160.解体
「ほ、本当にやるんですか?」
アリアンヌが顔を真っ赤にして俯く。
「体の力を抜いて。そう、いい娘ね。」
「わ、わたし初めてなんです・・・」
「大丈夫、ミヤが優しく教えてくれるから・・・」
リリーサのお店の扉が開き、ミヤとアリアンヌがお客の前に出る。
「おぉー、ミヤ様が降臨なされたぞ!」
「待て!隣の天使は誰だ!?」
あちこちから歓声が上がる。お客を静かにさせるために、門番として表に出た2人だったが、明らかに逆効果だろう。
「天使様だ!天使様がご降臨なされた!」
意味不明の歓声がお店の前で上がる。
「ミヤ様ばんざーい!天使様ばんざーい!!」
「な、な、何なんですか?この人たち?」
普通そうにしているが、明らかに機嫌が悪いミヤと、その隣で半分べそをかきながら立つアリアンヌ。こうしてまたリリーサのお店が一段と頭のおかしいお客向けになった瞬間であった・・・
「こうなるってわかってたんだから止めなさいよ。」
いや、ファリナ、放っておいた方が面白そうでしょ。
3日前。即ち、シルバーシープを狩った次の日。
シープが手に入ったのはよかったけど、あいかわらずリリーサのやることはざるだった。
解体屋のゴルグさんのところに行き、シルバーシープ10匹と、リリーサが持っていたレビウルフ3匹の解体をお願いしに行く。ユイとアリアンヌは用事があると来れなかった。
ところが、腕のいい職人という事で人気のあるゴルグさん。仕事の予定が詰まっていたわけ。
「ウルフ3匹としか聞いてないぞ。ヒツジが10匹?」
「眠れそうなフレーズですね。」
「わたしは15匹は数えないと。」
リルフィーナとリリーサの会話が意味不明だ。15匹数えただけで眠れるんかい。
「ヒメ様なら10匹もいらない。」
いや、11匹くらいまでなら起きていられると思うよ。
「お前らのその話がどこかに行く癖、何とかしろ。」
怒られた。
「予約はウルフ3匹だったろう。今日中は無理だ。」
「シープ、大きいとはいえ10匹でしょ。ゴルグさんなら何とかなるんじゃないの?」
「あのなぁ、この大きさを解体するのにどれだけ時間がかかると思ってるんだ。それに、ヒツジは毛を刈らなければならん。ただ解体するより時間がかかるんだぞ。」
試しに出したシープを見ながら腕を組んで唸るゴルグさん。あぁ、なるほどね。この大きい奴の毛を刈るのか・・・そりゃ大変だわ・・・
「ウルフくらいなら急に持ち込まれても何とかなるが、シープとなるとな。明日以降、2日でやらなきゃならんのなら、お前たちにも手伝ってもらうぞ。後何人かにも手伝いを頼んでおいた方がいいか。」
だよね。毛を刈るだけで1日仕事になりそうだよ。
「問題はシープを扱ったことのあるやつがどれだけいるかだな。」
「え、シープってそんなに珍しいの?」
そういえば、わたしたちも魔人族の領地で何度か遠目に見たことある程度かも。普通はおとなしいから戦ったこともなかったし。
「家畜のヒツジを扱ったことがあればなんとかなると思うんだが。」
違うのは大きさだけだもんね。頭のてっぺんにも角あるけど。
「羊の毛を刈るのか?」
何だろう、ミヤが嬉しそう。
「やってみたい。動かないならミヤでもできそう。」
「あのな、そんな簡単に・・・いや、ミヤならできるかな。」
一瞬考えたけど、ゴルグさんがそう言ってミヤを見る。まぁ確かにミヤなら何でもこなしそう。
「なんにせよ明日ですね。」
「リャリャ、ギルドに行って明日何人か借りられないか聞いてきてくれないか。あと、バイドにも声をかけてくれ。」
「わかった。行ってきますね。」
「面倒かけてすいません。」
リャリャさんに頭を下げる。
「特別料金貰うからな。他所から人を借りなきゃならん。」
大型の魔獣は大騒ぎだな。以前にベアの解体の時も、人を借りたような事言ってたもんね。
「ところで、今リャリャさんに言っていたバイドって誰ですか?」
変な所で記憶のいいリルフィーナ。みんなが聞き流していたのに。
「息子だ。近くで肉屋をやっている。」
え、息子さんなんていたの?ていうか、リリーサもリルフィーナも知らなかったの?
