないんですか?」
リリーサが呆れた顔でわたしを見る。会ったことないからね、わたしたち。
翌日。約束なので、仕方なく狩りに行くため、リリーサの家を訪れる。ユイたちが来るのを待つ間に、そんな話になっていたのだ。
「じゃ、リリーサはわたしのとこのハンターギルドの受付の名前知ってるの?」
「ノエルさんでしょ。常識です。」
「いや、リリーサは会ったことあるんだから、聞く方がどうかと思うけど・・・」
ファリナ、先に言ってよ!
「何でも馬の魔獣だとか。」
ミヤが嫌そうな顔になる。ミヤにはまだ苦い思い出のようだ。
「普段はおとなしいんですけど、たまに群れになって走り回って、それが人里にも降りてくるとかで、畑が踏み荒らされるわ、作物食べちゃうわで農家さんが大激怒らしいですよ。」
食べ物が荒らされるのは大変だなぁ。でも、ブロッコリーと人参の畑だけなら許されるんじゃないかな。
「許されません。」
ファリナに睨まれた。
「それにしても、ポイズンクラブにスコーピオにホースか。面倒ばかりで売れなさそうな魔獣ばっかりだね。」
「そんなことはありません。スコーピオなら外殻が防具に使えますから、いい値で売れますよ。ウルフの毛皮ほどじゃないですけど。」
リリーサが嬉しそうに言う。狩りに行くとか言わないでよ。
「言いません。ギルドに連絡が行っているのなら依頼になっている可能性があります。なっていなくても、他のハンターにも周知されているわけです。獲物の取り合いになるかもしれません。ケンカを売ってきた相手をいっぱい消すのは面倒です。」
消すな、消すな。
「え?ヒメさんは、ケンカ売られたらどうするんですか?」
「消すなんて野蛮な事しないよ。燃やすだけかな・・・」
「何が違うんでしょう?」
わからないの?リルフィーナ。消すのと違って燃やすなら0.001パーセントくらい生存確率が上がるのよ。
「で、何が違うんでしょう?」
「いや・・・それは・・・」
チラと横に視線を流す・・・誰も味方してくれそうもなかった・・・
「遅くなりました・・・って空気が重いんですけど、何かありました?」
アリアンヌが入ってくる。鍵はかかってなかったようだし、わたしの家じゃないから構わないけど、ノックくらいしたら。
「あぁ、すいません・・・最近、他家を訪れるという事がめっきり減ってしまい、つい自分の家の感覚で・・・」
アリアンヌがガックリと膝をつく。かつてお嬢様だったアリアンヌにとって、礼儀知らずと言われたのはかなりショックだったようだ。
「まぁ構いませんよ。今のはヒメさんが自分の都合の悪いのをごまかしただけですから。」
「あぁ、空気が重かったのはそのせいだったのか。ほら、お嬢。お嬢は悪くないって。」
いや、ユイ。そっちこそごまかそうとしてるよね。
「お詫びはお詫びとして、無礼を許してください。」
あいかわらずアリアンヌが律儀だ。
「で、なんですけど、わたしが住んでいるウォルナード領のドムリアの町の隣のナーツリアの町で魔獣が出たとかで、領主様から領地の町全部に、できるだけ多くの勇者とハンターの出撃依頼が出てるんですよ。依頼料は大したことないんですけど、参加すればハンターとしての貢献ポイントが多めに入るんです。うまくすればCランクになれるかもしれません。なので、わたしとユイはそちらに参加したいのです。狩りをご一緒できなくて申し訳ないのですが・・・」
「構いませんよ。アリアンヌさんにとって大事な事でしたら、もちろんそちらを優先すべきです。」
リリーサが至極真っ当な事を言っているのはどうも違和感だらけなんだけど、その通りだよね。
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も。」
慌ててリリーサから視線を逸らす。
「手伝えるのならと思いましたけど、領主様が動いているのなら、違う領地のわたしたちや、そもそも国が違うヒメさんたちではお力になりませんね。」
だよね。アリアンヌの住む領地の領主が魔獣退治の人員を募集しているのなら、そもそも他国のわたしたちの出番はない。
「ところで何が出現してるの?」
ファリナの質問にそういえばと思う。何組ものハンターや勇者を集めてるってことは、魔獣の数が多いか、魔獣が大きいかだよね。
「熊らしいです。聞いている限りではブラウンマッドベア、らしいと。それが2匹。」
「ブラウンマッドベアか。」
ファリナがちょっと考え込む。
「ブラッドメタルベアと変わらないと思ったけど。」
「変わらないわ。大きさも似たようなものだし、肉が硬くて攻撃が入りづらいというのもね。」
「さらに持っている魔石は、こいつも土の魔石なんですよね。毛皮以外は絵に描いた不良在庫です。」
リリーサが面白くなさそうに言う。
「2匹にハンター数組って、狩った獲物はどうするの?」
「ギルドのものになります。今回、みんなでよってたかっての攻撃になりそうなので、誰かの所有にするのは揉め事になります。そのための貢献ポイント上乗せなんですよね。」
なるほどね。ますますわたしたちが立ち入る隙間はないか。リリーサはともかく、わたしたちじゃ他国のポイント貰ってもしかたないしね。
「気をつけてね。ユイも無理しちゃダメだよ。」
「わかってる。参加して、そこそこ働いて見せればポイントを貰えるんだ。とどめは他のハンターに任せるさ。」
「では、来たばかりで申し訳ありませんけど、失礼します。」
2人が家を出ていく。
「やっぱり魔獣の出没が多いわね。」
まだ言ってるの、ファリナ。もうじき冬。魔獣も餌を求めて遠出してるんじゃないの。