「肉屋だが、俺の息子だ。解体の腕は確かだ。」
いや、心配はしてないけど。
「修行に出したら、肉屋の娘と結婚してそのまま肉屋を継ぎやがった。まぁあいつの人生だ。文句はないが・・・」
いや、解体ナイフを持つ手が震えてるよ。この件はこれ以上ツッコむんじゃないよ。わたしの視線にみんな頷く。
「では、明日の朝来ます。というわけで、今日はヒメさんの家にお泊りですね。」
「待って。明日ならユイとアリアンヌも来れるんじゃないの?人数は多い方がいいでしょ。聞いてきてよ。わたしたちは、ユイたちがどこにいるのか知らないから。で、明日の朝に合流でいいんじゃないかな。」
「なるほど。で、どこにいるんですか?」
あれ、リリーサたちも知らないの?
「3日後の販売日の朝にズールスのところで会う約束はしてあります。お店を手伝ってもらわなくてはいけませんからね。それまでは、どこにいるのか知りません。」
そうかー、同じ国のハンターだから、どこで仕事してるのかくらい知っていると思ってた。
「この国も広いですからね。そう簡単には会えませんよ。」
「そういえば、わたしたちも、狩りで他のハンターに会ったことないね。」
今までに狩りの途中で会ったのは・・・フレイラ・・・はハンターじゃない・・・リリーサ、は会いたくなかった・・・いないな。
「消しますよ!」
こうして、なし崩し的にリリーサが家に泊まることが決まる。
「また布団出さなきゃダメね。」
ファリナが面倒そう。
「ベッド、新しくするって話はどうなったんですか?」
いらないことは憶えてるんだね、リリーサ。忙しくてそれどころじゃなかったよ。まぁ、忘れてたともいうけど。
そして次の日。わたしたちはゴルグさんの家へ。
「かわいい娘がいっぱいじゃないですかー。ゴルグさん、俺もっと手伝いに呼んでくれてもいいですよ。」
知らない顔の男が3人。ギルドから呼んだというお手伝いの人かな。
「俺はコップル。よろしくな。」
「俺はザームスだ。よろしく頼む。あ、そっちにいるのはゴルグさんの息子のバイドだ。妻帯者だから覚える必要ないぞ。」
「うるさいよ。」
「ふてくされるなよ、バイド。奥さんに言いつけちまうぞ。」
3人、仲いいんだ。大丈夫。誰も覚える気無いから。
「リリーサ、とりあえずシープは2匹ずつ出してくれ。ここじゃそれ以上は狭くて作業ができん。手伝いがいるうちにシープを終わらす。ウルフは最後だな。」
リリーサがシープを作業場に出す。2匹を並べるのが精一杯。横に寝かしても、わたしのお腹の位置より大きい。
「うっわー、魔獣のヒツジってこんなでかいんだ・・・」
「どうすんの、これ。」
ギルドからの手伝いの2人が、シープを見て絶句。
「こうやるんだよ。」
ゴルグさんの息子さんの・・・なんとかが、大きなバリカンを持ち出すと、毛を刈り始める。
「バイドさんね。憶える必要ないけど。」
いや、だったら補足しなくていいから、ファリナ。
3人がかりでシープ1匹の毛を刈っている間に、ゴルグさんとリャリャさんの2人も同じくシープの毛を刈り終わる。
「ちぇ、親父とお袋にはまだかなわないか。」
バイドさんがちょっと残念そう。
「当たり前だ。俺はまだ現役だ。若造になんか負けないぞ。」
ゴルグさんがちょっと自慢そう。そして、リャリャさんは、そんな2人を優しく見つめていた。親子ってこんな感じなのかな。
「まだまだですね。思う存分罵りあってこそ真の親子というものです。」
あんたの感想は当てにならないから、リリーサ。
「だいたいわかった。」
いや、ミヤ、なにがわかったの?
「どこかシープを置ける場所はないか。」
ミヤがゴルグさんに話しかける。
「他にこいつを置ける場所というと、冷凍庫はこれから使うから・・・自然乾燥室なら、窓を閉めれば使えるかな。あぁ、すまんがミヤ、冷凍庫を動かしてくれ。で、リリーサたちはシープの毛を集めて袋に詰めてくれ。乾燥以降は毛皮業者に任せた方がいいだろう。」
聞くところによると、羊毛の乾燥はちょっとコツがいるそうなので、ここじゃうまくできないんだそうだ。
「行ってくる。」
ミヤが冷凍庫の方に向かったので、わたしたちは、大きな袋に刈られた羊毛を詰める。
あれだけ大きいと結構多いわ、これ。袋詰め大変。
「あまりいっぱいに詰めすぎるなよ。乾燥させてない毛だからくっついて質が落ちてしまうからな。」
ゴルグさんがほうきで毛を集めながら言う。
「質が悪い毛は高く売れません。ヒメさん気をつけてくださいよ。」
大雑把の権化のリリーサに言われた。ショックだ。
「冷凍庫は準備できた。ミヤはシープの毛を刈る。ヒメ様、ファリナ、手伝え。」
「リリーサ、ミヤに1匹出してやってくれ。俺たちは解体に入るぞ。リルフィーナ、リリーサが戻ったら2人で肉を冷凍庫に運んでくれ。」
「わかりました。」
ゴルグさんの指示でみんなが動き出す。
大型の魔獣は解体が大変だ。とにかくバラさないと場所が取れなくて、次の1匹が出せない。
そして、ミヤは相変わらず器用だった。向こうじゃ2人ないし3人でやっている毛の刈り取りを1人でやって見せる。しかも使っているのは自分の鉤爪だった。あれでどうやったら毛が刈れるの?
「なんで、あんなのであんなに早いんだよ?」
応援の3人が呆れて見つめていた。
最終的には、2部屋に1匹ずつシープを出す。ミヤが毛を刈り、わたしとファリナが集める。終わったら、ゴルグさんたち解体チーム5人がそれを解体、リリーサとリルフィーナが肉を袋に詰めて、冷凍庫へ。その間に、隣の部屋に移ったミヤが毛を刈る・・・という形になっていた。
ミヤが早いのと、ゴルグさんたちが毛を刈らずに解体に専念できるため、さらにシープは9匹しか解体しなかったため、予定の時間よりかなり早く作業は終わった。
「シープはおそらく見たことない人が多いでしょう。1匹は見本に残しておきます。」
それもそうか。家畜のヒツジをごまかしてるとか言いがかりでもつけられたら面倒そうだもんね。
「こいつは土の魔石なんだな。」
ゴルグさんがトレ―に乗った魔石を渡してくれる。
「土ですか。あまり売れないんですよね。」
リリーサが残念そう。
「お店に出してみたら。意外と需要はあるかもよ。」
「どうでしょう。どこかで大型工事でもやりませんかね。」
工事か・・・ロイドさんの言っていた港とやらはかなり先の話だろうしな。
「あの貴族ですか。まぁ縁がないわけでもないですし、いいですよ。ヒメさん持っていてください。あ、もちろんアリアンヌさんが欲しがるようでしたら渡してあげてくださいね。わたしはいりませんから。」
邪魔なものを押し付けられたような気もしないでないけど、まぁいいか。
そして次の日。当初の予定だったレビウルフを解体、毛皮を乾燥させ準備OK。
さらに次の日の朝にユイとアリアンヌを迎え、ついにリリーサのお店の特殊商品販売日の当日を迎える事となった。
「お店の前にミヤさんと2人で立っていればいいんですか?」
リリーサの説明にアリアンヌ目をパチクリ。何を言われているのかよくわからないだろうけど、面白そうだからよし。
「おかしなことさせようってんじゃないだろうな。」
「うちのミヤが一緒だよ。大丈夫だって。」
「ヒメ様極悪。」
ミヤがジトッとした目で睨む。やっぱり嫌そうだ。
そして、冒頭となる・・・
「うぅ、ユイ、助けてください・・・」
アリアンヌが涙目になっている頃、ユイはわたしと一緒にお客の後ろで見張りをしていた。
「おいたわしや、お嬢・・・でも、怯えてるお嬢もかわいいよな・・・あぁ、眼福だ。」
こいつもやっぱり、どこかおかしいよね・・・




